ある半鴉人斥候の話   作:yagra

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お久しぶりです。
第8話になります。
主人公の種族について独自解釈があります。


06 昇格

――ゴブリンの巣攻略依頼達成から1週間後

 

 

 彼女は相も変わらずはぐれゴブリンの依頼を探し、なければ下水道の依頼を取りながらその日を過ごしていた。

 あれから青年の一党とよく交流するようになり、時に共同で依頼を達成することも増えた。中でも女性新米神官とは()()()()をしているということで仲が良くなり、ギルドの酒場でよく談笑する関係になっていた。

 

 

 そんなある日、今日は疲れた身体を癒すため依頼の取得を控え、同じく休養日の新米神官とゆっくり酒場で食事をしながら世間話に花を咲かせていた時のことだった。

 誰かがこちらに近づいてくるのを感じ取り、振り向くとそこにはギルドの受付嬢が立っていた。どういうことだろうか。

 

「あれ、どうかしたんですか?」

「はい、斥候さんにお話がありまして」

 

 受付嬢はいつもの営業スマイルでこちらに用があると言ってきた。何かやらかしたことでもあっただろうか。

 新米神官も心配そうにこちらを伺っている。

 

「私に……ですか」

「ええ、斥候さんについては、今までの実績を踏まえて黒曜等級への昇格が望ましいとギルドは判断致しました。差し当たって面接を受けていただくことになります。といっても簡単なものなので、安心してくださいね」

 

 今……受付嬢は黒曜等級への昇級と言わなかったか……? 私が……?

 あまりに突然のことに固まっていると、神官が椅子から勢いよく立ち上がった。

 

「本当ですか!? やりましたね斥候さん! もう黒曜等級になるなんて凄いです!」

 

 新米神官は自分の手を取りブンブン振ってくる。しかし彼女としては未だ実感が湧かず、ただ呆然としていることしかできなかった。

 

「あ、う、うん。ありがとう……」

 

 新米神官はまるで自分のことのように喜んでくれた。そんなに喜ばれるとは思っていなかったので、正直なところ気恥ずかしかった。

 そして同時に、嬉しさや誇らしさといった感情が胸の中に溢れてくるのを感じる。

 自分の努力が認められた。在野最高峰の等級である銀等級へと続く、新たな冒険者の階級へと至ることができた。それが実感できてくると、自然と顔が綻んでくる。

 

「……ふふ、このまま銀等級までいっちゃうかもね」

 

 彼女は新米神官に対して挑戦的な笑みを浮かべる。

 

「なっ、私だってすぐに追いついてみせますよ!」

 

 神官は対抗するようにムキになり、負けじと言い返してくる。

 しばらくの睨み合いの末、両者は同時に吹き出してしまった。

 

「あはは、早く追いついてきてね」

「もちろんですよ、ふふ」

 

 2人は笑い合う。等級1つだけの違いでしかないというのに張り合うことのくだらなさと、それを笑って許せるだけの心地よい友情を互いに感じていた。

 ただ蚊帳の外になっていた受付嬢に咳払いされてしまったが。

 

「んんっ、準備できているのであれば今からでも面接を始められますが、いかがなさいますか?」

「あ、はい、ではお願いします」

「わかりました。では奥の部屋へ案内しますので、ついてきてください」

 

 受付嬢に促され席を立つと、新米神官は彼女に手を振る。

 

「じゃあまた後でお会いしましょう。ここで待ってますから」

「うん、また後で」

 

 神官に別れを告げつつ、受付嬢の後ろをついていく。

 そしてギルドのカウンター横にある扉までやってくる。受付嬢曰くここで面接をするとのことだった。

 中に入ると、そこにはいわゆる応接室のような間取りが広がっており、壁際には書類棚が並んでいた。

 部屋の中心には木製の長机が置かれており、それを挟むようにソファが置かれている。

 

「ではソファにお掛けになってお待ちください」

 

 そう受付嬢が言うと、先ほど入ってきたドアを開けてどこかへと行ってしまった。

 言われるままにソファに座る。

 ……柔らかい。こんな上等なものがこの世界にあったのかと感動すら覚える柔らかさだ。木製の固い椅子にしか座ったことのない彼女にとって、この座り心地の良さはあまりにも衝撃的だった。

 思わず手を座面に押し付け、その感触を確かめてしまう。……ああ、これはダメだ。もう虜になってしまったかもしれない。

 そう彼女がうっとりとしていると、部屋のドアが開かれ受付嬢ともう1人の女性が入ってくる。服装からして同じギルド職員のようだ。

 

「ではこれより昇格審査を始めます。こちらからの質問には"正直に"答えてくださいね」

 

 受付嬢とギルド職員が向かいの席に座り、そう告げられる。

 いよいよ始まるらしい。彼女は背筋を伸ばして話を聞く姿勢に入る。

 

 

 

 出された質問に答えていく中で、彼女はこの面接の内容は至極普通……というより、なんとも拍子抜けするものであると気付いた。

 というのも、質問の内容が「ギルドの規定に違反したことはあるか」だとか「過去にどのような依頼を達成したことがあるか」だとか、とにかく冒険者としての活動内容に関することばかりだったからだ。

 もちろん全て正直に答えるが、なんだか肩透かしを食らってしまった気分になってしまう。

 

「はい、ではこれにて昇格審査を終了いたします。あなたに関して問題行動や違反行為等は見受けられませんでした。よって、本日より黒曜等級の冒険者としてその活動が認められます」

