医務室を後にしたミカンは個人ランク戦のロビーにやってきた。門限までまだ余裕があるし、折角B級に上がったので一戦くらいしてみようと思ったからだ。
テクテク歩いていると背後に気配を感じたので振り返る。呼び止めようとしたのか、伸ばしかけた手が所在なさげに揺れている。
「なんか用ですか?」
そう言って目の前の男と目を合わせる。前髪を上げてカチューシャを付けた男子にしては珍しい髪型の男は「あー」と声を発した。見た感じ自分より歳上なのだろう、ミカンとしてはこのくらいの年齢の歳上はあまり得意ではないので若干身構えてしまう。が、初対面の相手に対して露骨に嫌な態度を見せるのは褒められたことでは無いので表情に出さないよう気をつける。
「いやー、お前正隊員だろ? 見たことない顔だったからさ、もしかして噂のスーパールーキーかと思って声をかけようとしたんだ」
「……噂のスーパールーキー?」
カチューシャ先輩(仮)の口からよく分からない単語が飛び出してきて思わず聞き返してしまう。
(いや、なんだスーパールーキーって)
先程の男の言葉からも察せる通り、恐らく自分のことなのだろうが、だとしてもスーパールーキーってなんなんだ。スーパーってなんだよ。ミカンは困惑した。
「あれ? っかしーな。多分お前だと思ったんだけどなー。知らないか? 3日前の正式入隊日の訓練で1秒を切る記録を出したヤツ。殆ど姿を見なくなったから速攻でB級に上がったんじゃないかって言われてんだよ」
「ええ……? ……いや、ええ?」
「あ、でももう一人、ちょうどお前と同じ歳くらいの超強ぇ黒髪の女の子が出てきたらしいんだよな。俺、今日午前中防衛任務だったから見てねーんだけど、まだいるかな?」
(それオレです)
いません。でも目の前にいます。なんて口が裂けても言えない。どうしたものかとミカンが悩んでいると、男が何か思い出したように手をポンと叩いた。
「そういや自己紹介してなかったな。悪い悪い。俺は米屋陽介、よろしくな」
「虎龍ミカンです」
「コ↓タツ?」
「こ↑たつです。虎に龍で虎龍」
米屋の発音だと炬燵になってしまう。蛍と同じ発音です、と説明すれば米屋は「悪い悪い」と笑った。
「で、スーパールーキーなのか?」
「スーパールーキーかは知りませんが、1秒切ったのはオレですね」
「じゃあスーパールーキーじゃねぇか」
「とりあえずその呼び方やめません? すごい恥ずかしいんですけど」
某漫才師みたいなやり取りを経由してからスーパールーキー呼びを辞めてもらうようお願いした。人目があるところでそう何度も連呼されると流石に恥ずかしい。
「わかったわかった。じゃあスーパールーキー呼びを辞めるかわりにランク戦しようぜ」
「何故そうなった……? や、ランク戦自体は別にいいんですけど──相手になるんですよね?」
「おお、中々言うなー。まっ、そこら辺は安心しろよ。俺はこう見えてA級だからな」
「A級……へえ」
C級の隊員では相手にならなかった。4000ポイントに至るまでの殆どのランク戦を作業のように感じていた。
しかし相手は正隊員、その中でもエリートのA級ならばさぞかし手強いことだろう。
喜んで誘いに応じようとした時、横から口を挟まれた。
「ここにいたのか陽介」
声の持ち主の方へ顔を向けるとそこには、ストレートの黒髪で眉間を隠した目付きの鋭い青年がいた。
「おっ、秀次。なんか用か?」
「防衛任務の報告書の修正だ。誤字が多すぎる」
「え!? マジかー、これからランク戦するつもりだったんだけどなー」
「ランク戦も程々にしろ……ところで、そこの目付きの悪い中学生はなんだ?」
お前が言うか、お前が。この時、ミカンと米屋の心の声がシンクロした。
「噂のスーパールーキーの虎龍ミカン」
「スーパールーキー? ……ああ、お前が最近よく口にしてたヤツのことか」
そう言って目線がこちらに向けられる。どこか見覚えのある目付きの青年はミカンを数秒見つめると、口を開いた。
「このバカがいる隊の隊長をしている、三輪秀次だ」
「虎龍ミカンです」
自己紹介をされたので礼儀としてこちらも返す。
「バカが悪かったな。済まないが、ランク戦はまた今度にしてくれ」
「はぁ!? 嘘だろ秀次! そりゃないぜ!」
「お前の誤字が多すぎるせいだ」
ランク戦の約束を反故にされたことで、目の前のご馳走を取り上げられた子供のようにギャーギャー喚く米屋だったが、三輪の有無を言わさぬ鋭い目で睨まれ「ちぇー」と口を尖らせた。
「じゃあな」
「また今度バトろーぜ」
「ああ、はい、また今度」
ロビーから出ていく米屋と三輪を見送り、これからどうしようかと予定を組み直す。先程のやり取りでやる気が削がれたのでランク戦をしようという気分でもない。
