ある半鴉人斥候の話   作:yagra

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衝動的に書いた作品です。
生暖かい目で見てあげてください。


01 すべての始まり

 何が起きた。

 ここはどこだ。

 自分は誰だ。

 

 白く何もない空間で、人間"だった残滓"は混乱していた。

 気付けばここにおり、思い出せるのは何もない。

 ただ、ここが自分にとって長居するような場所ではないと残滓は確信していた。

 直感が囁いている。ここに留まることはすなわち、思考を放棄したも同じことだと。

 ここから動けば、何かがある。それが何かはわからないが、自分の中には確かな衝動があった。

 ――歩き出さなければ。

 そう思った瞬間、残滓は一歩を踏み出した。

 歩く、歩く、歩く。

 何が待っているかもわからない。ここに終端があるかもわからない。

 だがそれは、自分の歩みを止める理由にはなりえない。

 故に、歩く。

 どこかに出口があるわけではない。ただ本能に従って歩き続ける。

 どれだけ歩いても白い世界が続くだけ。

 疲れることもなければ空腹や喉の渇きを感じることもない。

 あるのは自分の中に渦巻く衝動だけだ。

 歩く、歩く、歩く。

 どれほど歩いただろうか。

 どれだけの時間が流れたのだろうか。

 自分が何者かすらわからないというのに、時間という概念はあるらしい。

 そんなことを考えているうちに、世界が白さを増してくる。

 何かが起こる。漠然とした予感を感じながら、それでもなお歩むことを止めなかった。

 

そして、世界は暗転した。

 

 


 

 

「――! ――! ――――!」

 

 何かが聞こえる。何の音だろう。何か……嬉しそうな音だ。

 先ほどまで黒一色だったはずの視界には、赤い光が差し込んでいる。

 それに……暖かい。何か暖かいものに包まれている。

 そして"彼女"は気付く。赤い光の中に、白い場所があることを。

 時折その白い場所を、黒いものが何度も横切る。気になってしょうがない。

 腕を伸ばす。しかし思うように動かせない。しかも自分の足でさえ満足に動かせなかった。

 "彼女"は憤慨した。自分の不自由な肢体に対して、何か罵詈雑言を吐きたくなった。

 しかし口から出たのは、言葉ではなく泣き声だった。

 呂律が回らないどころの話ではない。意味のある単語が出てくる気配すらなかった。

 それでも必死に泣いた。声が枯れようとかまうものか。とにかくこの怒りをぶつけたかった。

 

 突如何かが自分の身体を覆い、柔らかい壁に押し付ける。

 何をする。私は今何もできない怒りを発散したいのだ。邪魔をするな。

 しかし自分を包んだ何かは一向に解放する気配がない。挙句自分の頭を撫でてくる始末だ。

 そこで初めて、自分の頭に触れているものの正体に気付いた。

 

(あぁ……)

 

 手だ。優しい手。手にしては変な感触だが、それが頭をさするたびに不思議な安心感が生まれていく。

 泣き声を上げることが馬鹿馬鹿しくなってくる。無性に身体を預けたくなる。

 すると途端に眠気がやってくる。まだ起きていたいが、こんな暖かいものに包まれて眠るのも悪くない。

 瞼が落ちそうになる。意識が再び沈んでいく。

 そして完全に沈む前に、誰かの声が聞こえてきた。

 

「お休みなさい、私の可愛い子」

 

 声の主が誰なのか、それは分からなかった。

 だが確かに言えることは、その声が慈愛に満ち溢れ、とても心地よいものだったということだけだった。

 その声を最後に、自分の意識の糸は切れた。

 

 


 

 

「かーさま、はい」

「あら、――ありがとう。助かるわ」

 

 この世界に来てどれだけ経っただろうか。自分は既に6歳になっていた。

 父と母と自分の3人暮らし。村から少し外れた場所にある木でできた小さな家に住み、農作物を作りながら暮らしていた。

 父は朝早くから夕方まで土いじりに精を出しており、母はそんな父を見守りながら家事をしていた。

 ここまで聞けば、ありきたりの家族といえるかもしれない。だが、決定的に違う部分がある。

 母の腕は、二の腕から手の先まで羽毛に覆われ、足も猛禽類のように獰猛な爪を備え、細長くとも強靭な足をしているのだ。

 それでいて他の部分は父と大差ないパーツでできている。

 そして短く切られた髪も、腕に纏う羽も、まるで雪のように白かった。

 自分も髪については母の血を強く受けたのか、母に負けず劣らずの純白だった。

 もっとも、髪質は父のようにサラサラで、両親たっての意向で髪は伸ばされているのだが。

 他には自分は父の血を強く受けたらしく、外見で母由来のものといえば先ほど述べた白い髪と、髪に混じって側頭部から生える羽ぐらいのものだった。

 しかし身体の中、強いて言うならば筋肉は母譲りであるらしく。それなりの重量物も楽々に運べる程度には筋力があった。

 

