デジモンアドベント   作:柴猫侍

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Ⅱ.Keep on

 

 世界は凍り付いていた。

 陸も、海も、空さえも。

 

 樹木は鉱石のように、海面は銀板のように、澄み渡る空はホログラムのように不自然な光を撒き散らしている。

 

 そんな世界の片隅で、一条の雷光が閃いた。

 

「来たぞ!」

「分かっている! サンダークラウド!」

 

 一匹の猫と魔術師らしき生物が声を掛け合い、迫りくる巨大な()と相対していた。

 魔術師の風貌をした一人は、その杖を振り上げて雷雲を呼び寄せ、眩い電光を放つ敵の雷撃を迎え撃つ。

 しかし、威力は相手の方が上。

 直後、押し負けた雷撃が弾け飛んだ衝撃で、魔術師と猫の体は大きく吹き飛ばされる。

 

「ぐわぁ!?」

「しまった!」

 

 不幸にも猫の方は結晶化した岩壁に叩きつけられ、その場から身動きが取れなくなる。

 急いで猫の下へと駆け寄り、敵へ攻撃を仕掛ける魔術師だが、繰り出す雷撃が通じている気配はない。

 

「くっ! ここまでとは……」

「に、逃げろ……お前だけでも、」

「そんなことはできない! こうなったら!」

「ウィザーモン!?」

 

 自分を切り捨てるよう促す猫に対し、魔術師は断固として攻撃を続ける。

 だが、相手は意に介さず標的へ進み続けてくる光景を見て、杖先から突風を巻き起こす。それは猫の体を大きく吹き飛ばし、相手の前から遠く離すに至った。

 

「君だけでも逃げるんだ!」

「また人のことを庇って……! あなたも逃げるのよ!」

「共倒れしてしまっては意味がない! ここまでの旅も、これまでの調査も!」

「あなたが居なくちゃ意味がないじゃない! あたしだけじゃ……!」

「そんなことはない!」

 

 帽子の陰に佇む双眸は葛藤に歪む。

 一人やられるか、はたまた全滅か。この窮状の中、選べる道は二つの一つしかない。それはすなわち、自分か責務のどちらかを選ぶことに他ならなかった。

 それらの内、迷わず前者を選んだ魔術師ではあったが、やられるつもりは毛頭ない。何とか弱点を探り出そうと雷撃を迸らせるも、今のところ芳しい結果は見られていない。

 

 そうこうしている間にも、巨大な敵は一歩、また一歩と歩を進める。

 巨躯から生える四肢を変形させ、獣の如き体勢を取った敵の胸部は、目の前の存在に喰らい付こうと大きく開かれる。

 

 見るからに捕食しようとする姿。

 それに魔術師の焦燥と義憤は加速度し、とうとう爆発する。

 

「おのれ! 神よ、この世界に居るのならば教えてくれ! どうしてこのような試練を我々に与える!?」

「お前……!」

「創造を放棄し、生み出した命に与えたのは苦境だけか!?」

 

 口から紡ぐ呪いの言葉は、いつしか呪いの言葉へと移り変わっていた。

 爆発した感情に呼応し、解き放たれる電撃も心なしか激しさを増す。だが、それだけだった。

 再び触角にエネルギーを収束させる敵は、徹頭徹尾標的を変えはしなかった。

 

 それを見た猫の動きは早かった。

 

「嫌アアアァァァアアア!!」

「なっ!?」

「もうあなたを死なせはしない!! 見捨てたくない!!」

 

 自分の身を呈して盾となす猫。

 その姿を見た猫が制する間もなく巨大な蝶は、そのまま二人を呑み込もうとし、

 

 

 ガキンッ!!!

 

 

「なっ!?」

「ぐぇ!?」

 

 目にも止まらぬ速さで降ってきた黒い影に阻まれた。

 落下の余波で猫が吹き飛ばされた結果、魔術師を押し潰しこそしたが、命が助かったと思えばおつりが出るというものだ。

 

───だが、誰だ?

 

 安堵よりも前に困惑が胸に押し寄せる魔術師。

 彼が視線を戻すと、捕食を防いだ黒い壁らしき物体はみるみるうちに宙へ浮かび上がっていく。

 

 まるで、持ち主の下へと導かれるように。

 

 

「それ、羽じゃなかったんだ……」

「一度でもそう言ったか?」

「いや……うん……はい、そうです……」

 

 

 六角形だった()は、空中に立つ黒い竜人の背へと舞い戻り、半分に分かれて広がった。

 

「あ、あれは……!」

 

 逆光ではっきりとは見えない中、魔術師は突如現れた乱入者に目を見開く。

 

───忘れられない記憶(データ)がある。

 

 それは希望。

 それは光。

 この停滞した世界を再び動かす歯車と成り得る存在。

 

()()()()()()()()()()()()()()……!!」

『───』

「っ、まずい!!」

 

 興奮しかけていた頭に冷や水を掛けるように、眼前で青い電光が瞬く。

 再び電撃を放とうとする敵の攻撃、その予兆だ。

 咄嗟に立ち上がり両手を広げる魔術師は、またもや自分を盾にしようとする。

 

「やめておけ」

 

 それはどちらへ向けて放った言葉か。

 いつのまにやら魔術師と巨大な蝶の間に割って入っていた黒い竜人は、収束していた電撃ごと巨大な蝶を押さえ込んでいた。

 体格だけで言えば巨大な蝶の方が勝っている。にも関わらず、その巨躯は一ミリたりとも前へは進めない。

 

『───、』

「……無暗に命を奪うつもりはない。だから答えろ、()()()()()()()()

『───』

「使命か? それとも宿命か? お前がデジモンならばあるはずの心……そいつは何と言っている?」

『───ピピ、ガ───敵対行動ヲ確認。コレヨリ排除シマス』

「……機械に問答は無用だったか」

 

 ブラックウォーグレイモンが巨大な蝶を押し飛ばせば、宙を翻って体勢を整えられる。

 目に当たる部分が禍々しい赤い光を放つ巨大な蝶は、腕に当たるパネル部分を突き出し、眼下の竜人目掛けて飛び込んでいく。

 あの巨体に押し潰されれば一たまりもない。そう思わせる圧力を感じさせる巨大な蝶は、みるみるうちに降下速度を上げる。

 

 対するブラックウォーグレイモンは、重ね合わせた両手の間に赤い光球を生み出す。

 

「……これは、オレの嫉妬か?」

 

 生み出した光球を前に、自嘲気味に呟いたブラックウォーグレイモンは首を横に振った。

 

───何に対しての嫉妬かなど、今は捨て置け。

 

 邪念を捨てれば、生み出した光球の輝きが増す。

 まるで本人の負の念を吸い取ったかのように大きく膨れ上がった。

 

 そう、この技はこの世に存在する負の念を一点に集中させて放つ、“彼”のものとは違う性質を有す。

 

「ガイア、」

 

 脳裏に過る自分によく似たシルエット。

 それを掻き消すように赤い閃光は鮮烈に瞬く。

 

「───フォース!」

 

 蒼天を衝くような光は、標的へ寸分の狂いもなく奔っていく。

 対する巨大な蝶は、迫りくる破壊の塊を目の前に抑揚のない無機質な声を垂れ流す。

 

『ッ───ガ───回避───不能。防御───』

 

 突き出した両腕で赤い光を覆うように受け止める、が。

 

『───不能』

 

 受け止められていた時間はものの数秒。

 間もなく両手は許容範囲を超えた熱量に耐え切れなくなり溶解を始め、連鎖するように体の崩壊が始まる。

 腕、肩、そして体。

 ど真ん中を貫いた暗黒の念は、遥か空の上で弾けて消えた。

 そして、中心を貫かれた巨大な蝶もまた、全身に漏れ出すスパークが奔るや否や、爆散するでもなく塵となって消えていった。

 

「……」

 

 その光景を無言で見届けたブラックウォーグレイモンは、不意に自分の掌へと視線を移した。

 

「チッ」

 

 苛立たしそうな舌打ちが虚しく響き渡る。

 とてもではないが敵を倒したという達成感に浸っているとは思えぬ様子だ。話しかけるのも憚られる雰囲気がそこにはあった。

 

「ね、ねぇ……」

「ム?」

 

 だが、いつのまにやら脚から離れていた少女が、恐る恐るといった様子でブラックウォーグレイモンへ問いかける。

 

「えっと……今の……殺しちゃったの?」

「あのデカブツのことか」

「うん……」

 

 たった今消滅していった存在に言及するタヨリは、見るからに恐怖に身を竦めていた。

 彼女は人間だ。それも子供。人並みの道徳を持っていればこそ、どのような命にでも殺すという行為に忌避感を覚えてもおかしくはない話だ。

 

