プライドの高い聖職者くんの秘密   作:お昼寝サソリ

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予想外の反響があり、驚いています。
たくさんの閲覧、高評価、お気に入りありがとうございます。
誤字報告も、ありがとうございます。

ご好評につき、おまけを書きましたので、よろしければ……



おまけ その後の二人(前編)

 

 

「勇者が失踪、ねえ……」

「あん?」

 

 地元冒険者御用達(ごようたし)の宿『マリューデン』のカウンターで、二人の男がつまらなそうに会話していた。一人はこの店の主人であり、もう一人は常連の冒険者である。日が沈み始めるこの時間帯はお互い何となく暇になるので、こうしてだらだらと話すのが二人の日課だった。

 

「いやさ、今日王都から来た行商人が言ってたんだよ。魔王を討伐した勇者が、書置きを残して突然消えたんだと」

「へえ? そら面白い。書置きには何て?」

 

 この退屈な時間を少しでも埋めてくれそうな話題に、冒険者の男はすぐさま食いついた。店主も、なぜか若干自慢げに答える。

 

「それがさ、『探さないでください』とだけあったんだとよ。だから、何でいなくなったかも、何処に行ったのかも分からないってんで、王宮はパニックになったらしい。特に国王は、勇者を王女と結婚させる気満々だったらしくてな。勇者は今まで真面目で大人しかったから、今回の驚きは半端じゃないって訳さ」

「はー、なるほど。惚れた女でもできたかね」

「まさか。あの勇者だぞ? どんな女の誘いにも乗らない堅物って、有名だったじゃねえか」

「それもそうか。まあ、魔王さえ倒してもらえりゃ、俺は文句ないがね。魔物が増えすぎると、かえって仕事になんねえからなあ」

 

 冒険者の男はそう言うと、薄い水割りの酒をあおった。そのまま椅子の背もたれに寄りかかって、ぎしぎしと揺らし始める。

 

「で、勇者がいなくなったってのはいつ頃の話だ?」

「大体、二十日くらい前らしいぞ。まだ手がかりも掴めてないってんだから、もう勇者は見つからんかもな」

「あーあー、やだねえ田舎は。こんな大ニュースが伝わるのに二十日もかかるんだから」

 

 何度聞いたかも分からない愚痴に、店主が曖昧なため息をつく。

 

 そんな気怠(けだる)い空間に、突然チリンチリンという澄んだ音が響いた。客が来たのだ。

 

「はい、いらっしゃ——!」

「あの、冒険者組合でこちらを紹介されたのですが……」

 

 「ここが、『マリューデン』で合ってますか?」なんて問いかけに、かろうじて店主は答えた。

 

 ちらりと冒険者の方へ目をやると、彼もまた同じように硬直してその二人組を見ていた。いや、正しくは、そのうちの一人を。

 

「ああ……そうだよ。二人かい?」

「ええ。あっ、でも、一部屋で大丈夫です」

「……そうかい。なら、四千カリアだ」

「分かりました。ちょっと待ってくださいね」

 

 財布を漁っている客を、店主は思わずじっくりと観察する。

 

 サラサラとした王国では珍しい黒髪と、それが良く映える雪のように白い肌。華奢(きゃしゃ)な手足は、まるで芸術品のようにスラリと伸びている。そして何より、何処か眠そうなその瞳が抗いがたい魅力を感じさせるその少女は、こんな田舎町ではこれまで見たことも無いような可憐で不思議な美しさを持っていた。

 

 その後ろでは、やけに存在感の無い男が佇んでいたが、そちらはここまで一言も発していない。

 

「はい、四千カリアです」

「ああ、ちょうどだね。これが鍵だ。部屋は二階の突き当りだよ」

「ありがとうございます。いこっ、ミーナ」

「うん」

 

 二人が階段の向こうに消えた後で、店主と冒険者はどちらともなく深い息を吐いた。とんでもないものを見てしまった、言葉は無くとも二人の内心は一緒であった。

 

「なんて別嬪(べっぴん)さんだよ……どっかの貴族か? ありゃ」

「いや、お貴族様なら冒険者組合がウチを紹介する筈がねえよ。えーっと、帳簿の名前は……」

「俺にも見せてくれよ」

 

 興味津々で顔を寄せて来る冒険者を鬱陶しく思いながら、店主は二人の名前を読み上げる。

 