「大人しく帰るか……」
「虎龍ミカンだな」
帰ろうとしたところ、名前を呼ばれて振り返る。そこにはミカンより10cm程低い身長の男が立っていた。切り揃えられた黒髪に切れ長の赤目が特徴的で、容姿とは反対に酷く大人びた印象を受ける。
「そうだけど、キミは?」
「……俺は風間蒼也、二十歳大学生だ」
「え゛っ」
「紛らわしい身長をしていて悪かったな」
「いや、その……すみませんでした」
まさか自分より歳上だとは想像だにしなかったミカンは、目上の相手を歳下扱いしてしまったことに謝罪した。謝罪を受けた風間はフッと笑い、「気にするな」と言ってくれた。その大人の器のデカさを見たミカンは、『かっけぇ……』と風間に憧憬の念を抱いた。
「それで、何の用ですか? オレもう帰ろうとしてたんですけど」
「なに、強いルーキーがいると聞いてたな。少し腕試しをしたくなったんだ」
つまりはランク戦のお誘いだ。しかし先程のこともあってかミカンのやる気は上がらない。居心地悪そうに口ごもるミカンを不思議に思い、風間は首を傾げた。
「どうした? 急ぎの用があるなら別に構わないが」
「ああいや、そのですね……」
ミカンは先程あった出来事を風間に説明した。加えて今日B級に上がったばかりでトリガーが弧月とシールドしかセットされていないことも話した。
少し考え込んだあと、ならばと風間は提案した。
「俺もメインのブレード一本しか使わない。これならどうだ?」
「そこまで言うなら……」
正直そこまでするほど自分とのランク戦に価値があるのか分からなかったが、目上の人の顔を立てるためにも渋々頷くことにした。
ブースに入り、トリオン体に換装する。右肩には所属を示さない『B-000』とボーダーマークが書かれている。特に要望はないと言ったからか、青を基調としたベーシックなジャージタイプの隊服になっていた。
『準備は出来たか?』
「はい。大丈夫です」
『よし。互いにメイントリガーのみ、一本先取でやるぞ』
「一本ですか? わかりました」
風間の実力がどうであれ、早く終わるならそれはそれで構わない。どうせ米屋みたいにA級ではないのだからすぐ終わるだろう。そうタカをくくっていた。
『そうだ虎龍、ひとつ教えておこう』
ランク戦を始める前に風間が再び通信を入れてきた。
『お前先程、A級隊員と戦えるはずだったのにそれが白紙になってやる気が無くなった、と言ったな』
「? はい、言いましたね」
今も風間が目上の人だからランク戦に応じただけで、実際そんなにやる気は無い。
『安心しろ。俺もA級だ』
「…………へ?」
『転送開始』
無機質な機械アナウンスと共に景色が切り替わった。
『ランク戦一本勝負』
市街地のような場所に飛ばされると再びアナウンスが流れた。ミカンは意識を切り替えて弧月を出現させる。
レーダーの反応を見るに正面からやってくるようだ。果たして先程の風間の発言は本当なのか、真偽のほどはこれから切り合うことで分かるだろう。
電柱を挟み、前方30メートル程先で風間は止まった。弧月を持つミカンに対し、風間は無手だ。この距離で無手、つまり
「行くぞ」
姿勢を低くして風間が突っ込んできた。見た目通り身軽なのだろう、30メートルの距離があっという間に詰められる。
弧月を抜刀し、小手調べにまずは刃を横凪に振るう。しかし風間が身をかがめているため自然と攻撃の軌道も読まれることになる。あっさりと受け流され、後ろに回り込まれてしまった。
「ふっ」
「うおっ、と」
背後から繰り出された貫手を半身で避けて弧月で薙ぎ払うが、素早いバックステップで躱され距離を取られる。その際に風間が手に持つ両刃の短剣が見えた。
「やっぱりスコーピオンか」
スコーピオンはブレードトリガーの中で一番軽く、特定の形を持たないと言った特徴がある。身体中のどこからでも
「スコーピオンの攻撃手に対しては、後手に回ってはいけない。だったよな」
これは開発室に通っていた時に寺島が教えてくれたことだ。スコーピオンの弱点、強み、特性、それはもうこと細かに説明してくれた。何故そんなに詳しいのかと聞けば、レイガストを開発する際にスコーピオンとシールドを死ぬほど解析したから、らしい。
そんな寺島の話をまとめると、スコーピオンは自由自在に出し入れができる代わりに耐久性が無いので守りに転じれば直ぐに折れてしまう。つまり極端な話、攻めの手を絶やさなければ勝てる。
とは言っても相手はA級の攻撃手、そう簡単に一筋縄ではいかない。
風間が振るうスコーピオンを弾きながら何度か攻めに転じようと試みるが、ひょいひょい躱され逆にカウンターをされかけたりと中々攻めに移れないでいた。
