バースト・カース~hiSTORY~   作:カスイ

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バースト・カース~hiSTORY~ After

「起きて、マリアちゃん」

 

 少女が目覚めた時、感じられたのは薄暗い部屋の雰囲気。

 

「こ、ここは」

「私のことは見えてる?」

 

 少女の視界に映ってきたのは、薄い茶髪の少女。

 なにやら笑顔で、少女の顔を覗きこんでいる。

 

「あ、あなたは……?」

「私は、リフィール・エンド。覚えておいて? 安部マリアちゃん」

「リフィール・エン……ド……っ!?」

 

 ガタッ、という音と共に、ガシャガシャと鉄の擦れる音が響いた。

 脚は自由に動かせるが、腕には重りのようなものがある、と。

 少女の体感だったが、それは当たっていた。

 

「これは……」

「手錠。抵抗されたくないからね」

「……外してくれますか?」

「それは無理かな」

 

 無理して、頭だけ起こす。

 少女の見える範囲にいるリフィーは、様々な器具を触っては、頷いていた。

 その奇妙さに、一瞬だが鳥肌が立ったような気がした。

 

「あなた……確か、達也さんと紗雪さんを襲った……」

「あの男は、確かに強かった。まあ、強いというよりは、ただめんどくさかったって感じだけど……」

「あの時、私は……」

「私の初撃に、2人は倒れてたね。なんとか持ち直したサユキちゃんと、多分蘇ったのかな? あの男の2人だけが、私に対抗できた」

 

 言われてから、寝起きで目覚め切らない頭に血が巡りだし、その光景が映像のように頭の中で流れた。

 

「達也さんと紗雪さんは、どうしたんですか⁉」

「それは、私の知ったことじゃない。」

「真面目に答えてください!」

「多分、寝てるよ。いくら不死身だからって、体に染みわたる成分に抗うことはできない。強い睡眠作用を持ったガスというのは、素晴らしいね」

 

 そういって、小さな筒状の鉄を、軽そうに投げていた。

 

「なんで、こんなことを……」

「邪魔だったから」

 

 間髪入れずにそう言っては、マリアの傍へと寄ってくるその様は、不気味そのものであった。

 リフィール。そう名乗った少女は、マリアのすぐ目の前にいた。

 

「私は、君のような子に興味がある」

「興味……?」

「救いがあるはずと祈り続けるその様が、私には理解できない」

「……いつか、救いは訪れます。希望だってあります」

「ふーん、そっか。まあ、私の溜まりに溜まった性欲の相手をしてくれればいいよ、今は」

 

 リフィールは、マリアの衣服を丁寧に脱がそうとする。

 逃げようと体を動かすが、そんなのはリフィールに通じない。

 しばらくはそんな様子も楽しんでいたリフィールであったが、そのやり辛さに痺れを切らしたか、足でしっかりとマリアの腹を固定するように、馬乗りになった。

 

「この状態でも、救いがあると?」

「……もちろんです」

「へえ、強がるねえ。でも、性的なことを嫌がるのが、シスターの規則じゃない?」

「……?」

 

 その不思議がった目に揶揄いを読み取ったリフィールは、スカートの方から捲り上げていった。

 重厚に見えるシスター服であるが、所詮は一枚のワンピース的なものでしかない。

 徐々に素肌を晒していくその感覚を嫌がり、少し体を捩ったのを、リフィールは見逃さなかった。

 

「やっぱり、純潔は欲しいんだね」

「この世界に、無理やり服を捲られて嫌がらない人なんて、いません」

「どこまでも冷静沈着だね。それも、主から与えてもらった勇気のお陰かな?」

 

 捲られた布は腰にまで到達した。

 下着の一つが、電灯へと晒されている。

 

「シスターというのは、清貧根性で使い古した下着を付けてるものだとばかり思っていたけど……。案外、可愛いの履いてるんだね」

「視野が狭いんですね」

「……へえ、言うじゃん」

 

