キンジ・リコイル -Kinji the non-reathal ammo- 作:XEI
ただし遅筆とする。
井ノ上たきな
俺こと、遠山キンジの家系・遠山家は代々、正義の味方をやってきた。
時代によりその職業は違っていたが、力弱き人のため、それこそ何百年も戦ってきたらしい。
流された部分がないとは言わないが……俺はその事を誇りに思ってたし、遠山家の一員として自ら、ご先祖様と道を同じくするつもりだった。身近な目標も、いたことだしな。
だが、そんな殊勝な考えは、もうどっかに行ってしまった。なし崩しでまだDAに所属しているだけの穀潰しとして、今は喫茶店の店員なんかをやってる。
もう嫌なんだ。5年前のような、あんな思いをするのは。だから俺は、二度と銃を握る気はない。
⭐︎
喫茶リコリコは、錦糸町駅の北口から少し歩いた所にある。軽食まで提供する、そこそこ大きいカフェって認識してもらえれば充分。
客層はまちまちだが、リピーターが多いな。木製の落ち着いた家屋に、一見不釣り合いなステンドグラスの窓が、リコリコ独特の優しい雰囲気を醸し出している。まさに和洋折衷、と作家の伊藤さんが言っていたが……確かにそうかもしれん。
特に、昼下がりの和やかな店内でミカさんの淹れたコーヒーを飲んでいると、心が安ら「ここにも母となるべき才能が、いま結婚という障害に阻まれてるのよぉ!」……心が、安らぐような「不満だわ、今すぐあたしにいい男を支援しなさい!」
「才能、ねぇ……」
「なんだと遠山ァ! 才能無ぇだぁ? もっぺん言ってみろ!?」
「言ってねえ! 被害妄想も大概にしろ!」
「キシャ────ッ!!!!」
拳を振り上げて、ミズキさんはこちらに向き直った。もう片手には、今にも握りつぶされそうな婚活情報誌が握られている。つい口が滑ったが、これ以上相手をすると面倒臭そうな事を察し、俺はスッと視線を逸らした。
中原ミズキさん。リコリコではホールスタッフ兼諜報担当。亜麻色の長髪が目を引く、お客さんの初受けはいい女性で……徐々にその目線はナマモノを見るそれに変わっていくのはいつもの事だ。
とにかく結婚に飢えているパワータイプな上、平気で業務中に酒を飲み出すからな。仕事は出来るタイプなのに、色々と酷い。
その奇行さえなければ、眼鏡の似合う知的美人なんだが……結婚ね。少なくとも、天才支援組織のアラン機関が現れるだけの才能はないだろうな。
などと、本当に思ってると知られれば、グーの一つでは済まない事を考えていると……ミカさんがソーサーを拭きながら、呆れたように言った。
「その辺にしておけミズキ。キンジも聞いてるな? 今日は新人が来る、あまり不恰好を見せるものじゃない」
「新人……あぁ、本部から転属してくるんでしたか」
珍しい事だ。喫茶リコリコも一応DAの支部になってはいるが、その実態は問題児の流刑地のような扱いだからな。
ミカさんはともかく、DA嫌いを公言するミズキさんも俺も、そしてもう一人の不良リコリスも、DAにとっては頭の痛い人員だろう。
特に
戦力として一級品なのに、戦力とカウントし難い遊軍。ハハ、これほど扱いにくい大駒もないだろうな。
そんなメンバーが揃う、どうして存続が許されてるのかよく分からん支部にわざわざ送られてくる人員が、まさかまともな訳もなく──
「失礼します」
噂をすれば、影。白いスーツケースを押して店内に入ってきたのは、紺色の制服……セカンドの証を携えたリコリスだった。
肩より長く伸びた黒髪に、キリッと整った相貌。頬には痛々しい湿布が一枚。大和撫子から柔和さを取り払ったような、俺としても色んな意味で近寄りづらい美人だ。
彼女は店内をぐるりと見渡して、こちらを見た時に僅かに目を見開きながら……迷わずミズキさんの方へ歩みを進めた。
「申し訳ありません、この方は関係者でしょうか」
なるほど。思ったよりは真面目なリコリスかもな。若い男。指揮官でもリコリスでもない人間を警戒している。アホのファーストよりはよほど
ミズキさんも同じ事を思ったか、納得顔で話す。
「あぁ、コイツ? 大丈夫、店だけじゃなくてDAの関係者でもあるわ。情報漏洩の心配はしなくていいわよ」
「了解しました。……本日付でこちらに配属となりました、井ノ上たきなです。千束さん、貴女から学べとの命令です。今回の転属は本意ではありませんが、東京で一番のリコリスから学べる機会が得られたのは光栄です。この現場で自分を高めて、本部への復帰を果たしたいと思っています。よろしくお願いします」
流れるような自己紹介と決意表明だった。
な、なんというか……隙のないようで、千束とミズキさんを間違えている辺り、天然さも持ち合わせているらしい。これがギャップっていうやつか……!
