ある半鴉人斥候の話   作:yagra

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第5話です


05 侮るなかれ

 強烈な閃光が、男の降りた空間に広がる。と同時に、ゴブリンたちの苦悶の叫びが聞こえてきた。

 男の様子を見ていた彼女も穴から広間へ飛び降りる。周囲を見渡すと、目を押さえて苦しむゴブリンたちがいた。奥の方では、あの男がゴブリンたちをちぎっては投げちぎっては投げを繰り返している。

 彼女も負けじとゴブリン排除に動いた。

 

「フッ!」

 

 近くのゴブリンに肉薄し、右に持つダガーでその頸動脈を断ち切る。切られたゴブリンは首から派手に血しぶきを上げながら倒れ込む。

 

「次!」

 

 今度は左にいるゴブリンに狙いを定め、ダガーを振るう。刃はゴブリンの左横胸部を捉え、そこを深く切り裂いた。

 致命傷を受けたゴブリンはそのまま地面に倒れ動かなくなる。

 ダガーを腰のナイフシースに戻しつつ、両腿のスローインダガーを引き抜き、そのまま投擲する。

 その2本は正面の目くらましから回復しつつあったゴブリン2匹の額を見事に貫いた。

 そのまま仰向けに倒れる2匹からダガーを回収して突撃、その奥にいたゴブリンに膝蹴りをかます。

 蹴られたゴブリンは大暴れしている男に気を取られていたらしく、まともに食らったのか勢いよく吹っ飛ぶ。

 吹っ飛んで倒れたところに間髪を入れず飛び掛かり、喉笛にダガーを突き刺してとどめを刺す。

 

「……ふぅ」

 

 短剣を引き抜いて一息吐く。後ろを見ると、広間に降りてきた青年たちの一党がゴブリンに乱暴されてぐったりしている娘を救出しつつ、周囲のゴブリンに対応していた。

 だがやはりと言うべきか、青年1人では後衛2人と救出対象の護衛は難しいようだった。青年の剣捌きは駆け出しとは思えないほどの腕前に見えるが、やはり難しいらしい。

 それに周囲の穴という穴からゴブリンがほぼ際限なく出てきているので、このままではジリ貧になりかねない。

 彼女は青年たちを援護すべく、無様にもこちらに背を向けているゴブリンに向かって地面を蹴る。

 直前になってゴブリンはこちらの存在に気が付いたようだが、その時点ではもう彼女の確殺距離(キルゾーン)に入ってしまっていた。

 右に持つダガーの柄頭で振り向いたゴブリンの下顎を突き上げ、バランスを崩したところに右の刀身を胸へ突き立てる。

 その反動で体が反時計回りにひねられたのをそのまま活かし、隣にいた小鬼の頭に左に持つ刃を滑り込ませる。

 2匹を一気に屠ったところで、それまで青年たちに気を取られていたゴブリンたちも流石に反応した。一瞬にして意識が彼女の方向を向く。

 だがそんなことはお構いなしに彼女は低く飛び上がり、青年たちに一番近い位置にいた緑の小人を強襲。両手のダガーで喉を挟み込むようにして掻き切り、それを下敷きにして衝撃を和らげながら着地した。

 

「援護する! 戦士は退路の確保を!」

「わかりました!」

 

 彼女は素早く青年たちとゴブリンたちの間に入り、牽制する。

 先ほどまでであれば、奴らにとって彼女は絶好の獲物だっただろう。しかしあの男ほどではないにしろ仲間(肉壁)を狩られまくったせいか、ゴブリンたちは彼女に対して憎悪に近い感情を抱きつつあった。

 だがそれは彼女にとって好都合だった。父から教わった格闘術に自信があったからというのもあるが、怒りに任せた攻撃というものは動きに精細さを欠くと常々教えられていたからだ。怒りに任せた攻撃ほど御しやすいものはないとは父の談である。

 これは好機とみていいかもしれない。彼女がそう思った時だった。

 

 ある穴から一際大きいゴブリンの叫び声が聞こえたかと思うと、通常のゴブリンと比べて一回り以上大きい体躯のゴブリンが姿を現した。

 

