対近界民戦闘訓練で0.9秒を出した訓練生がいる。このニュースはボーダー本部に駆け巡った。
初めはそんなことはありえないと本気にしていなかった者が多かった。
「彼はすぐにB級に上がるだろう。そしてA級になるだろうな。それだけの素質を彼は持っていると俺は思った」
「嵐山さんから聞いてまっさかーって思ってたんだけど記録見たら本当に1秒切っててさ、いやー驚いたね! あっ! そうそう聞いてくれよ! 狙撃手の方にも一人すっごい子がいてさ! その子が動くと何かしらのとばっちりが俺に来るんだよ! そのせいで今日も始末書を書かなきゃいけないんだよ……トホホ……」
しかし二人の話によって信憑性が増し、今ではその『彼』を探しにC級の訓練ブースに正隊員が探しに来る様子も見れる。
「あんだよ! 今日はいねぇのかスーパールーキーは!」
「うーん……こうも俺たちが暇な時に限っていないとは」
咥えタバコをした男が不満を漏らし、糸目の男が自分の考えを聞かせる。どうやらこの二人は彼を探しに来てるようだ。
「ボーダーなんか目立ってなんぼだろ……っと、またあの
「どれどれ……? おー、確かに凄いですね」
二人の視線の先のモニターには腰あたりまで伸びた黒髪と赤色の瞳が綺麗な少女が、臆することなく弧月一振で銃手に突っ込んでいく映像が映し出さられていた。
銃手の少女……木虎は急所を撃ち抜こうと引き金を引くが、相手はそれを身体を少し捻ることで躱し、弧月の切っ先を合わせて弾いている。
最後は黒髪の少女が弧月で木虎の首を斬りとばしたことにより決着が着いた。
「容赦ねぇな」
「相手の子も弱いわけじゃなかったんだけどなぁ。あの子の方が1歩上手でしたね」
「アイツと噂のスーパールーキーが戦ったらどっちが勝つんだろうな」
特に深い意味もなく、ふと思いついて呟いたのだろう。しかし咥えタバコの男の呟いた内容は一生実現することが出来ないのだが、彼らがそれを知ることになるのは暫く先になる。
先程までランク戦をしていた少女はひっそりとブースを出た。そしてボーダー開発室の部屋の前まで歩き、扉を開けた。
「おっ、今日はもう終わりかい?」
「はい。というか今日でポイントが4000を超えました」
「おおー。やったじゃん、おめでとう。入隊日から3日でB級昇格か……てことは最速だね」
小太りのエンジニアの言葉に相槌を打ちながら少女、いや『彼』はトリオン体を解除した。
「ふう……疲れた」
「おつかれ虎龍。なんか食べるかい?」
「あー、じゃあチョコとかあります?」
「ほいよ」
投げられたチョコパイを片手でキャッチする。そのまま封を切り口に入れた。
モグモグしながらミカンは話し始めた。
「やっぱり、トリオン体と生身とじゃ、ふぁんはくが違いますね……んぐ……んくっ。ふう」
「食べながら話すなよ。まあ元々トリオン体を生身の姿から掛け離れさせるのは推奨されてないからな。仕方ないって言えば仕方ないさ」
あまりにもトリオン体の形を変えるとトリオン体から生身の姿に戻る時に
髪の色や長さを変える程度ならあまり違和感は感じないだろうが、身長や体重、ましてや性別を変えるレベルになってしまうとトリオン体から戻った時に感じる違和感はかなり大きいだろう。
「いきなりここに来てトリオン体を女に変えてくれ、なんて頼まれた時なんか驚いてラーメンをこぼしたよ」
「仕方ないじゃないですか。あまりにもランク戦を受けてくれる人がいないんだから」
ミカンの実力はC級隊員全員に知れ渡っている。噂の段階で本部全体に知られているのだから当たり前と言えるのだが。
そもそも対近界民戦闘訓練を1秒を切ってクリアして、一番最初のランク戦で同じC級隊員を3秒もかけずに瞬殺してしまった男と誰が戦いたいと思うだろうか?
