キンジ・リコイル -Kinji the non-reathal ammo- 作:XEI
浅草行きの特急の中で、俺たちは作戦会議と洒落込んでいた。
一人だけノリノリで駅弁を購入してるバカがいたものの……会議自体は、踊る事なく順調に進んでいく。
正確さに定評のある井ノ上が、改めて内容を噛み砕きながら読み上げる。
「合流ポイントにて依頼者と接触後、以下の逃走ルートをなぞりつつ、撹乱のため二度車を乗り換えます。遠山さんは二回目の乗換えの際、乗換え前の車のまま囮を決行。その間に私と千束さんが向かうのは空港ですね。国外逃亡の幇助終了で依頼達成です。羽田でゲートを潜ったところでミズキさんと交代「もきゅもきゅ」……って、聞いてますか?」
「
カタカタッ、ターン! って。大きな手振りで千束。奇行には目を瞑るとして、その駅弁と箸は置いてからやれ。年齢を考えろ、行儀が悪いじゃ済まんぞ。
コイツのことだ。ちゃんと作戦内容は聞いてるんだろうが、言動がアホすぎて不安になるな……。
「映画の見過ぎですよ」
「全くだ」
井ノ上と俺は軽くため息をついた。仕方ない、真面目な会話は俺たちでやっておこう。
「俺の方は問題ない。敵の釣れ方によるが、無力化に成功次第そっちに合流、あるいは遊撃に入る。連絡はミカさんを通じてする。想定外な何かが起きたらワンコールで知らせてくれ」
「了解しました」
「二人の動きが依頼者の安全に直結する。頼むぞ」
「まっかせときなさーい」
胸を叩いた千束が、ところでー。と続ける。
ジロジロ、俺と井ノ上の手元を見比べて、「キンジはいつものね。たきなは何それ?」なんて言い出した。
俺はコンビニおにぎりが昼飯で、井ノ上は……10秒チャージの例のやつをズズズっと吸い込んでいる。片手で時間をかけずに摂れる、まさに合理を追求する井ノ上らしい選択だと思う反面、驚きもある。……それで足りるのかよ本当に。
浮かれ気分に見える千束も千束だが、井ノ上も井ノ上だな。何でそう極端なんだ、お前らは。
「ゼリー飲料です。手早く終わるので重宝しています」
「いやいや、たきなさーん。今の状況わかってるのかな?」
「依頼人に会うために特急に乗っていますね」
「そう。その前にお昼食べとかないと」
「いま食べています」
「えー、それがー? 特急だよ、駅弁食べようよ?」
キンジはキンジで風情がないし、なんて言いやがる。ほっとけ。遊びに行くのとは違うんだ、これでいいんだよ。乗り換えまで時間もないしな。
ただ、同意するのは癪だが、ある程度飯を食っとくべきなのは同意見だ。長丁場になった時、食ってたか食ってなかったかで動きが大きく変わってくる。
予定では夕方にはケリをつけられる筈だ、強く言い聞かせるほどでもないが……一応伝えておくか。
「千束がおかずをくれるってよ。折角だ、少しぐらい腹に何か入れておけ」
「さっすがキンジ、よくわかってんじゃーん。ほら、煮卵美味しいよ?」
口元近くまで煮卵を持っていく千束。井ノ上は井ノ上でそこまで意固地になることもないと思ったのか、仏頂面ではあるものの、控えめに口を開いた。
「はい、あーん!」
「……はむ」
「どう、美味しい?」
「……美味しいです」
「はい美味しいー!」
何が楽しいのか知らんが、よかったな。などと微笑ましい様子の二人をぼうっと眺めていると……千束がニマニマした様子でワザとらしく科を作った。なんだ急に。気色の悪いやつめ。こういう時の千束はロクなことをした試しがないんだ。
「キンジにはあげなーい。間接キスになっちゃうもんね♡」
「いらねーよ!」
『ご乗車ありがとうございました。間もなく北千住、北千住でございます』
「はぁ、降りますよ」
「えぇー、もう?」
「……ここで乗り換えだって言ってただろ」
「そうなの〜?」
「……やっぱり聞いてないじゃないですか」
「井ノ上に確認なんて取ってたが、お前こそ分かってんだろうな……?」
呆れ顔の井ノ上は立つ鳥跡を濁さずに席を立つ。それに怒りそびれた俺も嘆息しながら続き、しまい時を逃したバカは片手に駅弁抱えたまま改札を潜っていた。
これが最高のリコリスなんて言われたら、そりゃフキ達も面白い顔になるよ。頼むぜ、本当に……。
⭐︎
「ウォール」
「ナット」
「早く乗ってくれ、追手がすぐ来る」
「え、え? 何それ合言葉? カッコ悪」
「分かりやすくていいってことにしとけ」
⭐︎
「助手席が空いてないんだが」
「そのトランクケースは僕の全てだ。すまないが触って欲しくない。全員後部座席に乗ってくれ」
「ぐっ……なら、俺は左側で」
「キンジ銃持ってないでしょ。撃ち合いになるかもしれないから窓側はダメ」
「じゃあどこにいればいいんだよ、トランクの中か?」
「真ん中」
「……」
⭐︎
最悪な状況だ……!
