「お嬢様、着替えが終わりました」
「分かったわ!」
中に入ってきたお嬢様は、なんだか目をキラキラと輝かせながら近付いてきた。
「とっっっっても似合っているわ、リフィー!」
「そ、そうですか?」
「そうよ! 同じメイドさんのはずなのに、なんだかかっこいい感じ!」
「私は、私はどうですか、お嬢様!」
「ウミも、とっても似合っているわ! かわいい!」
いきなり手を繋がれると、驚いてしまう。
間合いの問題だろうか。
ウミは、伝えた通りの動きをしてくれている。頭の切り替えが早いタイプなのだろうか、それとも素か。
どちらにしても、ウミにはこのままリナと接してもらおう。
「こら、ウミ。お嬢様を困らせちゃダメでしょ?」
「あ、そうでした! ごめんなさい、お嬢様……」
「ううん! むしろ、あなた達にこうやって接してもらえるの、なんだか嬉しいわ!」
「リフィー」
「どうしてウミがそんな大きな顔をするの……」
まるで、鬼の首を取ったかのような、どこか誇らしげな顔でこっちを向くウミ。
そんなウミに困ったような表情を向ける私と、このやり取りを見て、フフッと笑い出すリナ。
私の見立て通り、リナは同年代の私たちに心を許している。
王族というと、従者ばかりが屋敷にいて、いつも年上の相手ばかりしているだろうから、私たちのような同年代と話すことなど、ほとんどないのだろう。
「では、私たちはこれから何をすればいいでしょうか?」
「そうね……。ウミは、私の部屋に付きっきりでいてくれないかしら?」
「いいんですか、お嬢様!?」
「お嬢様、しかし、それだと他の者に示しが……」
「いいの。それに、ウミは不器用な気がするから、料理や庭の専属の人を苛立たせてしまうだけだわ!」
「お、お嬢様~!!」
「それなら、仕方がありませんね」
「リフィーまで! も~う!!」
「ふふふっ」
そう言いながらも、ウミは嬉しそうにリナの横に立った。
多分、心からこのリナを好んでいるのだろう……というよりは、そうでいてくれないと物事が潤滑に進まなくて面倒だから、ずっとそのままでいてほしい。
「リフィーは、器用だからなんでもできるでしょう?」
「まさか、お嬢様程では」
「こういう時は、謙遜じゃなくてできることを言うものよ、リフィー」
「……そうですね、ほとんどの家事は他の家でしていたので、できるとは思います」
「それなら、リフィーには他のメイドに混じって、仕事をしてもらいましょうか」
「かしこまりました」
「でも、呼んだらすぐに来てもらうわよ?」
「はい。このリフィール、お嬢様のために、鳥が飛ぶよりも早くお嬢様のもとに駆け付けてみせます」
「ふふっ、楽しみにしているわ」
「お嬢様―! 早く行きましょー!」
「ウミはせっかちさんね」
ウミがリナの袖を引っ張ると、それに引かれるように、リナは部屋から出ていった。
「リフィーも頑張ってね!」
最後に、それだけ放ったリナが出ていくのを眺めながら、この部屋の窓に行った。
螺旋階段を上ってきただけあって、いい風景が見えている。
遠くとも、近くとも言えるくらいに大きな海に、人々が暮らしているであろう家々。
小さく見える暴力性は、しかしその血で海を汚すことはしない。
青い海が、皮肉なほどに綺麗で、フラッシュバックが起きる。
死んでいく人と、その血を飲み込まないかのように、赤い箇所もすぐに青く塗り替える海。
人の母は海だが、海は人を子のように受け入れてくれない。あくまで、その色を保持し続ける。
だから、人の望みは、人が叶えるしかない。
この海に誓って、民衆は打倒軍事政権をしなければならない。
「革命、か」
私は、宮廷内を歩き出す。
————————
旗を縫い、番犬の散歩をし、スープを作り、服を洗っては干し、大広間の床を掃除する。
これを手作業でやらせる時代錯誤的なその感覚は、むしろこっちの常識の方が時代錯誤であることを認識させられているような気がする。
しかも、これは手伝いに過ぎず、私が一人でやることは番犬の散歩くらいだ。
散歩コースは決められていて、軍の関連施設を必ず通るように作られていた。
番犬や召使いが民衆に殺されることを危惧しての仕組みだろう。