 閑話休題。

 母はその身体のため、日常生活で何かと不便なことが多い。

 ということで、自分はできる範囲で彼女の手伝いをしていた。料理や食事は言わずもがな、力仕事の時も率先して手伝っている。

 とはいえ、筋力があるといってもまだ6歳。できることにも限界があるので、あくまで補助的な役割に徹していたが。

 今も、母の作る料理の手伝いをするために父特製の座面が高い椅子にまたがり、野菜の皮剥きを手伝っている最中だ。

 母はということ、その細長くとも力強い足で器用に包丁を持ち、食材のカットをしている。

 

「ふふっ、――がいると本当に助かるわ」

「ほんとう?」

「ええ、あなたならいいお嫁さんになれそうね」

 

 嫁。嫁か。

 そうだ、この世界に生まれ落ちたからには自分にふさわしい夫を見つけ、次代につなげるのが道理というものだろう。

 だがそれは齢6の少女には少々酷というものではないかと、"少女"は内心苦笑することになったが。

 


 

 

 この世界には怪物がいる。

 形態や生態は様々だが、時に動物を襲い、時に人間を襲う凶悪な存在だ。

 中でも、ゴブリンの名はよく耳にした。

 やれ近くの村に現れただの、やれ娘が拐われただのと話題に事欠かない。

 父もその話を聞くたび、暗い表情になっていた。

 

「とーさま、なんでそんな暗い顔なの?」

 

 夕食の折、いつになく暗い表情の父を見て彼女は疑問を投げかけた。

 齢9となっていた彼女は、彼のその浮かない表情に疑問を浮かべるほど成長していた。

 父はそんな彼女の真っ直ぐな目にたじろぐが、優しく、それでいてどこか悲しそうな笑みを浮かべながらなんでもないと応える。

 

「なに、お前が心配するようなことでもないさ」

 

 そう返されれば、彼女も取りつく島はなかった。

 

 

 

 夜。草木は寝静まり、夜空を照らす2つの月が弧を描く頂点に差し掛かった頃。

 蝋燭のほの暗い光の下で、父は母と一緒に椅子に腰掛け、机を挟んで向かい合っていた。

 双方が深刻そうな表情となっており、もしかの少女がこの場にいればこの重苦しい空気に耐えられなかっただろう。

 

小鬼(ゴブリン)の足跡を見た」

 

 父は苦虫を噛み潰したような表情で切り出した。母は、やはりかといった表情でその話を聞いていた。

 

「幸いにも足跡からして1匹だけだ。でもあの子に被害が及ぶかもしれない」

 

 父の言葉に、母も思うところがあるのか静かに語りだす。

 

「ええ、あの子最近は柴刈りに積極的だからいつ遭遇してもおかしくないの。あなた、あの子を守ってあげられる?」

「農作業が少し滞るが背に腹は代えられないな。まあ任せておいてくれ、伊達に冒険者をやってたわけじゃない」

 

 母はそれを聞いて安心したように息をつく。

 父が本心から言っていることは分かっていた。だが、それでも不安なものは不安なのだ。

 自分の娘がもし害されたらと思うと、どうしても恐怖感が拭えない。

 それは父も痛いほどに理解していた。だからこそ彼は力強く断言する。

 娘は自分が守ると。そして妻も守ると。

 

 


 

 

 それから数日後、少女はいつもと同じく鉈を右手に持ち、背中に籠を背負って柴刈りに出向いていた。

 いつもは彼女一人で刈っていたのだが、今日は父も同行している。

 理由は分からない。だが自分の仕事ぶりを見てもらういい機会だと思い、特に気にしなかった。

 彼女自身、いつも野良仕事ばかりしている父と肩を並べて歩くこと自体初めてであり、それだけで気分は高揚していた。

 だがこういう時に限って、薪に丁度いい枝や木が見つからない。

 普段なら簡単に手に入るものだが、今日は中々見つからない。

 そのうち日は傾き、赤い光が林の中に差し込んでいた。

 

「うぅ……見つからなかった……」

「ハハハ、そういう時もあるさ。仕方がない、今日の所は戻ろう。暗くなってきたしな」

 

 父に言われるまま渋々ながら帰路につく。

 悔しかった。折角父の役に立てると思ったのに、何もできなかった。

 そんな気持ちが顔に出ていたのだろうか、父は頭を撫でながら優しい口調で励ましてくれた。

 

「お前がいつも頑張ってるのは父さんがよく知ってるよ。今回は運がなかっただけさ」

「うん……」

 

