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ご好評につき、おまけを書きましたので、よろしければ……
「勇者が失踪、ねえ……」
「あん?」
地元冒険者
「いやさ、今日王都から来た行商人が言ってたんだよ。魔王を討伐した勇者が、書置きを残して突然消えたんだと」
「へえ? そら面白い。書置きには何て?」
この退屈な時間を少しでも埋めてくれそうな話題に、冒険者の男はすぐさま食いついた。店主も、なぜか若干自慢げに答える。
「それがさ、『探さないでください』とだけあったんだとよ。だから、何でいなくなったかも、何処に行ったのかも分からないってんで、王宮はパニックになったらしい。特に国王は、勇者を王女と結婚させる気満々だったらしくてな。勇者は今まで真面目で大人しかったから、今回の驚きは半端じゃないって訳さ」
「はー、なるほど。惚れた女でもできたかね」
「まさか。あの勇者だぞ? どんな女の誘いにも乗らない堅物って、有名だったじゃねえか」
「それもそうか。まあ、魔王さえ倒してもらえりゃ、俺は文句ないがね。魔物が増えすぎると、かえって仕事になんねえからなあ」
冒険者の男はそう言うと、薄い水割りの酒をあおった。そのまま椅子の背もたれに寄りかかって、ぎしぎしと揺らし始める。
「で、勇者がいなくなったってのはいつ頃の話だ?」
「大体、二十日くらい前らしいぞ。まだ手がかりも掴めてないってんだから、もう勇者は見つからんかもな」
「あーあー、やだねえ田舎は。こんな大ニュースが伝わるのに二十日もかかるんだから」
何度聞いたかも分からない愚痴に、店主が曖昧なため息をつく。
そんな
「はい、いらっしゃ——!」
「あの、冒険者組合でこちらを紹介されたのですが……」
「ここが、『マリューデン』で合ってますか?」なんて問いかけに、かろうじて店主は答えた。
ちらりと冒険者の方へ目をやると、彼もまた同じように硬直してその二人組を見ていた。いや、正しくは、そのうちの一人を。
「ああ……そうだよ。二人かい?」
「ええ。あっ、でも、一部屋で大丈夫です」
「……そうかい。なら、四千カリアだ」
「分かりました。ちょっと待ってくださいね」
財布を漁っている客を、店主は思わずじっくりと観察する。
サラサラとした王国では珍しい黒髪と、それが良く映える雪のように白い肌。
その後ろでは、やけに存在感の無い男が佇んでいたが、そちらはここまで一言も発していない。
「はい、四千カリアです」
「ああ、ちょうどだね。これが鍵だ。部屋は二階の突き当りだよ」
「ありがとうございます。いこっ、ミーナ」
「うん」
二人が階段の向こうに消えた後で、店主と冒険者はどちらともなく深い息を吐いた。とんでもないものを見てしまった、言葉は無くとも二人の内心は一緒であった。
「なんて
「いや、お貴族様なら冒険者組合がウチを紹介する筈がねえよ。えーっと、帳簿の名前は……」
「俺にも見せてくれよ」
興味津々で顔を寄せて来る冒険者を鬱陶しく思いながら、店主は二人の名前を読み上げる。
「あの子の名前はペルー、だな。一緒にいた男は、ミーナだそうだ」
「ペルーちゃん、か。男の方はミーナ? 女みてえな名前だな」
「まあ、形だけのものだし本名かは分からんがね」
帳簿をパタンと閉じると、二人はお互いの顔が少しだけニヤついているのに気がついた。
「おい、なに笑ってんだ気持ち悪いな」
「お前もだろ……まあ、言いたいことは分かるけどな。ウチみたいな宿で男女が一緒の部屋に泊まるってんだから」
「ああ……クソっ、羨ましいぜ。あんな可愛い子を……なんで、あんな地味な野郎が」
「そういえば、男の方はどんな顔してたっけな?」
「うーん……ダメだ。髪の色も思い出せねえや。やたら影の薄い奴だったからなあ」
「あんな可愛い子、王都にも滅多にいないだろうな。あー、憎い野郎だぜ。ああいうやつがモテるのか?」
下世話な話がひと段落して、二人の間にしばしの沈黙が満ちる。
しばらくして、冒険者の男がぽつりと言った。
「……田舎も、悪かねえな」
「同感だ」
●△●
「ほらね、イツキ! 何にも言われなかったでしょ? 僕に感謝してよ!」
「ありがとう、ペルム。認識阻害だっけ? すごいよ」
うんうん、そうそう。僕はすごいんだ。部屋の鍵を後ろ手で閉めながら、僕はイツキの称賛を受け止めた。修業時代に、がむしゃらにいろいろな魔法を学んでおいたのが役に立った。
「すごく助かったよ……なんだけど、ちょっと、その」
「なにか変な事でもあった?」
「そのー、ペルムの方が目立ってたっていうか……」
イツキの言葉に、僕は思わず笑ってしまった。
「何言ってるの。認識阻害かけてるイツキより、僕の方が目立つのは当然でしょ」
「そんなレベルじゃなかったような気もするけど……」
「気のせいだって! 二人組の旅人なんて、何処にだっているんだからさ」
魔王を倒した後、僕たちは紆余曲折あったものの、王都に帰還することができた。その道中で、僕とイツキの仲はかなり深まったと思う。僕の敬語も、いつの間にかとれていたし。
国王様にご報告だけして、また旅に出ようと僕たちは考えていたのだけれど、国王様はどうやら真逆の考えを持っていたようだ。要するに、勇者を王女様と結婚させて、いつまでも王都を守って貰おうと考えていたらしい。