 変に騒がず、どこか受け入れているかのように接するマリアに、リフィールは苛立ちに近しい感情を持っていた。

 

「このまま捲っていってもいいのかな?」

「よくない、で止めてくれるんですか?」

「……あのさあ、君」

 

 溜め息を吐くと、リフィールの右手にはナイフがあった。

 マリアは、驚きはしたが、すぐにそれから目を逸らした。

 ナイフは、マリアの首のすぐ横に出される。

 

「私が君を殺さない、なんて保証はどこにもないわけだよ?」

「……じゃあ、どうすればいいんですか? 怯えれば助けてくれるんですか?」

「……まあ、いいよ。こっちの望むようになってもらうまでだからさ」

 

 長いシスター服を、クルクルと捲っていく。やがて、それが胸を越した。

 

「上下きっちり揃えてるところが、見た目通りの真面目さでいいね」

「…………」

「初めて見た時から、なんとなく思ってたけど……。大きいね、期待以上だよ」

「だから、なんだって言うんですか?」

「いいや、嬉しいだけだよ」

 

 鎖骨を隠すように服を、まるで絨毯のように丸めていくと、マリアの視界に大きな壁ができた。

 その綺麗な体に、リフィールはただただ見惚れていた。

 

「いい体をしてるよ。基本的に、豊満な胸を持つ人というのは、それを支えるために相応の脂肪分を持っているけど、その最低基準を抑えてる。痩せすぎず、しかし肉が付き過ぎているわけでもない。時代が時代なら、彫刻のモデルになっているよ」

「……なんか、気持ち悪いです」

 

 リフィールは、服によって隠れていた白い肌と、それが描き出す輪郭を、何度も視線を行き来させながら見ていた。

 その、予想と大きく違った反応にマリアは、困惑の色しか見せるものがなかった。

 美術品の閲覧にも似た行為を終えると、リフィールは手を伸ばした。

 なにかされると思い、咄嗟に目を瞑るマリアだが、リフィールが触ったのは胸の横であった。

 

「脇の近くから、この盛り上がった胸を超えて、緩やかな凹みの後、また少しの山と、そして綺麗な脚……。恵まれてるよ、本当に」

「……っ!」

「くすぐったかった? でも、もう少し触らせてほしいかな。君みたいな恵まれた体を触るのは初めてなんだ」

「ほ、ほんとうに、気持ち悪い……っ、です」

「きっと、今まで恵まれた環境に身を置いて、何不自由なく生きてきたんだろう」

 

 リフィールの一言に、マリアは顔を顰めた。

 先程から感じていたくすぐったさも、すぐに感じなくなった。

 

「親に愛され、ちゃんとした教育を受け、温かいご飯に囲まれた。想像はできるが、夢物語のように」

「そんなこと……!」

「?」

「そんなこと、あるわけないじゃないですかっ!!」

「……?」

「恵まれた環境? 親に愛される? そんな、そんなこと!」

 

 そこで、マリアは口を噤んだ。

 柄にもない激怒の声に、自らも驚いていたくらいであった。

 リフィールも腕を止め、その顔をじっと見つめていた。

 

「……質問、いいかな?」

「……答えたら、これを外してくれるんですか?」

「……分かったよ、あとで聞くとしよう」

 

 それだけ言うと、リフィールはマリアの背中とベッドの間に手を挟み、器用にホックを外した。

 白く、可愛げのあるフリルの付いた下着を剥いでから出てきたものは、男からは恋焦がられ、女からは嫉妬の目線に晒されると断言できるほど、豊満で整った双丘。

 主張の薄さを可視化するように小振りな頂点は、しかしそれも含めた完成品だと教えてくれる。

 それをリフィールは、撫でるように触る。

 

「若さの詰まった、いい胸だよ」

「っ……!」

「ずっと触っていたくなる。まるで柔らかなケーキだよ」

「はあ、ほんっ、とうに……ぃ、きもちわる、い……っ、です……!」

「そうには見えないけどね」

「ん……っ」

 