軽自動車の後部座席に三人は、当たり前だが狭い。女子二人がスラっとしているから何とか収まっているが、右に千束、左に井ノ上。逃げ場のない牢獄が、揺れれば肩が当たるほどの距離に展開されている。
いや、距離が近い程度なら問題はなかった。何よりもキツいのが、二人の匂いだ。
井ノ上からはラベンダーのようなフローラルな、千束からは柑橘系に近い爽やかなそれが、鼻腔に強く働きかけてくる。密閉空間だとこんなにキツいのか、くそっ。
1アウトだ。少し、本当に少しだが、血流を感じる……! 落ち着け、落ち着けばなんてことはないんだ。
後部座席を指定してきたのは依頼者。千束は俺の事情を
顔を強ばらせた俺を見て怪訝な顔をするのは井ノ上だけで、千束はある程度察したらしく、「大丈夫?」なんて声を顰めて……耳に息が当たって、こ、こそばゆいぞ。勘弁してくれ……!
「キンジが昔より
「い、息を吹きかけるなッ! 依頼人の前で身内を口説くバカになりたくないんだ俺は! それに、なってしまったらお前ら優先に変わりかねん。戦闘能力はともかく、護衛には向いてないんだよ……!」
「なるほどねぇ。本当は窓開けてあげたいんだけど、防犯上さすがに無理だし、頑張って」
「言われなくてもな!」
密談を終わらせると、それを待っていたらしい依頼者……なぜか動物の着ぐるみを着用しているウォールナットが声をかけてきた。
「話は終わったかな。では改めて自己紹介をさせてくれ。僕はウォールナットだ」
「千束ですー。こっちがキンジで彼女がたきな」
軽く会釈する。千束は挨拶の時に浮かべた他所行きの笑顔を一瞬で剥がして仏頂面に変えた。
「で、何で守られる側が車に乗って颯爽と現れるのよ……普通逆でしょ?」
「予定と違ってすまない。どうやら知り合いが相手側のカバーに入ったようでな。こちらの動きを監視されていると思っていい。よって想定したプランでは不足と判断した。そちらのバックアップにも期待したい」
「なるほど」
サラっと裏切られたことをカミングアウトされたが、それにしては落ち着いてる。依頼者が冷静なのはとても助かるぜ。
ただ、聞こえた言葉に気になる部分があるぞ。
想定していたプランでは不足……つまり、変更が起きるってことだ。
全部計画通りに行くなんて思ってないが、俺はいつここから解放されて囮に向かえるんだ?
「……井ノ上。車の乗り換え予定はどうなってる?」
「ミカさんがサブポイントの一つに車を回してくれるようです。しかし、最初に予定されていた場所よりも随分遠い位置になりますね。当面はこの車での移動となります。それ以外は現状、大きな変更点はないです」
「……」
千束に肩をポン、と叩かれた。「ドマ」じゃねえよ!
地獄が長時間続く可能性に俯く俺を尻目に、千束は千束でなぜかテンションを下げながら会話を続ける。俺も気を紛らわせるため、そっちに意識を集中させる。
「……なんかイメージしてたハッカーさんと違いますね。バイタリティ溢れてるというか」
「底意地の悪い痩せた眼鏡小僧とでも? だとしたら映画の見過ぎだよ」
「……」
「ほら」
「いやいや、でも着ぐるみじゃないでしょ!」
まぁ、ハッカーに着ぐるみのイメージは確かにないな。ただ、意味もなくこんなゴツくて目立つものを着ているなんてことはないだろう。例えば、そうだな──
「──その着ぐるみ、防弾だったりしないのか? 足は遅くなるが、全身を防護出来ると考えれば悪い選択でもないかもしれん」
「はへー。そんな意味が」
「なるほど」
「……盲点だったな」
「違うのかよ!」
真面目に考えた俺がアホだった……! 井ノ上も目を細めて呆れている。依頼者だから口には出さないが、心では思わせてもらうぞ。なんでそんなコスチュームを着ているんだお前は!
