ダンジョンに穢れ持ち種族が潜るのは間違っているのだろうか? 再演   作:どらむすいいよね

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ベルの災難と出会いの日

 シルヴァリアがヘスティアと今後について話すため、そして。ベルが単独で迷宮に潜ることが決まった初日。彼は今、不幸のどん底に叩き落とされていた。

 

「ヴモオォォォォォ!!」

「うわぁぁぁぁぁ!」

 

 剛毛に包まれた筋骨隆々な男の体に血走った真っ赤な目を持つ牛頭(うしがしら)の存在に追われる白兎は絶叫と共に走り抜ける。 死のデットヒート、探究心と大いなる好奇(ぼうけん)心から五層に降りたベルを襲った災厄。

 

 追いつかれたら殺される、そのため、彼はひたすらに迷宮を走る。 「こんなところで終わりたくない!」と、ベルは足掻いた。

 しかし無情にも、その終点が見えた……行き止まりである。 必死に走り回ってその結果はあまりにも惨いというべきだろう。

 

「ほわぁぁぁぁ!!?」

「ヴォォォォォ!」

 

 振り上げられた腕に思わず目を瞑り、無駄だとわかっていても頭を腕で守る。 しかし、死は来ない。 直後に轟音。

 その魔物はダンジョンの壁を壊そうと殴りつける。 というのも、実はベルのことは眼中になかったりするのかもしれない。

 

 ドスン、ドスンと鈍い轟音の最中。ベルの心は、冷静に冷えていく。ミノタウロスは自分を見ていない。

 

「‘常に平常心を心がけ、冷静に立ち回ることを意識せよ’……今なら逃げれるんだ……!」

 

 目立たぬよう、壁を夢中になって壊すミノタウロスから目を逸らさず。そろりそろりとベルはミノタウロスの足元から這い出る。

 数分か数秒が小一時間に感じれるほどに長い時間と錯覚するような息の詰まる緊張感の中で、ベルは声を押し殺してなんとか、距離を取ることができた。

 

「ヴモォォォ!」

「……っ、ふぅ〜」

 

 大きく息を吐いて落ち着きを取り戻したベルはスタコラとその場から逃げ出そうとしたが……コツン。

 ベルは足元の小石を蹴飛ばしてしまう。そのあとはミノタウロスが拳を振りかぶって音が一瞬だけ途絶えた静寂の中で、嫌に響いた。

 

「……ヴモ?」

「……え?」

 

 何か? と振り返るミノタウロスの赤い目とベルの赤い目視線が交錯する。目を逸らさず、じっと見つめ合い。そっと、ジリジリと後退するベル。

 ミノタウロスは興味をなくしてそのまま壁に向き合う……が、すぐに身を翻した。

 

「ヴモォォォォッ!!」

「き、気付かれた……」

 

 こうなっては手遅れだとベルは再び逃げ出そうとしたところへ。自身の脇を通り抜け誰かが剣閃を瞬かせる。それはまるで、剣舞を見ているような感覚だった。

 

「よく、頑張ったね」

 

 そう言いながら、その風は煌めく剣を片手に……暴れまわるミノタウロスに向かっていく。

 

 その剣舞は、美しかった。

 

 流れるように、ミノタウロスの拳をひらりひらりとかわして、大ぶりな攻撃を避けながらその背中を切りつける。 仰け反ったミノタウロスが苛立つように振り下ろした拳に剣を突き立てて。 そのまま骨と腕と肉を切り裂いていく。 そして、心臓部分を切り抜けて、肩から剣が抜けていく。

 

 ミノタウロスの上半身は斜めにずり落ちて……血桜を咲かせて灰に変わり、崩壊していった。

 

 コロリとその場に魔石が落ちて……静寂が訪れる。

 

「……あの、大丈夫ですか……?」

「……えっと……」

 

 その日、ベルは運命の出会いを果たす。

 

 “剣姫”の二つ名を持つオラリオでその名を知らぬ者はいない、第一線級の冒険者。 “Lv5”のアイズ・ヴァレンシュタインとの出会いだった。

 

「う、うぅ……」

 

 恐怖と羞恥心が心の奥底から吹き上げる感覚を覚えた。それだけじゃない、何かベルの中で膨れ上がったその気持ちは言いようのない……‘はるか先を行く(ヒト)への憧れ’、そして。その芽生えた想いは‘この人に追いつきたい’という願い。

 

 どこか具合が悪いのか、とアイズは首を傾げたその瞬間である。

 

「う、うわァァァァ!!」

 

 ベルはお礼を言うことなく駆け出した、否。「彼女に何を言えばいいのか」とわからなくなり、逃亡という行動をしてしまった。

 いうならば英雄に救われた乙女のような気持ちである。これをのちに聞いたシルヴァリアは腹を抱え、床を転げ回って大笑いしたというがそれは今は語らずともいいだろう。

 

