プライドの高い聖職者くんの秘密   作:お昼寝サソリ

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勇者の弱さ

「うわああああー! 馬鹿か僕は!!」

 

 翌日の朝、僕はベッドの上で転がり回っていた。いや、本当に昨夜の僕はどうかしていた。

 

——なんだよ! 「月光の眠り姫」って!! 自分で名乗るとか、おかしいんじゃないのか!?

 

 ぼふぼふと、頭をベッドに打ち付ける。思えばこのベッドには八つ当たりしっぱなしだ。

 

 僕はストレスで、ちょっとおかしくなってしまったのかもしれなかった。だけど、そうこうしているうちにも時間は過ぎていく。勇者を部屋まで迎えに行かなくてはならない。

 

「ミナヅキ様。お迎えに上がりました」

「今行くよ」

 

 ふらふらとした足取りで部屋についた僕。だけど、様子がおかしいのは勇者も同じだった。口ぶりこそ変わらないが、なにやらずっとそわそわした様子である。

 

宿の食堂で朝食をとっている時、爆弾は投下された。

 

「ねえ、ペルムさんの親戚に修行中の聖職者の方っている? 女性の方で」

「……いませんよ。少なくとも僕は知りませんね」

「そっか。じゃあ、『月光の眠り姫』って知ってる?」

「! ゲホッ」

 

 スープに激しくむせる僕に、勇者は心配そうに背中をさすってきた。やめろ!

 

「申し訳ございません。もう大丈夫です。それで……『月光の眠り姫』でしたか?」

「うん。何か知ってる?」

「……有名な、おとぎ話ですよ。眠くて月にあるお城から落っこちてしまったという、黒髪のお姫様のお話です。ご希望でしたら、今度本を入手してまいります」

「いいの? お願い」

「承知しました。さあ、お食事がお済みでしたら今日の討伐箇所までご案内いたします」

 

 僕がなんとか話題を切り替えようとすると、食堂の一角から騒ぎ声が聞こえてきた。断片的に聞こえてくるのは、「昨日の晩に広場で……」「お姫様みたいな……」といった言葉である。

 不穏だ。

 

「あれ、今あの人たちが話してたのって——」

「さあミナヅキ様! 今日も張り切ってまいりましょう!」

 

 少々強引ではあるが、僕は勇者を食堂から連れ出した。勇者はそんな僕を不思議そうに見るばかりで、抵抗しなかったのが不幸中の幸いだ。

 

 だけどやっぱり、勇者は本調子じゃないようだった。今日の討伐対象はレッドドラゴンで、勇者にとっては何度も戦ったことのある相手のはずなのに、もう二か所もケガ(どっちもかすり傷程度であるが)を負っていた。こんな勇者は初めてだ。

 

 そして奇妙なことに、様子がおかしいのはレッドドラゴンの側も同じだった。なんだかそわそわしていて落ち着きがなく、まるでこれから来るナニカを待っているようでもあった。

 

 そして、僕の予感は的中する。

 

「ふむ……流石は勇者、といったところか」

 

 突如、レッドドラゴンの後ろから声が聞こえた。それと同時に、あのレッドドラゴンが従順なペットのように頭を垂れて、道を開ける。そこから現れたのは、ドラゴンを無理やり人型にしたような生物だった。

 

 しかし、そんな異常な存在が現れて尚、勇者は心ここにあらずといった様子だった。お前、いい加減にしろよ!

 

「誰だ!」

 

 仕方ないので、僕がそいつに問いかける。まずは相手を知らなくてはどうしようもない。

 

「付き人の僧侶ふぜいに問われるのは癪だが……我が名はオルド! 魔王様の忠実なるしもべにして、四天王の一人だ」

「魔王だと!? 数百年前に封印されははずだが……もしや、魔物が大増殖しているのはそいつの仕業か?」

「その通り! 当初は秘密裏に魔物を増やし、じわじわと貴様ら人間種(ヒューマン)を追い詰めるつもりだったが、事情が変わった。勇者! 貴様のせいでな」

 

 そう名指しされてもなお、勇者はぼーっとしている。そんなに「月光の眠り姫」良かったか!? もうやらないぞ僕は!