「ホブゴブリン……!?」

 

 新米神官の顔が恐怖で歪む。ホブゴブリン、ゴブリンの上位種。その腕力は大の大人を投げ飛ばすほどだと言われている。またゴブリン特有の悪知恵も持ち合わせているため非常に厄介な存在だ。

 突然の遭遇に青年たちは浮足立ってしまうが、彼女が檄を飛ばす。

 

「慌てないで! まだ距離があるから落ち着いて対処すれば大丈夫! 魔術師! 《力矢》の用意を!」

 

 彼女の声にハッとしたのか、落ち着きを取り戻した青年たちはめいめいの準備を始める。

 圃人魔術師は《力矢》の詠唱を開始し、青年は魔術師を護衛。神官はいざという時のため怪我人の治療に備える。

 ホブゴブリンはまた咆哮を上げると、巨体に見合わない速度でこちらに突っ込んでくる。地面が揺れる。他のゴブリンたちは巻き込まれまいと慌てて避けようとする。

 そしてホブゴブリンが目と鼻の先にまで接近したその時だった。

 

「《サジタ()……ケルタ(必中)……ラディウス(射出)》!」

 

 圃人魔術師の唱えていた《力矢》が発動し、生成されたエネルギーの矢がその顔面に直撃した。

 ホブゴブリンは悲鳴を上げ、仰け反りながら倒れ込む。先ほどの突撃よりも大きい振動が広間に広がった。

 

「や、やった……?」

 

 青年が恐る恐るといった様子で呟く。確かに今の一撃は確実に決まっていた。だが手応えが薄い気がする。

 確認しようと近づいたところで、いきなり横からあの男が現れる。そして倒れたホブゴブリンの喉笛を手に持った剣で切り裂いた。

 意識外からの出現に彼女を含め一同は驚くが、男はそんな視線も気にせず近くのゴブリンを処分しながら口を開く。

 

「奴らは狡猾だ、死んだふりなど当然してくる。確実に殺せ」

 

 男の言葉には説得力があった。事実、喉を斬られたホブゴブリンは一瞬ビクンと跳ね、そのまま先ほどのような違和感もなく体を横たえたのだ。

 "ゴブリンは狡猾な怪物である"。その一部始終を見て、男に言われたその言葉が間違いではなかったと彼女たちは実感せざるを得なかった。

 そして、周囲の穴からは相も変わらずゴブリンたちが出てくる。その量はもはや数える気にもならない。

 

「さすがに数が多いな。一旦地上に戻るぞ、広い方が戦いやすい」

 

 男がそう言うと青年たちも頷き、先ほど来た道を引き返すことになった。彼女もまたその指示に従う。

 救助した娘を彼女、圃人魔術師、女性新米神官の3人で運び、前後を青年とあの男で護衛する。途中、急遽掘ったであろう横穴からゴブリンたちが出現し道をふさぐことが何度かあったが、男の「無暗に剣を振るな。小さく振るか突きを使え」の助言に従った青年の剣の突きを喰らって絶命するだけだった。

 

 

 

「ち、地上です! 出られました!」

 

 それから少し経って、一党はやっと地上へと出る。日はとっくに暮れて真っ暗になっており、木々の間からは満天の夜空が覗いていた。

 運んできた娘を下ろし、穴の方向を見る。そこには、もう黄色く光る眼が見えていた。もう追いついたようだ。

 しかしここは先ほどの地面に囲まれ、明かりがあっても薄暗かった広間ではない。そしてここに出た以上、こちらに分があるというものだ。

 魔術師と神官を娘の護衛を兼ねて後方で待機させ、残る3人で穴から溢れ出てくるゴブリンたちをどんどん始末していく。

 青年は手に持つ片手剣でゴブリンを刺し殺し、あるいは真っ二つに斬り捨てる。男はいつの間にか持っていた棍棒でゴブリンを殴り、その頭を文字通りへこませていた。

 彼女も両手のダガーでゴブリンを切り伏せ、突き殺し、死体の山を作っていった。

 

