キンジ・リコイル -Kinji the non-reathal ammo- 作:XEI
ウォールナット1
井ノ上がリコリコに来てから、早いもので一月が過ぎていた。
何かが起きた時、とりあえず撃って解決しようとするようなとんでもリコリスではあるが……セカンドまで上り詰めただけはあり、物覚えがとてもいい。
マニュアルのある作業が得意なのか、ホールスタッフとしても調理スタッフとしても、既に戦力として数えられるレベルになっている。
精密な銃の扱いは、そんな井ノ上の器用さから来ているのかもしれん。
お客さん相手にさえ愛想は足りないものの……井ノ上持ち前の美貌が合わさって、クールな新人スタッフとして受け入れられていた。正直、助かってる。シフトに余裕が出来れば、それだけ一般の依頼もこなせるからな。
そして、人数が増えた分、大型の依頼も受けやすくなる。
「護衛依頼ですか」
「ああ」
ミカさんがコーヒーを差し出しながら頷いた。
これは……本当に香りがいい。俺が淹れてもこうはならないから、ミカさんの腕には唸るしかないぜ。
しかし、また護衛か。千束に降るDAからの任務を除けば、一番の大口依頼になる。俺としても命を守る仕事に異はない。ないんだが……。
「そう渋そうな顔をするな。たきなも反省している」
「千束にすら怒られてましたからね」
苦笑いを浮かべるミカさんは、俺の懸念を正確に言い当ててみせた。護衛と井ノ上。この組み合わせに、思うところがないとは言えないからな。
まぁ、気持ちは理解できるさ。自分が証人を消してしまった、消えた銃の行方を知ってるかもしれない相手だったんだ。
それが原因で本部から左遷されたと思ってる井ノ上としては、失点の挽回のために、どんな無茶をしても捕らえるしかなかった。
それでも、護衛に黙って囮作戦を敢行する問題児っぷりは擁護のしようがな……。
とはいえ、井ノ上の射撃能力の高さは折り紙付きだ。
「襲撃者の素性や規模は割れてるんですか?」
「ああ。人数は多くて十人程度。プロ寄りのアマチュアだな。正面戦闘だけなら、お前か千束一人でも問題ないと言ってもいい」
「セミプロ十人……? そいつはなんとも」
「人数を揃えている分、殺意は高いが、プロに対抗される事を想定していない」
若いな、とミカさんは締めくくった。
こっちは千束……東京リコリスの頂点に、射撃戦の申し子、井ノ上。もちろん、俺も力を貸すつもりだ。ミカさん達のサポートも入るし、これ……失敗する要素あるか?
こちらの依頼人が千束というツテがあると知らなかったのか、数で押し切れると判断したのか。そもそも、あまりお金を持ってないのかも、なんてな。いずれにせよ、詰めの甘い相手みたいだ。
「わかりました」
「そうか。状況次第でまた追って通達する。必要な物資があれば、あらかじめ申請しておいてくれ。……とは言っても、お前は銃を使わないんだったか」
「……そう、ですね。防弾制服と、
「フ、頼もしいことだ。手配しておこう」
これでも元ファーストだ、雑兵に遅れを取るつもりはないぜ。とはいえ、目的はあくまで護衛。俺に遠距離での攻撃方法がない以上、襲撃者の殲滅や捕縛は千束に負担をかけることになりそうだが……まぁ、あいつなら心配ないだろ。
出番になりそうなナイフの手入れだけは、しておかないとな。
話が一段落ついたと見て、コーヒーを飲んでいると……ミカさんは人差し指を立てて口を開いた。
「ところでキンジ。一つ尋ねるが」
この流れで、質問。一体なんだろうと頭を働かせる俺に、悪戯っぽくニヤッと笑いかけてくる。
珍しいな、ミカさんが何かを企んでいるのは。こういうのは、大抵が千束の専売特許なんだが。
「お前、演技に自信はあるか?」
⭐︎
「そうなのか、今日は午前までなんだね」
「午後はリコリコメンバーで出掛けることになってまして」
「君たちは本当に仲がいいね。僕も昔を思い出すよ」
護衛依頼の当日。常連さんには早仕舞いを伝えていたからか、リコリコは閑古鳥が鳴いており……閉店までのお客さんは残すところ、えっと、確か吉松さんだったか。だけになっていた。
うーん、いつ見てもスーツを完全に着こなしている、見るからに仕事が出来そうな人だな。雰囲気からして只者じゃないのは確実だろう。
俺が知らないDA職員かとも思ったが、千束が反応してないところを見ると違うらしい。ミカさんの知り合いらしいし、こんな人が一般人とも思えないが……。
まぁ、「キンジのニブチンは変なこと聞かないの。吉さんになんかしたらグーだかんね」と千束に脅されてる身だ。余計な詮索はしないでおこう。
「ところでキンジくん。君ぐらいの子が慣れた様子で働いているのは珍しいが、いつからリコリコに?」
「昔、ミカさんには良くしてもらいまして、その縁で。数年は働かせてもらってます」