 父の優しさに熱いものを覚えていると、前方に何か人型のものが現れるのが見えた。

 気付けば日は既に沈んでおり、その人影も輪郭しか判別できない。

 身長は少女よりも気持ち低めであり、一見すると少年のようにも見える。

 だが、ガリガリにやせ細った手足に身体に対して異様に大きい頭部。そしてそんな頭の横から生える尖った耳は、彼が人間ではないことを如実に物語っている。

 

ゴブリンだ。

 

 父はそれがゴブリンであると判明した途端舌打ちし、自らの腰に差していた鉈を取る。

 

「――、俺のそばから離れるなよ」

「う、うん」

 

 そしてこちらに気付いたであろうゴブリンが、下品な笑い声を上げる。

 女だ、女がいる。それもまだ若い。今あの男から奪えば自分のものだ。

 そんな欲望にまみれた小鬼の笑声は、少女を委縮させるには十分だった。

 だがそれを黙って見ている父ではなかった。

 地面を思いきり蹴り飛ばし、ゴブリンとの距離を一足飛びで詰める。

 その速度たるや、常人の目では追いきれないほどだった。

 その勢いのまま振りかぶられた刃が、無防備な首筋へと吸い込まれる。

 肉が裂ける音と共に小鬼の首が宙を舞い、胴体だけが地面に倒れ込んだ。

 

「ふぅ……大丈夫か?」

「だ、大丈夫……だよ?」

 

 彼女の返答に父は「よかった」と一息吐き、すぐに死体となったゴブリンへ視線を移す。

 何かぶつぶつと言っていたが、少女にはそれが何なのかは分からなかった。

 しかし、父は見落としていた。

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「ふぇ……?」

 

 突然浮遊感に襲われ、直後に尻に来る衝撃に顔をゆがませる。

 痛いと感じたのも束の間、後ろへ後ろへとどんどん引っ張られる。

 

「え、え? え?」

 

 後ろを見れば、そこにはあの醜怪な顔があった。

 黄色い目をぎらつかせ、口の端からは唾液が垂れ落ちている。

 その手が己の体を掴んでいるのだと気付くと同時に、少女の顔は真っ青になる。

 父と一緒にいるという安心感は脆くも崩れ去り、代わりに恐怖が心の中を埋め尽くしていく。

 

「い……いや……いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

 必死に抵抗するも、子供の力ではどうすることもできない。

 そしてわが子が連れ去られたことに気付いたであろう父が、こちらに向かって走ってくる。

 しかしここは入り組んだ林、身長の低いゴブリンならともかく、大の大人では先ほどと違い走りづらいことこの上ないだろう。

 どんどん距離を離される。父が遠くなる。助けてと叫ぶも、もはや届くことはない。

 代わりに聞こえるのは、醜悪な笑い声だけだった。

 

 

 ああ、自分の人生はここで終わるのかと子供ながらに理解してしまったその時だった。

 背中に背負っていた籠のショルダー部分が壊れ、彼女はずるりとその場で落下した。

 

「え……?」

 

 思わぬ解放にはゴブリンも驚いたようで、しばらく籠を引きずった後に獲物がいないことに気付くと、地団駄を踏んで怒りを露わにする。

 彼女にとって、これは思ってもみないチャンスだった。

 だが恐怖が彼女の身体を抑え込み、動けずにいた。

 しかし自分を攫った怪物の黄色い目を見た時、自然と身体は動いていた。

 立ち上がり、右手に持っていた柴刈り用の鉈を握りしめたまま、ゴブリンに突撃する。

 

「ああああああああ!」

 

 自分の中に渦巻く黒い感情が、彼女を突き動かす。

 殺せ。殺せ。殺せ。

 逃げてもどうせ捕まるだろう。ならば、奴はここで殺しておくべきだ。殺さなければ、自分に明日はない。

 地面を強く蹴る。狙うは奴の頭部のみ。

 ゴブリンはというと、彼女の悲鳴ともとれる絶叫に何かを感じ取り半歩下がる。だが、もう遅い。

 そして彼が最後に見たのは、宵闇の空に白い長髪を振りまき、紅い瞳に殺意を込めた少女の姿だった。

 

「はああああああ!!」

「GOB!?」

 

 振りかざされた刃は、見事にゴブリンの額に命中する。

 そしてそのまま頭部を貫いた瞬間、まるで花火のように赤い血が周囲に飛び散った。

 それは彼女の顔にも容赦なく降りかかり、一瞬にして赤く染め上げる。

 少しの沈黙ののち、ズリュ、と鉈は小鬼から離れ、醜悪な緑色の小人は脳漿を撒き散らしながら仰向けに倒れた。

 びくん、びくんとその小さな体は痙攣していたのがそのうち動かなくなり、やがてその生命がこの世からいなくなったことが見て取れた。

 少女はそれを確認してから、その場にへたり込んだ。

 鉄臭い臭いが鼻を刺す。手が震える。肉を斬ったあの感触がまだ残っている。

 自分にかかった血は、まだ暖かかった。




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