そこまでの危機管理能力を持っておきながら、なぜ政治を変えようと考えないのかは気になるが、一度上げた手は、そう易々と下げるわけにはいかないのだろうか。
止まれる時に止まらなければ、犠牲は止まらない。
「ダメだ、雑念が酷い」
私は、コースから外れた海へと足を向けた。
プログラミングされた犬達は、そこはルートじゃないと私を引っ張ろうとするが、こっちが力で強く引けば、勝てないと分かり、付き従いはじめる。
この世界に来てから初めて見た海は、たとえこれが物語の世界だとしても、とても綺麗だった。
深く息を吸い、潮風を体中に送る。
この犬共の扱いに慣れてきた私は、その間も邪魔をされないように待てをさせていた。
人々は、自らの願いを海に誓うしかない。
海に、誓う。
「おい、お前」
後ろから声がしたため、振り返ってみると、そこにはパッと見でも三〇はいそうな人の群れがあった。
その手には、下は木の棒から、上はマスケット銃まで、それは様々だった。
この犬のリーダーである、白いのが威嚇しようと立ち、それに続き焦げ茶や黒が立つが、それを止めた。
「その恰好、ローエン家の人間だな?」
真っ先に話しかけてきたのは、薄い茶髪に、黄色い瞳を持った少女。
一見すると、なんだか私にも見えるような少女だ。
この声的に、先程話しかけてきたのも、恐らくこれだろう。
「はい。ローエン様に仕える使用人です」
「そんなのが、なんでここにいる?」
サーベルを向けられる。
やろうと思えば対抗できるが、大人しくしてれば見逃してくれそうな連中なのだから、穏便に済ませた方がいいであろう。
「私、実は遠くの国からここに来た者でして、そこに海なんてなかったので、つい……」
「嘘をつくな!」「どうせ俺たちを監視しに来たんだろ!」「いいや、見下しに来たに違いない!」
三〇人もいて、その全てがローエン家を忌み嫌っているのだから、それだけ悲しそうな表情をしようとも、それは多種多様な罵声が返ってくるであろう。
だが、この姿勢を崩すつもりはない。
ちょっと蹴られるくらいなら、我慢できるか。
そう思いながら、今すぐにでも吠えそうな犬達を鎮めていると、あの私そっくりな少女がその暴言を止めた。
「やめろ、お前ら」
「で、でもよ、クレア。こいつは」
「この海を愛する者を、拒むようなことはしちゃいけない。それが、私たちの教えだろ?」
この少女は、この組織の長か、或いはまとめる立場にいるのか。
どちらにしても、敵に回さない方がいいことだけは分かった。
「お前、この海は好きか?」
「憧れはありました……。多分、好きになると思います」
「そうか。なら……」
クレアという少女の放ったその言葉に、私は惹かれた。
————————
「今日、リフィーと会った?」
「いえ、会ってません」
「そっか……。遅いわね、リフィー」
お嬢様の髪は、とても綺麗だった。
お風呂上り、良い匂いのするお嬢様の髪をきちんと拭き、櫛を入れてみたら、すんなりと入った。
金色の、いかにも海外の人といった感じに、私は憧れと驚きがあった。
綺麗だな、本当にこんな人がいるんだなって。
「ウミ、とても気持ちいいわ。これからは、ウミに任せたいくらい」
「ありがとうございます、お嬢様! 私も、ずっとお嬢様の髪に触っていたいです!」
「ふふっ、ずっとは困るわ」
この上品な感じは、本当にお嬢様って感じられて、なにからなにまで違うのを見せつけられているようだった。
「ウミ。今夜は一緒に寝ない?」
「お、お嬢様……いいんですか!」
「他のメイドには、寝ている時は入ってくるなって言ってあるから、大丈夫よ。それに、ウミって抱き心地がよさそうだし」
「……それなら、お嬢様と一緒に寝させていただきます!」
「ふふっ、苦しゅうないわ」
そう言って、私とお嬢様は同じベッドに入った。
少し時間が経っても、やっぱりお嬢様は温かくて、寝心地が本当によかった。
お嬢様は、私の胸に顔を埋め、私はそんなお嬢様の温かな体を楽しもうと、抱え込んだ。
お互いが、お互いを大切に抱き合う。
こんな温かな日が、何日も、何年も続くといいな、と。
そう思いながら瞼を閉じた。
「ウミ。君は、リナとずっと一緒にいて。まるで、友達のような距離感でい続けて。得意でしょ、そういうの?」
うん、リフィーさん。
私、この空間が大好き。