「殺してはいない」

「え?」

「そもそもデジモンに死の概念はない」

 

 ブラックウォーグレイモンに自分と違う種族の価値観を暗に察するほどの知識の含蓄はない。

 だからこそ、ありのままの事実を述べる。

 

「戦いの中で死んだデジモンも、天寿を全うしてデジモンも、行きつく先は同じだ」

「それって天国かどこかに行くってこと?」

「いいや。デジタマへと還る」

「デジタマ……って?」

「卵だ。あまねくデジモンはデジタマへと還り、再びデジモンへと生まれ変わる」

 

 そこまで口にして、ブラックウォーグレイモンは視線を逸らす。

 

「デジモンならば……な」

 

 裏を返せば───。

 

「少しいいだろうか」

 

 少女が受け応えるより前に声を掛けてきた魔術師へ、二人の視線が一斉に向く。

 

「危ないところを助けてもらって恩に着る。まさか完全体を一蹴するとは……伝説に違わぬ強さだ」

「えっと、貴方は……?」

「おっと、すまない」

 

 そう言って魔術師は帽子を脱ぎ、深く頭を下げる。

 

「僕はウィザーモン。そしてこっちが」

「あたしはテイルモンよ。改めて礼を言わせてちょうだい」

 

 猫のような風貌をした生き物───テイルモンも、目礼で感謝の念を表す。

 

「わ、私はタヨリです」

「タヨリ……フム、君はもしやニンゲンかい?」

「あっ、そ、そうです!」

 

 なんでそれを? と首を傾げるタヨリ。

 次の瞬間、彼女の両手は俊敏な動きで肉迫したウィザーモンに掴み上げられる。

 

「やはり……! 君こそが僕たちが追い求めていた伝説の存在!」

「え? え?」

「ニンゲンの子供! 究極体の竜戦士! まさしく遺跡に綴られていた伝承通りだ!」

「あ、あの……!」

「! ……失礼。つい興奮してしまった」

 

 軽く咳払いし、ウィザーモンは頭を冷やす。

 冷静な思考を取り戻して幾ばく。怜悧で真摯な眼差しを浮かべた魔術師は、一人の少女と竜人が並び立つような光景を視界に収める。

 

「よければ君たちと話がしたい。長話になるだろうから、休める場所で……ね?」

 

 ここまで告げたが、二人の反応は芳しくない。

 少女は困惑の色を隠さず、竜人はそもそも興味がないと言わんばかりだ。

 このままでは立ち去ってしまいかねない───そのような空気を打破するべく、ウィザーモンは残された択の一つを選び取る。

 

「もしかすると、君たちが知りたいことについて何か力になれるかもしれない。それでもダメかい?」

 

 刹那、二つの双眸がウィザーモンを捉えた。

 

───本当の始まりはここからだ。

 

 2人を案内するウィザーモンは、自然と足が勇むのを抑えつつ、腰を下ろせる場所を目指すのであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「わぁ……」

「どうかしたかい?」

「いや、あの……こんな場所があるんだな、って……」

 

 呆気に取られるタヨリが見つめる先には、これまでの殺風景な景色とはかけ離れた和風な庭園が広がっていた。片やタヨリが案内された部屋も、畳が敷き詰められた大きな居間だった。

 

 現実離れした世界とは打って変わって落ち着く空間だ───ここが湖の中でなければの話だが。

 

「かくいう僕たちも、ここを見つけたのは偶然でね」

 

 用意されていた座布団に腰を掛けるウィザーモンは、脱いだ帽子を長机に置いた。

 

「誰かの住処であったのは間違いないが、生憎一度も家主とは出会えた試しがない。そこで僕たちは、この大陸を旅する為の仮拠点として使わせてもらっているというワケさ」

「旅……かぁ。何の為に?」

「それこそが本題さ」

 

 そう強く言い切ったウィザーモンは、不意に外の方を見遣る。

 

「ニンゲン……タヨリと言ったね? 君はこの世界を見てどう思った?」

「どう……って?」

「素直な感想でいい。それを聞かせてほしい」

「感想……えっと……」

 

 突然の質問に目を泳がせるタヨリであったが、その際にやはり目に付いた。

 

「変……だと思った」

「どの辺りが変だと思ったんだい?」

「なんか、あちこちが宝石みたいになってて……」

 

 ここまでの道中、嫌というほど目にした結晶。

 有機物も無機物も関係なく部分的、あるいは全体的に結晶化した物の数々は、おおよそ現実でも目にすることはない不自然に他ならなかった。

 

「君もそう思うかい」

「これって何? 本当に宝石?」

「口で説明するよりも目で見た方が早いな。こっちへおいで」

 

 言うや、ウィザーモンは庭園に敷き詰められていた玉砂利の一つを取り上げる。

 それもやはり結晶化しており、幻想的な青や紫の輝きを放っていた。

 

「これを見ればいいの?」

「そうだ。ジッと覗いてごらん」

「んっ……んー?」

 

 言われた通りに覗き込む。

 差し込む光を屈折し、反射し、あらゆる方向へと撒き散らす不自然な輝きの深淵。そこに佇んでいたものを見出すべく、ジッと、ジッと───。

 

「……あ」

「何か見えたかい?」

「数字が見えた! 0と……1?」

 

 それ以外の数字を探すものの、一向に0と1以外の数字は見当たらない。

 延々と連なる0と1の羅列を目にしたタヨリは、ますます分からないと言った表情でウィザーモンの方を向く。

 

「つまりこれは……何?」

「データさ。()()()()()、ね」

「……コンピュータの?」

「うん、その通りだ」

 

 コンピュータの世界では2進数(0と1)によってデータを表すことができる。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それこそがこの結晶の正体さ」

「我々はこのデータを解凍する術を探している」

 

 ここまで黙っていたテイルモンが口を開いた。

 万感の思いを秘めるかのような語気には、離れた場所のタヨリも思わず肩を竦める迫力があった。

 ともすれば、タヨリやブラックウォーグレイモンに食って掛かりそうな雰囲気さえ漂わせるテイルモンだが、すかさずウィザーモンが手で制する。

 

「……今、このデジタルワールドは機能不全を起こしている。本来機能しているはずのプログラムやシステムの大部分は動いていない」

「その原因はひとえにデータが解凍されないままでいるからだ」

「───本来あるべきデジタルワールドを取り戻す。それこそが僕たちの旅の目的であり、願いでもあるのさ」

 

 力強く言い切ったウィザーモンは、そのまま縁側に腰を掛けて息を吐く。

 

「デジタルワールドを……取り戻す?」

 

 途中から話の規模と勢いに圧倒されていたタヨリは、ウィザーモンの目的を反芻した。

 

 結晶が圧縮されたデータであること。

 世界が不完全であること。

 そして、それらをあるべき形へ戻すこと。

 

 ここまでは辛うじて理解したタヨリ。

 しかし───。

 

「それとオレたちに何の関係がある?」

 

 単刀直入。

 まさしくそう表現する他ない口振りで、壁に寄りかかっていたブラックウォーグレイモンが鋭い視線をウィザーモンへ送る。

 

「単に『手伝え』という話なら断る。生憎そんな義理はないんでな」

「もちろん、そんな単純な話じゃない。君たちでなければいけない理由をこれから話そう」

「ほう?」

 

 ならば聞かせてみろ、と。

 威圧感を収めない黒い竜人に、ウィザーモンは懐を漁り始める。

 

「───これを見てくれ」

「……石?」

「僕が以前立ち寄った遺跡で見つけた物だ」

 

 言われてから凝視する。

 確かに、ただの丸い石と思われた代物には、何者かが手を加えたとみられる細やかな紋様が刻まれていた。

 一部文字のような刻印も施されているが、日本語でも英語でもない謎の文字だ。

 早々に解読を諦めたタヨリは、次の言葉を促すようにウィザーモンの方を向いた。

 

「これは、かつてデジタルワールドを救ったとされる子供が持っていた道具だ」

「ただの石にしか見えないけど、どうやって使うの?」

「それは分からない」

 

 余りにも堂々とした物言いに、一瞬タヨリの思考回路が混乱に陥る。

 ならば何故話した? ───当然の如く浮かび上がる疑問だが、取り出した張本人のウィザーモンが『重要なのは使い方じゃない』と前置きする。

 

「『デジタルクライシス』───幾度となくデジタルワールドを襲った未曽有の危機は、そう呼ばれている」

 

 遺跡に記されていた伝説はこうだ。

 

 かつて、火の壁の向こう側からやって来た未知の怪物が居た。

 未知の怪物は電脳世界(デジタルワールド)現実世界(リアルワールド)を我が物にせんと企み、侵略を始めた。

 だがそこへ、デジタルワールドの安定を望む意志が現実世界から人間の子供と、彼らと対になるパートナーデジモンをあてがった。

 かくして、人間の子供とパートナーデジモンは未知の怪物を退け、デジタルワールドに安定と平和をもたらした───と。

 