 頂点を覆う降り積もった薄ピンクの雪の、その輪郭を撫でるように指を回すと、マリアは反応した。

 

「や、やめ……っ」

「品のない、ただ大きな円周なんかじゃない。君を映したように謙虚な乳首だよ。とても可愛い」

「ぅんっ……その、語り口ちょ……ぅがあ、きもちわる、いって」

「これは生まれながらだから許してよ」

 

 しばらくすると、隆起が始まる。

 それを優しく摘み、下から上へ上へと、まるで搾乳のように動かす。

 

「あっ、そ、それ、やめ……んぁ」

「これ、気持ちいいでしょ? 今度、一人でスる時に参考にしてみるといいよ」

 

 リフィールの、止むことのない責めに、仮面では反抗してみるもののその中は快楽で塗れていた。

 一定のリズムで、しかし急かすようなことはなく、むしろゆっくりと、丁寧に絞られる。

 同じ性別のはずなのに、自分のと違う、どこかゴツっとした指の感触が、マリアには異性のもののように感じられた。

 それを由来とした想像が、また気持ちよさを増長し、気付かぬ間に口が開いていた。

 

「かわいい声を上げるようになったね」

「はぁ……。こ、こんな、ぁあ……っ!」

「君から生まれる赤ちゃんは幸せだろうね。こんなおっぱいから出てくるミルクは、ヤギを1,000頭捕まえても飲めないよ」

「あぁ、やだ、ぁ、やだあぁ……ぁああ、っ!」

 

 快楽の津波がマリアの全身を包み、泳ぐことすら許されない。

 マリアの、幼さ残る性知識に記された『エクスタシーへの到達』という記述には、女性器から訪れるものと定義されていた。

 それが、目の前の、同年齢くらいの少女に覆されることへの恐怖感にも似たものが、マリアを襲っている。

 しかし、仮面の中の顔を、仮面から制御することなどできない。

 

「あぁ……、ぁんっ、んん……っ!」

 

 体を大きく痙攣させた。

 瞬間に、リフィールは手を離した。

 頭の中が真っ白になっていくようなこの感覚に、視界がぼやけるようなこの感覚に、体裁など知らぬ存ぜぬで溺れていく。

 

「シスターとなると、強い念で『自分はこうである』なんて言い聞かせようとしちゃうけど、Iとmeは違う。どこかで矛盾が起きてしまうんだよ、マリアちゃん」

 

 マリアの顔を見ているが、どこか違う、遠い空に話しかけているような、そんな喋り口調であった。

 だが、そんなリフィールの声は届いていない。

 快感の余韻のために、それ以外の機能が低下している。

 

「もっと冷静に振舞うかと思ってたけど、こんなに声が出ちゃうってことは……。もしかして、初めてだったのかな?」

「…………」

 

 やっと聞こえるようになったのか、リフィールの方を見ては、控えめにコクコクと頷いた。

 

「なら、下の方は大変なことになっているだろうね」

「し、しら……?」

 

 舌っ足らずなマリアを無視して、リフィールの体はマリアの足を、まるで電車のレールのようにして、足の付け根辺りまで下がる。

 そこから見える光景には、綺麗な白だからこそ、真ん中の辺りに染みている何かが、まるで強く主張するようにしている下着が映されている。

 恐らく、リフィールの想定内であった。

 

「これは酷いね。主に怒られてしまうんじゃない?」

「……あ、あなたに、主のなにが」

「禁欲主義者に興味はないけど、禁欲から解き放たれようとしている君には、とても興味がある」

 

 そう言って、その染みを撫でると、マリアの体が小さく跳ねた。

 人差し指に付いた、粘着質を持った液体を口に持っていく。

 

「うん。君は甘いね」

「そ、そんな汚いもの……」

「主に捧げる清浄な体から、汚いものが出てくるの? それはおかしな話だね」

「っ……!」

 

 ああ言えば、こう言う。

 そんな言葉が酷く似合っているリフィールだが、それを指摘できなかったマリアは、もう術中にハマっていると言えなくもない状態へと差し掛かっている。

 