「オレだと分からなければ戦ってくれる奴がいると思ったし、まさか女になってるとは誰も思わないでしょう?それに、あの格好だと断るやつも少なかったんですよ」
「そりゃあねえ……じゃあB級に上がったからもうトリオン体は今の君と同じ姿にしていいのか?」
「ああ、お願いします。ところで寺島さん、その女性のトリオン体を残しておくことは可能ですか?」
「別に可能だけど……なんでわざわざ残すんだ?」
残しておく必要などないだろうに、太めのエンジニア……寺島雷蔵は訝しげな視線をミカンに送る。それを受け止め、ミカンは首を振って答えた。
「別にやましいことに使うつもりじゃないですよ。ただ困ったことが会った時に隠れ蓑として残しておくのもアリかなと思ったんです。無理なら別にいいですけど」
「なるほどね、そういう事ならいいんだけど。ああ、データを残すこと自体は可能だよ。但し、トリオン体を変更するにはトリオン体のデータを変えなきゃいけないから一々
「ここにいるのは楽しいからオレは気にしませんけど、むしろ寺島さん達に負担がかかってませんか?」
「これくらいどうって事ないさ」
パソコンのキーボードを軽やかに叩きながら寺島はそう答える。実際、簡単に済ませることが出来るのだろう。
キャスター付きの椅子を回してデスクトップに向けていた身体をミカンの方に向ける。
「じゃあトリガー貸して」
「はい」
ミカンからトリガーを受け取るとそのトリガーを分解し始めた。そして中にある基盤を取り出してパソコンの隣りにある機械の挿入口を開け、その中にトリガーの基盤をセットした。
「さ、次は君の正規トリガーのトリオン体を構築するよ。何か要望はある?服装とか髪型とかくらいなら弄れるよ」
「そうですね……できる限り生身の感覚に近づけることは出来ますか?」
「生身……?どれくらい近づければいいの?」
「まんま生身とか」
「うーん、それは辞めておいた方がいいと思うよ」
「何でですか?」
トリオン体と言うのは視覚と聴覚は勿論、触覚や嗅覚、味覚までもが再現されている。それにより、トリオン体になっても殆ど生身の肉体と変わらない感覚で動ける。勿論肉体の身体能力はトリオン体の方が上であるし、トリオンの使用もトリオン体でなければ出来ない。
しかし、その分生身とトリオン体とで感覚のズレがあり、普段体を動かしていない者はそのズレに少ない違和感を抱く。普段から体を動かしている者ならそれを限りなく少なくすることが出来る。
先程寺島が話していたように、生身の姿からかけ離れたトリオン体は生身に戻った時に少なくない違和感を覚えることになる。性別が変わっているなら尚更だ。
数回なら問題ないだろうが、これが何十回、何百回と長期間続くようになれば体だけでなく心にまで大きなズレが生じることになってしまう。
だからトリオン体をベースの姿から変えることはあまり推奨されてないのだ。
ならば逆に限界まで生身の体に近づけるとどうなるのか?
確かに既に再現されている五感に『痛覚』も加えればもう殆ど生身の肉体と考えていいだろう。だがそれはトリオン体のメリットを消してしまうのだ。
トリオン体では痛みは感じない。多少なりの痛覚の増減は可能だが、基本的に痛みを感じないように設定されている。なぜかと言うと、生身を再現しようとすると痛覚を無効にして無くしていた恐怖心が出てしまうからだ。
トリオン体を破壊されても本体は死なない。それがボーダーのトリガーの素晴らしい利点だ。痛覚を近づけるとその利点を打ち消してしまうのだ。
この事を寺島は実際に設定した時の数値と設定していない時の数値の違い、トリオン体の設定を実際に変えて実演してみせることによりミカンに説明した。
「そっか……でも痛みがあった方が緊張感が出ると思うんだけどなあ」
「そりゃあ出るだろうね。だけど君が腕を斬られれば実際に腕を斬られる痛みを味わう。そのこと、相手が知っていたら相手は躊躇なく攻撃できると思う?」
「あー、それを言われると……」
なお、ボーダー本部には何人か躊躇の『ち』の字も知らない者達が何人か存在している。寺島はそれを知っているがミカンはその事を知らない。
「まあ痛覚設定は諦めてくれよ。それより他の要望はある?」
「…………いや、特には」
「そう? トリガーを起動させる言葉とかも自由にできるよ?」
「って、言われてもなあ」
ミカンは正直なんでもいいと思っており、頬をポリポリと掻いている。
「要望がなければデフォルトにしとくけど」
「じゃあ、それでお願いします」
「おっけ。じゃあ今の君の姿をベースにしてトリオン体のデザインを作っておくよ」
キーボードを叩いてトリガーの設定を制作する。勿論その際にトリオン体の感覚を元に戻しておくのも忘れない。
「あ、そうだ。虎龍、君まだ時間ある?」
「え? まあ、あるにはありますけど」
「じゃあ今から医務室に診断受けに行ってきな」
サラサラと自分のサインを診断書のような紙に書くとそれをミカンに渡した。
「診断? どこも怪我なんてしてないですよ?」
「君、昔から限定的で不規則な頭痛が酷いんだろ? 前来た時に君のトリオンを測ったんだけど虎龍のトリオンの量がかなり多かったんだ」
