初めまして、カスイです。
連載、しかもハーメルンを弄るのすら本当に初めてなので、多分おかしい部分が多々あると思います。
そういう時は、コメントでツッコんでくれれば修正するので、どうか温かい目で最後まで付き合っていただけると、幸いです。
全十話を予定しておりますが、多分前後の前をすると思うので、それは頭の中に入れておいてください。
改めて、この企画を全て取り仕切ってくださっている「ゅゅ」先生に、敬意と、そして感謝を込めて、この言葉で前書きを締めさせていただきます。
本当に、ありがとうございます。
それでは、最終話のあとがきで会いましょう。
————歴史とは、大きな粗筋が決まっており、それを補完するように人が書き加えたものを指す。
————「最高の歴史家は、最高の文学者である」とは、よく言ったもの。
————地点と地点の間に綺麗で、或いは胸が躍って、或いは悲しくて。
————そんな道を引ける人が、大衆の想像する「最高の歴史家」となるのだ。
————しかし、歴史とはそんな綺麗なものではない。
————辛く、苦しく、考えるのすら嫌になるような選択の連続。
————それこそが、歴史を生きる、ということなのだ。
————そして、それを理解することが、歴史を学ぶことなのだ。
「それで、私になにをしろと?」
「歴史の単位を取りにきたのだろう?」
古びれた教壇に立つ、私の1.5倍は背丈がありそうな男は、その背を活かして私に威圧感を与えている。
これは錯覚の類ではない。実際に、睨まれているのだ。
「歴史を学ぶということは、その優劣を問わず、君は歴史家になる」
「学者に興味はないのですけど」
「君がその口で、或いは手で、歴史を語ったその瞬間に、君は歴史家になるのだ。子どもが学生服に袖を通した瞬間から、その学校の生徒になるのと同じように」
「理論については、概ね理解はしました」
黒い背広に、オールバックのせいかよく見える顔。まるで、人を一人か二人は殺していそうな顔。
世界に絶望し、しかし大きな行動を起こさない人というのは、こんな顔で自分の世界にこもっているのだろうか、と。
狂気的な顔でもある。
「……君、もしかして。私の見た目に対して、変な考えを巡らせていないか?」
「いえいえ、そんな。とても、イケた顔をしていらっしゃいますよ」
「世辞が得意技か? それとも皮肉か」
「答えはないので、好きな方を信じてください」
「ならば、これで答えを導き出させてもらう」
ドスン。
大きな音に瞼を閉じ、舞ったであろう埃を掃っていると、目の前に現れたのは、綺麗な青の瞳を持った、薄い茶髪の少女。
鏡の上に届かずとも、八割はその姿が埋め尽くしている。
ネイビーブルーのカーディガンの隙間から覗く、白いセーラーに、赤いスカーフ。
私のパーソナル・トリコロールカラーに、下は赤いタータンチェックのスカート。カーキのハイソックスと、焦げ茶のローファー。
紛うことなき、私の姿だ。
「鏡で、なにが分かるんです?」
「突然に現れた自らの姿に、なにを思った?」
「今日もキマっているな、と」
そう言って、私は髪を弄った。
右上の小さなサイドテール。そして、薔薇の描かれた髪飾りで纏めた前髪。
「自分で自分を見て、どう思う?」
「恵まれた容姿をしているので、誇らしいな、と」
「なるほど。なら、さっき君からもらった言葉は、素直に受け取るとしよう」
目の前に確かに存在していた鏡は、宙へと舞った。
比喩ではない、消えたのだ。
鏡越しで見えなかったあの顔が、また見える。
「話は終わりましたか?」
「授業の導入が終わったところだ」
「では、ここから展開が待っていると」
「その通り」
先生は、そう言って私に本を投げる。
受け取ってみると、文庫本であった。
「それは、教科書だ」
「これが教科書なんて、随分とユニークですね」
まるで、古くから使われている、年季の入った図書館の本のような質感を持っているその本のタイトルには、「間違った歴史」と書かれている。
