プライドの高い聖職者くんの秘密   作:お昼寝サソリ

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よろしくお願いします。

※本編の関係性でよかったという方は、ブラウザバック推奨です。


おまけ その後の二人(後編)

 

 僕は混乱で動けなかった。

 

——イツキがいない? なんで? なんで?

 

 最初はトイレにでも行ったのだと思った。あるいは、僕みたいに悪夢を見てしまって、外の空気を吸いに行っているのかも。

 

 そう自分に言い聞かせて、じっと毛布にくるまってイツキを待った。だけど、どれだけ待ってもイツキは帰ってこない。最初から誰も寝ていなかったみたいに、綺麗なままのシーツがあるだけ。そこに僕の相棒はいないのだ。

 

「嫌だ……嫌……」

 

 ただでさえ悪夢で不安定になっていた僕の心が、グラグラと揺れているのが分かった。暗い想像が次から次へと湧いてきて、止められない。

 

 僕は自分を守るように、まるで(さなぎ)みたいに毛布を体に巻き付けて縮こまった。体に力を入れて、無理やり震えを止める。これは夢なんだ、そう、夢。

 

 だけど、それは覚めることは無くて。いつの間にか窓からは、朝のかすかな光が差し込み始めていた。そんな時。

 

「あれ?」

「!!」

 

 ガチャリ、と扉が開いた。イツキの声だ。

 

——この僕を置いて、一晩中どこに行ってたの!?

 

 そう問いかけたい気持ちはとても大きかったけど、なんとなく僕はイツキ顔を見たくなくて咄嗟に寝たふりをしてしまった。……いや、怖かったんだ、僕は。

 

「……いつもならこんな寝相じゃないのにな。寒かったのかな?」

「……」

 

——いつも?

 

 その言葉に、嫌な心当たりがあった。そう言えばイツキは、いつだって僕より早く起きていた。僕は、彼がベッドの隣で眠っている姿を、そこから起き上がる姿を、見たことが無かった。

 

 もしかして、今まで僕が気づいていなかっただけで、イツキが僕と一緒に寝ないのは今回が初めてではないのかもしれない。じゃあ、いつから? いつからイツキは、僕の隣で寝たフリをしていたの?

 

 じわじわと心の中が黒く染まっていく。耐え切れなくなって、僕は跳ねるように起き上がった。

 

「うわっ、びっくりした。悪い夢でも見たの? ペルム」

「……ううん。あの、さ、イツキ」

「? どうかした?」

「……おはよう」

「うん、おはようペルム」

 

 そう言って、笑いかけてくるイツキの顔は、どこまでもいつも通りだった。

 

 

 

 

 

●△●

 

 

 

 

 

 結局その日は、一日中気分が優れなかった。いつもだったら楽しいはずのイツキとの会話も、喉に小骨が刺さったような違和感があって上手く楽しめない。遺跡の探索だって、思うように進まなかった。僕の、せいだ。

 

「今日はごめんね、イツキ……」

「気にすることないよ。そもそもペルムのせいじゃないって」

 

 そう言って、イツキは僕の頭を撫でた。そうしていると、暗い気持ちが少しずつ晴れていく。

 

 そうだよ、僕はイツキを信じるって決めたんだから。ちょっと悪い夢を見て不安になったくらいで、彼を疑うべきじゃない。昨日の夜のことは、きっと何かの間違いだったんだろう。そう思えてくる。

 

「ありがと、イツキ。もう寝るね」

「ああ。あの、今日も一緒に?」

 

 このやり取りも初めてではないはずなのに。妙に心がざわつくのを、僕は無理やり抑えた。

 

「……イツキは、嫌?」

 

 自分で思っていたよりも、小さくて消え入りそうな声が出た。

 

「いや! そんなことは無いから!」

「そっか、良かった」

「じゃ、じゃあ、おやすみ」

「おやすみ、イツキ」

 

 なんだか慌てるようにしてベッドに潜ったイツキの隣で、僕も横になる。ぎゅっと目を瞑ってみるけど、いつもみたいに眠気がすぐにはやってこない。早く寝なくちゃ、という焦りのせいで余計に眠気から遠ざかる。

 

 どれくらい経っただろうか。イツキが小さな声で言った。

 

「ペルム、起きてる?」

「! ……」

 

 一瞬肩がびくりと跳ねそうになったけれど、僕は何とか寝たふりを続けた。しばらくして、イツキは僕が寝ていると確信したのか、荷物をガサゴソと漁り始めた。

 

——何してるんだろう……。

 

 僕は薄目を開けて、イツキの方を慎重にうかがった。やがて彼が取り出したのは、以前の町で買ったお面だった。たしか、簡単な認識阻害の魔法が掛けてあるやつだ。僕の魔力が尽きてしまった時に応急処置として使えるということで、少々値は張るけど買っておいたもの。

 

 そんなもので何をするのか。僕が尚もうかがっていると、イツキはそのお面を付けてそっと部屋から出て行ってしまった。

 

「見届けなくちゃ……イツキが何処に行っているのか」

 

