オレンジ・リベンジ   作:妖魔夜行@

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第八話「妹」

 雪も落ち着き始めた三月の始め。ミカンは双葉と共に実家を訪れていた。外気に晒され冷えた取っ手を握り玄関を開けると、ボスんと腹部に柔らかい衝撃がぶつかった。

 

「おかえりお兄ちゃんっ!」

「ただいまリンゴ」

 

 自分とは違い、赤みがかった茶髪をポニーテールにしているこの少女はミカンの妹、虎龍リンゴだ。3ヶ月間感じられなかった兄の温もりを確かめるように力強く抱きしめている。

 

「双葉、オレの妹のリンゴ。双葉の一個上の12歳」

「は、はじめまして。黒江双葉です」

 

 ミカンのお腹に埋めていた顔を離し、横に向ける。ジトっとした目で見つめ返された双葉は何か失礼なことを言ってしまったかと首を傾げる。

 

「リンゴ?どうした?」

「……虎龍リンゴです」

 

 露骨なまでに下がったテンションに顔を引き攣らせる双葉。あまりにもあからさまな態度にミカンもリンゴを咎める。

 

「こらリンゴ、ちゃんと挨拶しなきゃダメだろ」

「つーん」

 

そっぽを向き口をとがらせた後、走って2階へ上がっていってしまった。その足音を聞いて廊下の奥の部屋、居間にあたる場所の襖を開けて母親が顔をのぞかせた。ミカンと双葉の顔を見て驚きパタパタとスリッパの音を鳴らしながら玄関にやってきた。

 

「おかえりミカン。それにいらっしゃい双葉ちゃん。大きくなったわねぇ」

「母さん、ただいま」

「おっ、お世話になります」

 

 柔らかく微笑み二人を家の中へ入るよう促す。ミカンが三門市に引越した当初と比べると母親の精神状態は大分落ち着いたものになっている様に見える。

 

「……良かった」

「ミカン?」

「ああいや、なんでもない」

 

 母も妹も昔の頃に戻っている。その事実がどうしようもなく嬉しくて、自然と笑みが零れる。同時に、ミカンの心の中で固まっていた決意がより強固なものになった。

 

 だからこそ何としてでも、早く父と弟を助け出さなければ。

 

 そのためにも一体でも多くの近界民を倒し、少しでも多くのポイントを得て強くならなければならない。

 その時ふと、この前の李と陽菜の会話を思い出した。

 

「……部隊、か」

 

 三門市に戻ったらもう一度よく話を聞いて見ることにしよう。ミカンはそう思いながら三ヶ月ぶりの自宅に足を踏み入れた。

 

 

 

□■□■□■□

 

 

 

 ミカンの家族と顔を合わせた後、夕飯ができるまでミカンは道場へ連行され、双葉は歳が近いからと言うことでリンゴの自室へ押し込まれた。

 

「………………」

「……えっと、リンゴちゃん、って呼んでもいいかな?」

「……別に好きに呼んだら」

 

 空気が死んでいるとはこういうことを言うんだろうなぁ、と双葉は居心地の悪さに身を捩らせながらそう思った。

 何故かは知らないが、リンゴから『あなたとは絶対に親しくなりません』オーラが出ている。ちなみにリンゴと双葉は初対面であり、お互いにミカンからの話でしか情報を得ていない。しかしこのままでは埒があかないので、勇気を振り絞って話しかけてみることにした。

 

「あ、あの、さ」

「…………なに」

 

 帰ってきたのは女子とは思えぬ低い声。お前ミカンと話してた時はもっと高かっただろと言ってやりたいのを堪えて双葉は続ける。

 

「いや、その……私、なんかしちゃったのかな〜って……思ったりしちゃったり……」

 

 圧に押され後半尻すぼみになってしまったがなんとか聞くことは出来た。リンゴはぶすーっとした顔からバツの悪そうな顔に変わり、次第に眉尻が下がっていく。

 

「…………」

「あ、あの〜?」

「…………ごめんなさいぃ」

「ええ!?」

 

 大きな瞳からボロボロと大粒の涙が零れるのを見て双葉は驚いた。慌てふためき意味もなく手をわちゃわちゃと忙しなく動かす。ハンカチを差し出すとリンゴはお礼を言って受け取り涙を拭った。涙が収まるまで待っていると、落ち着いたのかリンゴは口を開いた。