王女様との結婚なんて、これ以上ない栄誉だろう。それに王女様自身も、勇者と結ばれることを強く望んでいるとのことだった。だから、そのほうが勇者の幸せならばと、僕は一人で旅立とうとしたのだけど——
「いやー、あの時は流石にびっくりしたよ。イツキったら、血相変えて追いかけて来るんだもん。何もかも投げ出して、さ」
「仕方ないだろ……相棒を置いていこうとするなよ」
「ごめんね、それはすっごく反省してる」
多分、あれは仲良くなってからした初めての喧嘩だった。小さい言い合いなら何度もしているけど、はっきりと喧嘩だと言えるのは今のところあれくらいだ。
「……本当に、焦ったんだからな」
「ごめんって。あの時は僕もどうかしてたよ」
「何で僕なんかを追ってきたの!」なんて、今思えば言ってはいけない言葉だったと思う。僕は当時のことを思い出しながら、勇者にしなだれかかった。
「ねー、ごめんってばー」
「怒ってないよ。っていうか、近い。あんまりそういうことしないで」
「なんでー?」
イツキは僕を振りほどこうとしたけど、僕が彼の胴体に手を回してしまえば、もう抵抗してこない。自分の力だと、僕を傷つけてしまうと分かっているからだ。僕はその優しさに甘えて、なおも絡み続ける。
「あの時のイツキ、ちょっとカッコよかったよ。『俺の幸せにはお前が必要だ!』なんて」
「……やめてくれ。っていうか、あの、本当に離れて」
イツキが本当に切実な声で言ったので、僕は大人しく彼を離した。イツキの顔が赤く見えるのは、窓から差し込む夕日のせいだろうか。
「ちょっとダル絡みしすぎちゃったね。ごめんごめん。さっ、もう寝よっか。明日はこの町の近くにあるっていう遺跡に行くんだから! 早起きだよ!」
「そうだね……あの、さ」
「んー?」
いそいそとベッドに潜り込んだ僕に、イツキが言いにくそうに声を掛けてきた。
「今日も、その、一緒に寝るのか……?」
「えっ、別にいいでしょ。二人用のベッドなんだし」
何を言うかと思えば、そんなことか。男同士、気にすることでもないだろうに。
「いやっ、その……お金はあるんだしさ、無理に二人一緒の部屋に泊まる必要はないっていうか……」
「えー」
そうなのだ。イツキは王城を抜け出す際に、ちゃっかり国王様からの報奨金を持ってきていた。二人旅でもお金に困る事態には陥らないだろうってくらいの、大金だ。そういう意外としっかりしているところも、嫌いじゃないよ僕は。
「別にいいじゃん。それに、実はこういうのちょっと憧れてたんだよね! 男同士でザコ寝!」
「はあ……分かったよ。ペルムがそう言うなら」
——そう。それでいいんだよ。うん。
イツキと過ごしているうちに、僕は少しわがままになったかもしれない。だけど、僕たちは相棒なんだし、できるだけ一緒にいたいでしょ?
何故かやたらベッドの端っこの方に潜り込んだイツキを見て、僕は目を瞑った。
●△●
過去の教会。モノクロの修業時代の風景が、僕がサイテイだった日々が浮かんでくる。
「弱っちい体だねー。ちゃんと鍛えてるの?」
——申し訳ございません。
「あなたは、とにかく普通よね。もっと頑張りなさい」
——ごめんなさい
「お前って、いっつも眠そうだよなー」
——すみません
いつも小さく、縮こまってた僕。思い出したくなかった日々。
教会の風景が吹き飛んで、場面が変わる。僕の前にいるのは——こちらに背を向けたイツキだった。
彼は、こちらを一切振り返らないまま冷酷な声で言った。喧嘩した時だって、聞いたことのないような声で。
「お前は、もう必要ないよ。俺は一人でどうとでもできるからさ。じゃあな」
——そ、そんな! 嫌だ! 待って! 行かないでよ……
イツキ——
●△●
「イツキ!!」
僕は、がばっとベッドから飛び起きた。部屋の中は真っ暗で、まだ真夜中だと分かる。
頬を嫌な汗が伝う。久しぶりに、とてつもない悪夢を見てしまった。僕は袖で額を拭いながら、毛布を固く握りしめていた手を、ゆっくりと解いた。
自分に大丈夫と言い聞かせながら、荒れた呼吸を整えていく。以前はこういう夢をよく見ていたから、対処法に慣れているのが悲しい。
「……ふう」
徐々に心が落ち着いてきて、狭まっていた視界が元に戻っていく。耳元でどきどきと高鳴っていた心臓も、いくぶんか休まってきた。
うん、考えてみればバカバカしい夢じゃないか。僕とイツキは、最早かけがえのない相棒であって、彼が僕を置いて何処かに行くなんてことはありえない。
そう考えると、あんな夢を見てしまった自分が途端に恥ずかしくなってくる。イツキは僕をあんなに信用して、追いかけて来てくれたのに、まだ僕は心の奥底では彼を信用しきれていないのか、と。そんなはずは無いんだけどなあ。
そこではっと気づく。横で寝ているイツキも、僕の今の大声で起きてしまったかもしれない。夜中に起こしてしまって申し訳ない気持ちと、なんだか無性にイツキの顔を見たいこともあって、僕はゆっくりと隣に視線を向けた。
「ごめんねイツ……キ?」
だけど、そこには信頼する相棒はいなくて。
月の光に照らされた真っ白いシーツだけが、やけに綺麗に残っていた。
波乱の予感
続きます。