「きっと君がデジタルワールドにやって来たのも、伝説にあるようにデジタルワールドの安定を望む意志が導いたからだと僕は考えている。すなわち、君こそが選ばれし───」

「あの、」

「む……? どこか気になるところでも?」

 

 おずおずと手を上げたタヨリは、元々白い顔を蒼褪めさせていた。

 

「わ、私……ホントに偶然こっちの世界に来ちゃっただけで……。だから、そんな世界を救う力なんて……ない」

 

 尻すぼみになっていく声に連れて、その顔は力なく俯いた。

 ひどく縮こまった体は何かに怯えるように震えている。彼女が今、どのような表情をしているのか───傍からは窺えない状態でこそあれ、彼女の心中を察するには十分だろう。

 

「フム……自分にはそのような力がない、と」

「うん。きっと人違いだよ……」

「いいや、そうとも限らない」

 

 え? と弾かれるようにタヨリは顔を上げた。

 視線の先ではウィザーモンが神妙な面持ちを湛えている。

 

「実はこれを手に入れたのはここじゃない。“永遠の島(ネバーランド)”───僕たちがそう呼んでいる島にあった」

「ネバーランド?」

「ああ。島全体が結晶化していて、草木のような一切自然物が見当たらない。永遠に代わり映えのしない景色が広がっている場所さ」

 

 顔の向きで“永遠の島”がある方角を示したウィザーモンであったが、次の瞬間には忌々しげに目元を歪めた。

 

「あそこにきっと何らかの手がかりが眠っている……そこまでは調べがついたんだが」

「調査しようにも大量のエオスモンが居付いていてな。ろくに調査が進んでいないのが現状だ」

「君たちも見ただろう? あの無機質な蝶のようなデジモンを」

 

 聞いたことのない単語に首を傾げていたタヨリであったが、ウィザーモンの説明でようやく見当がついた。

 たしかパネルを組み合わせたかのような翅と四肢を有す、巨大な蝶を模した怪物───そこまで思い出し、タヨリはヒッと顔を強張らせた。

 

「あんなのがたくさん居るの!?」

「確認したのは遠目からだけどね。実質、今のデジタルワールドを支配しているのはエオスモンだ。完全体へ到達するデジモンも数少ない中、優に100体を超える完全体の群れを成す奴等の巣には誰も近づけない」

「ひぇえ……」

「だが、興味深いのはここからだ」

「え……?」

「奴らが眠っている巣の最深部───そこへ入るプロテクトを解除できるのがニンゲンだけなんだ」

 

 一斉に視線が自分に集まり、タヨリは喉が渇いていく感覚を覚えた。

 

「ど……どういうこと?」

「正確に言い表すのであれば、()()()()()()()()()()。一度セキュリティの解除を試みはしたんだが、うんともすんとも言わなかったよ」

 

 じっとりと背筋に汗が滲んでいく。

 つまり、まとめるとこうだ。

 

「元の世界に帰るには、デジタルワールドを元に戻さなきゃいけない。その手掛かりはエオスモンの巣にあるけど、入るには人間の力が必要……ってこと?」

「そういうことになるな」

「で、でも! そのエオスモンってデジモンが鍵を握ってるとは限らないし……!」

「───エオスモンが結晶化の原因だと言っても、か?」

 

 ヒュッと息を飲む音が響いた。

 それが自分の喉から発せられた音だとタヨリが気付いたのは、一拍遅れてからだった。

 

「それ、ホント……?」

「ああ。何度か見たことがある。エオスモンが何もない場所に結晶を生み出している姿を」

「あ……あぁ……」

「少なくとも結晶化にエオスモンが関わっていることは間違いない」

 

 だからこそ調べる価値がある、と。

 ウィザーモンは強く言い切ってから、深く、それは深く頭を下げた。

 

「頼む……危険を承知の上で永遠の島に付いて来てほしい」

 

 予想していた頼みに、タヨリはあからさまに狼狽した。

 ただでさえ未知の世界へ飛ばされてきた不安がある中、命の危険を冒してまで強大な生命体の巣窟に踏み込まなければならないのだ。

 しかも、絶対に手掛かりを得られる保証もないときた。

 子供心ながらにつり合いが取れていないと感じたタヨリの目は泳ぐ。

 

「わ、私……は、」

「オレは行こう」

 

 そんな提案を真っ先に呑んだ竜人が、鎧の擦れる音を和室に響き渡らせた。

 

「本当ですか!?」

「その島に興味が出た。オレが今一番欲しいものは“記憶”だ。そのエオスモンとやらにデータをどうこうする能力があるとするなら、取り戻す手掛かりになるかもしれん」

「助かります……!」

 

 一度エオスモンを圧倒した実績のあるブラックウォーグレイモンの同行には、ウィザーモンも声色を弾ませていた。

 

 あとは残る一人の答えを聞くだけとなったが、

 

「お前はどうする?」

「私は……こ、怖いよ」

「『怖い』……? 行くかどうかを聞いているんだ、さっさと答えろ」

「だ、だから! 怖い、から……行きたく、ない……っ」

 

 必死に絞り出した声は、消え入るように尻すぼみになっていく。

 やや俯いた顔は申し訳なさそうに歪んでおり、負い目を感じていることはひしひしと伝わってくる。

 

 だがしかし、その答えに納得がいかない竜人は一歩踏み出す。

 

「オイ……」

「抑えて。彼女の不安もよく分かる。こればかりは無理強いできない」

「本当にそう思っているのか? お前の目的を果たす為なら、引き摺ってでも連れていくべきだろうに」

 

 一瞬ウィザーモンの動きが止まる。

 思うところはあった───だがしかし。

 

「だとしてもだ。心の準備は大切だ。半端な覚悟で危険な場所へ連れていく訳にはいかない。せめて彼女の意志が固まらない限りは……」

 

 あくまで同行は少女の同意があってからと、ウィザーモンの姿勢は揺るがない。

 その頑な態度にはブラックウォーグレイモンも文句ありげに鼻を鳴らしたが、それ以上の言及はなかった。

 

 助かった、とタヨリは安堵の息を吐く。

 

(危ない場所に行くなんて、もうこりごりだよ……)

 

 自分は漫画やアニメのようなヒーローではない。ましてや、ウィザーモンの語ったような特別な力は何一つ持っていない。

 ただの小心で臆病な不登校児。誇れることや力になれることは一つだってない。

 

(助けてもらっておいて申し訳ないけど───)

 

 そこまで思い至った時、奥にあった襖がガタガタと揺れる。

 ビクリと肩が跳ね上がるタヨリは、何事かと揺れる襖を見つめる。

 

「な、なに……?」

『ワァーーーッ!!!』

「きゃー――ッ!!?」

 

 突然襖が倒れたと思えば、奥から得たいの知れない小さな生き物がぞろぞろと飛び出してきた。

 

「お客さん? お客さん?」

「ねえねえ、あなた何モンなの?」

「どこから来たの?」

「見たことないデジモンだぁ~」

「なにか食べ物持ってなーいー?」

 

「え、と……あっ。おばあちゃんに持たせてもらった飴なら……食べる?」

 

『わーい!』

 

 子犬程の大きさの生き物───もとい、デジモンたちはタヨリを取り囲み、矢継ぎ早に質問を投げかけてくる。

 これまでに見てきたデジモンに比べれば小さく、十分愛らしいと思えるサイズだった。

 ポーチの中から取り出した飴を渡せば、全員歓喜の声を上げてがっつき始める。

 

「あまーい!」

「おいしー!」

「ねえ、もっと持ってないの~?」

「お腹空いたよ~!」

「もっともっと~!」

 

「わわっ……私どうすれば……!?」

 

 わちゃわちゃと押し寄せるデジモンに取り囲まれ、タヨリは身動きが取れなくなる。

 絵面だけ見れば子犬の大群に囲まれているものに似ている。若干悪い気もしないタヨリだが、子供ながら溌剌とした勢いには終始押され気味だ。

 それを微笑ましそうに眺めていたウィザーモンは、頃合いを見計らって手を叩く。

 

「食事の時間にしよう。みんな、席に座っておいで」

『はーい!』

 

 食事を聞くや、デジモンたちは我先にと食卓がある部屋へと飛び出していく。

 解放されたタヨリは放心状態で、乱れた衣服も髪も直すこともせず、嵐のように去っていったデジモンたちの方を見遣っていた。

 

「あのデジモンは……?」

「ここで保護している子たち……幼年期のデジモンだ。ニンゲンで言うところの子供のようなものだね」

 

 説明もほどほどに、ウィザーモンは腰を上げる。

 

「さあ、君たちもお腹が空いているだろう。大したものは用意できないがごちそうするよ」

「あ、ありがとう……」

「君はどうする? ブラックウォーグレイモン」

「オレはいらん」

 

 『腹が空いていないからな』と申し出を断ったブラックウォーグレイモンは、その場で静かに瞼を閉じた。彼なりの休息なのだろう。少し待てども寝息は聞こえてこなかった。

 

「じゃあ、君だけでも」

「うん」

 

 頷いたはいいものの、ここで一つ懸念を覚えるタヨリ。

 

(デジモンの食べ物って───なに?)

