正式入隊日。現在、ボーダー本部のラウンジには白い訓練生用の制服に身を包んだ訓練生達がいた。もちろんその中にはミカンも含まれている。
ミカンの周りにいる少年少女は今日という日を待ち望んでいたらしく、自分の近くにいた人と喜びを分かちあっている。
対してミカンの方はと言うと特に喜びを表すことは無かった。自分より周りの方が騒いでいると冷静になるタイプなのだ。
そんな訓練生のざわめきをボーダー本部長である忍田真史が壇上に上がることで抑えた。訓練生達は喋るのをやめて忍田に視線を送る。
忍田は自分の名前と役職を言うと、話し始めた。
「訓練生諸君、入隊おめでとう。君達の入隊を歓迎する」
「君達は本日C級隊員……つまり訓練生として入隊するが、三門市のそして人類の未来は君達にかかっている。その為にも日々研鑽することを忘れずに、正隊員を目指して欲しい。我々は君達と共に戦える日を楽しみにしている」
最後に敬礼をすると忍田は近くでスタンバイしていた赤い隊服の男達に、あとは任せたと言って立ち去った。
「嵐山隊の嵐山准だ。まずは皆、入隊おめでとう!」
嵐山隊が出てきたことによって静かだった訓練生がまたはしゃぎ始める。黄色い声援が嵐山隊の隊長である嵐山准に飛び交う。
女子からは好意の、男子からは敬意の視線を注がれている嵐山を見て、ミカンはアイドルでもやっているのかと思っていた。
「これから入隊指導を始めるが……まずはポジションごとに分かれてもらう。
ドヤ顔で決めている残念な二枚目が佐鳥のようだ。狙撃手志望の者達は佐鳥に呼びかけられ移動して行った。
「改めて、
頃合を見計らって嵐山が再び自己紹介をする。
「最初に言っておくが、君達訓練生は防衛任務に参加することは出来ない。防衛任務に参加するにはB級隊員、つまり正隊員にならなければいけない」
訓練生を一度見渡すと更に続ける。
「じゃあどうすれば正隊員になれるかと言うのをこれから説明する。各自、自分の左手の甲を見てくれ」
言われた通りミカンを含めた訓練生は一斉に手の甲を見る。ミカンの手の甲には3500という数字が書かれてあった。
「君たちが今起動させているトリガーホルダーには、各自が選んだ戦闘用トリガーがひとつだけ入っている。左手の数字は君たちがどれだけそのトリガーを使いこなしているかを表す数字だ。その数字を『4000』まで上げることがB級に昇格できる条件だ」
嵐山がその言葉を言い終えると中央からざわつきが大きくなり、訓練生の視線が一人の少女に集まる。少女の甲には3600と書かれており、少女は照れる素振りも慌てる素振りも見せず堂々としていた。
「1000からのスタートがほとんどだと思うが、仮入隊の期間中、高い素質を認められた者にはその分ポイントが上乗せされてスタートする。当然その分、即戦力として期待がかかっている。そのつもりで励んでくれよ」
他にも多少なりポイントを上乗せされている者もいるが、ミカンを除けば彼女だけがずば抜けて高かった。つまりは彼女の実力がそれほど高いということなのだろう。
「まずは訓練の方から体験してもらう。着いてきてくれ」
嵐山につれられて少し歩く。数分も掛からずに目的地へ到着した。
「さて、到着だ。最初の訓練は対
近界民、という言葉を聞いて、ミカンの目付きは鋭くなった。
自分と同期になる訓練生の視線にたじろぐこともなく、少女──木虎藍は歩いていた。
周りより優れてる証として上乗せされたポイント。注目され、尊敬の視線を送られる。
木虎は自信に満ち溢れており、優越感に浸かっていた。ぶっちゃけて言うと、『調子に乗っていた』。
この中に自分より優秀な訓練生はいない。そう信じ切っていた。