このままではいずれ押し負けてしまう。そう考えていると、前方で体勢を立て直していた風間が口を開いた。
「虎龍、お前の実力はこんなものか?」
それはどういう意味だろうか、怪訝そうに首を傾げれば、風間は一瞬言うかどうか迷った素振りを見せたが続けて話した。
「この程度の実力で近界民を倒せるとでも思っているのか、と言っているんだ」
「──」
その言葉を聞いて、カッと視界が赤くなった気がした。が、握っている剣が沸騰しかけた頭を急速に冷やしてくれた。
『剣を抜いたら感情は常に一定に、上がることなく下がることなく、明鏡止水の心を忘れるな』
祖父に言われたこの言葉は頭にも体にも染み付いている。こんなあからさまな挑発には決して乗らない。しかし、確かに風間の言う通り少し気が抜けていたのかもしれない。
一度深呼吸をして眼前の敵を睨みつける。
「すみませんでした、本気で行きます」
「ふっ……そうこなくてはな」
互いに好戦的な笑みを浮かべ、斬り結んだ。
結果から言うと、ミカンが勝利した。他のトリガーがあるなら兎も角、
「いきなりすまなかったな。これは詫びと礼だ」
「えっ、すみません。ありがとうございます」
ランク戦を終えた後、「少し待っていろ」と言われたので大人しくロビーで待っていると風間が缶ジュースを持ってきてくれた。名前から選んでくれたのだろうか、味はオレンジだ。
お礼を言って缶ジュースを受け取る。プルタブを開けて飲み口に口をつけた所で風間が話しかけてきた。
「ブレード一本のみとはいえ、まさか今日正隊員になったばかりのやつに負けるとは思わなかった。随分剣の扱いが上手いようだったが、何か習っていたりしたのか?」
「はい。じい──祖父が昔道場を開いていたので、祖父から剣を学びました。二年間ほど」
「二年か。二年であそこまでの……」
そう呟き一考した後、風間はミカンに向き直り頭を下げた。
「乗せる為とはいえ心にも無いこと言ってすまなかったな」
「ちょ、頭をあげてください! 気にしてませんから! いやほんと!」
慌てて止めに入る。歳上に頭を下げられるなんて心臓に心臓に悪いから辞めてくれ、と言った意味のため息をついた。
「ホント、気にしてないんで。むしろ気合い入れ直せたんで良かったです」
「そう言って貰えると助かる。急なランク戦を受けてくれてありがとう」
「あ、いえ。こちらこそありがとうございました」
「ああ。ではな」
片手を上げて去っていく風間のクールな後ろ姿を見てミカンは再び『かっけぇ……』と憧憬の念を抱いた。
そんなミカンを他所に、先程のランク戦を見ていた訓練生達はザワついていた。
「あいつ……暫く見ないと思ったらいつの間に正隊員になってたんだ……!?」
「さっきの対戦相手ってA級の人だよね……そんな人に勝ったの?」
「才気煥発とはこの事か……ふっ……」
注目の的になっていることに気づかずにロビーから出て行った。翌日、寺島経由で本人に伝わることになるのだが、それは蛇足だろう。
ミカンとの個人ランク戦を終えた風間は一人通路を歩いていた。
「どうも〜、風間さん」
「……迅」
迅と呼ばれる特徴的なサングラスを頭にかけた男が風間に声をかけてきた。
「どうでした、虎龍ミカンは」
「ああ。お前の言う通り中々いい腕をしていた。あの歳であそこまでの剣の腕を持つんだ、一年もすれば太刀川と斬り合えるんじゃないか」
「おおー、意外と高評価」
「わざとらしいな、お前の目なら俺が答える内容くらい視えていたはずだろう」
「いやいや、おれのサイドエフェクトもそこまで万能じゃないんで」
ハッハッハ、と緩んだ表情で笑う迅に対して「どうだか」と風間は吐き捨てる。続けて迅を睨みつけ、問いかけた。
「わざわざお前が頼んできたんだ。奴に対して何が視えた?」
その問いに対して迅は笑みを浮かべたまま黙るだけ。これ以上聞いても無駄だと判断した風間は小さくため息をつく。それに苦笑で返すと、迅は風間に背を向けて歩き出した。
「じゃ、今回はありがとうございました」
「……今度、飯でも奢ってもらうぞ」
「それくらいなら全然おやすい御用で」
ボーダーに二人しかいないS級隊員のうちの一人である迅悠一、彼の行動を把握できるものはいない。
自分自身でQ&A
Q・風間さんとランク戦をする時のミカン君なんか凄いイキってません?
A・C級隊員とのランク戦で対等に戦える相手が木虎くらいしかおらず、正隊員になって『A級とランク戦が出来る!』とワクワクしていたのにそれが無しになってしまってしょんぼりしてた中でのお誘いだったので生意気になっていました。中学生っぽいですね。