「余韻は過ぎた? 私を睨めるくらい余裕が出てきたってことは、まだいじめてもいい、ってことだね?」

「……1つ、教えてください」

「いいよ」

「どうして、私にこんなことをするんですか?」

「それは、私の快楽のためだとさっきも」

「あなたは女性ですよね? それなら、男性である達也さんを襲う方が、筋が通っているように思います」

「…………」

 

 本来、女性には備わっていないはずの賢者モードというものがあるのか、マリアは変に理論的になっていた。

そんなマリアに、リフィールは溜め息を吐いた。

 

「なにも分かってない」

 

 そう呟くと、マリアの頭のすぐ横に両手を、橋を架けるように置いて、顔と顔を合わせた。

 マリアは、キョトンとした顔で見つめる。

 

「私は、君に興味があったんだ。同性だから異性だからとか、そういうのは関係ない。興味がある相手に手を出すことのどこに、論理の破綻があるんだ」

「…………」

 

 リフィールの真面目な目に、しかしマリアの心は一切として動かず、ただ人形のように見つめていた。

 

「初めて君を見た時、変な感覚があった。自分とは全然違うはずなのに、同じに見えた」

「同じ……」

「見た目や能力で考えたら、明らかに紗雪の方が似ているはずなのに、なぜか欠片も似ていないと思った。そして、気付いたら私は君と似ていると、そう思うようになっていた」

 

 赤いスカーフが勢いよく垂れ、リフィールの視界が遮られる。

 それを払いのけ、真面目な目つきでただ見る。

 黄金色の瞳、ベージュがかった髪、どこか幼くも見える顔つき。

 どこが似ていると問われても、髪の色かもしれない、という曖昧な答えを返せる自信すら、リフィールにはなかった。

 

「だから、私は君の素顔を見て、共通点を探そうと考えた」

「素顔……」

「シスターという役割、達也というのと一緒にいるという身分、そして———」

 

 リフィールは、その頬に触れ、輪郭を撫でた。

 

「過去を見透かされないようにと被っている、その仮面」

 

 真面目な顔をしているのに、どこか、若干の狂気を感じられるその表情に、マリアは唾を飲み込んだ。

 

「今、君には役割と身分がない。シスター服は捲られ、私と2人きりの部屋にいる。あとは、仮面のみ」

「……仮面なんて、そんな」

「今更、誤魔化すことなんかできない。君が泣き叫ぶまで、責めるのを止める気はないよ」

 

 そのリフィールの声は、背筋を凍らせた。

 マリアからすれば、初めてということもあったのだろうが、あの快感は気持ちよすぎて、2回は耐えられないと考えていた。

 

「君には苦しんでもらう。素顔を晒せ、安部マリア」

 

 リフィールの顔が離れると、片手に再びナイフを現し、刃を革のケースに仕舞っては柄を握った。

 それを、下着に広がる染みに近付けると、強く押しつけた。

 

「現代的な性欲を発散できる道具は持っていないけど、これも十分気持ちいいから、期待してくれていいよ」

「…………」

 

 それを上下に擦りはじめると、マリアには痛みではなく、それが快楽へと変換されたものが届いた。

 持ち手だからか、緩やかな弧を描くように凹凸があり、それが穴の入り口に少し入るが、入りきることはなくすぐに抜け、次の凸が同じように触れてくる。

 それが、今までに感じたことのない快感を持ってきている。

 

「んっ、んぁ……はあぁ」

「君の最後の砦である性器だけは、見ないであげるよ。まあ、そっちの方が辛くなりそうだけど」

「ん、ぃや……ぁっ」

「そのウブな反応、可愛すぎて壊れてしまいそうだよ」

「やめ、ぇ、て……ぇ! おかし、ぃ、く」

「なってよ。そうじゃないと、君の氷でできた仮面が溶けないから」

 

 リフィールの手は止まることを知らない。

 マリアの味わったことのない快感の渦。大波。

 染みは段々と広がっていき、それに比例するようにマリアの声も大きくなっていった。

 我慢しようと噤んでいた唇も、次第に力が緩んでいく。

 擦る速度も、段々と上がっていく。

 