 

 ゲテモノが出てこないことを祈るばかりであった。

 

 

 

 ***

 

 

 

 食事は何事もなく終えられた。

 内容は肉。それだけだ。

 だが、いざ目の前に出された代物は、漫画でしか見たことのないような骨付き肉であった。目を丸くしつつも齧りついたタヨリであったが、五分の一を胃に収めたところで満腹になり、残りは食べ盛りの幼いデジモンたちへと譲った。

 大はしゃぎしていたデジモンはその影響からか、この短い時間の中で大層タヨリに懐いたようだ。

 

 食事が終わるや否や、目を輝かせたデジモンはこぞってタヨリの周りへと集まっていた。

 

「ねえねえ、あなたはどこから来たの?」

「日本の光が丘ってとこだよ」

「どんな場所なの?」

「えっと、人とか建物とかがたくさんある……かな?」

「そうなんだ~! おいしい食べ物たくさんある?」

「探せばあると思う……」

「いいな~、うらやましいなぁ~!」

 

 打てば響く鐘の音のように、他愛のない受け答えにもリアクションを大にして返すデジモンたち。

 このような無邪気で純粋な様子に、はじめはオドオドとしていたタヨリも次第に表情も柔らかくなり、自然と笑顔を浮かべるようになっていた。

 

 デジタルワールドに来てから初めて訪れた穏やかな時が過ぎていく。

 時間も忘れて談笑していれば、すっかり日は沈んでいた。

 

「お前たち、もう眠る時間だぞ」

 

「え~」

「もっとお話ししたい~!」

「し~た~い~!」

 

「ダメだ。明日の朝は早いんだ」

 

 母親のように振る舞うテイルモンは、幼年期のデジモンを引き連れ寝室へと向かっていった。

 親を追う雛鳥に似た後ろ姿を眺めていたタヨリは、思わず頬を綻ばせる。

 

「あんなかわいいデジモンが居るんだぁ……!」

「どんなに大きなデジモンだって、最初は小さくて弱い生き物だ。だから僕たちも保護して回っているんだよ」

「保護?」

「絶対数が少ないとはいえ、外では敵に襲われる可能性があるからね」

 

 不意に出てきた『絶対数』の言葉。

 その意味を理解できずに目を白黒とさせるタヨリに対し、ウィザーモンはハッとした。

 

「そう言えば言ってなかったな……。タヨリ、君はデジモンがどうやって生まれてくるか知っているかい?」

「たしか、死んだらデジタマに還るって」

 

 ブラックウォーグレイモンの言葉を思い出して語れば、質問したウィザーモンもうんうんと頷く。

 

「その通りだ───普通なら、ね」

「あっ、」

 

 そこで先の話が蘇ってくる。

 この世界は未解凍であるが故、機能不全に陥っていると聞かされた。本来動くべきプログラムが機能していなければ、当然システムが動くはずもない。

 

「察しの通り、今の世界ではデジモンがデジタマへ還れない」

「……ぁ」

「システムが機能していないんだろう。死ねばそれっきりだ。消えていくデジモンの体がどこへ消えるか、僕にも検討はつかない」

 

 ここまできて、朧気ながら事の深刻さがタヨリにも理解でき始めた。

 単純な話、人間に置き換えれば新生児が生まれてこないという訳だ。となれば、種の絶対数は時と共に減る一方で、いずれは滅びを免れない。

 

「───しかも、だ。データが解凍されていないせいか、食料も満足に確保できていないのが現状だ。我々も当然食事を取るし、何日も食べなければ飢え死にする」

 

 先のデジモンたちの喜びようも、ただの無邪気なだけではなかった。

 その背景を知るにつれて、タヨリの顔は下へと俯いていく。

 

「我々デジモンも滅多なことでは共食いはしない……が、世界はこの有様だ。ただでさえ少ない食料を奪い合い、足りなければ他のデジモンを喰らってまで生き永らえようとする」

「……て……」

「弱い者は食い物にされ、ゆくゆくは強き者も消えていく。生まれたばかりの命がお腹をいっぱいに満たす幸せを知ることなく飢え死にしていく。この世界の現状はそういうものなんだ。だから僕はなんとしてでも───」

「やめて……」

「!」

 

 掠れる声を拾い、ウィザーモンが目を移す。

 

「そんな話……聞かせないで……」

「……すまない」

 

 そんなつもりじゃなかったと謝罪したところで、震える彼女の肩が止まることはない。

 当事者であるとはいえ、巻き込まれただけの少女に聞かせるには酷な話だった。

 

 人並みの良心に、人並みの罪悪感。

 それらを持ち合わせている臆病な彼女にとって、この話は最早脅迫に等しかったに違いない。

 

「けして情に訴えて君をどうこうしたい訳じゃなかった、信じてくれ」

「……、」

「僕は君の意思を最大限尊重する。行かないと決めたならそれでいい。君の世界に戻る方法は他にあるはずだし、それを探せばいいさ」

 

 精一杯少女を慮る言葉を投げかけた後、ウィザーモンは席を立った。今は同じ空間に居るだけで彼女のプレッシャーになるに違いないとの配慮だ。

 

 『食事の用意をしよう』とウィザーモンが部屋を去る。

 こうして残ったのはタヨリだけ。一人で居ることは慣れているはずなのに、今だけはひどく居心地が悪かった。

 

 その間も、やはりと言うべきか外からは一切音が聞こえてこない。

 風は吹かず、自分の鼓動すらも異物に思える無音の世界。

 しかし、なぜだろうか。どうしようもない疎外感が襲い掛かると共に、既視感のようなものを覚える。

 

 

 

『ねえ見て、タヨリちゃん!』

『こっちはアゲハ蝶の幼虫で……あっ、こっちには蜘蛛も居るよ』

『あたし、昆虫とか生き物見るの好きなんだぁ……!』

 

『ちょっと……タヨリってあんな子と一緒に遊んでる?』

『虫ばっか弄っててさ……』

『わたし、気持ち悪くて無理……』

 

『はぁ……ねえ、聞いてよタヨリちゃん』

『みんな、あたしのこと気持ち悪いって言うの』

『虫ばっかいじってて、って……それの何が悪いの?』

 

『まだあんな子と一緒に居るつもり?』

『やめときなよ。変なバイ菌移されるよ』

『それとも何? わたしたちより、あの子の方を取るっていうの?』

 

 

 

「……そっか」

 

 少し経ってから、タヨリはポツリと呟いた。

 

「私……どっちの世界でも変わらないや」

 

 現在の自分と過去の自分───二つを比べ、何一つ自分は成長していないと思い知ったところで涙が溢れてくる。

 

 恐怖と良心の板挟みに合った少女のすすり泣く声は、風に吹かれるだけで消え入りそうなくらい弱弱しかった。

 

「───なにをメソメソと泣いている」

 

 その時、無遠慮に襖を開く音が鳴り響いた。

 

「……ブラックウォーグレイモン」

「明日の朝は早いと聞いただろう。お前も早く眠るんだな」

「えっ、ちょっ……」

 

 なんだ? と振り返るブラックウォーグレイモンに対し、なんとか涙を飲んだタヨリは言葉を絞り出した。

 

「私、別に行くって言って……ない……」

 

 食事を取る前から意見は変わらないと伝える。

 すれば、ブラックウォーグレイモンはあからさまに苛立ったように鼻を鳴らす。

 

「この期に及んでまだそんなことを……」

「だって、手掛かりがホントにあるかわからないんでしょ?」

「それを確かめに行くと言っている」

「あるかどうかもわからない物に命を懸けるなんてイヤだよ!」

 

 自分でも意外なほどに響いた声に、タヨリ自身が驚いて顔を上げた。

 サァ、と血の気が引いた顔でブラックウォーグレイモンの方を見遣る。機嫌を損ねていないかと案じたが、堂々とした佇まいには一部の揺らぎもない。

 ただし、受け止めた言葉の意味を理解する為に咀嚼しているらしく、返答までには数拍の間を置いた。

 

「……オレには理解できない。どうしてそこまで戦う意思を見せない」

「それは……」

 