「その歳で勤勉だね。この経験を活かすことは難しいかもしれないが、君の輝かしい才能で彩る将来に繋がることを願っているよ」
「……? ありがとうございます」
意外な言葉に少しだけ違和感を感じた。吉松さんなら、「どんな職に就くことになっても、この経験が活きる場面は必ずあるから頑張るといい」とか、肯定的な事を言ってくれそうだと思ってたんだが。
今のじゃまるで、その逆のような……
「お待たせー、千束が来ましたーっ!」
「いらっしゃいませ」
「いやいや、客じゃねっす」
宣言の通り千束が来た。席にご案内してやると、「このプリチーな同僚の顔を忘れたと申すか不届き者め」、なんてバカな事を言いながら、吉松さんが座ってるカウンターの隣に腰を下ろす。
「おー吉さんいらっしゃい、一月ぶりじゃないですか?」
「覚えていてくれたんだね」
「ま、お客さん少ない店だからー。なんてウソウソ、たきなの初めてのお客さんだもん。忘れませんよ。今度はどこに行ってたの? アメリカ? ヨーロッパ? ……わかった! 中国でしょ!?」
「お前の口はマシンガンかよ。……吉松さん、落ち着きのないやつですいません」
「ハハハ、気にしないでくれ。答えは残念、ロシアだよ」
これはお土産だ、と……なんだ、これ? 鳴子のような工芸品を千束に渡して、吉松さんは席を立った。支払いは既に済ませてある。スマートな人だよ、本当に。
「何これー。先生知ってる?」
「それはクローチカだ。ロシアの民族工芸の一つだな」
……なるほど、知らん。ミカさんはさすがに博識だな。
「うわーお博識! もしかして先生と吉さんが会ったのってロシアだったり!?」
「千束と同じ感想かよ……」
「……千束、バカを言ってないで早く支度をしなさい」
「えー、いいじゃん教えてよー」
「ハハハ、それはまた今度。それでは、これで失礼するよ」
「ありがとうございました、またお越しください」
「お土産ありがとうございましたー!」
カランカラン。騒がしかったろうに、吉松さんは嫌な顔ひとつせずに帰っていった。あの人の穏やかさは尋常じゃないな。俺もあんな風になりたいもんだ。
と、ほぼ同時に制服に着替えた井ノ上が出てくる。お土産を振り回していた千束もようやく落ち着き、後片付けを手早く済ませて。
さぁ、仕事の時間だぞ。
「状況は?」
「現在、武装集団に追われている」
「わお、それは大変」
マガジンに非殺傷弾を詰めながら千束。その手捌きには無駄がなく、声にも一切の気負いもない。ちょっと平常通り過ぎる気もするが、いいコンディションだな。この辺はさすがというべきか。
「たきなー、仕事の話もう聞いてる?」
「はい、一通り」
「OK〜。あ、昨日話してたブツ、そこに置いてあるから帰りに持って帰ってね?」
「……」
机の上には紙袋が置いてある。えーっと、なに? オススメ映画厳選! 千束セレクション。
「また映画の布教か? 好きだな」
「だって誰も見てくんないんだもーん。同好の士は寝てるだけじゃ増えないんだから」
「ほどほどにしとけよ、目悪くしても知らねえぞ」
「知らなかった? あたし、目と顔と頭とプロポーションはいいんだよねー」
「そうかよ、じゃあ勝手にしろ」
「あん? 何だよ照れちゃってー! ほらこっち向けこっち!」
「ば、バカッ、近寄るな!」
千束の悪ノリから慌てて逃げ出して、カウンターへと引っ込む。チッ、俺が本気で嫌がらないギリギリのラインでからかってきやがって……! 長い付き合いだが、こういう所が困るんだ、こいつは。
ケラケラと笑う底意地の悪いアホは、思い出したようにミカさんへと振り返った。
「あ、そういえばミズキは?」
「既に逃走経路確保に動いている」
「へー、張り切ってるね。めずらしー」
「報酬は相場の三倍。一括前払いだ」
「通りで」
「依頼者にとって危機的状況なのは間違いないからな」
「ふーん。たきなー、わかってるよね?」
ビクリ、と井ノ上。耳タコほど言い聞かされたからか、態度に出てるな。元々姿勢の綺麗な井ノ上だが、さらに背筋を伸ばして千束に向き直った。
「……大丈夫です」
じゃあおさらいね、と千束。
「最優先は?」
「護衛の命」
「次優先は?」
「私たち」
「周りも含めて」
「命大事に」
「作戦内容」
「命大事に」
「はいOK! 花丸満点excellent! これ、忘れちゃダメだよ?」
「わかりました……」
「千束、その辺にしとけ。出るぞ」
今は逃げ回っている頃合いだろうが、そのまま逃走可能なら俺たちに依頼をする事もないはずだ。護衛対象を安心させてやるためにも、早い合流は不可欠だろう。
「はーい。じゃあ先生、行ってきまーす」
「ああ。千束、キンジ、たきな。相手の方が人数も多く、ライフルまで確認できている。全員気をつけろ」
ライフルか、厄介だな。
「「「了解(しました)」」」
まぁ、このメンバーなら何とかなるさ。情報戦でも既に優位に立っているんだ。それに、