朝の早い時間。
私とお嬢様は呼び出された。
そこは、大広間だった。
辺りを見回してみると、メイドさんだけじゃなくて、キチっとした服を着た人も結構見えた。
少しざわついていた空間は、前に立つ男の人の杖の音で、一気に静かになった。
「朝早くにご苦労。早速だが、諸君らに二つの話がある」
みんながみんな、その人の方を向く。お嬢様はその人から少し離れてはいるけど、隣にいる。
アデラールさんというのは、恐らくこの人なのだろう。
「まず、一つ。昨日、我が家に仕える従者の一人であるリフィール・エンドが、我が娘のリナに手を出そうとした。幸い、セドリックが庇ったお陰でリナに怪我はなかったが、このような工作行為を働いてくるなど言語道断である!」
力強い喋り方に、思わず一歩退いてしまう。
それほど、お嬢様を大切に思っているのだってことが分かる。
他のメイドさんも、黙って頷いている。
「そして、もう一つ。今日、テラム侯爵の寮舎を占領している革命派の目の前で、この者の公開処刑を行いたいと思う。さあ、出てこい!」
出てきたその姿は、口に縄をつけられ、腕が縛られ、ボロい布を着させられた、まるでアニメの世界の奴隷みたいな恰好のリフィーさんだった。
メイド服を着ていた時の、凛々しくも清潔感のある恰好が頭の中から消えてしまいそうになるくらいにまで汚れた、リフィーさんだった。
「こいつの首を、あの集団の前で刎ねる。これで、奴らもこうなるのを恐れて歯向かえなくなるだろう」
リフィーさんが、殺される。
黙っていたくない。本当は止めたいのに、私には止めることができない。
お嬢様の方を見てみると、一見はいつもと同じに見えるけど、唇を嚙んでいるのが分かった。
もう、変えられない。なにも、できない。
「従者諸君! この公開処刑は、市民街に伝わるほどの大きな規模で行うのだ! 分かったな!」
「「「オーエン家の栄光のために!」」」
息の揃った号令は、運動部のそれと比べてもこっちが圧勝するくらいには、勢いを感じられた。
それはもう、揃い過ぎていて、怖いくらいに。
「以上! 各自、持ち場につけ! 解散っ!」
アデラールさんの話が終わるのとほぼ同時に、その場にいた人が去っていった。
私もそれに合わせようとした時に、お嬢様の視線を感じたような気がしたから、その場に留まった。
キチっとした服を着ている男の人達の中に混ざっている私は、その違和感に心配が生まれていた。
「どうした、そこのメイド。持ち場につけと言ったはずだ!」
「も、申し訳ありません!」
「お父様、彼女は私の召使いです。私が離れるまでここに残るのは、当然のことです」
「なら、お前も直ちにこの部屋から出ていけ!」
「……失礼ながらお父様。その者を、これからどうするおつもりですか?」
「お前には関係のないことだ、下がれ」
「……そういうことを、いつまでしているおつもりですか! お母さんがいなくなったのは、お父様のそういった行動に耐えられなくな」
この大広間に響くお嬢様の声も、たった一発の音で黙ってしまう。
パァン、という痛々しい音が、黙らせた。
左頬を赤く染める。
アデラールさんは、怒りに満ちた表情を向けている。
「あまり調子に乗るなよ、リナ。一番最初の子どもだから丁重に扱ってやっているだけで、お前一人いなくなったところで、ローエン家には一切の痛手もないんだぞ。もしそれ以上歯向かうなら、裸で縛り上げて、俺の部隊がいる病院に捨ててやる。どれだけ子どもが産めるか、楽しみにしていろ」
「っ……!」
お嬢様が早歩きで扉の方へと向かった。
私は、アデラールさんにお辞儀をすると、駆け足でお嬢様の元へ向かった。
扉を出て、少し歩いたら立ち止まった。
鼻を啜る音がしはじめる。
「リフィー、ごめんなさい……ごめんなさい」
「お、お嬢様」
「リフィーは悪くない。全部、あいつが悪いのに……。市民の皆さんも悪くない、あいつが……あいつだけが」
徐々に体勢を崩し、膝から崩れ落ちたように床に座る。
手で涙を抑えようとしても、全然収まらない。むしろ、出しているようにも見える。
「でも、私じゃ……私なんかじゃ、あいつをどうにかすることなんかできない」
「…………」
「無力でごめんなさい。弱くてごめんなさい……」
そう言いながら、ただ泣いているお嬢様の背中を撫でること。
それしか、今の私にできることはなかった。
————————
あれから三時間くらい経ったと思う。
広大な庭にあるのは、それに似合わないほどにおぞましい見た目をしたもの。
黒くなった十字架にかけられているのは、裸のリフィーさん。
体中に痣やら出血の痕が見えるのがあまりに痛々しくて、すぐに目を逸らした。
逸らした先には、銃を持った兵隊さんが沢山いた。
「聞け、私に歯向かう愚民よ! 私はこれだけ諸君らに尽くしてやったというのに、なぜ逆らう! 歯向かう! この国を傀儡から解き放ち、自由な国にしたのは私だ! なにもない国だと言われ、馬鹿にされる屈辱から解き放ったのは私だ! 諸君らの誇りを守ったのは私だ!」
声高々、というのはこのような時に使うのだろうか。
迫力があって、立派で、強くて。
マイクなしでこんなに声が響くことに、凄いとしか思わなかった。
「今から行われることは、そんな私の献身を軽んじ、敬うことすらせず、むしろ貶した諸君らに対する断罪である! この後に、直ちにセントラル・オブ・グランハンから立ち去った場合、諸君ら革命派の犠牲はこの者一人だけの命で許してやる! だが、立ち去ることなく、むしろ好戦的な態度を見せてきた場合、捕まえた者皆、この者と同じ方法で処刑する!」