やはり、近寄りたくないな。なんて思っていると……ミカさんが、井ノ上の間違いを正した。
「それは千束ではない」
「それって言うな」
「……?」
「そっちのおっさんでもガキでもねえよ!」
ミズキさんのツッコミが火を吹く。ジェンダーフリーが叫ばれる昨今とはいえ、俺とミカさんがリコリスになれる訳がないんだが……。いや、楠木司令辺りは案外、使えるならやるかもしれん。
お、おえっ……俺やミカさんがリコリスの制服を着ている絵面を想像しちまったら、吐き気しかしないぞ……! かぶりを振って嫌な想像を追い出すと、井ノ上へ伝える。
「俺もミカさん……あぁ、こっちの人な。も、間違いなく男だよ。千束はいま買い出し中だ。多分そろそろ戻ってくるだろ」
井ノ上は納得したように頷いた。
「改めて、ミカだ。ここの管理者をやってる。よろしく」
「よろしくお願いします」
「彼女は中原ミズキ。元DAだ、所属は諜報部」
「……元」
「嫌気が差したのよ、孤児を集めてアンタらリコリスみたいな殺し屋を作ってるキモい組織にね」
心底嫌に思っているのが伝わる表情と声。俺も同意するぜ。昔は正義だと目を瞑っていたが……DAは歪すぎる。それでも、組織がないよりはマシだから、一応所属はしてるんだけどな。
「関係者とのことでしたが、そちらの方は」
「遠山キンジ。この支部の予備戦力として詰めてもらっている。元リリベルのファースト、腕利きだ」
「よろしく」
「……!」
手を差し出すが、井上から向けられる視線に剣呑な色と警戒が混ざる。DAの擁する組織同士のくせ、リリベルとリコリスは面識もほぼなく、半分敵のような関係だ。無理もないが……もう俺はリリベルなんて辞めてるし、ここでは先輩なんだがな。
取られなかった手を引っ込める。小さく嘆息すると、さらに眉が吊り上がった。おいおい、上司が仲間として紹介した人間に殺気を向けて来るなよ。前言撤回、ある種ここに相応しい
まさか、抜く気か……? 井ノ上の手が滑るようにスーツケースに伸びるのと同時に、俺の手も自然と腰のナイフホルダーに向かう。そんな張り詰めた空気の中、能天気で聞き覚えのある声が聞こえてきた。
この声は……良くも悪くも、また空気が変わりそうだな。
ミズキさんは「やめなさい二人とも。おいでなすったわよ」と、扉の方を顎で指していた。
カランカラン。店の中に入ってきたのは、リコリコの赤い制服を着こなした、おバカ系美人こと錦木千束だった。
金髪に見える白髪に赤目。見た目だけなら人形のように整っているが、中身は残念なタイプ。SNSでも評判の、リコリコの看板娘でもある。
「先生、大変ー! 食べモグの口コミで、この店ホールスタッフが可愛いって! これ私のことだよね」
「私のことだよ!」
「冗談は顔だけにしろよ、酔っ払い」
「私の顔のどこが冗談だ、乳臭い小娘が」
「おっぱい大きくてごめん遊ばせー? ……あれ?」
井ノ上も井ノ上で、No.1リコリスの肩書きと目の前の現実が違いすぎて、奴こそが錦木千束だと認識できてないな、これは。
「リコリス。てかどしたのその頬」
「その子が例のリコリスだ。お前にも話したろ、千束」
「「えっ」」
一人は喜色を、一人は驚愕を浮かべる。
「今日から互いに相棒だ。仲良くしろ」
「「この娘(人)が」」
距離を詰めるのは一瞬だった。
「よろしく相棒! 千束でぇーす!」
「井ノ上たきなです。よろし」
「たきなー! 会ったことないよね?」
「は、はい、去年京都から転属してきたばかりで」
「おぉ! 転属組だね、優秀なんだー! 歳は?」
「16です」
「私が一つお姉ちゃんかー、でも、さんはいらないからね? ち・さ・とでok〜! ハイrepeat after me! ち・さ・と!」
「は、はぁ……千束?」
「いいねえ素直、可愛い! この前もすごかったね! あれやったのたきななんでしょ?」
……この前、か。銃がおよそ千丁、違法取引されるとの情報が入り。現場に本部のファーストを含むリコリスが急行。
一時仲間を人質に取られたりするも、機銃掃射による取引関係者の掃討をもって事件は解決、の筈だった。それがなぜか、井ノ上はこんな所にいる。
これは、よく分からなくなって来たぞ……。
正当な理由さえあれば、現場判断での専攻は意外と責に取られないんだ。俺にも覚えがある。まぁ、指示待ちしてる間に殺されました、なんて笑い話にならないからな……当然と言えば当然か。
なのに今回に限って左遷が起きた。つまり、形だけでも責任を取らせないと面目が立たない
