バースト・カース~hiSTORY~   作:カスイ

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HistoryⅤ「足跡」

 まだ陽の昇らない、空気の澄んだ時間。

 潮風が香ってくることはないが、この涼しさは夏が過ぎた証であろう。

 そんな中、私は双眼鏡を覗いた。

 あの山から朝日が昇るのを見るのもいいが、今はそれよりもっと楽しい風景を見るための下準備だ。

 

「宮廷護衛部隊の寮舎より、約二キロ。十分に狙える距離だね」

 

 私は、着々と準備を進めていた。

 メイドたちには、流行りの病にかかって体調を崩したと伝え、隔離されている設定となった。

本来、流行り病は宮廷お墨付きの別荘にて看病を行うらしいのだが、あの角刈りに放った言葉が上手く働いたのか、「あんなのに良い待遇など渡すものか! 誰とでも寝た罰だ!」と、実家に帰らされることになった。

国家中枢の腐敗を感じたが、こんな時にはありがたい。

ヴェルサイユらしく、平地に宮廷を建ててくれたことには、感謝の意を申し上げよう。

山々に囲まれた平民と、その山を越えた先にある、広々とした平地に庭やら池やらを建てる。

周囲は爵位持ちの豪邸密集地。

裏を返せば、その中の一つの家でも奪い、そこから大砲で、宮廷の壁代わりになっている宮廷護衛部隊の寮舎を攻撃すれば、部隊は機能停止状態となる。後ろからの敵襲ともなれば、それを補うように背面に兵士を送る必要性がある。そうなると、今度は前ががら空きになる。

そこに私が合流する。

確か、ここはサイナ家の家だったであろうか。まあ、もう死んだ主人のことなんて、知らない訳だが。

能力をフルに使えば、このカノン砲を二十門は置けるが、今回の目的は能力を見せつけることではなく、寮舎の破壊なのだから、三門もあれば事足りるであろう。

 

「しかし、いつ見てもオードナンスの60ポンド砲は素晴らしい……。さすが、天下の大英帝国製だけあるよ」

 

 あまりに壮大な、しかしシンプルなそのシンボルには、惚れ惚れとしてしまう。

 だが、こんなことをしている暇はない。

 この家の主人が持ち主であっただろう馬を奪い、さっさと目的地点へと駆けていく。

 馬に乗っているその時間で、ちょっとした振り返りをしていた。

もう、ここに来てからかれこれ四日が経っているのだ。

折り返し地点を過ぎ、もう革命本番間近。

まさか、その参謀をすることになるとは思わなかったが、これもまた運命だ。

国境警備隊程度の、薄い城壁と、その門が見えてきた。

私は馬から飛び降り、なんとか着地してみせる。主人を失った馬は、ただ真っ直ぐに門へと向かう。

衛兵らしき男共が出てきては、馬を宥めている。

あれに目が行っているうちに、木の陰に隠れ、頭の中にカノン砲を創造する。

 

「本当に、まるでパソコンみたい」

 

 仮想上の砲と、現実で設置した砲を脳内で結び付ける。現実では砲弾の装填まで終わらせているため、あとは拉縄を引くだけだ。

 スゥ、と息を吸う。

 この世界の歴史を変える、その舵取りをしている。なんて誇らしいのか。

 そう考えながら、小さく呟いた。

 

「Fire」

 

 遠くで、微かにだが音がした。

 すぐに着弾するだろう。

 私は、頭の中の60ポンド砲を崩し、なかったことにする。

 この世界の歴史に、未知の痕跡は残さない。

 その作業が全て終わった頃に、音がしてきた。

 

———ズドンッ、ドンッ、ドンッ。

 

音の方向を見てみると、護衛部隊用の古風で、小さなお城のような寮舎が、ものの見事に破壊し尽くされていた。数秒前まで、ただ古びれた、趣のあるだけのお城だったのに、この数秒で欠片しか残らない、落城間近の城へと立派な様変わりをしていた。

一個大隊規模の、凡そ何人が下敷きになったであろうか。早朝だから、周辺警備の人員以外はぐっすりと眠っているであろう。

夢の中で天国に昇れたのだから、彼らも幸せだろう。

宮廷の方を見てみると、この事態を正確に理解できていないらしく、まだ大きな騒ぎにはなっていない。

先程まで、馬の相手をしていた衛兵たちは、挙って寮舎の方へと向かっていった。

しばらくして出てきたのは、この時間帯のせいで見にくいが、紺色の軍服を着た兵士の群れだろう。

一個大隊規模。

なるほど。片方は救助、片方は警備兼、原因の捜索といったところか。

私は、イメージを始める。

あっちの世界に戻れば、旧世代の銃と言われてしまうであろうボルトアクション。

銃身が短い、というよりはほとんどない、特殊なフォルム。

そして、もう片手には、十分な刃渡りを持っているナイフ。もとい、バイオネット。

私の愛した銃であり、そして、長年の相棒。

これを持っている時、私は人の前に出るための仮面を脱ぐ。いや、脱がされる。

この子には、全てがお見通しだからだ。

子どもを撫でるように丁寧に、銃剣を装着した。

 

「Bayonet……charge!」

 

 私は、勢いよく飛び出した。

 

————————

 

 外で、大きな音がした。

 きっと、リフィーさんの大舞台が開幕したんだと思う。

 