 僕はそっとベッドから降りて、彼の後を追った。だけど、その追跡はすぐに終了することとなった。

 

「受付……?」

 

 イツキが向かったのは、宿の一階にある受付だった。そこで彼は、宿屋の主人と何か話をしていた。僕は魔法の補助も得ながら、階段のかげで聞き耳を立てた。

 

「おや、今日も来たのかい?」

「ええ。空いてる部屋はありますか?」

「いや、そりゃ、こんな田舎町だしね。空いてる部屋ならあるけどさ……あんな可愛いお嬢さんを連れておいて、なんでわざわざこんなこと」

「……良いんです。早く鍵を」

「はあ……据え膳食わぬは、って言うけどねえ。まあ、これ以上は野暮か。ほら、二階の右手三番目の部屋さ。三千カリアだよ」

「どうも」

「まいど……って、千カリア多いよ?」

「取っておいてください。その代わり……」

「あーはいはい。分かってるよ。あのお嬢ちゃんにはこのことは内緒、だな? 全く、あんな美人のどこが不満なんだか」

「……では」

 

 イツキがこちらに歩いてくるのを見て、僕は咄嗟に部屋へと踵を返した。部屋のドアを薄―く開けて廊下を見ていると、イツキが別の部屋に入っていくのが見えた。

 

「そっか……」

 

 その光景を見て、僕の中でストンと落ち着くものがあった。あまりにも分かりやすい結論に、戸惑うことさえ無かった。

 

「イツキは……そんなに僕のことが嫌いだったんだね……」

 

 一緒に寝ようという提案が、そんなにも彼を苦しめていたとは知らなかった。わざわざ別の部屋をとって、眠るほどに嫌だったのか。こんなに簡単なことに、これまで気づけなかった自分の無神経さが嫌になる。

 

「ごめんね……イツキ」

 

 僕は泣いた。歯を食いしばって、毛布を顔に押し付けて、泣き声が外に漏れないようにして泣いた。だって、近くの部屋にイツキがいるんだもん。イツキに悟られないように、イツキの眠りを邪魔しないように。

 

「ふっ……うっ……」

 

 二人用のベッドは僕には大きすぎて。

 

 空っぽの空間を埋めるように、僕は泣き続けた。

 

 

 

 

 

●△●

 

 

 

 

 

 翌日。僕とイツキはいつも通りに周辺を旅した。そう、いつも通りだったはずだ。涙の跡は魔法で消したし、イツキの言葉にもいつも通りに返したはずなのに、何故かずっとイツキは僕のことを心配そうな目で見ていた。

 

 そうして、今日も同じ宿に帰ってきた。

 

「おや、ペルーちゃん。今日も二人で一部屋かい?」

 

 ここの店主さんは、何故かやたら愛想が良い。ニコニコしている彼に、僕はいつもと違う注文を告げた。

 

「いえ。今日は一人用の部屋二つでお願いします」

「! ペル……ペルー! どうしたんだ?」

「いいの、ミーナ。今日は」

「……えっと、じゃあ鍵二つだね。はい」

「ありがとうございます」

「ペルー、何で……」

「行こう、ミーナ」

 

 僕は無理やりイツキを引っ張っていった。本当なら僕の力なんかじゃビクともしないくせに、ちゃんと付いて来てくれる。優しいんだ、本当に。

 

「俺、何かしちゃったかな? ペルム……」

 

 僕たちはいったん、同じ部屋に集まった。イツキは理由(わけ)を聞きたがっていたし、僕は——謝らなくちゃいけなかったから。

 

「ううん。イツキは何も悪いことなんてしてないよ」

「じゃあ、何で突然……」

「見ちゃった、んだよね」

 

 僕の言葉に、イツキは一瞬考えるような素振りを見せたけど、すぐに何のことか思い至ったようだった。

 

「まさか、夜……!」

「うん……昨日の夜に、部屋を出てわざわざ別の部屋をとってたよね。覗き見なんてして、ごめん」

「いや、それはいいけど……」

「よくないよ……僕は、イツキに謝らなくちゃいけないんだ」

「謝る?」

 

 キョトンとした顔のイツキに向かって、僕は全力で頭を下げた。

 

「ごめんなさい! 僕は、イツキの気持ちを全然考えてなかった! 一緒に寝ようだなんて、嫌だったよね……ごめんなさい!!」

「えっ」

 

 頭の上から困惑したような声が聞こえたけど、僕はまだ頭を上げられない。

 

「本当に、自分勝手だったと思う。イツキがいつも嫌がってたの、見てたはずなのに……僕は……!!」

「……」

「だから、お願いします! もう一度、僕にチャンスを下さい! イツキの嫌な事、もうしないから! 僕を見捨てないで……!!」

 

 謝っているのか、懇願しているのか、もう僕にも分からない。涙がぽつぽつと床を濡らした。

 

「僕のそばにいてよ……イツキ……嫌いにならないで」

 

 床に突っ伏しそうになった僕を、イツキが優しく抱きとめた。

 

「見捨てない。そんなことあり得ないから」

「イツキ……!」

 

思わず声を上げて泣いてしまった僕の背中を、イツキはずっとさすってくれていた。

 

 

 

 

 

●△●

 

 

 

 

 

 どれくらい経っただろうか。僕はやっと落ち着いてきた。

 

「……ありがと、イツキ。もういいよ」

「そっか。じゃあ、今度は俺の番だな」

「ん?」

 

 イツキはすっくと立ちあがると、部屋の隅に立てかけてあった愛用の剣を持った。え、何する気!?