 

「……私、双葉ちゃんに嫉妬してたの」

「嫉妬?」

「うん……私はお兄ちゃんと離れ離れになってるのに、双葉ちゃんは毎日お兄ちゃんと会ってるんだと思うとなんか、悔しくなって……双葉ちゃんは何も悪くないのに、ごめんなさい……」

「きっ、気にしてないから泣かないで!ねっ?」

「うぅ〜……ごめんねぇ〜……!」

 

 元々優しい子なのだろう。無理してあんな態度を取っており、双葉に対して酷い言葉を言ってしまったという事実が心苦しいようで再び泣き始めてしまった。大丈夫だよ〜と双葉が抱きしめて背中をさすってあげると少し落ち着いたので、完全に泣き止むまで続けることにした。

 

「大丈夫だよ。さっきも言ったけど、私は気にしてないから」

「ぐすっ……本当……?」

「本当だよ。でも、リンゴちゃんがそこまで負い目を感じてるんだったら……お願いをひとつ、いやふたつ聞いてもらってもいい?」

 

 双葉の言葉にこくりと頷くリンゴ。責められて当然だとでも思っているのだろう。こういう変なところで頑固なのはミカンとそっくりだな、と双葉は笑った。

 

「じゃあ、私と友達になってくれない?あと、私のことは双葉って呼んで」

「…………それだけ?」

「? うん」

「もっと怒ったりしないの?」

「もっと怒って欲しいの?」

 

 ブンブンと首を横に振るリンゴ。そりゃそうだ。

 

「じゃあいいんじゃないかな。それとも、私と友達になるのは、嫌?」

「そんなことっ!ないよ!」

 

 双葉の両手を自身の両手で包み込みつんのめる勢いで否定するリンゴに対して双葉は嬉しそうにはにかんだ。

 

 それから二人は夕食の支度が出来るまで和気あいあいと談笑した。

 

 

 

■□■□■□■

 

 

 

 祖父が打ち合っていた竹刀を下ろすのを見て、息を着く。漸く稽古を終えるようだ。久々の祖父との稽古だったが、道中の疲れを考えてか祖父も手加減してくれたようだ。時間にしては長かったが案外優しいものだった。

 

「ボーダーに入って、鍛えられたみたいだな」

「本当?」

 

 思いがけない褒め言葉にミカンは顔を綻ばせる。

 

「ああ。竹刀に無駄な力が入っていない。だが太刀筋の鋭さは増していた。お前は気づいていなかったようだがな、儂は手を抜いてなんぞおらんぞ」

「え、嘘でしょ?」

「そんなつまらん嘘をつくか」

 

 柔らかく微笑みミカンの頭に手を置く。久しぶりに頭を撫でられて恥ずかしいやら嬉しいやら色んな感情が混ざり照れくさくなりそっぽを向いた。

 

「ところで……お前の実力の向上具合から見て、ボーダーにはかなりの腕前の剣士がいるとみた」

「あー……うん。なんかバグみたいな二刀流の大学生がいるよ。本当に、頭がおかしいくらい強い。オレもまだ5本勝負で1本しか取れてない」

「ほう……一度手合わせ願いたいものだな」

 

 そう言って獰猛に笑った祖父の顔を見て、バグってる大学生の笑みを思い出した。これだから戦闘狂は……呆れたようにそう呟いたミカンだが、自分もそっち側だということには気づいていない。

 

 道場から自宅へ戻ると居間ではリンゴと双葉が親しげに談笑していた。

 

「二人とも、仲良くなったみたいだな」

「「うんっ!」」

 

 最初の冷たい反応は何だったのだろうか、今は仲良く体を寄せ合い同じ画面を共有して動画を見ている。

 

「何見てるんだ?」

「ボーダーの広報動画だよ。ミカンも見たことあるでしょ」

「お兄ちゃんは出てないの〜?」

「出てないよ。そういうのはええっと……嵐山隊、とかがよくやってるらしいしな」

「ふぅん……」

 

 そう言うとリンゴと双葉は画面に向き直った。邪魔することもないか、とミカンは汗を流すため風呂場へ向かった。

 

 

 

□■□■□■□

 

 

 

 虎龍家の食卓は賑わっていた。いつもより多い人数で食卓を囲んでいるからだろうか、母親と祖父母の顔も明るい。

 