「間違った歴史、とは。なんというか、娯楽雑誌みたいですね」
「まだ開かなくていい。あとで教えよう」
「これを使って、なにをしろと?」
「君にしてもらうことは、歴史を学ぶことの本質を知ることだ」
「本質」
ある程度伸びた背筋をそのままに、身長故か頭だけが前傾姿勢を取っている姿で、教壇から下りてきた。
あの身長は、教壇で嵩を増されていただけだと少し思っていたが、そんなことを思わせないくらい、下りた後も背丈はあった。
コツ、コツ、と、革靴が木の床を叩く音が室内に響く。
「先程も話したように、地点と地点に線を引く者が歴史家であり、それが大衆に受け入れられた時に初めて、それは『最高の歴史家』へと昇華するのだ」
「はい」
「これが日本の夜明けぜよ、と、声高々に言って見せた坂本龍馬は、見事、薩長を結び付け、明治政府の立役者の一人として有名になった。と言っても、実際にはこんな言葉を言ってはいないわけだが、国民がそれっぽい台詞を作ってしまうほど、日本人にとって、坂本龍馬は教科書のヒーローになっているわけだ。では、坂本龍馬が薩摩か長州のどちらかを忌み嫌っていた。なんて話を聞いた日本人は、どう思うだろうか」
「私なら、信じないでしょうね」
「当たりだ。新しい日本の夜明けを目指し、仲の悪い二つの組織を結び付けた開国の英雄が、そんなことを考えているわけがないと思うだろう。逆に、坂本龍馬が長州の木戸孝允と、薩摩の西郷隆盛のことを好いていた、という話を聞いた日本人は、どう思うのだろうか」
「私なら、信じますね」
「当たりだ。犬猿の仲であった薩長を結び付け点と、日本の夜明けと言わせ、明治政府の礎となったという点を結ぶ線として、あまりにできた話だからだ」
「そして、国民はその話をした歴史家を評価する」
「それが、最高の歴史家だ」
淡々と行われるその会話に、なんとなくだが頭がついていけるのは、私が元より持っていた秀才な頭のせいか。
それとも、目の前のこの先生の話が簡単すぎるせいか。
見る目が少し変わったことに気付かないまま、先生は靴音を鳴らしながら、淡々と語っている。
「つまり、私が最高の歴史家になること、それが単位を取得するための課題だと?」
「聞きたまえ。私には、ストーリーテラーを養成するつもりなど欠片もない。君たちには、歴史家などという事の真偽を語り続ける人間になってほしいのではなく、与えられた歴史から、どのような反省をするべきなのかを、熟考する人間になってほしいのだ」
「反省、ですか」
「そうだ」
教壇に立つことなどせず、ずっと教室を歩き回っている。多分、こうしないと落ち着かない性格なのだろう。
革靴の音の心地よさに緊張感が薄れるため、ずっとそうしていてほしいとさえ思ってしまう。
「人類の歴史は、反省によってより良いものへと変わっていったのだ。差別の廃止運動だけでも、例がないよりマシだろう?」
「確かに。生まれだけで差別される世界がなくなったことは、良いことと言えるでしょうね」
「反省とは人類の、いわば脱皮とも言えるだろう。より強く、より生きやすくなるための成長、そして、適応だ。そして、そこから導き出した答えに近いものを、選択しながら生きなければいけない」
そう言いながら、先生は教壇に立った。
私に教科書だと言って渡してきた、古めかしい本のページを捲る。
顎をこちらに向けてクイっとしゃくれさせたのは、同じく本の表紙を開け、ということだろうか。
あの古風な文庫本の表紙を捲ると、そこには文字が羅列されていた。文章だ。
「これを読みたまえ」
「……グランハン共和国。そこは元々、王国であった。豊かな海洋資源と土地を活かした一次産業によって財政が賄われていたが、しかし、貿易をする相手はアウルン帝国の一国しかなく、その状態は正しく帝国に逆らうことを許されない、いわば傀儡国家もいいところであった。このような情けない状態に嫌気がさした陸軍大臣のアデラール・ローエンは、君主であるグラム四世を処刑し、軍事政権を樹立した。だが、軍事政権下特有の自由のない生活に、民衆の不満は溜まっており、民衆は革命を起こした……」
