プライドの高い聖職者くんの秘密   作:お昼寝サソリ

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よろしくお願いします。

初めて評価バーに色が付いて、感激してます。




二人で

 翌日から毎晩、僕と勇者の不思議な関係は続いた。

 

 勇者が僕の正体に気づいたのかどうか、それは結局はっきりとしない。あの日の朝、僕はビビりまくりながら勇者と過ごしたのだが、彼が何か言ってくることは無く、普段と全く同じ対応だったからだ。拍子抜けとはこのことだろう。

 

 だけど夜に会う際に、以前のような緊張が無くなっているというか、どこか勇者の態度が馴れ馴れしくなったような気もする。それもあくまで、気がする、といった程度のものでしかないが。

 

「はあ……」

「どうかしましたか?」

 

 そして六日目。魔王との決闘の前夜に、僕はため息をつく勇者と一緒に、あの日の丘で星を眺めていた。

 

「どうかしましたかって……ああ。明日の夜に、俺は魔王と戦わなくてはいけないんですよ」

「まあ」

 

 僕は口に手を当てて、いかにも驚いたように反応する。勇者は苦笑していた。失礼な奴だ、笑うとこ無かっただろ。

 

「では、明日の夜にこの世界の運命は決まるのですね。勇者様とこうしてお会いできるのも、これが最後でしょうか。魔王を倒せば、もう英雄。私などと過ごしている場合ではございませんもの」

「……」

 

 勇者は黙ったまま空を見つめている。だけど彼の目には、明るい月や星は一つだって映っていない。ただ夜の空が、黒々と滲んでいた。

 

 僕はその横顔を何となく見つめる。今までは憎い相手としか思っていなかったけど、こうしてまじまじ見てみれば、まあ、何だ、結構整った顔をしていると思わなくもない。これで腕っぷしも世界最強で、しかもお人好しか。何人もの女性が猛烈にアプローチするのも分からなくはない、かも。

 

 って!! いやいやいや!! あの日の勇者の言葉を聞いてから、僕は少しおかしくなってしまっているようだった。……まあ、「唯一の友達」なんて言われて悪い気はしない。あの時の勇者はどこまでも誠実で、本心からの言葉だと良く分かったし。

 

「……倒せる、んでしょうか」

 

 勇者は、ぽつりと言った。それは夜風にかき消されてしまうくらい、小さな呟きだった。

 

「なにを弱気になっておられるのですか。勇者様に敵うものなど、いるはずがありません」

「……」

「勇者のあなたほど、強い存在はいないのです。魔王だってきっと——」

「違うんです」

「? どういうことでしょうか?」

「……俺は、勇者では……ないんです」

 

 勇者は俯きながら、そう言った。月光が影をつくっているせいで、その表情は伺えない。

 

「……俺は勇者なんかじゃない。ただの……ただの高校生なんです。この世界の皆は、誤解しているんですよ……」

「勇者様……」

「最初に剣を握った時、怖くてしょうがなかった。命を奪うための道具なんて、本当は触りたくも無かったんです……そんな俺が、勇者なはずないでしょう?」

「……」

 

 正直、何て声をかければ良いのか、僕には分からなかった。勇者のこんなに弱い姿を、これまで見たことが無かったから。

 

 ……いや、違う。嫉妬にかられた僕が、無視していただけだ。勇者はどんな魔物を倒す時も、苦い顔をしていた。少し心に余裕ができた今なら、それが分かる。

 

「それでも……俺の力が、この世界の人には必要だったから。俺が飲み込めば、それで笑顔になる人がいるから。ここまで、やってきました。だけど……」

「! 勇者様!?」

「ちょっと……辛くなってしまいました」

 

 ぽたり、と。勇者から溢れてしまった弱さが、地面を濡らした。

 

——ひょっとしたら僕は、今までとんでもない勘違いをしていたのかもしれない。

 

「今更逃げ出す勇気すら、俺には無いんです。そうすれば、多くの人が傷つくと分かってしまっているから……バカみたいでしょう? 逃げることも怖い、立ち向かうことも怖い、だなんて」

「……そんな」

 

 何も言えない僕と、俯いたままの勇者。ぎこちない沈黙がその場を支配していた。眼下に広がる街から、人々の賑わいがかすかに風に乗って聞こえてくる。

 

 この街は、この世界は、勇者にどんな負担を背負わせているのか、分かっているのだろうか。勇者がどれほど必死で、この景色を支えているのか。

 

「……ごめん、なさい。勇者様」

「あはは。何も、謝られるようなことをされた覚えはありませんよ。」

 

勇者は小さく笑うと、顔を上げて言った。

 

「うん……俺は明日、魔王に挑みます。全力で。でも、もしかしたら、そこで俺は……」

「……」

「もし、そうなったら……あなたは、俺のために泣いてくれますか?」

 

 その問いかけは、どこまでも寂しそうだった。

 

 人は覚悟を決めた時、こんな顔をするんだ。

 

——僕は、こんな覚悟を決めたことがあっただろうか?