「ああっ! ほ、ひょんとう、に……ぃ! ダメっ!」

「ダメじゃないよ」

「ゃめ……あっ! ダメっ! ダメっ!!」

「…………」

 

 胸への刺激で絶頂を迎えられず、そのもどかしさが体の奥底に残る余韻として存在している。

 波の正体を知ることなく、ただ陰唇への刺激のみで踏み入れてはならないラインへと足を運ぼうとしている事実は、マリアの否定したいものであった。

 しかし、心のみの否定はあまりにひ弱で、快感の波を押し返す力はなかった。

 マリアの視界が揺らんでいく。そんなだらしなくなっていくマリアの顔を、リフィールはジっと見つめている。

 

「——————ぁああっ!」

 

 体が大きく跳ねる。

 まるで、まな板の鯉のようであるマリアの息は、激しい運動を終えた時のそれのようになっている。

 しばらく天井を見ていると、その視界に現れたのはリフィールであった。

 

「随分と派手にイったね」

「……はぁ、はぁ」

「ほら見てよ。こんなに濡れちゃったよ」

 

 そう言って、頬にナイフの柄を擦りつける。

 逃げようとしたができず、その粘着質を肌で実感させられる。

 リフィールは濡れた柄を指で触り、指の間の糸を見せつける。

 

「聖職者は、やはり潜在的にHな面を持っているものなんだね」

「…………」

「ずっと我慢していただけで、君は主に言われたことを鎖としか思っていなかったんだよ」

「…………」

「所詮は宗教。人が弱っている時に鎖で縛って、もう縛られなきゃ生きていけないようにする」

「……めて……」

「君は一人じゃ生きていけない、その鎖に快感を得ているだけのエロガキに過ぎない。まあ、どうせ親に縛り付けられただけなんだから、その親を恨みながら感じていれば」

「やめてって言ってるでしょ!」

 

 マリアの怒った声、睨む目にリフィールは小さく笑った。

 

「あなたに何が分かるんですか! 私のなにが!」

「…………」

「親にいじめられて、もう死にたいって時にいじめていた方が死んで、そんな行き場のない私を救ってくれて……」

「へえ……」

「そんな、そんなかけがえのない人であった伯父さん達も、その伯父さん達が祈りを捧げていた主も、あなたに侮辱される筋合いなんかないです!」

 

 怒りに身を任せたかのような、その感情に飲み込まれたかのような顔には、涙が伝っていた。

 

「……分かったよ。私と君の、似ているところ」

「……ないですよ、そんなの」

「君に私の何が分かるのかな?」

「っ……」

 

 嫌味のような使いまわしに、ただ黙るしかできなかった。

 リフィールは、ブラジャーで胸を包むと、腕を回して器用にホックを付ける。

 それから、絨毯のようなシスター服を逆再生のようにクルクルと戻していくと、マリアは何事もなかったかのように、すっかり元の姿になっていた。

 頭の上の手錠も外すと、もう自由の身であった。

 

「私の趣味に付き合ってくれてありがとう。行っていいよ」

「…………」

「どうしたの? ここに残ったって、いいことなんかないはずだよ?」

 

 先程までとは違う、異様なまでに優しくなったその声は、不気味そのものであった。

 晴れて自由の身となったマリアだが、しかし上体を起こし、ただベッドに腰かけるようになっただけで、その場から離れようとはしなかった。

 リフィールに背を向け、袖で涙を拭く。

 

「……もしかして、私になにか期待してる? だったらやめた方がいいよ。私はつまらないからね」

「……ズルいですよ」

「……なにが?」

「私の素顔だけ見て、あなたは仮面を取ろうとしない……。マナー違反、というやつなのではないでしょうか?」

 

 ベッドから立ち上がろうとしていたリフィールだったが、その一言で動きが止まった。

 その隙を突いて、マリアはリフィールの腕を引っ張り、ベッドに押し倒した。

 その一瞬の出来事に、反応が追い付いていなかった。

 