どこかから声がした。
その方向を見てみると、屋上やその付近の窓から頭や体を出して、文句を言っている人たちが見えた。
先程から、アデラールさんが話していた「革命派」というのは、恐らくあの人たちのことなのだろう。
抗議しているに違いない。
でも、ここまで声は届いても、言葉は届かない。
気が付けば、横一列に並んだ兵隊さんが、リフィーさんに銃を向けている。
角度まで綺麗に揃っている。
「愚かな民の罪を背負い、この場で悪魔に食われろ! リフィール・エンド!」
銃の音を聞いたのは、初めてだった。
一斉に弾が飛び出していくと、それはリフィーさんの体のあらゆるところに刺さっていった。
もう半分くらいしかないように見えたリフィーさんの意識が、消えていったのが分かった。
精気を失った瞳、だらしなく開いた口。握られていない手。
力のない人の姿を、もう見ることはないと思っていた。
銃声は、今も響いている。
————————
リフィーさんが、殺された時。
あの時、なにかできたんじゃないのか。
助けることができたんじゃないか。
そう考えてしまうのは、罪悪感、というものがあるからだろうか。
多分、こんなこと考えたことなかった。今までの話だ。
リフィーさんは、なんでもできて、綺麗で、でもどこかカッコよくて。
短い間だったけど、私に色んなことを教えてくれて。
友達になれると、そう思っていた。
いや、なれた。なった。
唇を嚙みしめていたお嬢様、アデラールさんに怒ったお嬢様。
多分、いや、絶対。あの結末に納得なんていってない。
あんな惨めな、綺麗やカッコいいといった感情がなにも湧かないような姿で十字架に貼り付けられたリフィーさんの姿を見て、お嬢様はなにかの覚悟ができていたと思う。
きっと、新しい結末を、私たちなら。
この世界じゃなくても、たとえば天国でも。
新しい三人の物語を作れると思う。
お嬢様だって、そう考えてくれているかもしれない。
————————
「私、クレア・ナルヴァが、革命派を率いている者として宣言する! 我々は、本日処刑された盟友を誇りに思い、そして、そのような者を無惨に殺したこの悪政を恥に思う! この悪政を打ち倒すため、我々に身を捧げてくれたリフィール・エンドは、我らの英霊となって共に戦い、必ずや民を不幸から救うであろう!」
あの処刑から数時間が経った。
テラム侯爵という人の家の横にある、大きな門越しに話をしている。
その声は、アデラールさんとは比較にならないほどに高く、でも、誇りを持っていて、どこか高貴だった。
凛々しい、とはあの人のことを言うのだろうか。
細い剣を空に突き出すと、大勢の人が一斉に雄叫びをあげる。
朝に見た、リフィーさんを撃った兵隊さん達は、銃を構えて門を開こうとしている。
「民の声を聞かず、生死すらも気にしない暴君、アデラールの出した結論がこれだ! 我々に武器を向けるなど言語道断っ! いま、真に神に護られし我ら革命派が、アデラールの暴政を打ち倒してみせよう!」
「「「うおおおおおお!!!!」」」
門が開いた瞬間、獣が集まっているのかと、そう思うくらい強い叫び声が聞こえてくる。
門を開けた人は、その勢いに圧されて後ろに飛ばされてしまった。
門から階段状に宮廷の庭へと向かっている、そこを走って進む。
火を持っているから、今どうなっているかなんて、最上階にいれば分かる。
上から下りてくる火は、止まることがない。
こんなに離れているのに、それでも聞こえるくらいの熱量で喋る人が先頭に立っているのだろうか。
だから、やる気が出続けているのだろうか。
向かっていった兵隊さんは、その火を止めることができない。
「ウミ! こんなところにいたの!?」
「お嬢様……」
走って来たのだろう。息を切らしている。
「ここにいたら危険だから、早く……」
「お嬢様」
「ウミ……?」
「私は、ここから逃げちゃいけないと、そう思います」
私の言葉に、お嬢様は驚いた顔をしている。
「ウミ! あの人達にとって、あいつに仕えていたあなたも、娘である私も、敵なのよ!?」
「……でも、逃げれる場所なんてないと思います。それに……」
私は、多分泣いていた。
「お嬢様が呼んだら、リフィーさんが助けに来てくれるかもしれませんよ?」
「ウミ……あなた」
「あの人達は、リフィーさんを殺されたことに怒っている。強く、強く」
そうだ。
あんな近くにいたのに、止められなかった。
なにも、できなかった。
「私たちと同じあの人達から、逃げちゃいけませんよ」
死ぬのは怖いけど、あのリフィーさんを見てから、覚悟はしたつもりだった。
今も、怖くて涙が止まらない。
でも、お嬢様に情けない姿は見せられないから、最後まで明るく、明るく。
「私たちで、天国にいるリフィーさんに謝りましょ? ね、お嬢様?」
「ウミ……どうして」
お嬢様は、どうして、どうしてと言いながら崩れ落ちてしまった。
しばらくして、下の階が騒がしくなった。
多分、あの人達が入って来たのだ。
もう、遅かれ早かれ見つかって、殺される。
お嬢様も、その覚悟ができたのか、元からできていたのか。
その場にしゃがみ込んだ。
私は、涙を流し、鼻を啜るお嬢様の顔を、胸で包み込んだ。
ずっと、このまま死ねたら。
お嬢様の鼓動と、その泣く声を包みながら、一緒に。
「リフィーさんを殺してしまった罪を、一緒に……」
「……リフィー。最後に、あなたと会って、話がしたかった」
「……あっちに行けば、いくらでも話せますよ、お嬢様」
勢いよく階段を上ってくる音がする。
でも、多分、今のお嬢様には聞こえていない。