「ハッカーは顔を隠した方が長生きできるということさ」
「真面目な理由もあるんですね」
「手厳しいな。だが、僕からみれば、JKの殺し屋の方が異常だよリコリス」
「熊のハッカーよりは合理的ですよ」
「たきな、犬だよ」
ムッとした表情で井ノ上。わかってないなー、って顔で千束。デフォルメされてるから確かなことは言えないが、熊ではないし、ただの犬って雰囲気でもない気がするぞ。
「プレーリードッグじゃないか?」
「近いな。リスだ」
「あー、ウォールナットってそういう」
「胡桃だからリスですか。安直ですね」
「……ウォールナットって、胡桃って意味なのか?」
「キンジ……」
「英語ができないのは認めるが、ウォールナットは常用単語じゃないだろ……!」
だから憐れむな。千束に憐れまれるのが一番やるせない気持ちになるんだよ……!
俺への助け舟ではないだろうが、ウォールナットは話を戻してくれる。
「で、どう合理的なんだ? 差し支えなければ教えてほしい」
「あー、これ。つまり、日本で一番警戒されない姿だってことですよ」
「JKの制服は都会の迷彩服というわけか」
「そーです。今回はドデカく目立つのがいるから意味ないけど」
「邪険に扱わないでくれ。今日一日、僕が海外へ逃亡するまでの付き合いじゃないか」
「いいなぁ、私も海外行ってみたい」
「ほう? 一緒にくるかい?」
「私たち、戸籍がないからパスポート取れないんですよ。ま、リコリコ全員ならともかく、私だけで行く気もないからいいかなーって」
俺は戸籍を持ってるが、外国語なんて全く出来ん。千束やミカさんが通訳をしてくれるならともかく、俺も海外へ行く事はないだろうな。
さて、そうやって雑談をしながらも、チラチラと後ろや左右を警戒する千束と井ノ上。俺はあまり身じろぎが出来ないから主に前方を注視しているが、今のところそれらしい気配はない。それは千束たちも同様だろう。
仮に追手を撒けていたとしても、やることは変わらないが。ウォールナットが「監視されていると思っていい」とまで言ってる以上、必ずどこかで仕掛けてくると考えた方がいい。悲観論で備え、楽観論で行動せよってな。
「来てませんね」
「そうねー。追手が来てる様子ないけど、車は乗り換えるんでしょ?」
「はい。先程ミカさんから詳細なポイントが送られてきました。ウォールナットさん、ここへ向かってください」
「ふむ。分かった」
とはいえ、何事も起こらないなら、それはそれで都合がいいんだ。別にこのままでもいいんだぜ、追手さん方よ?
⭐︎
あんなこと思うんじゃなかったぜ……!
「あれ、高速乗るのでは?」
「……どうした?」
「いや、それこっちのセリフだけど」
なんてやり取りをした直後、ウォールナットは静かにハンドルから手を離す。もちろん諦めて自殺しようなんてわけじゃない。本来危険でしかない行動だが、しかし車は問題なく走行していた。
それはつまり──
「──車を乗っ取られたか」
「そんなに冷静に言ってる状況か!?」
「うえええいちょちょちょっとちょっと!?
「ロボ太か、腕を上げたな」
焦って俺を押し退けながら前部座席へと体を伸ばす千束。お、おまっ! バカ野郎、胸が肩に! 声を出そうとした瞬間、車が急加速を始め、「ぬわっ」千束が後ろに倒れ込んでくる。
そこには当然俺がいるわけで、柔らかい尻の感触が太腿へ伝わってきた。鼻の近くに頸が飛び込んできて、千束の匂いで頭がクラクラとする。
千束は普段は小学生とも波長が合いそうなバカだが、とても女らしい面もある。さっきまでの蓄積もあり、このハプニングだ。
これはまずい! け、血流が……もう半分まで来てやがる……!
