バースト・カース~hiSTORY~   作:カスイ

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HistoryⅥ「覚悟」

 目覚めたお嬢様は、メイドたちから怒られていた。

 心配した、いつもの寝室で寝ていてください、なにかあったらどうするんですか。

 たとえ仕事であったとしても、こういうことを言えるくらいお嬢様のことを大事に思っているのかな。

 本当に、ここは温かくて、居心地がいい。

 すると、後ろから背丈の高い、スラっとした男の人が出てきた。

 黒いスーツに、少し伸ばした髭は、まるで漫画の世界の執事様みたいだった。

 

「お嬢様、ご無事でなによりでございます」

「心配をかけてしまって、本当にごめんなさい、セドリック」

「いえいえ、無事であればよいのです」

 

 セドリックさん、というのだろう。

 お嬢様が頭を下げるや否や、すぐに膝を曲げて座り、自分の頭が下になるようにした。

 本当に漫画通りな執事だった。

 

「セドリック、状況を教えなさい」

「かしこまりました、お嬢様。まず、早朝にアデラール様の部隊の寮舎が何者かに襲撃され、部隊員のほとんどが機能停止状態となりました。その後、すぐにウォント様の部隊が、襲撃を受けた北門周辺を捜索に向かいましたが、敵の攻撃を受け、部隊は壊滅的な状態となっております」

「そう……。それで、この騒ぎは?」

「はい。この騒ぎは、先ほど、革命派を名乗る民衆がテラム様の寮舎を攻撃し、占領したらしく、その影響でこのような状態になってしまいました」

「なるほど。……それで、お父様はなんて?」

「現在、脱出の準備をしている、と」

「……はあ。分かったわ、私もそれに同乗することになるのだから、部屋で待っているわ」

「いいえ、お嬢様。食堂でお待ちください。使用人も食堂に集めていますので」

「……分かったわ。行きましょう、ウミ」

「は、はい! お嬢様」

 

 さっきのお嬢様は、どこかいつもと違っていた。

 それは、こんな非常事態なんだから、違うのは当然なんだろうけど、きっと慌てたりするものだろうと思っていたけれど、そんな素振りを一つも見せず、すごく冷静だった。

 

「お嬢様」

「どうしたの、ウミ?」

「お嬢様は、その、怖くないのですか……?」

 

 前を歩くお嬢様は、足を止めた。

 指を顎に当て、うーん、と考える仕草をしている。いつものお嬢様っぽかった。

 それから、私の方に振り向いた。

 

「ウミも一緒に、怖がってくれる?」

 

 吸い込まれてしまいそうなくらい、とっても綺麗な笑顔だった。

 

————————

 

「「「乾杯!」」」

 

 革命の第一段階は、成功どころか大成功で幕を閉じた。

 こちら側の死傷者はほとんどおらず、対する相手は、強大な部隊が二つ機能停止状態、一つは壊滅。

 これを大勝と言わず、何と言おうか。

 そして、テラムの部隊の寮舎をほぼ無傷で手に入れられたため、武装面の心配もなくなった。

 

「山を越えた意味があったね、クレア!」

「ああ、そうだな」

 

 そう言って笑うクレアに、近付いてグラスを差し出した。その意味が分かったのか、クレアもグラスを差し出し、小さく音を鳴らした。

 

「お疲れ、リフィール」

「ここからだよ、クレア」

 

 誓いの杯。そう思って一気に飲んだワインの味は、とても美味しかった。

 

「それでも、一区切りついたんだ」

「スタートラインに立っただけだよ」

「そう。だから、気を抜いちゃいけない……でも」

「……そうだね。今夜くらいは、祝杯に浸ってもいいかもね」

 

 クレアに目を向ける。

 いつもと同じ、動きやすさ優先か、長いズボンに襟付きのシャツという恰好。

 都市の男性労働者、という感じである。

 私と顔がそっくりなのが、まるで違う選択をした私を見ているようで、思わず目を逸らしたくなる。

 

「……クレア、上に行って少し二人で話さない?」

「どうした? 大勢は苦手なのか?」

「クレアだけに話したいことがあるんだ。ここから少しつまみを貰って、さ」

「おう、わかった」

 

 クレアは、仲間に話しかけ、皿を持って部屋を後にした。

 しかし、さすが一次産業で成り立っている国だけあって、今手に持っている以外の皿も、全て豪華なものであった。

 それに加え、恐らく余程のグルメであったテラムのこだわりか、立派なキッチンとダイニングが備えてあった。革命派数百人を収容できるほどの。

 侯爵ですらここまでの贅沢ができるのだから、テラムだけでなく、この二層にいる侯爵というのは、アデラールのお気に入りなのだろう。

 あれだけ酷い光景を見せつけられたのだ、今夜の不安感くらいは罰として受け入れてほしいものだと思ってしまう。私をそうさせるのは、この場のせいだろうか。

 