「へぇ、トリオンが多いと頭痛が酷くなるんですか?」
「ちが……わないけど違う。その頭痛は
「サイドエフェクト?」
先程から疑問符を頭に浮かべてばかりのミカンに寺島は苦笑しながら説明し始めた。
サイドエフェクト。高いトリオン能力を持つ者のトリオンが脳や感覚器官に影響を及ぼすことで稀に発現する超感覚のことを言う。
未来を見ることが出来たり、動物と意思疎通が可能なものもあれば、耳が常人よりよく聞こえたりというものもある。
しかし、サイドエフェクトはあくまで人の能力の延長線上のものなので時を止めたりだとか透明人間になるだとか、そんな超能力じみた事は出来ない。
ミカンの頭痛はそのサイドエフェクトを使用することによって起こる、文字通りの副作用なのではないかと寺島は説明した。
「自分で使ってるつもりはないんですけど」
「サイドエフェクトなんか無意識に発動されてるものが殆どだからね。気付かないのも仕方ないさ。よし、出来た」
機械からトリガーの基盤を取り出して再びトリガーにそれをセットする。
「はい、これが君の正真正銘の正規トリガーさ。今はとりあえずメインに弧月とシールド、サブにシールドが入ってるだけだから、ランク戦がしたくなった時にでもここに来なよ。その時トリガーの構成組み替えてあげるよ」
「すみません、ありがとうございます」
「どういたしまして」
また来ます、と言ってミカンは開発室から出て行った。一人残った寺島は大きく伸びをしたあと再びモニターに向き合い作業を再開させた。
「ふーむ……確かに君にはサイドエフェクトがあるみたいだ。君の話と結果を合わせてみたけど間違いないね。似たようなサイドエフェクトを持つ人がボーダーにもいるんだけど……君のはそれとは少し違う、名前をつけるとするなら『危険予知』かな。ランクはSよりのAランクといった感じだね」
「危険予知、ですか」
医務室へ行き、寺島から渡された用紙を差し出して診察を受けた。結果、寺島の予想通りミカンはサイドエフェクトを持っていたようだ。
「頭痛や頭の中で響くアラームのようなものは危険予知を知らせるサインだったのかもしれないね。その頭痛は君が危ない目に会う時によく起こってたりしてないかい?」
「そう言われると確かに……」
医師に言われて思い返してみると子供の頃からミカンが危険な目に会う前に頭痛が起こっていた。
しかし、ひとつだけ違う予知があったことがある。大規模進行の時は自分ではなく自分の小学校の映像が映った。
「でも自分以外の風景が見えたこともありました」
「それは……虎龍君、君そのあとその場所に行ったかい? 見えた風景の場所に」
「え? ああ、はい。行きましたけど」
「成程。もしかして、そこに行ったせいで怪我をしてしまったりとかないかい?」
「えっと、はい。怪我しましたね」
「ふむ……やはり君のサイドエフェクトは危険予知であってるみたいだね」
医師から聞かされた話によると、ミカンのサイドエフェクトはどうやら『虫の知らせ』がトリオンの影響を受けて超感覚となったものらしい。
なんの根拠もないがよくないことが起こりそうだな、とたまに感じることがあると思う。それが虫の知らせだ。
ミカンのサイドエフェクトはその『よくないこと』を敏感に察知することが出来るらしい。警戒のレベルによって頭痛の度合いが変わり、アラームが鳴るらしい。学校が見えたのはそのレベルの限界を超えたせいで見えてしまったものでは?と医師は話した。
「トリオン体になれば大分変わると思うんだ。実際、トリオン体になった時に頭痛を感じたことはあるかい?」
「いや……特には。アラームも鳴ったことはないです。たまに違和感というか、直感っていうんですかね?そういうのはあります」
「成程ね。たまにあるんだよ、そういうケースのサイドエフェクト。ただまあ、24時間ずっとトリオン体ってわけにも行かないだろうから……エンジニアに医療道具、もしくは抑制道具のようなものを作ってもらえるよう申請しておくよ」
「助かります」
「それじゃ診察は終わりだよ。また違和感があったり気になったところがあったら来てください」
「分かりました。失礼します」
医師に向かって会釈をしてミカンは医務室を後にした。
ミカンが医務室から出て行ったのを確認すると、医師は診断書のようなものに書き込みを加えた。
『同系統のサイドエフェクトを持つS級隊員、迅悠一氏の意見を貰いたい』、と。
自分自身でQ&A
Q・危険予知は迅さんみたいに画面が視界に映るの?
A・視界に映る訳ではありませんが、ミカン自身に危害(自然、人的問わず)が加えられる時、頭痛と共に耳鳴りが聞こえその後迫っている危険が脳内に再生されます。トリオン体の場合は生身では無いので頭痛はしませんが耳鳴りのようにアラームが鳴り、脳内に映像が再生されます。ですがミカンのサイドエフェクトはミカン自身も把握しきれていないため、他にも効果があるかも知れません。
Q・女の子の姿はどんなの?
A・黒髪ストレートロングの女の子です。ミカンの身長より頭一個分くらい小さいですね。