 心の底から理解できない、と。

 覗く瞳が訴える様に、今度はタヨリが苛立つ番であった。

 

「アナタは強いからわからないよ。弱い人の気持ちなんて……!」

 

 これが逆上だと。羨望と嫉妬が入り混じった感情だと理解しながらも、紡ぎ出す言葉を止めることはできない。

 

「だって、戦って負けたらひどい目に遭うんだよ? それならいっそ、最初から戦わない方がいいよ!」

「軟弱だな」

「なんっ……そうだよ、弱いよ! 私が弱いなんて、私が一番よく知ってるよ!」

 

 涙に潤む視界が、過去の記憶を幻視させる。

 

 

『───どうして』

『どうして助けてくれなかったの?』

『あたし、タヨリちゃんが助けてくれるって思ってたのに……』

『友達だと信じてたのに……ひどいよ』

『……さよなら』

 

 

 今でも思い出せるあの日の記憶は、強烈な白と黒に彩られていた。

 あの日から、自分の世界は急速に色を失っていった。仲の良かった友達を失い、学校での居場所を失い、トドメに母親も病気で失った。

 

 何が悪かったのかと毎晩夢に見る。

 そうしていつも、最後には自分が悪いと決めつけた。

 

 自分が弱いから。

 自分になかったから。

 選び取る勇気がなかったから。

 だから、全部失った。

 

 ならば、最初から逃げた方がいい。

 逃げると決めた方が、少し失うだけで済むと。

 そう───自分に言い聞かせるようになっていた。

 

「だから戦わない……戦えない」

「そこまで言うからには余程の負け方をしたようだな」

「!」

 

 不意に投げかけられた言葉に息が詰まった。

 

(負けたの? あれって)

 

───そもそも戦っていないのではないか?

───戦っていないのに、負けたと表現するのは正しいのだろうか?

 

 そう自問自答している間、ブラックウォーグレイモンは深いため息を吐いた。

 

「……まさか。呆れたな。戦った訳でもないのに勝ち負けを語っていたのか」

「っ、だって! 自分より強い相手と戦ったって勝てる訳ないじゃん!? 負けるってわかり切ってるじゃん!」

 

 ここぞとばかりに、毎晩考えていた言い訳で捲し立てようとする。

 

───そうだ、勝てる訳がない。

───こっちは一人で、相手は大勢。

───多勢に無勢なんだから、勝算なんて端からない。

───子供にも立場がある。

───誰にでも噛みつけば居場所がなくなる。

───もしも負けた時を考えれば、下手な真似はできない。

 

 しかし、どれだけ言い訳を口にしたところで自責の念は薄まらない。

 むしろ口にすればするほど、惨めな気分になるばかりだ。

 

 自分が───ますます嫌いになるばかりだった。

 

「それなのに戦うなんて……私にはできない」

「……」

「戦いもしなかったのに、そう思っちゃったんだよ……」

 

 最後は悔悟の涙と共に吐き出した。

 溢れる涙は止まらない。止めようがない。家族にも教師にも言えなかった胸の中を吐露し、堰を切ったように感情が溢れる今は。

 

「ひっく……うっぐ……」

「……お前は知った風に勝ち負けを語るが、オレから一つ言わせてもらうぞ」

「……え?」

「戦えば勝ち負けが決まる。当然だ」

 

 だがな、とブラックウォーグレイモンは強い語気で言い放つ。

 

「お前のように戦いもしない奴は───最初から負けている」

 

 刹那、頭を殴られるような衝撃がタヨリを襲った。

 本当に殴られた訳ではない。にも関わらず、途端に襲い掛かると頭痛と吐き気は凄まじいものであった。

 口を手で押さえ、今にも吐き出しそうなものを必死に堪える。

 だが、ブラックウォーグレイモンは彼女が身構える時間を待つことはなかった。

 

「『最初から戦わなければいい』? 笑わせるな。そんな甘ったれた逃避に何の価値がある」

「逃げて、逃げて、逃げて───その先に何がある?」

「何もないさ。何も」

「何も残りはしない」

「何も残らなかったのが……今のお前だろう?」

 

 やめて、と口にすることもできない。

 

「っ……でも、」

「なら、お前の望みはなんだ」

「!!」

 

 今度は別の衝撃が襲った。

 恐る恐る顔を上げてみれば、そこには先と様子の変わらないブラックウォーグレイモンが立っている───目を背けたくなるくらい真っすぐな瞳を浮かべて。

 

「私の……望み?」

「お前は口を開けば元の世界に帰りたいと言っていたな。ならば、何故そうしない? お前がそれを成し得るだけの力が自分にないと思っているからか? ……甘ったれるな!」

「ひっ?!」

「弱さをもっともらしい言い訳に使うな! それこそが自分の弱さを認めない逃避だとどうしてわからない?」

 

 歩み寄ってくるブラックウォーグレイモンは膝を折り、少女と目線を合わせようと屈んだ。

 

「まずは自分の弱さを受け入れることだ。決めるのはそれからだ」

「き、決めるって……?」

「オレたちは明日の朝にここを発つ。それまでに一生ここで蹲って死ぬか、現実に帰る為に死地に赴くか……どっちか選べ」

 

 どっちにしろ『死ね』と言っているようにしか聞こえない。小学生の少女が選ぶにはあまいにも酷な内容に、タヨリの瞳も大きく見開いた。

 呼吸もままならず、パクパクと口を開けては閉めてを繰り返す。生きた心地がしないとはまさにこのことだった。

 

「楽になんてさせはしない。だがな、これだけは言っておくぞ」

「……?」

「死ぬことは、逃げだ」

 

 告げられた言葉に、タヨリの息が吹き返す。

 ずっと息をしていなかったせいか、足りない分の酸素を求めるように呼吸は荒々しい。顔も真っ赤で、目尻にはそれまでと別の意味で涙が溢れ出す。

 

 しかし、次の瞬間には全身に行き届く血が───酸素が、タヨリに強い生の実感を覚えさせた。

 

「……生きてる?」

「そうだ。精々悩め、そして苦しめ」

 

 突き放すような言葉の中に、なぜか穏やかさを含んでいたブラックウォーグレイモンは、それまで瞬き一つしていなかった瞼を閉じて言い放つ。

 

「それが……生きるということだ」

 

 立ち上がったブラックウォーグレイモンは、その流れで部屋を立ち去ろうとする。

 

 振り返りもせずに、真っすぐな足取りで進んでいく。

 その後ろ姿は、一見過去に泥濘することなく進み続ける者に見えるだろう。だが、タヨリの目には違うものが見えていた。

 今は広がることなく閉じられた盾、その暗く吸い込まれるような黒い輝きの中には一人の人間の姿が映し出されていた。

 

 涙に濡れ、苦悩に顔を歪める姿。

 その無様と形容するほかない様子は、ブラックウォーグレイモンが先へと進んでいくにつれて小さく、遠のいていった。

 

「っ、うぐぅ……!」

 

 彼の背中が見えなくなる寸前、涙を呑み込んだタヨリは乱暴に涙を拭う。

 

 

 

 そうして曇った視界を晴らせば───幾分かマシになった顔が、数歩先に視えた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 夜は明け、日が昇った。

 

「───さて」

 

 『準備も済んだ』とウィザーモンは荷物をまとめた背嚢を担いだ。

 小柄な彼に似合ったサイズであることから、中に入った道具や食料も必要最低限といったところだろう。

 テイルモンの準備も終わる頃を見計らい、ブラックウォーグレイモンは口を開く。

 

「その永遠の島とやらにはどれくらいで着く?」

「うーむ、ずっと陸続きなのを加味すると……そうだな、だいたい1か月くらいだろうか」

「歩きか」

「残念だが……」

「無駄な時間を掛けるつもりはない。オレが乗せて飛ぶ」

 

 言うや否やブラックウォーグレイモンが宙に浮く。

 上背のある彼ならば、ウィザーモンとテイルモンを乗せるには十分なスペースを確保できるだろう。

 

「なるほど……」

「楽ができそうだな、ウィザーモン」

「そうだな、杞憂だったようだ」

 

 口元に手を当てて唸るウィザーモンに、テイルモンも同意する。

 

「───だ、そうだよ」

「うん?」

 

 だが、次の瞬間にウィザーモンはあらぬ方向へと振り返る。

 この場には永遠の島に赴く三体しか居ないはず。そう思っていたテイルモンだが、ウィザーモンの視線を追えば───立っていた。

 

 その姿には三者三様の反応が飛び交う。

 

「君も……来るのかい?」

 

 ウィザーモンは、穏やかに問う。

 

「本気か……?」

 

 テイルモンは、驚きと喜びが入り混じった顔を浮かべる。

 

「……フンッ」

 