 

「そんな。そんなこと、言わないでください。私は勇者様がきっと勝つと、信じています」

「ふふっ。ありがとうございます」

 

 勇者はへにゃりと笑って、夜空を見上げた。もう勇者の瞳に、僕は映っていない。勇者は覚悟を決めたのだ——たった一人で戦う、覚悟を。

 

 そんな寂しそうな横顔が、妙に癪に障った。

 

「勇者様はお強いです。私が見てきた、誰よりも。きっと魔王だって、倒せるに違いありませんよ!」

「うん」

「勇者様はこの国の恩人になるでしょうね! きっと三日三晩終わらないようなパーティーが、勇者様のために開かれますよ!」

「そっか」

「救世の英雄ともなれば、伴侶だってよりどりみどりです。見たことないような美女が、勇者様に寄ってくるのですよ?」

「そうかもね」

 

 何を言っても糠に釘。勇者はたった一人で、旅立とうとしている。それが、ものすごく気に入らない!!

 

 僕は——!

 

「ああもう!! 勇者! お前は一人じゃないだろうが!」

「えっ」

 

 その時、やっと勇者の瞳が僕を映した。そうだ、僕を見ろ!!

 

「お前にはいるだろう、『付き人』が! 勇者の行くところなら、どこまでも付いていく! それが『付き人』だ! 違うか!?」

「でも……彼は」

「でもじゃない!! 僕は、お前の役に立ってるんだろう!? あの言葉はウソだったのか!?」

「そ、そんなことは」

「だったら! 僕を信じろよ! 友だちだろうが!!」

「!!」

 

 勇者が息を吞む。この期に及んで、なに一人ぼっちみたいな顔してるんだ!

 

「いいか!? 明日、お前が敗れたら僕も一緒に死んでやる! だけどな、僕は自分が死ぬことになるなんて、これっぽっちも思っちゃいない! なぜなら、お前は強い!!」

 

 驚きで、勇者が目を見開く。僕はそのまま、本心を叩きつけた。

 

「僕が惚れ込んだ、お前を信じろよ!!」

「!!」

 

 火照った頬を、涼しい夜風が撫でていく。言い切った僕は肩で息をしながら、勇者を見据えた。

 

「ありがとう。やっぱり君が付き人で良かった」

 

 勇者はしっかりとこちらを見ながら、手を差し出してきた。僕は躊躇いなく、その手を掴む。

 

「君と一緒なら、勝てる。改めてよろしくね」

「なんだか、照れるな……」

 

 握り合った手に、勇者は新たな覚悟をしたのだ。一人でなく、二人で戦う覚悟を。

 

「ありがとう、()()()()()。そっちが素なの?」

「まあ、立場もあるし——あ“」

 

 びしりと硬直する。途中から、「月光の眠り姫」の設定を完全に無視して喋っていた。

 

「あー、えっと、ミナヅキ様。これは、ですね」

「いや、薄々分かってたから」

「……そうですか」

 

——うわあああ! やっぱりバレてるじゃん!!

 

 羞恥のあまり思考が溶けかけている僕に、勇者は付け足すように言った。

 

「明日は、その格好で付いてきてくれると嬉しいな。もちろん、普段のペルムさんも好きだけど。その方が頑張れる気がする」

「……おおせのままに」

 

 もうここで死ぬのでは?