 

 勇者に無視されたオルドは、ふんと鼻を鳴らすと話を続けた。

 

「魔王様は、お前の存在を危惧しておられる。このまま魔物を送り続けるだけでは、らちが明かないとな。そこでだ、勇者よ! 魔王城に来い! 魔王様は貴様と直接戦うとおっしゃっている」

「なんだと!? ミナヅキ様を、そんな見え透いた罠に向かわせるわけがないだろう!」

「何を言うか僧侶。これは貴様らにとっても益のある話だろうが。もしも魔王様を倒せれば、今後魔物におびえる必要もなくなるのだぞ? まあ、そんなことは起こり得んがな」

 

 オルドはそう言うと、勇者に向かって何かを投げた。はっとしてキャッチした勇者の手の中で、青い宝玉が光っている。

 

「それは魔王様の城に転移するためのアイテムだ。七日後、二つの月が重なり合う時、触れているものを城へと転移させる。おおっと、軍隊で押し寄せようなどとは考えるなよ? 勇者自身と、見届け役としてそこの僧侶にしか効果は表れないからな」

「……そうか」

「ミナヅキ様、今あいつ割と重要な事言ってますよ?」

 

 勇者はそれでも、考え事が頭から離れない様子だった。

 

「……貴様。我にそのような態度をとるとは……一度、痛い目を見るといい!」

「ミナヅキ様!!」

 

 オルドの放った光線が、まっすぐに勇者に向かう。流石にこれを真正面から受けるのはまずい!

 

 僕は反射的に勇者を押し倒していた。

 

「ぐぅ!」

「ペルムさん!!」

 

 ようやく我に返ったのか、勇者の焦った顔が見えた。だけど僕は今、左腕が痛くて仕方ないんだ。カラ元気を見せてやる余裕はない。あまりの痛みで感覚があやふやだが、オルドの光線は僕の左腕の肉をえぐったようだった。

 

「ちっ。ザコが余計なマネしやがって。まあいい、一週間後だ。せいぜい腕を磨くと良いぞ、勇者よ」

 

 そう捨て台詞を吐いて、オルドは飛び去った。勇者はそれを睨んでいたが、流石にこの距離ではどうしようもない。

 

 勇者はすぐに僕に向き直ると、まるで自分が大怪我をしているような顔をして謝ってきた。

 

「ごめんなさい! 俺のせいで……」

「いいんですよ。むしろ、やっとミナヅキ様のお役に立ててよかったです」

 

 もちろんこれは嘘だ。目の前でやられるのを見過ごすなんて、それこそ僕のプライドが許さなかったというだけのこと。別に、勇者のためじゃない。

 

 僕はなおも、何でもないような顔をしていった。

 

「勇者様にお怪我がなくてよかったです。さあ、もう帰りましょう」

「そんな! 動いたらダメだ」

「大丈夫です。僕は聖職者ですよ?」

 

 僕は勇者に見せつけるように、左腕に回復魔法(ヒール)をかけた。怪我が緑色に光って徐々に治癒していく様子を見て、勇者は渋々ではあるが納得したようだった。

 

「……分かった。だけど、宿に着いたらすぐに休んでくれ」

「仰せの通りに」

 

 僕はわざと大仰に返事をして、勇者と帰路についた。

 

 

 

 

 

●△●

 

 

 

 

 

「うーん……」

 

 宿の自室で、僕は腕組みをして唸っていた。それは別に、未だ治りきらない左腕が痛むからではない。僕が見つめるのは、例の星空のようなバレッタである。

 

「やっぱり、僕のせいだよな……」

 

 今日の勇者は、あまりに様子がおかしかった。そして、その不調の原因は僕、というより「月光の眠り姫」にあるのは明白だった。……自分で言うとキツいなこれ。

 

 とにかく! 僕は反省していた。自分の浅ましい嫉妬心のために勇者を利用し、それどころか敵に攻撃の隙を与えてしまったことを、大いに悔いていた。あのオルドの攻撃が当たっていたら、いかに勇者といえども痛手を負っていたかもしれないのだ。自分がちょっと嫉妬深いのは自覚していたが、昨夜の僕の暴走は目に余るものがあった。

 

 だからこそ、僕はもう一度だけ「月光の眠り姫」になる必要があった。

 

——もう一度『月光の眠り姫』として勇者に会って、もう二度と会えないと告げる。

 

 それが、僕の出した答えだった。結構いい考えではないだろうか?