 そして、ブラックウォーグレイモンはぶっきらぼうに鼻を鳴らす。

 

「ようやく死ぬ気になったか?」

「し、死ぬ気はないよ……! でも……、」

「でも……なんだ?」

 

 ガチガチに緊張した少女が、そこには立っていた。

 目線をあちらこちらへと泳がせ、手は忙しなく組んでは解いてを繰り返す。

 

 だがしかし、足だけはゆっくりと三体の方へ向いていた。

 まだ幼子の方が広いと思える歩幅だが、それでも前へと進んでいた。

 

「私も……いきたい! 何の役に立つかはわからないけど、それでもなにか手伝えることがあるなら手伝う! だから!」

 

 お願い! と、臆病な少女は誠心誠意込めるよう頭を下げた。

 

 祈るように手は胸の前で組み、両脚は押せば崩れてしまいそうなくらいに震えている。

 

 それでも彼女が今この場に居る事実に意味があると、誰もが信じて疑わなかった。

 

「タヨリ……ありがとう」

「ウィザーモン……ごめんなさい。ワガママ言って……」

「いいや、いいんだ。ワガママを言っていたのは僕の方だからね」

 

 そう言ってウィザーモンはタヨリの肩に手を置いた。

 

「正直、君は来ないものだと思っていた。むしろ、それでいいとさえ思った」

「え?」

「子供とは本来庇護されるべき存在だ。安全に成長できるならそれに越したことはない。たとえ君が選ばれた存在だとしても、大人にとっては守るべき子供の一人なのだから」

 

 温かな言葉を共に、肩に置いていた手を今度は差し出してきた。

 

「だからこそ……勇気を持って踏み出してくれた君には敬意を表するよ」

「あっ、えっと……」

「安心してくれ。君は僕たちが命に代えても守る」

 

 そこまで言い切ってくれたウィザーモンに、終始オドオドしていたタヨリも落ち着きを取り戻した。

 

 そして差し出された手を掴み、固い握手を交わす。

 

「うん……! よろしく!」

「こちらこそ」

「でも、ホントに危なくなったら逃げちゃうかもしれないけど、その時は……」

「臆病な性格はすぐには変われないからね」

 

 勢いよく頷いたものの、直後にヘロヘロと腰が退いていく様にはウィザーモンも苦笑いするしかない。

 

 しかし、ようやく面子が揃った。

 

「頼んだよ、ブラックウォーグレイモン」

「振り落とされるなよ」

「……ホントに乗ってくんだ」

 

 いそいそとブラックウォーグレイモンの背に乗り上がるウィザーモンたちを目の当たりにし、タヨリの顔面からは血の気が引いていく。

 

「あ、歩きとかはダメなの?」

「グズグズするな。置いていくぞ」

「ま、待って!」

 

 ブラックウォーグレイモンに促され、半ば強引に背に乗せられるタヨリ。

 やはり彼女の顔色は優れず、時間が経つにつれて青くなっていく一方だ。

 

「どうしたんだい、タヨリ? 具合が悪かったか?」

「う、ううん! そういう訳じゃない……」

「そうかい? それならいいんだが」

「……だけど、高い場所はトラウマが……」

 

 つい先日トラウマになったばかりだ。

 命綱なしの空の旅は、観覧車でさえ足が震えて止まらなくなるタヨリには刺激的過ぎるアトラクションであった。

 その時のことを思い出すと、しっかり用を足してきたにも関わらず下半身がもじもじし始める。

 

「なるほど……それなら、気を逸らす楽しい話題でもしようか」

「何かあるの?」

「まずは『トントン拍子でデジタルワールドを救えたら!』だ。タヨリは英雄だと評されて、デジタルワールド中から感謝されるようになるはずさ」

「そ、そうかな……?」

「そうとも! 美味しい食べ物だって好きなだけ食べられるぞ?」

 

 贅沢をする想像がありきたりな域を出ないウィザーモンの談だが、『それは嬉しいかも』とタヨリは頬を綻ばせる。

 

「タヨリは何が食べたい?」

「う~ん……ハンバーガーとか」

 

「無駄話は空の上でするんだな」

 

「好きかなぁ───って、きゃあああ!!?」

 

 急上昇するブラックウォーグレイモンの高さに比例するように、タヨリの悲鳴もボリュームを増していく。

 

 

 

「まだ心の準備出来てないのにぃーーーっ!!!」

 

 

 

 空を突き抜ける悲鳴は、猛スピードで駆け抜けていく黒い影と共に、空の彼方へと連れられていくのであった

 

 

 

 ***

 

 

 

「……」

「……」

 

 湖のすぐ傍に、空を見上げる影が二つあった。

 

「おい、聞いたかいマミーモン」

「ああ、ばっちり聞いてたぜアルケニモン」

 

 遠のく影を見遣っていたのは蜘蛛女とミイラ男の二体。

 先日、タヨリを追いかけ回した挙句、ブラックウォーグレイモンに返り討ちにされたデジモンである。

 

「あいつら、永遠の島とやらに行くみたいだね」

「そうだな、アルケニモン。それにしたって、何の用であんな島に行くんだろうなぁ?」

「アンタ、バカだねぇ。聞いてて分からないのかい?」

「なんだよ、そういうアルケニモンは理解できたってのか?」

「もちろんとも!」

 

 アルケニモンは得意げな笑みを浮かべる。

 

「つまりあいつらは、めちゃくちゃになった世界を元に戻そうとしてるのさ」

「へぇ~、そうなのかぁ~。ご苦労なこったなぁ~」

「……アンタ、この話を聞いてて何も思わないのかい?」

「ん? いや、なにも?」

「このバカ!」

 

 アルケニモンはマミーモンの頭を思いっきり引っぱたく。

 それなりの勢いだったようで、閑散とした森中に渇いた音が響き渡る。

 

「アイタァー?! 何するんだよぅ、アルケニモン!!」

「いいから黙っておき! あいつらが世界を元に戻せば、死んだデジモンや食料も山ほど復活するってことなんだよ!」

「だから、それがなんだってんだよ!?」

「……アタシらが、あいつらの手柄を横取りしようじゃないか」

 

 ここまで語れば、鈍感なマミーモンもアルケニモンも思惑に気づく。

 

「おい、それってまさか……」

「そうだよ、アタシらがデジタルワールドの英雄様になるって寸法さ! そうなりゃ毎日贅沢暮らさ! 復活したデジモンに恩着せて働かせてさ! これで飯を探してあくせく動き回る必要もなくなるワケさ!」

「アルケニモン……お前天才だな!」

「よしな! 褒めたってなんも出ないよ! ヒヒヒッ、居ても立っても居られなくなったね! 確か集めたガラクタん中にバギーがあったから、そいつに乗ってくよ!」

 

 アルケニモンとマミーモンは、移動の足を確保するべく大急ぎで森の中へと戻っていく。

 

 かくして、邪な野望を抱いた二体も永遠の島を目指すのだった。

 

 

 

***

 

 

 

 今見ている画面に映し出された画を、どうすれば“嘘”でないと証明できるだろう?

 

 

 

 公共の電波やネットワークを通じ、世界中に届けられる無数の映像や画像。

 子供であればすべてが真実と信じて疑わず、あるがままを受け入れていた。

 だが、歳を重ねるにつれて『あれはフィクションだ』『加工したに違いない』と目に見えた光景を疑い始めるようになる。

 タヨリもその中の一人だ。時折お茶の間を賑わせるUMAや怪奇現象については、最早端から信じなくなっていた。

 

───この世界を訪れるまでは。

 

「うわぁ……」

 

 純粋な感動が、声となって溢れ出た。

 

 目の前に広がる光景は、まさに圧巻の一言。

 遠く離れた場所にも淡い光を届かせる霊峰は、天を貫くように島の中心に聳え立っていた。

 

「綺麗……」

 

 麓に広がる森や川を見下ろせば、サーバ大陸との違いは火を見るよりも明らかだった。

 陸も海も空も───自然という不純物が取り除かれた島は、結晶に閉じ込められた永遠の輝きに満たされていた。

 

「この辺りで降りよう」

 

 上空から外観をある程度確かめたところで、ウィザーモンが指示を出した。

 促されるまま下降するブラックウォーグレイモン。程なくすれば、一粒一粒が結晶と化した砂浜に、1人と3体が降り立った。

 

「上空から近づけばいつエオスモンが襲ってくるか分からない。ここからは歩いて行こう」

 

 いかにブラックウォーグレイモンと言えど、背中に複数人を乗せた状態では全力を出せない。

 相手が1体とも限らない以上、応戦するならば陸上の方が安全だ。ウィザーモンの言い分に反論する者は誰一人としていなかった。

 

「……この水飲めるのかな?」

 