 

 

 

 

 

●△●

 

 

 

 

 

 そして翌日の夜。僕と勇者は魔王の元へと転移したのだが……結論から言うと、勇者の圧勝だった。

 

 いやホントに、何ともあっけないというか。勇者が強すぎたというか。

 僕の三倍はあろうかという巨体の魔王は、勇者の剣によって早々に切り伏せられた。その後に、仇討ちとか何とか言って四天王(先日のオルド含め)が襲ってきたけど、それもまとめて瞬殺。おかしいだろう、色々と。

 

 だけど一つ。たった一つだが、大きな問題を魔王は残していった。最後の意地というやつか。

 

「ど、どうしましょう、ミナヅキ様……」

「えっ」

 

 「何か問題でもある?」みたいな返事をする勇者。問題大有りに決まってるだろうが!! だって——

 

「僕、女性になっちゃったんですよ!?」

 

 慎ましやかではあるが、明らかに膨らんだ胸。これまでよりも、さらに一回り小さくなった体と、華奢になった手足。こころなしか、髪もちょっと伸びた気がする。

 

 僕は女性になってしまっていた。

 

「あー……うん」

「なんですか、その返事は!! 何とかならないんですか、コレ!!」

 

 そう、魔王は最後の意地で僕の体を女性に変えてしまったのだ。どうやら、僕のことを勇者の伴侶とでも勘違いしたらしく、それなら勇者の幸せを少しでも奪ってやろうと「性転換の呪い」を掛けたということらしい。最後に残った魔力と、ありったけの呪詛を込めて!!

 

 だけどそれは、結果的に男の僕を女性にすることとなった。

 

「いや、呪いは俺にはちょっと……お城の魔導士の方でも、魔王の死に際の呪いを解ける人がいるかどうか……。というか、こういうのはペルムさんの方が詳しいんじゃない?」

「うっ」

 

 僕は言葉に詰まる。いや、もう分かってはいるのだ。認めたくないだけで。

 

「あー、もう! いませんよそんな人! いるわけないじゃないですか! 魔王の呪いは解けないんですよ!!」

「そうなんだ」

「だーかーら! なんでそんなに余裕そうなんですか、ミナヅキ様! 相棒が、呪いにかかってるんですよ!?」

 

 僕が抗議すると、勇者は「ごめん、ごめん」なんて笑いまじりに言った。

 

「でも、性別が変わる以外は特に悪いことも無いんでしょ?」

「……まあ、そうですね。呪いとは、そういうものです」

「なら、ゆっくりと解き方を探していけば良いよ。俺も元の世界への帰り方を探さなくちゃいけないからさ、二人で気長に旅でもしよう」

「はあ。分かりましたよ……」

 

 肩を落とす僕の周りを、勇者が歩きながら言った。

 

「でも、『月光の眠り姫』の格好とすごく合ってるね。うん、可愛いよ。すごく」

「うわあああ!! 止めてください!!」

「あっ、ごめん」

 

 それは僕にとって禁句である。もう絵本も読めない!

 

「でも、さ」

 

 魔王城のやたら大きくて重厚な扉を難なく開きながら、勇者が小さく言った。開いた扉の隙間から、明るい朝の陽ざしが差し込んでくる。なんだかんだで、もう夜明けの時間だったらしい。

 

「これから世界を一緒に旅して、いろんなものを見て、いろんなものを食べて。その途中でもし、その体も悪くないなって思えたらさ、その時は俺と——」

「何ですか?」

「……いや、何でもないよ。ちょっと焦りすぎたかも」

「なんですか、それ。変なミナヅキ様」

 

 僕がクスクス笑っていると、つられて勇者も笑う。もう、弱さを恐れる必要は無いんだ。だって僕には「勇者」がいる。

 

 扉を開け切った勇者が、こちらを振り返って言った。

 

「そうだ。ミナヅキ様じゃなくて、(いつき)って呼んでくれないかな? 俺もペルムさんじゃなくて、ペルムって呼ぶことにするからさ」

「賛成です。これから長い旅を、一緒にするんですもんね。それに僕たちは」

 

 そう言って、僕はすっと(こぶし)を勇者に向かって突き出した。勇者もすぐに僕の意図を理解したらしく、その拳に自分の拳をぶつけた。

 

「相棒、だもんな。ペルム」

「はい! イツキ!!」

 

 金色に輝く日差しが、優しく僕たちを見守っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでさ、ペルム。ここ、どこだろ……? 転移の宝玉は、もう使えないみたいだけど」

「さあ……? 魔族の地ではあるでしょうけど、その何処かはちょっと見当が——あっ、見てイツキ! でっかい鳥!」

「いや、それどころじゃ……って、でっか! どっちかっていうと鳥じゃなくて、もはやプテラノドンでしょ、あれ……」

「ぷて……? なんですか?」

 

 首をかしげる僕を見て、勇者は思わずといったふうに小さく笑って言った。

 

「そっか、二人でなら……——行こっか、ペルム。一緒に。プテラノドンの話でもしながらさ」

「もちろんです! お供しますよイツキ、どこまでも!!」

 






完結です。
お付き合いいただき、ありがとうございました。

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