 

 最後の質問に答えると、ギルド職員がそう言ってきた。もう合格だという。そうあっさり決まってしまっていいものなのだろうか。

 わけも分からず目をぱちくりさせてしまう。

 

「それでは後ほどカウンターにて黒曜の認識票をお渡ししますので、そちらで待っていてください。おめでとうございます」

 

 受付嬢はそう言って立ち上がると、笑顔でギルド職員と一緒に部屋の外へ行ってしまった。

 後に残されたのは、未だ状況を飲み込めていない彼女だけ。

 ……とりあえず、カウンターに行ってみよう。彼女はそう思い、ソファの感触を名残惜しそうにしながら立ち上がった。

 

 

 部屋から出ると、既に受付嬢がこちらを待ち構えていた。相変わらずの営業スマイルではあるが、いつもよりも増して優しい空気を纏っている感じがする。

 どうにも落ち着かない気持ちになりながらも、彼女は受付嬢の近くに寄る。

 

「斥候さん、昇格おめでとうございます。こちらが黒曜等級の認識票になります。白磁の認識票を返却してこちらをつけてくださいね」

 

 受付嬢が差し出したトレーには、黒く光る認識票が置かれていた。

 彼女は自分の首につけていた白く小さい板を取り外し、トレーに置く。そして、黒曜の認識票を手に取る。

 これが黒曜等級の認識票……。彼女は手に持つそれをまじまじと観察する。

 黒く、重厚感あふれるそれはただ持っているだけで力強さを感じさせる。

 白磁の等級とは全く違う、新たなる等級の証。彼女はその事実を前に、自然と笑みを浮かべた。

 

「……ありがとう、ございます」

「あなたに対する正当な評価の結果です。胸を張ってください」

「……はい!」

 

 彼女は元気よく返事をする。

 それでは、と受付嬢は黒曜等級に昇格したことでできるようになる依頼がどんなものなのかを軽く説明し始めた。

 といっても、最初に冒険者として登録した際の説明の焼き直しのようなものであったが。

 

「次の昇格を目指して頑張ってくださいね」

「はい!」

 

 受付嬢の説明を聞き終え新米神官の待つ酒場へと戻る彼女の後ろ姿は、心なしか軽やかなものだった。

 

 

 

「本当に半鴉人だったなんて……」

 

 彼女の後ろ姿を見ながら受付嬢は独り言ちる。

 最初はただの見栄を張った嘘をついているだけだと思っていたのだが、先ほどの面接でそれが真実であると確定してしまった。

 一緒に面接をしていた監督官の《看破(センス・ライ)》に引っかからなかったのだ。つまりあれは演技ではなく、本当のことだということになる。

 鴉人……戦場において、「勝利をもたらす鳥」と神聖視され、あるいは「死を告げる鳥」の異名で呼ばれ忌み嫌われている種族らしい。

 それに彼女は(ハーフ)だ。場合によっては迫害の対象になり得る。

 唯一救いなのは、彼女自身に鴉人の特徴がほとんどなく、そこらにいる普通の只人(ヒューム)に見えることだろうか。

 本人は隠しているつもりはないらしいが、いつかこのことが発覚した際に彼女がどういう扱いを受けることになるのか心配でならない。

 ギルドとしては彼女の存在について何ら問題はないし、むしろ冒険者として活動してくれる分には大歓迎だ。

 だからこそ、彼女の冒険者生命をそう簡単に絶たれてしまうような状況は避けたい。

 これには私情も含まれているが、他の職員も同じ考えだろう。だがギルドとしてはそういった特定の冒険者に肩入れすることはできない。もどかしいものだ。

 願わくば、彼女が今後も変わらず冒険者を続けていられますように……。受付嬢はそう願うしかなかった。

 

 

 

「これが、私の新しい認識票」

「わぁ……新品だからなんでしょうか。凄く綺麗ですね……」

 

 そんな受付嬢の心配はいざ知らず、席についた彼女は嬉しそうに新しくなった認識票を眺めていた。テーブルの向かいからは新米神官がその板を物珍しそうに覗いている。

 

「頼まれてもあげないからね?」

「ちょ、ちょっと何を言ってるんですか!? まず頼みませんし勝手に取ったら地母神様に怒られてしまいます!」

「あはは、ごめんごめん」

 

 彼女は物欲しそうに自分の手元を眺めていた神官に釘を刺す。

 一応冗談のつもりで言ったのだが、意外と本気に取られてしまったようだ。あの反応を見る限り本気で取りに来たりはしないだろうが。

 神官に対して詫びを入れつつ改めて認識票を見つめる。

 黒曜等級。昨日まで白磁だったのがもう黒曜だ。これで少しは駆け出しから脱却できただろうか。

 

「……? どうしたんですか、ボーっとして」

「ん? なんでもないよ」

 

 認識票を見つめながら感慨に浸っていると、目の前の神官に声をかけられた。

 誤魔化しつつ彼女は認識票を手に取ると、早速首に着けてみる。そして椅子の背もたれに体重をかけると、彼女は大きく息を吐いた。

 これから自分を待ち受けるであろう様々な出来事に思いを馳せながら、彼女は窓の外を見た。

 窓から見える空は、雲一つない晴天。どこまでも青いそれは、まるで彼女の門出を祝福してくれているかのように見えた。

 

 

 彼女はもう一度、今度は深く長く深呼吸する。

 はやる気持ちを落ち着かせるように。

 心の中の不安を取り除くように。

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