「最初の訓練は対近界民戦闘訓練だ。仮想戦闘モードの部屋の中でボーダーの集積データから再現された近界民と戦ってもらう」
訓練生達はいきなりの戦闘訓練に動揺してざわつき始める。
「今回戦ってもらうのは『
パンッ! と両手を叩き話を締める。
「それでは各部屋始めてくれ!」
嵐山の声が響く。だが中々部屋に向かおうとしない訓練生を見て、木虎は足を踏み出した。
尊敬の視線を背に受けながら、木虎は訓練室へ入っていく。すると、目の前に近界民が現れた。
それを見て木虎は拳銃を取り出して装備する。
『訓練、開始』
「はっ!」
訓練室に機械的な女性アナウンスが響くと共に銃弾の音が鳴り、近界民の右足を穿つ。
バランスを崩した近界民はグラりと右側に傾く。木虎は傾いたことで低くなった眼を狙い引き金を引く。が、角度が足りないのか上手く急所に当たってくれない。
二発撃ってこれ以上は無駄だと判断した木虎は、近界民の眼に弾丸を当てるために助走をつけて跳躍した。
「ふっ!」
木虎が放った弾丸は寸分狂わず近界民の眼を撃ち抜いた。
『1号室終了。記録、9秒』
着地をして澄まし顔で木虎は訓練室を出る。
「凄いじゃないか! 9秒だなんて正隊員でも中々出せる人はいないぞ! 君ならA級隊員も夢じゃないな!」
「ありがとうございます」
嵐山の賞賛も澄まし顔で応える木虎。しかし内心はガッツポーズをして喜んでいた。
A級隊員にA級になれると太鼓判を押された木虎を見て、周りの訓練生達は尊敬の目を更に強くする。その視線を浴びて木虎の自尊心は最大まで満たされた。
「さて、他の皆にもやってもらうぞ。じゃあ……そこの子から順番にやって行って貰おうか」
高校生くらいの男が指名されてそこから順々に訓練を受けて行った。
今、ざっと二十人ほど訓練が終わったのだがその中で木虎のような記録を出した者はいなかった。そもそも平均が2分半くらいで、1分を切った者は二、三人程しかいない。
この中に自分のライバルになれるやつはいない、そう木虎は確信していた。
「じゃあ次、訓練室に入ってくれ!」
自分と同じくらいの年齢の少年が嵐山に言われてノソノソと訓練室へ向かう。不良っぽい見た目とやる気のなさそうな少年の態度を見て木虎はこう思った。
「(あの調子じゃ1分を切るのも無理ね)」
同年代に負けたくない木虎は少年を見て負けるわけないと思い、笑みを浮かべていた。
少年が自身の武器、弧月を取り出すのを見計らいアナウンスが流れる。
『訓練開始』
何分かかるのやら、と嘲笑していた木虎は──目を疑った。
『記録、2秒』
少年が自分より更に早いタイムで、近界民を倒したからだ。
長い。ただひたすらに長い。待ってる時間が異様に長いのだ。30秒どころか一分すら切れない者が多すぎるせいで。最初の男子高校生が25秒、初期ポイントが高いらしい少女が9秒を叩き出したが、それ以外はパッとしないタイムばかりだ。
ミカンには何故あんなに苦戦するのか理解できなかった。対して動きもしない的なら当てること簡単だろうに、と。その証拠に銃手の訓練生が数人、1分を切った。だがそれだけしかいなかった。
自分の番になるまでボーッとしていると、やっとミカンの番になった。
爽やか青年、嵐山に呼ばれて渋々と訓練室の中へ入る。
「確か……『弧月』」
ワードを唱えると腰に日本刀のような武器が出現した。ミカンは弧月を鞘から抜いてマジマジと刃を見つめる。
「仮入隊の時も思ったけど、やっぱり変な感じだな」
そんな事を一人で話しているとミカンの前方に近界民が現れた。昔、ミカンの家を壊そうとした近界民と同じ姿の近界民だった。
ザワり──
ミカンの目付きが鋭くなる。憎悪が溢れ、殺意が滲み出る。
『訓練開始』
アナウンスが鳴ると同時に、ミカンは地面を蹴った。
