「ウミ、って言ったっけ?」
「はい、そうです!」
「やっと二人きりになったんだから、ね?」
「え、えっと、その」
私は、ウミの肩を掴み、無理やりにでも自分より低い位置に頭が来るようにした。
「え、えっと、リフィー……さん?」
「黙って私の話を聞いてて」
「は、はい……」
最終的に、ウミは立膝をつく形となった。
その後ろの壁に手をつき、耳元へと向かう。
「ここの王女様は、お嬢様と呼ぶこと。でも、下手に丁寧すぎる対応はしちゃいけない。気楽に、友達感覚で接して」
「で、でも、それじゃ、王女様に失礼……なんじゃ」
「大丈夫。私の見立てだと、あの人は一緒にお喋りできる同年代の子なんて会ったことないだろうから、君があの人の役に立つ方法は、友達のように、仲良く接することなの」
「そ、そこまで分かるんですか?」
「この時代の王族なんて、そんなものだから。兄弟もいなければ、尚更そういう感情になりやすいってわけ」
「な、なるほど……」
ウミの顔は見えないが、凡そ「そうなんだー」みたいな表情を浮かべていることだろう。
浅い理解でもいいから、この使いにくそうな駒を上手く使う方法を考えなきゃいけない。
「話を戻すけど、君にはそういう接し方をする分、お嬢様大好きっ子になってもらいたいんだ」
「大好きっ子……」
「お嬢様が好きで好きで仕方ないような……それ故に、礼儀とか考えてなさそうな……。とにかく、そういうの。できる?」
「え、えっと……」
「たとえば、お嬢様が私に向けて『その衣装、似合ってるわ!』って言ったら、『私は、私はどうですか!』と返すような。礼儀とかじゃなくて、なによりも自分を構ってもらいたいような、そんな感じ」
「……自意識過剰?」
「この際、その要素があってもいいと思う。とにかく、そんな感じでいてほしいんだ」
「……ちなみに、その訳を聞いても?」
「……死なないため、って考えておいて」
多分、学園の話や単位の話をすれば、それを理解させるのに時間がかかって、リナに変に勘付かれてしまう。
「信じられないとは思うけど、私たちは今、物語の中にいるの。そして、この物語で死んだら、私たちも死ぬ。だから、死なないようにお互いベストを尽くそう、って話なの。分かってくれた?」
「……わかり、ました」
てっきり、死ぬことに驚いて泣き始めるのではないかと思っていたが、思ったよりは落ち着いている。
しかも、想像以上に読み込みが早い。ただの馬鹿ではないということだ。
捨て駒だと思って扱うのは、損益になるかもしれない。
「じゃあ、そういうことでよろしく」
「はい、頑張ります!」
「そうだ。私のことはリフィーって呼ぶこと」
「は、はい! リフィーさん! ……あっ」
「……じゃあ、始めるよ」
私は、お互いにメイド服が着終わっているのを見てから、声を上げる。
一抹の不安は残るが、この役でロールプレイをするしか、生き残る術はない。
「お嬢様、着替えが終わりました」
————————
「そうか。なら……選べ。ここで命を取られるか、こっちに来るか」
静寂が浜辺を飲み込む。
波が寄せては帰る、そんな音に心地よさを持っていた。
この静寂を裂いたのは、取り巻きの一人であった。
「お、おいおいクレア、正気か! こいつは、ローエン家の召使だぞ!」「どうせ、俺たちの情報を売るためにいたんだろ!」
「黙れ、お前たち。こいつがどんな奴なのかを知りたい」
「……私は、ローエン家が憎いです」
「嘘を吐くな!」「どうせローエンの手先だろうが!」
盛り上がる野次を、クレアは片手一つで制止してみせた。
まるで、指揮者が指揮棒を上げた時のような、それに似た空気を感じた。
「……遠い国から来たばかりなのに、なにが憎いんだ?」
「……実は私、このグランハンとの戦争で被害を受けた村の出身で、その時に連れてこられた孤児なんです」
「そう、だったのか」
「ローエンの持つ騎士団の性処理を目的に連れてこられ、何人もの男の相手をさせられ、それが騎士団長に気に入られたのか、ローエンの給仕となったんです」
この悲惨な話と、淡々と、しかしどこか悲しみを背負っていそうな声音に、この場にいる奴らは一斉に静まり返った。
多分、そんな経験なんてしてなくて、貧困に声を上げただけのような奴らには、少し荷の重い話だったのだろう。
「しかし、名器なんて呼ばれた私の運命は決まっていて、ローエン家に来る色んな男の人の相手をさせられ、しかし逃げられず、永遠とさせられ……。もう、嫌なんです。そんな時に、あなた達の存在を知りました。それに居ても立ってもいられず、メイド長に頭を下げて、この浜辺に来ることを許してもらえたのです。もし、ローエン家を潰すことに尽力できるなら、と」
クレアに力強い目線を向ける。
きっと、覚悟の目だと思っているに違いない。
「ローエン家の給仕という身分を用いて、皆さんにこの身を捧げたいです!」
この場を制した。
革命派が私を拒む理由は、遂になくなった。
「……お前の言い分は分かった。おい、お前たち! まだこいつを拒むか!」
その圧をかけるような投げかけに、首を横に振る者はいなかった。
私は、革命派の一人になれたのだ。
「いま、大声を出したせいで警備している奴が来るかもしれない。さっさと逃げるぞ」
「は、はい!」
クレアの後をついて行くように、走った。
メイド服というのは、スカートが長くて本当に走りにくい。
それに、履いている靴だって、変に革製なせいで走りにくさが倍増している。