「……」
井ノ上も好きなタイプじゃないが……同情はする。まぁ、本人は出戻る気満々で、千束にも果敢に意見をぶつけてるから、前向きみたいだが。
千束は仲良くなりたいから、井ノ上は千束の名声と経験を学びたいから。利害が一致してる二人は、まだ話し込んでいる。
二人は正反対のタイプだが……こういうやつらが、なぜかカッチリ嵌まる事がある。もしかしたら、もしかするかもな。
少しだけ、過去の千束と俺がダブって見えた。
「懐かしいか、キンジ」
「えぇ、まぁ」
「転がり込んできてからもう5年かー。たきなも相当だけど、アンタはアンタであの時面白かったわよね。事故で千束のパンツが見えて」
「そんな俺に興味津々だったのは誰だったかな?」
「あ?」
「チッ」
「そこまでだ。やれやれ、これで一回ずつだな? 叶わぬ願望、望まぬ体質。触れられたくないことは、誰にでもあるものだ。仲間内でぐらいモラルに準じるべきだろう」
「叶わぬ願望って言うな」
呆れ顔のミカさんの取りなしで、メンチを切り合うのを止める。ぐっ……まぁ、確かに。その気はなかったとはいえ、先に仕掛けた形になるのは俺の方か。
ミズキさんもバツが悪そうだし、そもそも今日は新人の転属日。もっと楽しくあるべき、だな。
「何にせよ、新しい仲間だ。千束じゃないが、歓迎しよう」
「そうですね」
たきなの分、コーヒーの準備を始めるミカさんを見て、自分のコーヒーを思い出した。そういえば、俺も飲みきってなかったな。
口に運ぶと、さすがにもう温くなってしまってはいるが……相変わらず、本当に美味い。豆の挽き方、蒸らし、温度。全てが高水準にマッチしないと出せない味は、現状ミカさんにしか作れない。
俺も早くこれを淹れられるようになりたいぜ。目下、それが目標だ。後輩も出来ちまったことだし……先輩がホールも調理も中途半端じゃ、格好がつかないしな。
「ねえねえキンジー」
「どうした、千束」
質問タイムは一段落したのか、いつの間にか近寄っていた千束がにまーっとして、
「たきな、アンタに似てる!」
嬉しくないことを言いやがったぞ、こいつ……!
「「似てねえよ(ません)」」
おい、ハモらせるな。漫画じゃないんだぞ。
案の定、顔を見合わせる俺たちを眺めていた千束は堪えきれずに失笑してやがった。くそっ、この性悪が……! そもそも、この生真面目トリガーハッピーと俺のどこが似てるんだよ!
お灸を据えてやろうと、俺が立ち上がると……「きゃー怖ーい♪」なんて言いながら、更衣室の方に駆けていく。お、お前汚ねえぞ! 俺が近寄れない、近寄りたくない場所に逃げ込みやがった!
「アンタの負けね」
「……」
振り上げた拳を下ろすタイミングを失った俺は、また着席するしかなかった。情けない、けど、千束も間違いなく美少女なんだ。もしも着替えの場面なんかに出くわしたら、
井ノ上もいる場でそうなるのだけは、絶対に避けないといけない。選択肢なんてないんだ、くそっ。
と、「あ、そうだ」と奥から声。次いでドタバタ戻ってくる足音。片手に着替えを持った──私はすぐに更衣室に入れるぞ、との俺への牽制だろう──千束は暖簾から半身をのぞかせて呼びかける。
「たきなー!」
「はい」
「リコリコへようこそー! にひひ」
今度こそ奥へと消えていく千束。声をかけられた当人は、まだ困惑の色が強そうだ。
さもありなん、というか。今まで人殺しをしてたんだ、
でもな、どうせすぐに慣れることになるさ。何せ、この店には暴走機関車お日様号がいるんだ。こっちがどれだけバリケードを組んでても、全部ぶっ壊されて取っ払われちまう。錦木千束は、そういうやつだ。
井ノ上は初めて出来た後輩でもある。先輩らしく、激励でもしてやるか。
「まぁ……頑張れよ」
「……あなたに言われずとも、そうさせてもらいます」
目も合わせないのかよ……! 頰を引きつらせる俺を尻目に、井ノ上もまた、荷物を下ろしに奥へと歩いて行った。
見た目以外は可愛くない女だが……いいさ。俺としてもそっちの方が都合がいい。千束のように距離感が近いよりは、万倍マシだ。
ただ、それはそうと井ノ上。俺はお前が千束で困っても助け舟は出さないからな!
「まーた器の小さそうなこと考えてそうな顔ね……」
「男なんてあんなものだ」
「ほっといてくれ!」
何はともあれ。こうして、新メンバーを加えた喫茶リコリコが動き出すことになった。今のところ、上手くやれるビジョンが見えないんだが……大丈夫なんだろうな、これ?