しかし、跳躍の勢いが強すぎてこのままでは天井に激突してしまう。
「あ」
くるりと身体を反転させて天井に足をつける。そしてそのまま天井を蹴って近界民の頭上へ降下していく。
「ふっ!」
勢いを殺さずに弧月を振りぬき、近界民の眼を両断した。
『記録、2秒』
訓練室に結果を伝えるアナウンスが響く。どうやら2秒もかかってしまったらしい。
最初に勢いをつけ過ぎなければ恐らく1秒ほどで倒せたのに、とミカンは軽く後悔する。
「に、2秒……? なによそれ……! 嘘に決まってる。計測機器の故障でしょう……!?」
訓練室を出ると、先程9秒をたたき出した少女、木虎がミカンにつっかっかってきた。自分の記録を抜かれたのが悔しいのかその顔は真っ赤だ。
「もう一度やり直してみなさいよ!」
「え、いいのか?」
ミカン自身、もう一度やり直したいと思っていたので願ったり叶ったりなのだ。
騒ぎを聞きつけた嵐山が仲裁に入った。
「どうしたんだ?」
「ああ、いや……」
「彼の記録をもう一度測り直して欲しいのですが」
ミカンがなんと説明すればいいか分からず言い淀んでいると、かわりに木虎がズバッと言った。嵐山はそんなミカンの表情に気づかずに木虎から話を聞いている。
話を聞き終えた嵐山は顎に手を置いて唸った。
「うーん……記録は間違いない筈だ。ボーダーの計測機器は滅多なことでは壊れないからね。まあまだ時間にも余裕があるし、出来ないことはないが……どうしても測り直して欲しいと言うなら、彼の了承を得てからだな」
「……分かりました。あなた、もう一度計測しなおしなさい」
「初対面の相手から命令口調に言われるのは腹立つし、あんたに命令される筋合いもない」
ムッとして言い返すミカンを見て今度は木虎が顔を顰める。
一触即発の雰囲気に他の訓練生達も遠巻きに成り行きを見守っている。
「だけど、こっちももう一回やりたかったからOKにしてやる」
それだけ言うとミカンは再び訓練室の中へ入っていった。
『訓練開始』
地面を蹴り近界民の眼前へ迫る。今度は力加減を間違えずに跳ぶことが出来た。
弧月を出現させながら近界民の眼を斬りつける。近界民は煙を上げて倒れ伏した。
『記録0.9秒』
「なんだ、1秒切ったのか」
自分が思っていたより早い記録を出せたことに驚いた。
「な、なな……れ、れーてん……きゅう?」
「これは、凄いな……ん? なんだ、よく見たら君も仮入隊者だったのか! どうりで凄いわけだ!」
元の場所へ戻ると木虎は口をあんぐり開けており、嵐山は快活に笑い褒めたたえてくれた。
「どうも。あー、えっと、そっちの……9秒の女子も、もういいか?」
「きゅうっ!? っ〜〜〜〜!!!! ばっ……馬鹿にしてぇぇ……!!」
名前がわからなかったから記録で呼んだのだがどうやら煽りと受け取ったらしく、木虎は若干涙目になりながら睨みつけていた。ミカンはこれ以上関わると面倒なことになると考え、気にしないことにした。
ミカンが二度目の戦闘訓練を終える頃には他の訓練生もすっかり終わっていたようで、全員の視線がミカンに向かっていた。
「おい……あいつ何者だ?」
「あいつも仮入隊してたらしいぞ」
「でもあの女子より早かったのにあの女子よりポイント低いぞ?」
「ふっ……能ある鷹は爪を隠す、つまりはそういう事だ」
それぞれ好き勝手にミカンのことを話し合う。遠巻きにチラチラと表情を伺ってくるのは歳上でなくとも鬱陶しい。
ちょっと張り切っただけなのに、なんでこんな事になったんだろう。
ミカンは天を仰ぎながら己の行動を後悔した。
自分自身でQ&A
Q・木虎の性格キツくない?
A・自分のポイントが1番高いのに同年代に記録を越された&入隊当時の年齢なら有り得るかな、と。