 

「ちょ、ちょっと」

「ああ、今すぐ済ませるから。ちょっと待っててくれ」

「いや、済ませるって!?」

 

 僕の問いかけに、イツキは柔らかい笑顔で答えた。それは、聖人のような笑顔だった。

 

「削ぐんだよ」

「削ぐって、何を!?」

「俺の、ナニをさ」

「は、え、待って」

「待たない。こんなものがあるから、俺は……相棒になんて思いをさせてしまったんだ……自分が許せない!」

「いやいやいや! 一旦待とう!? ねっ!!」

「止めないでくれペルム!」

「止まれよ!!」

 

 相棒の思考回路が、今回ばかりは欠片も理解できなかった。僕は何とか彼をなだめて、事情を聴きだすことにした。

 

 剣はひとまず脇において、イツキを問いただす。やがて、イツキは言いにくそうに話しだした。

 

「あの、ペルムさんは、ですね」

「なに、そのペルム()()って。今更、昔に戻ったみたいな呼び方しなくても」

「性別はどっちでしたっけ……?」

「男だよ。よく知ってるでしょ」

「違いますよね」

「ねえ、その敬語やめない?」

「違いますよね」

「……まあ、一時的に? 今は女性かもね、うん」

「女性じゃねーか!!」

「うわっ、びっくりした」

 

 突然イツキは立ち上がって叫んだ。いや、ここ宿屋だよ? 僕が言えたことじゃないけどさ。まあ、どうせガラガラだし良いのか。

 

「ペルムは美少女なんだよ!? 分かってる!?」

「ええ……? そこまででもなくない?」

「あるんだよ!! ここまでの道中だって、やたら男が優しく声かけてきただろーが! ナンパされかけたの何回目だよ!」

「そう言われれば……そんなこともあった、かもね」

「最初は俺も、相棒に変な目を向けちゃいけないと思って、我慢してたんだよ! でもさ、限界ってもんがあるよ! 特に、一緒のベッドで寝るやつ! あれはダメだって!」

「あー、いやー、その……ごめんね?」

「……はあ。まあ、そういうことだよ。だからいっそのことアレを切って、もう相棒にそんな目を向けないように、と。わざわざ別の部屋をとったのも、同じ理由」

 

 そう言うと、イツキはうなだれるようにして地面に体を投げ出した。なんか溶けてるみたいで面白い。

 

 僕はイツキの頭をつつきながら言った。

 

「じゃあさ、イツキ」

「笑ってくれ……俺を笑ってくれ……」

「イーツーキ!」

「……なんだよ」

 

 やっとイツキはのそりと顔を上げた。その不貞腐れたような顔に、僕は思わず笑ってしまう。

 

「そうだ、好きなだけ俺を笑って……」

「あのさ」

「なんだ、ペルム」

「イツキは……その……僕が魅力的に見えたって、こと?」

「だから、そう言ってるだろ……っていうか、俺じゃなくても皆そう見てるさ」

「ふーん」

 

 そんなことは聞いていない。僕が聞いたのは、()()()()どう思うかだ。

 

「そっか、そっか。なるほどね」

「ペルム……?」

 

 うん。なんていうか、嫌な感じはしない。それどころか、むしろ——

 

「あー、イツキがいつも一緒に寝てくれてなかったのショックだなー」

「ぐう……すまない」

「ショックで、今夜は寝られないかもしれないなー。あっ、でも誰かが一緒に寝てくれればぐっすり眠れるかもー!」

「えっ」

 

 僕はわざとらしく、部屋のベッドに腰かけた。いつもの二人用の部屋とは違って、ここは一人用の部屋。当然、ベッドも小さい。二人で寝るにはくっつかないといけないほどに。

 

「あーあ、何処かに僕と一緒に一晩寝てくれる、優しい相棒はいないかなー。誠実で、優しくて、面白い、そんな『勇者』みたいな人がー」

「あっ、いや、その」

 

 イツキはしどろもどろな言葉を発している。視線がグルグル回って、顔が若干赤くなっていた。そんな彼を見ると、ゾクゾクしたものが背筋を走る。その感覚に促されるまま、僕は言葉を紡いだ。

 

「……もしかして、『月光の眠り姫』の方をお望みですか? 勇者サマ?」

 

イツキはゆっくりと立ち上がると、こちらに向かってくる。ベッドが、二人分の重みでぎしりと音を立てた。

 

どうやら、一部屋分の料金は無駄になってしまったようだ。

 






完結です。これ以上書くとRが足りなくなっちゃうので……

お付き合いいただき、ありがとうございました!
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