「……」

 

 一方、ベルに逃亡されたアイズはその場に取り残され、呆気に取られる。突然逃亡されるとなるとそれは理解が追いつかないだろう。

 追いかけるのも憚られたため、彼女はそっとミノタウロスの魔石を手に取り。もと来た道を引き返す。

 まるで臆病な白兎に出会ったような気分の彼女の足取りはいつもと変わらず。でも、どこか印象に残る子だったとロキ・ファミリア団長の‘フィン・ディムナ’に語ったとされる。

 

 ○○○

 

「すごい……1日でここまで補修したんですか!?」

「見違えたであろう?」

 

 頬を泥で汚しながらも儂はやり切った。教会の壁、全ての隙間や亀裂を超高温で焼いた貝殻を砕き泥と水を混ぜて作った簡易的なモルタルで埋め固め。壊れていた椅子全て撤去した。

 ステンドグラスを拭き上げて瓦礫を掃除すればある程度埃っぽいが許容範囲のデキになったか。

 

「ボクもここまでやるとは思ってなかったよ、ホントに」

「まぁまだ手入れは始めたばかりじゃ。さて、今宵の夕餉と洒落込もうではないか……とは言えよ。まぁ、先に買い出しじゃな」

 

 儂はメインストリートに買い出しに行き、なるべく目立たぬように過ごす。必要な食材を安価で仕入れるのはお手のものじゃ。

 追跡されぬようにテレポートで拠点に帰るのは良くすることだがの。

 

「ただいま戻った、すぐに支度を済ませようぞ」

「ごっはん、ごっはん〜♪ シルヴァ君のご飯は本当に美味しいから大好きだぁ!」

「神様もお手伝いしないとご飯抜きにされちゃいますよ」

「働かざる者食うべからずじゃからな」

「ちょい、まだ手伝わないなんて言ってないやい!」

 

 プンスカと起こる愛らしい主様を撫でてあやしつつ。儂は手にした包丁で野菜を切り刻む。

 

「手慣れたもんだねぇ。君も一人暮らしは長かったのかい?」

「んー、家庭も持っておったよ。もはや遠い記憶じゃがな」

「え、シルヴァ君既婚者だったの!?」

「何を驚く必要がある。儂は不老種故に何千年生きておるのだぞ? ……何歳かは聞くな、忘れたのでな」

 

 その年齢に驚いたというよりも既婚者であると言う事実にのけぞって反応した主様と。ベルに至っては「ひ、人妻だったんですか!?」と言葉を吐きかけて喉元で抑え、飲み込んだような仕草をしておる。

 

「ふふん、なに。人族の男どもが儂のような美人を放っておくわけがなかろうて。誰かを愛し、愛されなど誰にも咎めることなどできぬ」

 

 儂の美貌はどんな男でも寄ってくるからまぁー、取っ替え引っ替えという訳でもなしではあれど。子に関しては200人はおるだろうな……あやつら、元気にしとるかのぉ。

 

「子供達は皆すでに成人して家庭を持っておる。故に儂がその後行方をくらませようとも気にせず生きてあるさ」

「す、凄まじいね君は」

「よせよせ、褒め殺すな」

 

 そんなこんなで‘ライスボールとスクランブルエッグ、ポークミソスープ、サーモンの塩焼きに野菜の盛り合わせ’という東方の献立を意識したメニューが今宵の夕餉だ。

 

「塩加減が最高だよ、本当におにぎりが進む!」

「お米ってなんでこんなに甘いんでしょうか、噛めば噛むほどに甘味が出ます!」

 

 主様とベルは嬉しそうに頬張っている。こちらとしても美味い、美味いと食べてくれれば嬉しいものだ。

 

「ふふ、やはりミソスープは何にでも合う。コメとミソスープさえあればなん杯でも食えるぞ」

「タケミカヅチと神友で本当によかったよ。さて、ご馳走様でした!」

 

 先に食べ終わった主様は洗い物を終えて自室に引っ込んでいく。ベルもたらふく食べて満足したであろう。膨らんだお腹をさすりながら幸せそうな顔であるな、うむ。

 

「ありがとうございました、シルヴァさん。ご馳走様でした!」

「うむ。料理冥利に尽きるぞ」

 

 礼を言われるのはこそばゆいが、儂が居なければ、主様の甲斐性でこのような馳走は食べれんじゃろうな……‘ジャガ丸くん’を腹に詰めて飢えを凌ぐくらいか?