 

「それじゃあ……準備しなくちゃな」

 

 昨夜の僕は、髪飾りと化粧こそしていたものの、その他は普段の僕のままだった。服だって、着慣れた神官服のまま。よく勇者にバレなかったものだ。

 

「えーっと……おしゃれな服と、化粧品と、後なにが必要だ……?」

 

 思わぬ出費に懐が寒くなるが、こればっかりは仕方ない。僕は粛々と夜に向けて準備を進めるのだった。

 

 

 

 

 

●△●

 

 

 

 

 

「勇者様、来てくださったのですね」

「ああ、うん……その、俺もあなたに会いたかったから」

 

 二つの月が夜を明るく照らす時間。町はずれの人気のない丘の上で、僕と勇者は出会った。勇者をここに呼び出した方法は、とても単純。毎日バカみたいに届くファンレターの中に、「月光の眠り姫」名義で手紙を紛れ込ませておいたのだ。

 

「うふふ。ありがとうございます。お忙しい勇者様は、私みたいな小娘のことなんてすぐに忘れてしまわれると思っていましたのに」

「そんなことないですよ! 今日はずっと……あなたのことを想っていました」

 

 よくそんな恥ずかしいこと言えるな、勇者。

 ……いや、これは自分にもかえってきそうだから止めよう。

 

「少し、一緒にゆっくりしませんか? 今日はとっても月が綺麗ですから」

「はっ、はい!」

 

 僕が草むらに腰を下ろすと、勇者はぎこちない動作で隣に座った。

 

「……」

「……」

 

 夜空を見上げる僕と勇者の間には静寂が満ちていく。時折吹き付ける風の音しか聞こえないこの時間が何だか心地良くて……そこで僕ははっとなって言葉を切り出した。本当に(なご)んでどうする。

 

「私は、明日この街を発とうと考えています。昨日今日の関係でお別れ……という訳でも無いですが、お伝えしておこうと思いまして」

「行ってしまうんですか……」

「ええ。勇者様と二度もお会いできたんですもの。この街に来たのは幸運でしたわ」

 

 勇者が寂しそうに目を伏せるのを視界の端で捉えながら、僕は月を見たまま言葉を続ける。

 

「そんなお顔をなさらないでください。私は勇者様と過ごした時間を、今この瞬間のことだって、絶対に忘れません。一生の、宝物にするつもりです——勇者様、本当にありがとうございました」

 

 よっし! 結構いい感じに決まったのではないだろうか? 後は多少のリップサービスを付け足して、適当に別れよう。

 

 そんな内心ガッツポーズを決めている僕の横で、勇者はぽつりと言った。

 

「そんな……あなたまで……」

 

——ん?

 

「まで、とは?」

「ああ、その」

 

 思わず問いかけてしまった僕に、勇者は一度口を噤むような動作を見せたが、その後ゆっくりと語りだした。

 

「俺の付き人を知っていますか? ペルムさんと言うんですが」

「——!!」

 

 何故ここで僕の名前が出てくる!?

 

 咄嗟に勇者の表情を伺うが、特にこちらを気にした様子はない。正体がバレた、という訳ではなさそうだ。じゃあ、一体……?

 

「……ペルムさんなら存じています」

「その、彼には、この旅の最中ずっと助けられていたんです。この世界は知らないものばかりで、勝手の分からない俺に、いつも丁寧に教えてくれて。何度同じことを聞いても、嫌な顔一つしないで」

「……」

「ですが、そんな大切な付き人——いいえ、相棒に今日俺は、怪我をさせてしまったんです。情けないことに俺自身の、不注意で」

「……」

 

 やめろ

 

「彼は俺を庇って……ひどい怪我でした。前の世界でも、この世界でも、あんな怪我を見るのは初めてで」

「……」

「本当はすごく痛いに違いないのに、彼は俺に気を遣わせないように、何でもないように振舞って、それで」

 

 やめろ

 

「本当に、俺はずっと彼に頼りっぱなしなんです。だけど多分、今日のことで彼は愛想を尽かして行ってしまうと——」

「やめろよ!!!」

 

 思わず僕は立ち上がって叫んでいた。胸の奥がドロドロして気持ちが悪い。ああそうだ、このドロドロは消えてなんていなかったんだ。勇者が憎くて、憎くて、仕方がない!!