それはもう、半分は
──甘ヒスだ。優先順位が
ため息を吐きたい気分だぜ……。とはいえ、今の状況なら逆に歓迎すべきか。完全に入った時よりは劣るが、様々なパフォーマンスは向上している。この状況を打破する方法も、ヒステリアモードの俺なら浮かぶはずだ。
途端に、強化された思考が普段の数倍加速する。
「どこ向かってるの!」
「加速している。これは……このまま海に突っ込むつもりだ」
「外へは!」
「出られないな。全てのシステムをハックされている。どの道この速度の車から飛び出せば、君たちはともかく僕は助かる確率の方が低い」
これはどういう状況だ? 制御を乗っ取られている。間違いなく遠隔操作だ。どうやって? この車自体がネットに繋がってるなら、そこからか。いや、違うな。この車は予め用意した物じゃない。ナンバープレートだけでこの車をネット上で特定して、さらに制御を奪えるはずがない。可能だとしてもかかった時間が短すぎる。
「回線の切断をしましょう!」
「いや、制御を取り戻してもすぐにロボ太に上書きされるだろう」
「えぇー!? じゃあどうすれば……!」
「こちらの作業と同時に、ネットを物理的に切れればいいんだが」
「ルーターどこよ」
「知らん。僕の車じゃない」
なら、間違いなくクラッキングを仲介しているルーターが近くにある。車に直接ついてるパターンじゃないな。それなら最初からこうやって暴走させればよかったし、俺たち三人の警戒を掻い潜って走行中の車に設置するなんて出来たら神様だ。近場の回線、論外。急加速するこの車に作用し続けるには一定の距離を保つしかない。
この条件を満たす方法……空からの監視とクラッキングの補助ルーターを両立するドローンを使っている可能性が最も高い。
こんなことやりたくないが、非常事態だ、許せよ……! 俺は千束と井ノ上を引き寄せた。
「うわっとぉ!?」
「きゃっ……いきなり何を……!?」
「盗聴の恐れもある、反応は控えてくれ。千束、井ノ上。この車の周囲にドローンを探してくれ。そいつさえ壊せば恐らく何とかなる」
「!?」
「キンジそれ間違いない!?」
「信じろ」
「信じた!」
長年一緒にいる積み重ねに感謝だ。即座に了承してくれた千束から目を離し、井ノ上に向き直る。最初のこともあって、思えば目をちゃんと合わせたのは初めてかもしれないな。出来るだけ真摯に頭を下げた。
「井ノ上も、頼む」
「……了解しました。……! 遠山さん、千束さん、アレを」
目敏く見つけたのは井ノ上だった。バックミラー越しに車の背後を確認すると、確かに緑色のドローンがついて来ているのが見える。
今まで見つからなかったのは車の上をキープしていたからだろう。それが急加速で置いていかれ始めたか、あるいは映画のワンシーンのようなアングルで俺たちが海に突っ込む様を眺めようとでもしたのか。
どちらにせよ、その綻びが命取りだぜ。
「でかした、井ノ上」
「どれどれ? あぁ、あいつか」
「窓も開かないようです。千束さん」
「片方が窓割って片方が破壊だよね? いやー、ありゃ自信ないよ。そっちはたきなに」
「任せたぞ、井ノ上。ウォールナット! ダメ元でもいい、何とかならないか!?」
「僕もこのままお陀仏は勘弁さ。制御を取り戻すぞ」
いよいよ加速が洒落にならなくなった車は道路を外れ、土手を勢いよく登って海へと左右に揺れながら向かっていく。このままでは間違いなく死ぬだろう。だが暴走の種さえ割れれば怖くはない。
3,2,1……ウォールナットのカウントダウンが終わる直前に、千束は左後部座席の窓へ装填された全弾を打ち込んだ。
小気味いい音と共に、窓ガラスのほとんどがくり抜かれる。瞬時に井ノ上は空いた窓から上半身を乗り出し、後ろへと狙いをつける。半ば浮いているような不安定極まる車の体勢からも3発。
前へ向き直ると、センターパネル中央にオペレーションの文字が復活していた。制御が戻っている。井ノ上はドローン撃墜をやってのけたらしい。良くやった!
「ブレーキ!」
俺が言うまでもなかっただろうが、ウォールナットは全力でブレーキングドリフトを敢行。ハリウッドもかくやの激しいカーアクションだ。井ノ上を車内に引っ張り込んで、シートベルトが千切れるんじゃないかと思うほどの振動を受け止めて。
キキィィィィ! けたたましい音を立てながら、ブレーキ開始から優に五十メートルは進んだところで、海に落ちることもなく、誰かが怪我をすることもなく。車は無事に停車した。
ハハ……。何とかなりはしたが、今回も綱渡りだったな……もう二度とこんな目に遭うのはごめんだぜ。MVPの井ノ上を労いつつ、俺たちは車の外の大地を踏みしめたのだった。
2話で収めるつもりが、長くなったので次に続きます。
ハッキングとドローンの辺りについてはめちゃくちゃテキトー言ってますので、変なこと言ってても「この世界ではそうなんだな」ぐらいで流しちゃってください。
たきなと千束の匂いは捏造です。