 何よりも栄養価のバランスよく、食事をせねば体調によろしくない。冒険者にとって健康的な身体は何よりの資本故にな。

 

「さて、ベルよ。今日の成果を主様に見てもらってこい」

「はい!」

 

 ステイタスの更新のために主様の部屋へ行くベルを見送り。儂は調理器具の手入れをする。鍋には薄く油を塗って錆を防ぎ、包丁は砥石で砥ぎ直す。まな板には塩をかけて絞った布で擦り拭き、その後は熱湯をかけて滅菌する。

 

 食中毒は体を容易く弱らせるので徹底して対策はするものよ。

 

「シルヴァさん、これ見てください。敏捷がすごく伸びました!」

「ん? ──昼間ミノタウロスに追われたと言っておったな。それが原因じゃろう」

 

 数刻ほど前に話を聞いて笑い転げてしまったが、なんともまぁ不運な奴よな。しかし、ミノタウロスは情報によれば中層以降に出る魔物のはずだが、いかにして五層に出たのやら。

 

「加えて、一目惚れした女子がおるとのこと。主様が少しご機嫌斜めなのはそのせいかな?」

「うっ!? そそそそ、それは、そのぉ、えっとぉ……はい、助けられて綺麗な人で……アイズ・ヴァレンシュタインって人で……」

「知っておる。現レベル5の‘剣姫’。嵐か、疾風のごとき剣閃と聞き及んでおる」

 

 実際に戦ってある場面を見たことはないが、その噂、名声はよく聞いてある。しかしまぁ、高嶺の花に手を出そうとは。しかも‘ロキ・ファミリア’の幹部ともなると前途多難じゃろうな。

 

「誰を好きになるのかはベルの自由じゃ。しかし、派閥(ファミリア)を超えての婚姻は相当な茨の道よ。それは覚悟しておくことじゃな」

「神様にもそれを注意されました……あはは、僕みたいなのが想っていい人じゃないのはわかってるんです……あだっ!?」

「腐るでないわ、戯け。お主の美徳は直向きな努力をできる根性じゃろうが」

 

 折れかけのベルの額を小突いて喝を入れてやる。想いを半ばで諦めると、碌なことがないからな。

 

「恋心を諦めるな、恋はハリケーンとも言うからの。一厘でも可能性があるならば突き進むべきよ」

「シルヴァさん……ありがとうございます」

「ふふ、儂もそう言う経験が多いからな」

 

 誰も彼もが敵になりそうなベルの道を応援してやるのも、先輩の役目よ。こやつの恋路にどのような障害が立ちはだかるかを考えてみるがまずは……

 

「まずはまぁ、肩を並べられるほどに強くなるかじゃなぁ。そこからがスタートラインよ」

「やっぱそこですよね……はぁ、早く強くなる方法ってないかなぁ」

 

 儂はそれに応えず、ただ苦笑するだけにとどめた。いやー、知ってはおる。が、それはあくまでも最終手段故にな。

 

 その晩。ベルが寝静まり、儂は主様に相談を受けた。

 

「主様、相談とは如何に?」

「うん、まずはこれを見て欲しいんだ」

 

 手渡されたのはベルのステイタスが記された紙。

 

 ──────

 

 ベル・クラネル

 

 Lv1

 力I:79→91

 耐久I:25

 器用H:95→105

 敏捷G:180→204

 魔力I:0

 

≪魔法≫

【】

 

≪スキル≫

龍騎の誓い(ドラグ・サイファー)

 ・一定確率で習得経験値(エクセリア)上昇。

 ・一定確率で致命打発動。

 ・敏捷に高いアビリティ補正を得る。

 

憧憬一途(リアリス・フレーゼ)

 ・早熟する。

 ・懸想(おもい)が続く限り効果持続。

 ・懸想(おもい)の丈により効果向上。

 

 ──────

 

「……伸び方の異常はこれが原因かの?」

「うん。新しいスキルが原因だね……ムキィィ! どうしてヴァレン某氏の影響でここまで変わるのかなぁ、ベル君わぁぁ!!」

「落ち着けい。主様、これはベルに伝えておらんのか?」

 

 むむむと唸る主様はムッツリと黙り込み、やがて不服そうに頷いた。いやまぁ、気持ちわからんでもない。

 

「これに関しては、おそらく希少(レア)スキルじゃろうな。ここまで強力な効果ならば……へたに教えぬ方がベルのためじゃ」

「やっぱり、シルヴァ君の判断もボクと同じなんだね」

「こんなものが衆目に晒されてみろ。ベルはさんざに弄ばれることになるぞ?」

「うっ、それもそうだね。よし、ありがとうシルヴァ君。君にも聞いて正解だったよ」

 

 鷹揚に頷き、儂も眠りに入ることにした。背を壁に預け、剣を支えに眠る。これが昔から癖となってしまったので、な。

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