「こらリンゴ。今オレの皿から唐揚げ取っただろ」

「いいじゃんひとつくらい〜!」

「バカ、肉の重みをなんだと思ってるんだ!トマトやるから我慢しなさい!」

「それミカンがトマト嫌いなだけでしょ……好き嫌いはダメだよ」

「うんうん。ミカンは好き嫌いが多かったからねぇ。小さい頃なんて……」

「ちょっ、母さん!?」

 

 和やかな雰囲気で食事の時間は進む。進んでいた。

 

 ふと、リンゴが箸を置いた。

 

「あのねっ!ちょっと、真面目な話があるんだけど……」

 

 そう言って話し始めたリンゴの内容は──

 

「ボーダーに、入りたい…だと?」

「う、うん」

「馬鹿なことを言うなよ。冗談なら笑えないぞ」

「冗談じゃないもん!」

「なら尚更だ。なんだって急にそんなことを…」

 

 そう言ってからハッと気がつき、双葉に視線を向ける。視線に気づいた双葉は気まずそうに頬をかいて目を逸らした。

 

「双葉……お前、何を吹き込んだ?」

「いや、その…ミカンが先輩に誘われて部隊に入ろうとしてるらしいんだけど、オペレーター役の人がいないからまだ結成出来ないんだよねって話したら……」

「私がオペレーターになる!」

「……って感じになっちゃって。ごめん」

 

 申し訳なさそうに頭を下げる双葉にこれ以上責めるのも違うかと思い、ため息をつく。

 

「反省してるならいいけど……そもそもリンゴ!ズブの素人のお前がオペレーターなんて出来るわけないだろ!」

「勉強するもん!!」

「学校の勉強をしろ!!来年中学生なんだぞ!」

「どっちもするもん!!」

「出来るわけないだろ!!!」

「出来るもんっ!!!」

 

 強い口調で言われると大抵怯むリンゴが今回は引かない。涙目にはなっているがそれでも頑なに意思を曲げないのだ。自分じゃ説得できないと思ったミカンは祖父に頼むことにした。

 

「じいちゃんも何とか言ってくれよ!」

「儂は反対せんぞ」

「ほらじいちゃんもこう言ってる!ってうええぇ!!?しないの反対!?」

 

 まさかの裏切りに思わず倒置法になってしまう。絶対に反対すると思っていたのに、と口をあんぐりさせるミカンを他所に祖父は説明を始めた。

 

「ミカンが三門市に行ってからリンゴの元気があまりなくてのぉ……」

「いやだからって、お金大丈夫なの?それに、まだ入学してないとはいえ今から入学先変えるなんて無理でしょ?」

「それなら安心しろ。元からリンゴは三門市の方の中学校に受験済みだ」

「えっへん!」

「出来レースじゃねぇか!」

 

 祖母も優しげな表情で頷いているあたり、初めから味方などいなかったことに愕然とする。最後の希望に縋り母に助けを求めた。

 

「母さんは!母さんは許さないよね!」

「あらぁ、いいと思うわよ。黒江さんとこも歓迎するって言ってくれたしね」

「やっぱり出来レースだった!!ってかいいの?その、母さんは大丈夫なの…?」

 

 自分が三門市に行くと決めた時は猛反対されたのに対して、物凄いふわふわしている。恐る恐る訪ねると母は笑顔で答えた。

 

「ええ。リンゴの笑顔が増えることが大事だもの。それに、ミカンがいるんだからリンゴになにかあるなんてことないでしょう?」

「オレに対する信頼が重いよ母さん」

 

 頼りにされていて嬉しくない訳では無いが、既に外堀が埋められていたことにガックリと肩を落とした。

 

「…………あー、分かった。オペレーターの件はオレから話をしておくよ」

「ってことは……?」

「その代わり覚えることはいっぱいあるからな。途中で投げ出すなよ」

「……うんっ!お兄ちゃん大好き!!」

「たっく、現金なんだから……」

 

 妹の抱擁を受け止め、ミカンはフッと諦めた笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

「あ、あと私もボーダー入るから」

「はあっ!?」

 

 笑みは吹き飛んだ。頑張れミカン。




自分自身でQ&A

Q・ミカン達の名付け親は誰?
A・3人とも母親です。
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