「あの子の名前はペルー、だな。一緒にいた男は、ミーナだそうだ」

「ペルーちゃん、か。男の方はミーナ? 女みてえな名前だな」

「まあ、形だけのものだし本名かは分からんがね」

 

 帳簿をパタンと閉じると、二人はお互いの顔が少しだけニヤついているのに気がついた。

 

「おい、なに笑ってんだ気持ち悪いな」

「お前もだろ……まあ、言いたいことは分かるけどな。ウチみたいな宿で男女が一緒の部屋に泊まるってんだから」

「ああ……クソっ、羨ましいぜ。あんな可愛い子を……なんで、あんな地味な野郎が」

「そういえば、男の方はどんな顔してたっけな?」

「うーん……ダメだ。髪の色も思い出せねえや。やたら影の薄い奴だったからなあ」

「あんな可愛い子、王都にも滅多にいないだろうな。あー、憎い野郎だぜ。ああいうやつがモテるのか?」

 

 下世話な話がひと段落して、二人の間にしばしの沈黙が満ちる。

 

 しばらくして、冒険者の男がぽつりと言った。

 

「……田舎も、悪かねえな」

「同感だ」

 

 

 

 

 

●△●

 

 

 

 

 

「ほらね、イツキ! 何にも言われなかったでしょ? 僕に感謝してよ!」

「ありがとう、ペルム。認識阻害だっけ? すごいよ」

 

 うんうん、そうそう。僕はすごいんだ。部屋の鍵を後ろ手で閉めながら、僕はイツキの称賛を受け止めた。修業時代に、がむしゃらにいろいろな魔法を学んでおいたのが役に立った。

 

「すごく助かったよ……なんだけど、ちょっと、その」

「なにか変な事でもあった?」

「そのー、ペルムの方が目立ってたっていうか……」

 

 イツキの言葉に、僕は思わず笑ってしまった。

 

「何言ってるの。認識阻害かけてるイツキより、僕の方が目立つのは当然でしょ」

「そんなレベルじゃなかったような気もするけど……」

「気のせいだって! 二人組の旅人なんて、何処にだっているんだからさ」

 

 魔王を倒した後、僕たちは紆余曲折あったものの、王都に帰還することができた。その道中で、僕とイツキの仲はかなり深まったと思う。僕の敬語も、いつの間にかとれていたし。

 

 国王様にご報告だけして、また旅に出ようと僕たちは考えていたのだけれど、国王様はどうやら真逆の考えを持っていたようだ。要するに、勇者を王女様と結婚させて、いつまでも王都を守って貰おうと考えていたらしい。

 

 王女様との結婚なんて、これ以上ない栄誉だろう。それに王女様自身も、勇者と結ばれることを強く望んでいるとのことだった。だから、そのほうが勇者の幸せならばと、僕は一人で旅立とうとしたのだけど——

 

「いやー、あの時は流石にびっくりしたよ。イツキったら、血相変えて追いかけて来るんだもん。何もかも投げ出して、さ」

「仕方ないだろ……相棒を置いていこうとするなよ」

「ごめんね、それはすっごく反省してる」

 

 多分、あれは仲良くなってからした初めての喧嘩だった。小さい言い合いなら何度もしているけど、はっきりと喧嘩だと言えるのは今のところあれくらいだ。

 

「……本当に、焦ったんだからな」

「ごめんって。あの時は僕もどうかしてたよ」

 

 「何で僕なんかを追ってきたの!」なんて、今思えば言ってはいけない言葉だったと思う。僕は当時のことを思い出しながら、勇者にしなだれかかった。

 

「ねー、ごめんってばー」

「怒ってないよ。っていうか、近い。あんまりそういうことしないで」

「なんでー?」

 

 イツキは僕を振りほどこうとしたけど、僕が彼の胴体に手を回してしまえば、もう抵抗してこない。自分の力だと、僕を傷つけてしまうと分かっているからだ。僕はその優しさに甘えて、なおも絡み続ける。

 

「あの時のイツキ、ちょっとカッコよかったよ。『俺の幸せにはお前が必要だ!』なんて」

「……やめてくれ。っていうか、あの、本当に離れて」

 