 

 そうしているうちに、穴から出てくるゴブリンの数が尻すぼみになってくる。男はそれを確認すると「戻るぞ」とだけ言い、また穴の中に入っていった。

 しかし青年の仲間の魔術師と新米神官は先ほどの移動でへとへとになっており、再びあの穴に入るのは厳しいようだった。

 

「では魔術師と神官は娘さんの介抱をお願いします。僕たちであの人を追いますから」

「わかりました」

「ああ、わかった」

 

 その状況を鑑みた青年がそう提案すると、2人は疲労困憊の様相で了承した旨を述べた。

 

 

 穴の中は、最初に侵入した時と同じく静まり返っていた。奥にはあの男が持っている松明の光がぼんやりと陰影を作っている。

 彼女は青年とともにその影を追う。しばらく歩いていると、また例の開けた場所に到着した。あの男は既に到着しており、ゴブリンの死体に剣を突き刺して生き残りがいないかを入念に調べている。

 そして彼女たちが到着したのに気が付くと、彼は振り返りこちらに話しかけてきた。

 

「この広間のゴブリンを全部調べる。終わったら子供の部屋を探すぞ」

 

 表情は鉄兜で見えず、声色も変化がないので何を考えているのか分からない。だがその言葉からは、ゴブリンに対する憎しみが見え隠れしていた。

 

「なぜそこまでしてゴブリンを殺すんですか?」

 

 その言葉に対し青年が疑問をぶつける。それに対する男の回答は一言。

 

「奴らがゴブリンだからだ」

「なっ……もしかしたら心優しいゴブリンがいるかもしれないじゃないですか!」

 

 青年はその答えに憤慨した様子で反論するが、男には暖簾に腕押しといった様相だった。

 

「心優しいゴブリン……ああ、いるかもしれん」

 

 間をおいて、男は青年を見据えながら続ける。

 

「だが今まで俺の見てきたゴブリンは心優しいゴブリンではない。奴らは俺たちを殺そうとし、女子供を攫い、村を滅ぼしている」

「ッ……それは……」

 

 男の言葉の端々には、ゴブリンへの怒りともとれる感情が含まれていた。

 それに気圧され、青年は口ごもってしまう。

 

「心優しいゴブリン。いや、いいゴブリンというのは自らの行いを恥じ、悔い改めることができるゴブリンだと俺は考えている」

「……」

 

 彼女はその男の考えが極端なものだと感じていたが、実際に自分たちがゴブリンから受ける被害のことを考えると否定しようにも否定しきれなかった。

 かくいう彼女自身もまた、ゴブリンの被害を受けた1人であったため尚更であった。

 そして男は続ける。

 

「俺たちを殺そうとせず、女子供を無理やり襲わず、村も滅ぼさない。そして人目に触れることもなくひっそりと生きる。そういうゴブリンがいいゴブリンだ」

「人前に出てこないゴブリンだけが、いいゴブリンだ」

 

 男のその言葉には強い意志が宿っており、彼の思想が並大抵のものでないことが窺えた。

 青年も男の言葉に不服ながらも納得したようで、これ以上の追及はなかった。

 その後、3人は手分けしてこの広間のゴブリンの死体を調べ、生き残りがいないか確認していった。

 

「あったぞ、子供の部屋だ」

 

 そしてまだ狩りきれていない残党を処分しながら巣を探索していると、ある場所で男がそう言い出した。

 見ると、集められた木の枝で粗雑に隠された穴があった。男はそこにずんずん入っていく。

 彼女も続けて入ると、そこには子供のゴブリンが身を寄せ合って震えていた。

 決してかわいらしさはないが、涙目になりながらこちらを伺うその姿は保護欲を誘うものだった。

 

「よし、こいつらも殺すぞ」

 

 だがそんな感情も、男の一声によって掻き消されてしまう。

 

「こ、子供も殺すんですか!?」

「ああ、そうだ」

 

 彼女は驚愕し、思わず聞き返す。しかし男はそれを肯定するだけだった。

 