「……君にこんな力があったなんて」

「見せてくださいよ、仮面の中身」

「…………」

 

 リフィールは、その真剣に見つめる瞳に苛立ちを覚えた。

 純粋で、怖いもの知らず。

 今すぐに跳ね返すこともできたが、マリアの口が開くのを見て、それを止めた。

 

「私に、嫌味のように親の話を振った。最初は、私の言われたくないことを見透かして、挑発しているだけだと思ってました。でも、違いますよね?」

「…………」

「挑発であり、嫉妬でもあった。違いますか?」

 

 リフィールは、動きを止めた。

 皴のなかった顔が歪む。

 しばらくの静止は、マリアに手ごたえを与えたが、すぐに形勢は逆転した。

 

「決めたよ、安部マリア」

「……なにを、ですか」

「私、君たちと対峙することにした」

「対峙……?」

 

 先程から、マリアに見せていた瞳、表情。

 しかし、どこか狂気を纏っている。

 

「今、君たちが自由に動けているのは、単位が一つなくなったからだったね?」

「……そ、それがなにか……?」

「新しい講義を……、一階に作るか、それとも上のを下に降ろすか」

「な、何を……」

「これだよ」

 

 ベッドの脇に置いてあった、日焼けしているように見えるほど古い本を、リフィールは摘まみ上げた。

 

「これは、怪異から取った、いわば戦利品」

「…………」

「隔離棟の歴史の怪異は私に倒され、私は教育実習生から怪異の素質があると言われた」

「……あなた、もしかして……⁉」

 

 狂気のオーラが、マリアの言語化の解像度を高くしていく。

 経験のある雰囲気、人ならざる者のみが持つ固有の雰囲気。

 

「黒木達也、紗雪、安部マリア。怪異への対抗によってバースト・カースとなり、名を挙げた君たちと、怪異への高い共感によってバースト・カースになり、怪異に似た人でしかなくなった私は、似て非なる者なんだ」

「そ、そんな……人が、怪異になるなんて……⁉」

「怪異になれと言われた時は、まだ人としての自信があった。だけど、君たちを見てたら、自分は人ではないことに、君たちにはなれないことに気付いた」

 

 ヘドロのように強く、発してもいない激臭すらも感じ、思わず鼻を摘まみたくなるようなそのリフィールの姿は、しかしセーラー服のせいで、今までのソレとは違うように見えた。

 普通の生徒にしか見えないのに、その中身はそれらを圧倒的に凌駕する存在。物体。

 

「純粋な君の態度と瞳は好きだよ。私を酷く惨めにさせたからね」

「ま、まだ戻って」

「……ヒラセ・ウミという少女に会ったら言ってほしい。———派な———なって、と」

 

 強い風と共に、リフィールと名乗った少女は消えた。

 最後に、マリアが見たリフィールの、あの眉間に皴が寄った顔は、忘れることができなかった。

 多分、仮面がズレた瞬間だったのだ。

 達也たちが見つけに来るまで、マリアはヒラセ・ウミという名前を忘れないよう、脳に刻んでいた。




本当にお久しぶりです。
最後の投稿からどれくらいの月日が経ったことでしょうか。
カスイです。
今回は、ただマリアちゃんをいじめたいなっていう思いだったのですが、僕はリフィールというキャラを、マリアちゃんをいじめるためだけに作ったと考えたくないので、最後に少し、バースト・カースのスパイスとなるような立ち位置に就かせてあげることにしました。
割と唐突な展開になってしまっていると思いますが、僕は割と「多くは語らず、むしろ情報は少なく」という書き方が個人的に身に染みてしまった人間なので、どうかお許しください。
これで、僕がバースト・カースという世界観に関わることについては、一区切りがついたと思っています。
リフィールという扱いにくさ満々のキャラクターは、バースト・カースの世界で生き続けるでしょう、厄介ですね(他人事)
以上、カスイでした!
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