 砂浜の近くに生い茂っていた雑木林───これらもやはり結晶化している───の中を進んでいく最中、タヨリが近くに流れていた小川を見つけた。快適とは程遠い空の旅で叫び疲れ、自然と喉が水分を求めていたからだ。

 

 これ幸いと小川の水を掬い上げるタヨリ。

 しかし、手に取るや否や得も言われぬ違和感を覚え、掌に溜まっていた水らしき液体を空中に投げ捨ててしまう。すると液体は、落下していく途中でサラサラと光り輝く粒子へと変わり、そのままどこへともなく消えていった。

 

「水じゃない……」

「これも結晶と同じデータの塊のようだな」

 

 『飲まない方がいい』と注意を促すウィザーモンに、タヨリは素直に頷いた。

 

「それにしても……」

 

 黙々と歩き続け、ようやく森を抜けた辺りでタヨリが口を開く。

 

「ホントに静かだね……。サーバ大陸もだったけど、その比じゃないや」

 

 サーバ大陸も結晶化が進んでいるとはいえ、結晶に侵食されていない樹木が奏でる葉擦れの音色やデジモンの足音が聞こえていた分、まだ賑やかだったという事実を知らされる。

 

 それに比べて、この島は“無音”の一言に尽きた。砂浜に居ても波打つ音が聞こえなければ、森を抜けている間も葉擦れは一切聞こえてこない。

 もしも一人で歩いていれば気が狂いそうになっていだろう。

 それほどまでの静寂が永遠に続いているかのように思える場所が、まさにここだ。

 

「まだエオスモンも見かけてないし……本当に居るの?」

「島の中央以外はそれほどだな。奴らは常に根城の周囲を警戒している」

 

 見ろ、とウィザーモンが指差す方角の空には、いくつかの飛行物体が円を描いている姿が窺えた。あれがエオスモンであることは誰の目から見ても明らかだった。

 その光景を見たブラックウォーグレイモンは、思うところがあるように唸り声を上げた。

 

「あそこか……文字通り奴等の巣か、それとも他の何かか。どちらにせよ余程重要なものがあると見えるな」

「同感だ。だからこそ目をつけた訳だが、今は焦らず歩いて進もう。避けられる戦いは可能な限り避けていきたい」

「……一理あるな」

 

 ブラックウォーグレイモンという心強い戦力があるとは言え、相手の戦力は未知数だ。

 いかに究極体と言えど、何十、何百の敵に取り囲まれては多勢に無勢であることは、他ならぬ当人が理解している様子だった。

 

 斯くして、目的地まで地道に進んでいく一向。

 途中、集落らしき家屋が立ち並ぶ一帯や、廃工場らしき建物、そして遊園地らしきテーマパークの傍も通り過ぎた。

 

 だが、当然全てが結晶化している。

 ここまでくると『建造物が結晶化した』と言うより、『結晶が建造物を模っている』と表現した方が正しいと思えてくるようだ。

 

「……誰か生きてたのかな」

 

 路傍に咲く一輪の花を見つめたタヨリが、不意に呟いた。

 

「生きていたかもしれない」

「え?」

 

 その問いに答えたのは、意外にもブラックウォーグレイモンであった。

 視線は前の方を向いたまま。それでも言葉を拾い上げた責任を果たすように、彼は言葉を続けていった。

 

「だが、生きていなかったかもしれない」

「? えっと……」

「それを今から確かめに行くんだろう」

 

 ブラックウォーグレイモンは足早に前へと進む。

 その後ろ姿にハッとするタヨリ。

 急いで追いかけて隣に並び立てば、パクパクと口を開閉させ始める。そうして言葉を探すこと数秒、ようやく見つけ出した言葉を絞り出した。

 

「き、昨日はありがとう!」

「……なに?」

「えっと、だから、その……私に説教? してくれたこと……」

 

 一瞬立ち尽くすブラックウォーグレイモン。

 それもそのはず。少し経ってから『あれのことか』と思い至った様子こそが、その反応の答えであった。

 

「別に……あれはお前を説教したつもりじゃない。単純に虫唾が走ったから、言いたいことを言っただけだ」

「う゛っ!! ……で、でも、おかげで今日はここに来れたし……」

「それはお前が決めたことだろう。オレには関係のない話だ」

 

 徹頭徹尾、タヨリの一念発起には関与していないと言い張る。

 

「もぉ!! 人の感謝くらい素直に受け入れてよ~!!」

 

 感謝を無下にされ、タヨリもついにはお冠だ。

 しかし、ブラックウォーグレイモンはプイっと前を向いたまま、それっきりだ。プリプリと怒る少女を無視して目的地を目指す足取りは、心なしかそれまでより早くなった。

 

 早歩きのブラックウォーグレイモンに、タヨリは必死に追いつこうとする。

 その数歩後ろを歩いていたテイルモンは、目元を和らげ、温かな眼差しを2人へと送っていた。

 

「思い出すかい?」

「え?」

「昔のことさ。君が人間界に迷い込んだ時の……」

「……ああ」

 

 当時を懐古するように瞼を閉じる。

 しかし、

 

「───昔の話は後。今は前に進まなくちゃ」

「……それもそうだな。済まない、今話す内容じゃなかったかもしれないな」

「……いえ、ごめんなさい。こんな時だから気が立っちゃって」

 

 強い言い方になってしまったことをテイルモンが謝れば、『気にすることはないさ』とウィザーモンがフォローを入れた。

 

「こんな状況で緊張するなという方が無理な話だ。僕だって内心気が気じゃないさ」

「ウィザーモン……」

「けど、きっと上手くいくはずさ」

「まったく、一体なんの根拠があって……」

「根拠なんてないさ」

 

 呆れ。

 ウィザーモンに向けられるジト目は、テイルモンの感情をこれでもかと表現していた。

 

「あなたって人は……」

「でも、可能性ならある」

「!」

「いつだって僕たちは、そいつを信じてきただろう?」

 

 キザったい台詞と共に、襟に隠れた口元が綺麗な弧を描く。

 

「……あなたって人は、」

 

 そこから先の言葉をテイルモンは口に出せなかった。

 だが、柔らかに緩んだ目元がすべてを物語っていた。

 

「なあ、テイルモン」

「なによ」

「全てが済んだら、また旅に出ようか」

「旅に?」

「嫌かい? いや、もっとワクワクするような言葉がいいかな。旅行……うーん」

 

 あ、と頓狂な声が静寂を叩いた。

 

「冒険! そうだ、冒険に行こう!」

 

 無邪気な瞳には希望の光が差し、足取りは自然と弾んでいく。

 それを見たテイルモンはと言えば、

 

「……そう。それは……夢のある話ね」

「だろう? そうと決まったら俄然やる気が沸いてきたよ」

「ええ、本当」

 

 目を伏せながら、こう締めくくった。

 

 

 

「全てが終わったら……ね」

 

 

 

 ***

 

 

 

 何度か朝日を迎えながら確実に歩を進めていた一向は、今、あるものを前にして立ち止まっていた。

 

「ここが目的地?」

「ああ、そうだ」

 

 タヨリの問いに頷くウィザーモンは、目の前に広がる六角形が組み合わさった透明な壁に触れた。薄い結晶のように美しい光沢を放っているが、軽く小突いたところではビクともしないくらいには頑丈だ。

 

「ここから先がエオスモンの巣だ」

「でも、入口なんて見当たらないけど……」

「だからハッキングする」

 

 言うや否や、ウィザーモンはブツブツと詠唱を始めた。

 何語かも聞き取れない言葉の羅列に困惑していれば、突如として結界の表面に文字が浮かび上がった。

 

 やはりこれも読めない。

 だが、妙な既視感にタヨリは首を傾げる。

 

(なんかどこかで見たことあるような……?)