「少し風に当たってくるよ」

 

 クレアの後を追うように、私も声をかける。

まあ、ほとんどの人の耳には届いていないだろう。

机に並んでいた、アウルン帝国製らしいワインボトルを一本持っていくと、階段を上っていった。

上っていく途中、窓からは宮廷までの外観が見える。

厄介で、強大で、一晩私を悩ませたあの層も、高台から見ると、なんてことはないくらいに小さい。

そう見たいだけなのかもしれない。

 

「やはり、小国だ」

「お前も、そう思うか?」

 

 先を歩いていたクレアは、振り返って問うてくる。

 

「クレアも?」

「国は小さい。でも、私には海があればいい。海だけが、私の国なんだ」

「……そうなんだ」

 

 遠い昔を語るようなその口調は、海に対する想いの全てが籠っているような、そん気がした。

 夜のせいでよくは見えないが、多分、ほのかに笑っているのだろう。

 

「今日は月が綺麗だよ」

「ああ。こんなに大きい月、何年ぶりだろうか」

 

 屋上付近にあったベランダに出て、夜景を眺めていた。

 電気がまだ発達していない、ただ巡回している兵士の持つ火だけがそれを築いている。

 

「リフィール、お前がいてよかった」

「私もだよ、クレア」

 

 クレアが私の隣に立つ。

 月明かりが照らしてくれているお陰で、その姿ははっきりと見ることができる。

 

「それで、話って?」

「……これからの作戦と、そして」

 

 私は、クレアに眼差しを向ける。どこまでも真剣で、想いの籠った目。

 

「私の覚悟の話だよ」

 

————————

 

「お嬢様も、私も、ちゃんと生きてます!」

「こら、物騒なこと言わないの!」

「で、でも、でもですよ! あんな色んなことがあったのに、ちゃんと生きてるって凄いことだと思うんです!」

「……確かに、そうかもね」

 

 今日の館中の見回り当番は、私だった。

 それを伝えると、お嬢様もついて行くってなって、それで一緒に来ている。

 手に持つ蝋燭以外、火はついていない。

 それを点けるのが、私の役目であった。

 

「それにしても、なんだか怖いですね……」

「そう? 私は、ウミと一緒だからなんにも怖くないけど」

「なんで、当の私が怖がってるんですか~」

「ほーら、私が傍に居るんだから文句言わない」

 

 お嬢様に腕を組まれる。

この温かさは、怖さを少し和らげてくれた。

 ほとんど誰も動いてない、静かな静かな廊下。

 お嬢様と私の呼吸、そして心音だけがこの世界に響いているような、そんな気がした。

 蝋燭の火を分けていき、足りなければ替える。

 もう、そんなことをしてから何分が過ぎただろう。

 考えている時に、お嬢様が止まった。

 最初、気付かなかった私は転びそうになったが、なんとか留まった。

 

「どうしましたか、お嬢様?」

「……そこの部屋に、誰かいるわ」

「誰かって、この部屋は」

 

 火を向けてみると、書庫室と書かれているのが見えた。

 にわかには信じがたいけど、お嬢様の勘にかけて、ゆっくりと近付いてみることにした。

 扉を開けたその時、目に映った姿は———薄い茶髪。メイド服。キリっとした目。

 

「り、リフィーさん!?」

「…………」

 

 前に会った時より、静かで、なにか怖い雰囲気を感じられる。

 

「リフィー……あなた、確か流行り病で実家に帰ってるって」

「…………」

「……どうして、黙っているの?」

 

 お嬢様の問いかけに、リフィーさんは答えない。

 

「リナ・ローエン……!」

 

 腰に付けていたナイフを手に、お嬢様に飛び込もうとしてきた。

 あの、リフィーさんが。

 あまりにいきなりのこと過ぎて、声も手も、止まったままだった。

 お嬢様が刺される。

 そんな時なのに、私はなにもできなかった。

 慌ててお嬢様の方を見ると、そこには剣を持った執事さんがいた。セドリックさんだ。

 

「お嬢様! 怪我はありませんか!?」

「せ、セドリック! だ、大丈夫よ!」

「ウミ君、お嬢様と共に逃げたまえ! お嬢様を守り切るのが、君の使命だ!」

「は、はい!」

 

 やっと、頭が働き始めてくれた。

 床に尻もちをついているお嬢様の手を引き、今まで来た道を戻るように駆け出した。

 

「う、ウミ!?」

「逃げましょう、お嬢様っ!」

 

 遅い足を、必死に動かす。

疲れを感じている暇なんてない。

ただ、走る。お嬢様を守るために。

 

「せ、セドリックは!」

「セドリックさんなら大丈夫です! ですから……!」

 

あの二人の影が見えなくなるくらいまでに遠く、遠くへと。

何回角を曲がっただろう。蝋燭の火を見ただろう。

そんなのを覚えていられないくらい、私は必死だった。

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