「子供とはいえゴブリンだ、成長すれば先ほどのゴブリンたちと同じことをする。あの顔もこちらの同情を誘い、油断させるための演技だ。こいつらは人間にとって害悪でしかない」

「で、でも……」

 

 男は彼女に向き直り、言い聞かせるように続けた。

 

「こいつらを殺しておかなければ、いずれまた同じことが繰り返される。今殺さねば次はもっと多くの人間が死ぬぞ」

「……」

 

 彼女の顔は青ざめていた。今までこういった依頼を受けていなかったのもあるかもしれないが、まさか怪物相手とはいえ子供にまで手をかけるとは思っていなかった。

 今まで黙っていた青年も男の所業に顔を引きつらせている。恐らく彼女と同じことを考えていたのだろう。

 

「無理なら、俺1人でやる。その方が効率がいい」

「……いえ、私もやります」

「僕もやります」

 

 男の突き放すような言動に彼女らは意を決したように答え、めいめいの武器を構えた。

 

 彼女は心の中で自分を責めていた。外の世界を見たいというだけの甘ったれな考えを持っていた自分に嫌気が差していた。

 わかっていたはずだ。冒険者になるということは、いずれこういった場面に立ち会うことになると。

 自分には覚悟が足りなかった。それ故に、男は自分のためにこうして言ってくれている。ここで自分が断れば、きっと男は自分の手でゴブリンを殺すのだろう。

 それでは駄目だ。自分もこの依頼を請けた以上、最後までやり通さなければならない。それが今の自分に必要なことなのだ。

 心を鬼にしろ、これは仕事なんだ。

 子供に恨みはないが、これもまた彼らの運命なのだ。

 

 

 自分の心を殺しながら、彼女と青年は男と一緒にゴブリンの子供を処分して回った。

 

 


 

 

 彼女たちが再び地上へと上がってきたのは、夜明け直前のことだった。東の空が白み、ひんやりとした空気が肌を刺す。

 近くには疲れて眠ってしまっている新米神官と、舟を漕ぎながらも必死に耐えようとする魔術師の姿があった。

 

「では彼らを起こしてきますので」

 

 青年はそう言って小走りに2人の元へと向かっていく。

 残された彼女と男の間には沈黙が流れた。

 少しして、男がそれを破った。

 

「斥候、お前の投げナイフの腕、どこで学んだ?」

「え、えーと……父様からです」

「そうか、いい腕をしている」

 

 突然話しかけられたことに驚きつつも、彼女は当たり障りのない回答をする。

 男にとっては大したことのない質問だったのかもしれないが、それでも褒められて悪い気はしなかった。

 それに、ゴブリンの子供に手をかけたことで少なからず精神が摩耗していた彼女にとって、賞賛されるというのはそれだけでも大きな救いとなった。

 しかし会話はそこで途切れてしまい、何とも言えない気まずい空気が流れてしまう。何か次の話題を見つけねば……。

 

「あ、あの……」

「なんだ」

 

 思い返すと、この男の名前を聞いていなかった。今更すぎることではあるが、せっかくなので聞いておこうと思い至る。

 これから一緒に依頼をこなす機会もあるだろう。名前を知っておいて困ることはないはずだ。

 彼女は勇気を出して口を開く。

 

「お名前、聞いてもいいですか?」

「……小鬼を殺す者(ゴブリンスレイヤー)だ」

 

 ゴブリンスレイヤー……。彼の名前に物騒なものを覚えつつも、この人らしい名前だと心のどこかで感じた。

 

「ゴブリンスレイヤーさん、ですね」

「ああ」

 

 彼は短く返事をすると、そのまま黙ってしまった。

 話が続かないというのは歯がゆいが、気にするほどのことでもないだろう。

 

 

 そうしていると、青年が手を振ってくる。どうやら2人とも目が覚めたようだ。

 あとは村娘の移送とギルドへの報告だけである。

 

「今度一緒に動くことがあれば、よろしくお願いします」

「そうだな」

 

 最後に2人は軽く言葉を交わし、青年の待つ場所に向かう。

 地平線には、赤い光が顔を覗かせていた。

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