 

「よくもそんなに人を馬鹿にできるな!! あんな役立たずを、心にもない言葉で褒めるのはどんな気持ちだ!? あいつは何にもしちゃいない! ただ勇者の後ろで突っ立てるだけのでくの坊だろ!! お前だって分かってるんだろうが!!」

 

 状況も、立場も、何もかも無視して叫ぶ。僕自身だって僕を止められない。次から次へと、思いが溢れてくる。

 

「あんな無能!! さっさと切り捨てればいいんだ!! それとも情けでも掛けてるつもりかよ!? だったら言っておくがな!! あいつはその情けに見合うだけのこと、何もできやしないぜ!! 寄生虫にも劣る——」

「やめてください」

「!!」

 

 ビリビリと肌を突く感覚。僕の怒鳴り声に比べたら、それこそ静かで穏やかな声だったのに、僕はそれ以上何も言えなくなってしまった。勇者の雰囲気は、魔物と対峙した時のそれに似ている。

 

 勇者は怒っていた。凍り付くような、激怒。

 

「——っ!!」

「あなたが、何故そこまで取り乱すのか分かりません。ですが、どんな事情があっても彼を侮辱することは許せない」

 

 本当に冷たい声だった。まだまだ言いたいことはあるのに、喉が干からびたように声が出ない。

 

「う……あ……」

「この世界に召喚されてから、混乱の連続でした。だけど、その中で何より辛かったのが、誰も()を見てくれないことでした。皆は『勇者ミナヅキ』ばかり気にして、まるで自分が、『水無月樹』が消えてしまったようで」

「……」

「だけど、ペルムさんは俺を見てくれた。俺の故郷の話を、ニコニコしながら聞いてくれた。この世界で、自分を見失わないでこれたのは彼のおかげなんです。彼がいなかったら、俺はきっと『勇者ミナヅキ』になっていたでしょう。だからペルムさんはこの世界で唯一の相棒で、友達、なんです。彼の悪口は許せない」

「……そうですか」

 

 僕と勇者はしばらく無言のままに見つめ合った。いや、視線を離せなかったというのが正しいだろう。

 

 そんなにらみ合いのような状況を壊したのは、勇者の方だった。

 

「あっ」

「え?」

 

 不意に、勇者の視線が僕の左腕に移った。僕もつられて自分の左腕を見る。

 

「あっ!!!」

 

 それを見て一気に血の気が引いた。先ほど怒鳴った際に傷口が開いたのか、そこには血が滲んでいたからだ。似合うから、と店主に押し付けられた真っ白いワンピースを着ていたのも良くなかった。

 

 咄嗟に勇者の方を見ると、目をこれでもかと見開いてこちらを見ていた。マズイ、早く逃げなくては。そう思って駆けだそうとした僕の腕を、勇者は優しくしっかりと掴んだ。

 

「それは……?」

「あー、えーっと……そう! これは、夕ご飯に頂いたスープのシミです! 早く帰って洗わなければいけませんので、この手を放してくださいませんか?」

「……」

「な、何ですか? あの、少々お顔が近いのですが」

 

 勇者は僕の顔をじろじろと確認するように見てから、何がわかったのか、一つ頷いて言った。

 

「明日も、ここに来てくださいますね?」

「えっ。いや、私はもうこの町を出ますので……」

「来てくださいますね?」

「……はい」

 

 蚊の鳴くような声で僕が返事をすると、勇者はすぐに腕を離した。あれだけガッチリつかまれていたのに、跡にもなっていないあたり、勇者の力加減はすごい。

 

「では、おやすみなさい。お大事になさってください」

「……ええ、おやすみなさい勇者様」

 

 それだけ言い残して、僕は即座に背中を向けて全力でダッシュした。

 






逃げ足が速い系主人公

続きます。
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