「これを聞いて、どう思った?」
「……どこかで聞いた覚えがあるような、しかしないような、といった話ではありますが」
「しかし、これは架空の物語だ」
「……もしかして、文学の単位でも取りに来たんですか、私は」
間をおいた後に、先生は笑い出した。
面白いことを言ったつもりは欠片もなかったので、戸惑いを映したような顔で先生を見続ける。
「すまない。まさか、文学などという屈辱を受けることになるとは思わなかったからな。私は、あんなゴールのない授業をするほど暇じゃない」
「では、なんなのですか?」
「歴史から人は脱皮、つまり反省をすると、さっき言ったはずだ。そして、それこそが歴史の単位を取る条件だと」
そこまでの言及をされた覚えはないが、「このような人間像を目指してほしい」というセリフは、そういう意味を内包しているのだと考えられなくもない。
先生の顔が、よく映った。狂気的、としか喩えられなさそうな、その顔が。
「そこで、だ。この歴史を見たことで得た反省と、そこから導き出される最善の選択をしてみてくれ」
「……どうやって、ですか?」
「これで、だ」
先生は、目の前に大きな扉を出した。
群になって鏡を成していた何かが、扉に変わったのだろう、と勝手な推測をしている。
「この扉を潜った君は、ローエン家に仕える召使の一人となる。そして、一週間後に革命でローエン家は皆、処刑される」
「ローエンをお守りしろ、と?」
「ミスリードだ。次のページを開いてみろ」
言われるがままに教科書を開くと、その次にはまた別の文章が並んでいた。
「革命から逃げ延びたローエンの娘のリナは、ランスツィオ王国のアラン王太子と婚約する。それまで、国王の一人息子であったせいで、次期国王という重圧がかかり、精神的に不安定となっていたアランを、リナは献身的に支え続け、そのお陰でアランは王位の継承を決意する。国王になるとすぐに、世界大戦に発展するであろうと言われた事件が起きるが、その世界大戦の危機を防ぎ、後に『平和の使い』と言われる程に賞賛された……」
「もしリナが処刑されれば、ランスツィオの王政は崩壊し、この世界では世界大戦が起き、世界は暗黒の時代に向かうことになる」
ページを捲る。
挿絵と文章ばかりが載っている。
挿絵を見てみると、明らかに死人と分かるような顔や、墓の写真があった。
「それが、間違った歴史、だ」
「……なるほど。つまり、リナが死んだその時点で、お前もこうなるぞ、と」
「そして、そこに載っている手順を全て理解し、その反省も踏まえて世界を護ってみせろ、ということだ」
責任重大、なんて話ではないことくらい、言われなくとも理解できた。
たった一人の人間の知恵で、世界全てが変わってしまうなど、想像すらつかない。
本に載っているやり方には、民衆に挑んでいった者、リナを避難させようとした者、大国に助けを求めようとした者と、色々な種類があった。
しかし、その全ては全滅、捕縛、占領という、酷い最期を迎えている。
人道や倫理という常識を知っている者ほど、人の悪を考えられず、崩壊していく。
正に不条理だが、実に歴史的な難題。
本の厚さ的に、この単位の犠牲者は数百人へと上ろうとしているだろう。
その理由を、嫌というほどマジマジと見せてくる。
その結果に愉悦のようななにかを感じているのか、狂気の笑みが私に向けられる。
「さあ、君ならどうする?」
「そうですね、私なら……」
扉を開くと、潮風の香りが漂ってきた。
私がいちばん好きな香り。私の血を滾らせる香り。
この匂いを嗅ごうと、大きく息を吸い、そして、振り向く。
「戦います。これ以上の犠牲者を生まないために」
「……ところで君、誕生日は?」
誕生日を聞かれる度に、凄惨な風景が脳裏に浮かんでくる。
苦しみ、嘆き、叫び。人の負を集めた、感情の爆発。
だが、そんな思いでも全て背負った、そんな覚悟で先生へと振り向いた。
「11月11日。凄惨な争いをしないと、死者に誓った日です」