「いま、なにか音がしなかったかしら?」

 

 目を覚まそうとするお嬢様の耳を塞ぐように、私の胸に顔を埋める。

 多分、今は私の心音しか聞こえていない。

 

「大丈夫です、お嬢様。まだこうしていましょう」

「……そうね。ウミは温かくて、気持ちいいから」

「はい、そうです」

 

 きっと、今頃お屋敷の中は大変なことになっているかな。

 その昔、ここの宮廷の本当の持ち主のお子さんが暮らしていた、小さな屋根裏部屋。

 ここは、お嬢様と私の、二人だけの秘密基地。

 そして、今日はこの秘密基地で寝る約束をしていた。

 全部、リフィーさんが用意してくれたんだ。

 外の喧騒など微かにしか聞こえてこない、二人だけの世界。

 ずっと、このままでいたい。

 

————————

 

「リオンの部隊はなにをしている!」

「リオン隊の生存者によると、不意打ちを喰らい、部隊は壊滅的状況だと……」

「ならば、直ちにデヴィスの部隊を向かわせろ! あと、その生存者は連れてこい! 敵の情報だけでも聞きだす!」

 

 戦場の声が聞こえてくる。この学園に入ってから、交戦対象の声を聞けるようになった。

 しかし、ここまで明瞭に聞こえてしまうと、もはや可哀想まである。

 門へと向かう一本道は、まるで舗装しているかのように人ばかりが倒れている。

 死体で積み重ねた、少し硬い椅子に腰かけ、バイオネットに付いた汚れを拭き取っていると、また集団が来た。同じ紺色。

 

「ま、まさか、貴様一人で、この数を……」

「戦場でお喋りしている暇なんて、ないと思いますけど?」

 

 私は、サーベルを構え、横一列に並んだ銃士たちを従えているそれに向けて突っ込んだ。

 銃床で鳩尾を打つと、後ろに倒し、その胴に刃を刺す。

 きちんと刃を捻ってから抜くと、血を出しながら倒れていた。

 その光景を見て、恐れたか退こうとした一列目の連中を睨む。

 

「う、撃てー!」「デヴィス様の仇―!」

 

 典型的な戦列歩兵。命中率の低い銃をなんとか当てようと考えた末に生まれた、実に素晴らしいアイディア。

 だが、私には意味がない。

 代わりに号令をかけた兵士の後ろに回り、背から腹に向けて刃を突き刺す。

 

「さあ、撃ってみなよ」

「き、きさま、卑怯だぞ……」

「知ったことじゃないかな」

「お、お前ら、ためらうな……! 撃て……!!」

「うるさいなあ、もう」

 

 一発分の盾にすると、さっきと同じ手法で地面に倒す。

横一列だった兵士は弧を描くように移動し、私を狙ってきた。

だが、マスケット銃の死角を活かしながら、懐に入っては殴り、その途中で後ろに回ってきた兵士を、トリガーで黙らせる。

列が乱れた時点で、私の勝利は堅かった。

蹴り、殴り、刺し、撃ち、蹴り、刺す。

銃床で殴り、後ろで陣を組もうとした瞬間に空中で回転し、背後に回って一人を刺す。剣だけ外してもう一人の首に刃を突き刺すと、引鉄に手を掛けて頭を撃ち抜き、すぐにボルトを引いたら、最後の一人はその一発で殺す。

首筋に刺さっていた刃を取り上げると、血が噴き出す。

この光景に恐怖し、逃げていくものを狙い撃ちする。

まだ、まだ血が私を求めている。

逃げることは許されず、しかし戦っても勝てない。

行くも地獄、戻るも地獄とは正しくこのこと。

恐怖に震える手で、なんとかこちらに銃を向けているが、その時には私の方が早く引鉄を引いている。

能力のお陰で、無限の銃弾を持っている私からすれば、一発撃った時点で大きな隙が生まれ、しかも命中精度が底辺のステレオタイプなど、もう話にすらならない。

 

「首、落としてあげようか?」

 

血が飛ぶ。

この道を血で舗装している。

 血の水たまりすら見える。

それを踏み、邪魔な死体は蹴とばし、戦う意思があろうとなかろうと、まず殺す。

 気が付けば、陽は昇りきっていた。

 

「ほ、報告します。ウォント公爵の部隊が、兵士の戦意喪失によって、か、壊滅的な状態に……」

「ば、馬鹿な……」

「望遠鏡、よかったら使います?」

「寄越せ! ……なんという。こんなの、人のすることではない」

「では、私は人ではないのでしょうか?」

 

 絵に描いたような昔の現場指揮官。禿げ頭に肥満体型だ。

 私を見るなり、後ろに下がっていくが、監視台の上なのだから、最大限下がっても銃剣が刺せる。

 報告していた兵士は、先ほど突き落とした。

 

「あ、悪魔め……」

「同じ“人”ですよ。クレア・ナルヴァという、あなた達が下に見ていた、ただの人です」

 

 私は、止めを刺すことなく、その頭の横に銃弾を飛ばすだけで済ませた。

 戦いは終わったはずなのに、城壁内はやたらと騒がしい。

恐らく、民衆による革命の第一段階が始まったのであろう。

崩れた寮舎の壁に背をもたれかけ、相棒を抱きしめる。

 

「計画通り、か」

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