 イツキが本当に切実な声で言ったので、僕は大人しく彼を離した。イツキの顔が赤く見えるのは、窓から差し込む夕日のせいだろうか。

 

「ちょっとダル絡みしすぎちゃったね。ごめんごめん。さっ、もう寝よっか。明日はこの町の近くにあるっていう遺跡に行くんだから! 早起きだよ!」

「そうだね……あの、さ」

「んー?」

 

 いそいそとベッドに潜り込んだ僕に、イツキが言いにくそうに声を掛けてきた。

 

「今日も、その、一緒に寝るのか……?」

「えっ、別にいいでしょ。二人用のベッドなんだし」

 

 何を言うかと思えば、そんなことか。男同士、気にすることでもないだろうに。

 

「いやっ、その……お金はあるんだしさ、無理に二人一緒の部屋に泊まる必要はないっていうか……」

「えー」

 

 そうなのだ。イツキは王城を抜け出す際に、ちゃっかり国王様からの報奨金を持ってきていた。二人旅でもお金に困る事態には陥らないだろうってくらいの、大金だ。そういう意外としっかりしているところも、嫌いじゃないよ僕は。

 

「別にいいじゃん。それに、実はこういうのちょっと憧れてたんだよね! 男同士でザコ寝!」

「はあ……分かったよ。ペルムがそう言うなら」

 

——そう。それでいいんだよ。うん。

 

 イツキと過ごしているうちに、僕は少しわがままになったかもしれない。だけど、僕たちは相棒なんだし、できるだけ一緒にいたいでしょ?

 

 何故かやたらベッドの端っこの方に潜り込んだイツキを見て、僕は目を瞑った。

 

 

 

 

 

●△●

 

 

 

 

 

 過去の教会。モノクロの修業時代の風景が、僕がサイテイだった日々が浮かんでくる。

 

「弱っちい体だねー。ちゃんと鍛えてるの?」

 

——申し訳ございません。

 

「あなたは、とにかく普通よね。もっと頑張りなさい」

 

——ごめんなさい

 

「お前って、いっつも眠そうだよなー」

 

——すみません

 

 いつも小さく、縮こまってた僕。思い出したくなかった日々。

 

 教会の風景が吹き飛んで、場面が変わる。僕の前にいるのは——こちらに背を向けたイツキだった。

 

 彼は、こちらを一切振り返らないまま冷酷な声で言った。喧嘩した時だって、聞いたことのないような声で。

 

「お前は、もう必要ないよ。俺は一人でどうとでもできるからさ。じゃあな」

 

——そ、そんな! 嫌だ! 待って! 行かないでよ……

 

イツキ——

 

 

 

 

 

●△●

 

 

 

 

 

「イツキ!!」

 

 僕は、がばっとベッドから飛び起きた。部屋の中は真っ暗で、まだ真夜中だと分かる。

 

 頬を嫌な汗が伝う。久しぶりに、とてつもない悪夢を見てしまった。僕は袖で額を拭いながら、毛布を固く握りしめていた手を、ゆっくりと解いた。

 

 自分に大丈夫と言い聞かせながら、荒れた呼吸を整えていく。以前はこういう夢をよく見ていたから、対処法に慣れているのが悲しい。

 

「……ふう」

 

 徐々に心が落ち着いてきて、狭まっていた視界が元に戻っていく。耳元でどきどきと高鳴っていた心臓も、いくぶんか休まってきた。

 

 うん、考えてみればバカバカしい夢じゃないか。僕とイツキは、最早かけがえのない相棒であって、彼が僕を置いて何処かに行くなんてことはありえない。

 

 そう考えると、あんな夢を見てしまった自分が途端に恥ずかしくなってくる。イツキは僕をあんなに信用して、追いかけて来てくれたのに、まだ僕は心の奥底では彼を信用しきれていないのか、と。そんなはずは無いんだけどなあ。

 

 そこではっと気づく。横で寝ているイツキも、僕の今の大声で起きてしまったかもしれない。夜中に起こしてしまって申し訳ない気持ちと、なんだか無性にイツキの顔を見たいこともあって、僕はゆっくりと隣に視線を向けた。

 

「ごめんねイツ……キ?」

 

 だけど、そこには信頼する相棒はいなくて。

 

 月の光に照らされた真っ白いシーツだけが、やけに綺麗に残っていた。

 






波乱の予感

続きます。
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