凡そ、過度な運動をするために作られたのではないだろう。
随分と長い間、走ったと思う。
一つの家の前に着いた。
「入れ。ここが、我ら革命派の拠点だ」
「拠点……」
寂れた民家にしか見えないが、これは迷彩的な何かだと考えてもいいのだろうか。
三階建てはありそうなこの家の、入って一階は大きな暖炉や机が並べられている。
数十人と入れそうなこの場所は、私に野次を飛ばしていた野郎どもが占領した。
クレアが、手を手前に数回倒す。
ついてこい、というメッセージだと受け取り、私はそいつらを横目に階段を登っていった。
もう三階になったであろうか。
目の前の扉を開いてみると、どこか密室っぽく、窓が塞がれている。
近くにあった小振りな火打石で、蠟燭に火を点けると、部屋全体が見えるようになった。
その様は立派で、たくさんの書物がそれを際立たせている。
「本棚……」
「元々、ここは我らの師であるブルクルト・グートシュタイン様の家だったんだ」
この時代に、これだけの本を置ける。
そして、ここにいる連中にこの国を変えさせるような学を授ける。
間違いなく、大学の先生だろう。
「グートシュタイン様は、学生だけでなく、聞くことを希望する人全ての前で講義をしていたんだ。最初、学者様がなにを偉そうに、と思い揶揄う者が多かったが、それら全てに優しく語り掛ける、まるで神父様のような方だったんだ」
クレアが一歩動く度に、木製の床がキイ、キイと音を立てる。
その音を楽しみながら、グートシュタインと宗教家を同じ場所に並べて話を聞いていた。
馬鹿は騙しやすいとよく言うが、まさかこんな身近に典型的な例があるとは。
「そちらの絵は、もしかして」
「ああ。グートシュタイン様のものだ」
机に置かれた絵に写っているその顔は、白い髭を口から顎まで伸ばし、髪も若干ボサっとしている、冴えない老年教授といったような容姿であった。
味方も敵も似合いそうな風貌は、心の底にどこか不安を与えてくるが、この連中にとっては、たとえ操り人形にされていたとしても、幸せなのだろう。
「それで、そのグートシュタイン様は……」
「殺された。もう一年は経つかな、ローエン家で」
「そんな……」
「ローエン家が、私たちから肉や魚を奪ったんだ。税っていうのが上がって、金じゃ払えなくなって、なら食いもんを差し出せって」
軽く話すが、当人にとっては重大なことに違いない。
「金がなく、食うもんもなくなると、腹の減った子どもが街中を歩き回り、その体力がない奴は倒れていく……。そういう光景にムカついたグートシュタイン様は、グランハン宮殿へと向かっていった」
「グランハン宮殿」
「今のローエン家の屋敷のことさ。自分たちの物みたいに言ってるけど、あれは元々グラム家のお城だったんだよ」
「なるほど」
アデラールの率いる軍に殺された、哀れな王様の住処。
「皆さんは、グラム家のことはどう思っているのですか?」
「いい王様だったらしいよ。豚と牛、そして魚くらいしか取れないで、武器なんて持つ余裕のない私たちは、周りの国から攻められる格好の的だったらしい。それをどうにかしようと、アウルン帝国ってところに色んなことをして、豚や魚を渡す代わりに、この国を守ってくれるようになったんだって」
「でも、そのアウルン帝国とは……」
「……確かに、アウルンの人間に見下されているような目で街を歩かれるのは嫌だった。でも、それしか生き方がなかったんだから、耐えてた。でも、貴族の子供からしたら気に入らなかったんだろうな。一人の軍人がアウルンの人間を殺しちまってさ。それから、ローエン家が出てきて、アウルンから貰った武器で宮殿を襲って、そして、今がある」
色々と世界観が理解できた。
それ以降の流れとしては、アウルンに売ってた豚等で財政を担っていたが、それがなくなったことで財政は落ち込む一方。このままでは、アデラールの保有する強大な軍事力が維持できなくなってしまう。
そこで、国民への重税だ。
だが、アウルンのお陰で金を持っていただけの国民から搾り取れる金なんて、はした金程度。
それが、肉や魚の没収に繋がる、と。
国の仕組みに対する解像度が低い、時代らしさ満載の流れだ。
「それで、グートシュタイン様は宮殿に行って、その次の日、軍人が大勢、街を歩いていた。なにかあったのかと見に行ったら、グートシュタイン様がよく着ていた服を着せられた骸骨を、荷台に載せて歩いていたんだ」
手を強く握ったような仕草が見えた。
恩師がそうなってしまえば、そういう感情を持つのは仕方がないことなのだろう。
「酷い話、ですね」
「でも、そのお陰でこっちは覚悟ができた。ローエンの馬鹿を、宮殿から追い出す覚悟が」
こういう時の民衆ほど、強い存在はないであろう。
貧困程度とはいうが、貧困に嘆く、学のある国民ほど怖いものはないと、レ・ミゼラブルで言っていたような気がする。
強い軍隊と、それを打倒するほどに強くなった民衆。
ローエン家についても、革命派についても、生き残るのがやっと、といったところだろうか。
それに加えて、リナも守らなければいけない。
小説家なら、筆を折るような設定だろう。
「私の名前はクレア。クレア・ナルヴァだ」
「私は、リフィール・エンドです。よろしくお願いします、クレアさん」
「お互い、クレアとリフィールで行こう。あと、敬語はなしだ」
「……分かったよ、クレア」
「よろしくな、リフィール」
固く結ばれた手。
さて、私はどう立ち回ろうか。