 

「デジ文字って言うのよ」

「デジ文字?」

「ええ。デジモンの世界の文字。あなたも勉強すれば読めるようになるわ」

「う~ん……なんだか難しそう」

「そうでもないわよ」

 

 間を繋ぐようにタヨリとテイルモンが他愛のない会話を広げる。

 そうこうしているうちに準備が整ったのか、一通り展開し終えた文字を前に、ウィザーモンが額の汗を拭った。

 

「ふぅ……ここまでが僕の限界だ」

「限界って……まだ開いてないよ?」

「だから“限界”なのさ。この結界にはデジモンの侵入を阻む強力なプロテクトが張られていてね」

 

 試しにと杖から雷撃を放たれたが、結界はうんともすんとも言わない。

 

「……と、僕が攻撃を加えたところで壊れる気配もない。力尽くでの突破は難しいだろう」

「そうなんだ……」

「じゃあこの文字は何なの?」

「結界に組み込まれたプログラムコード……つまり、条件を開示したのさ」

「……?」

 

 いまいち説明にピンと来ていないタヨリに、テイルモンが助け舟を出す。

 

「人間界のパソコンソフトやゲームソフトにだって、どんな時にどんな処理をするか決められてるでしょう? それと一緒よ」

「……わかるような、わからないような……」

「Aボタンなら決定、Bボタンならキャンセル。みたいなのよ」

「あっ、そういうこと?」

 

 噛み砕かれた内容にようやく腑に落ちた。

 だが、それで結界を解除できるという話でもない。

 

「僕たちが入れるようプログラムの設定を書き換えたいんだが、どうやら管理者権限が付与されているみたいでね」

「それがあると書き換えられないの?」

「ああ。だが、その解除方法が分からない」

 

 それが今の今まで結界の中に入れなかった理由だと説明された。

 

「下手に強硬突破しようとすればエオスモンに勘付かれるかもしれないし、結界がより強固になるかもしれない。だから今の今まで踏ん切りがつかなかった訳だが……」

「そこにこいつが来た訳か」

 

 そう言ってブラックウォーグレイモンがタヨリの背中を叩き、結界の前へと送り出す。

 

「わ……私!?」

「そうだ。お前は一体何の為に付いてきた?」

「でも! 私別に管理者じゃないし、プログラムにも詳しくないよ!?」

「見れば分かる。だが、物は試しだ」

「お、横暴だ……」

「オレが先に腕ずくで試してみてもいいんだがな」

「それは絶対ダメ!」

 

 ならやってみろ、とブラックウォーグレイモンは有無を言わさぬ態度を見せつける。

 

「ま、まあまあ。見る限り人間が対象には含まれているとは書いてないから、タヨリが試してみる価値は十分ある」

「そう?」

「そうとも。さあ、触れてごらん」

「……うん」

 

 恐る恐るといった様子でタヨリが手を伸ばせば、仄かな冷たさが伝わってくる結界に指が触れた。

 

「う~ん……」

「どうだい?」

「別にすり抜けられたりしないよ?」

 

 押したところで動きはしない。

 結界は結界のまま、壁の外にある存在を除け者にし続けているだけだった。

 

「本当にどうにもならないか? 色々試してみろ」

「試してみろったって……」

 

 ブラックウォーグレイモンの無茶振りに考え込むタヨリ。

 たっぷりと時間を使い、ようやく何かしらの方法を考え付いた彼女は、意を決した様子で結界に手を翳す。

 

 そして、

 

 

 

「開け、ゴマ!」

 

 

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

 沈黙が痛いとは、まさにこのことだった。

 言った本人は勿論、傍で聞いていた者たちでさえ居た堪れない面持ちを湛えている。ただし、ピクリとも動かない結界からは目を背ける。なぜならば、結界の方を見遣れば、真っ赤に紅潮した頬の少女が涙目を浮かべているのが見えそうだったからである。

 

「他にも何か言ってみろ」

「もうヤダぁ!!」

 

 ただ一人、そういった機微に鈍いブラックウォーグレイモンを除いては。

 

「もう言わない!! もう帰る!!」

「ワガママを言うな。お前は一体何の為にここに来た?」

「こういうつもりじゃなかったもん!! こういうベクトルとは思わなかったもん!!」

「ベクトル? 何をワケの分からないことを。いいから思いつくだけ言ってみろ」

「うぅ……恥ずかしい」

 

 アドリブなんてものは一番苦手だとタヨリは涙を浮かべる。

 

「わかったよ!! こうなったらヤケになってやる……!!」

「い、いや、そこまで無理をしなくても……」

「開けーッ!! オープン・ザ・ドア!!」

「ああ、もう! 変に焚き付けるから! エオスモンに気づかれたらどうするんだ!?」

「開けったら開け!! Hey(ヘイ)Diri(ディリ)!! 扉開けて!!」

「もういい! もういいから、落ち着、い……?」

 

 目も当てられない痴態にウィザーモンが止めに入ろうとした───その瞬間、眩い光がタヨリのポーチから溢れ出したのである。

 

「え? 何これ!?」

「こ、これは……まさか!」

「見て! 結界が……!」

 

 光が結界に触れた途端、規則的に並んでいた六角形の一部分が綺麗に消え去っていく。

 少し待てば、全員が通るに十分な穴が結界に穿たれることとなった。見かけだけではなく、今度はきちんと向こう側へと体が届く。

 

「今の、私の力……?」

「タヨリ。もしかすると()()が……」

「あっ!」

 

 心当たりがあるタヨリはポーチを漁り、一つの石ころを取り出した。

 それはウィザーモンたちの拠点で渡された、謎の意匠が凝らされた石ころであった。

 

「これが光った?」

「かもしれない。伝説によれば、ニンゲンの心に呼応して聖なる力を発揮したとか……やはり君は選ばれし───」

「でも、どっからどう見ても石だよ?」

「うむぅ……確かに」

 

 裏も表も観察してはみるが、やはりどこも石のままであり、到底光るとは思えない状態だ。今一度強く念じてみたところで、石ころはこれっぽっちも光はしなかった。

 これに結界を解く機能があった点については疑問に残るものの、結果的に突破した1人と3体は、いよいよ内部への侵入を果たす。

 

「ここからは気を抜けないぞ。いつ侵入を感知したエオスモンが襲ってくるかも分からない」

「う、うん……慎重に行こう!」

 

「バレた時はオレが正面から蹴散らすだけだがな」

 

「慎重に!! 行こう!!」

「……彼にだけは強気だな」

 

 万が一の事態の強硬突破を示唆するブラックウォーグレイモンへ、タヨリが強めに言葉を繰り返した。

 

 そうしたやり取りを経て、出来得る限り慎重に進んでいく一向。

 一見結界の外側と変わらない景色が続く中を進んでいくが、彼らは当初話していたエオスモンの根城───島の中心を目指していた。

 

「この辺りなら見えてくるだろう。あの山の頂上にエオスモンの巣はある」

「あの山って……えぇ!?」

 

 タヨリが驚いた理由。それは至って単純───高さだ。

 頂上付近に掛かる層雲を見れば、その標高の高さは明白である。少なくとも2000m。登山経験のない少女にしてみれば、徒歩で登るなど無理な話だった。

 

「あああ、あれ登るの!?」

「いや、登らないに越したことはないんだが……」

「それってつまり、最悪登るんでしょ!?」

「ごほんっ。うん……まあ……そうなるな」

 

 結界内を探索し、何も見つからなければの話だ。

 しかし、その可能性を聞いたタヨリの足取りはこれ以上なく重くなっていた。

 

「絶対登れないよ、あんなとこ……」

「お前は口を開けば弱音を吐くな。そんな様じゃ登れないぞ」

「だから登れないって言ってるんだよ!」

「どうしてやる前から分かる? 少しは自分の力を信じられないか」

「そういう次元の話じゃないから!」

 

 最早、タヨリを前に進ませる気力はブラックウォーグレイモンへの怒りから来ていると言っても過言ではない。辛うじて口答えすることで逃げ出しそうになる衝動を抑えていると言ったところだ。

 

 彼女が限界を迎えるより前に目ぼしい手掛かりを得られれば……そう考えるウィザーモンであるが、道中は代り映えの景色が続くばかりだ。

 

「うへぇ……もう麓に着きそうだよ」

 

 休憩を挟みつつ歩を進めること数時間。とうとう見上げても山の全貌を見渡せない場所までやって来た。

 

 これまでは空からの目を警戒し、木々の合間を縫うように進んでいた。

 だが、それもここで終わりそうだった。

 

 何故ならば───。

 

「ここは……町?」

 

 結晶化した木陰から顔を覗かせたウィザーモンが、目の前に広がる光景をありのまま口にした。

 立ち並ぶ建造物に、舗装された道路。そのどれもが何者かによって生み出されたと見て間違いないほど洗練されたものであった。

 

「やっぱり結晶になってる……」

「けれど、これほどの町を丸々結晶化しているとなると、ますますエオスモンが何を守っているのか気になってきたわね」

「そうだね……あれ?」

 

 辺りを見渡すテイルモンに続くタヨリは、足元に転がっていた物体に気がついて抱え上げる。

 

「何この……タマゴ?」

「……こいつは、デジタマか」

「えっ、これが!?」

 

 別の場所にも転がっていた結晶を拾い上げたブラックウォーグレイモンは、その正体にあたりをつけた。

 デジタマ───つまり、デジモンが孵るタマゴ。

 生を終えたデジモンは、このデジタマから孵ることで新たなデジモンとしての生を過ごしていく訳だ。

 

「じゃあ、この中からデジモンが生まれてくるの?」

「この有様じゃそうもいかんだろうがな」

「あっ……そうか」

 

 しかし、結晶化の影響はデジタマにまで波及していた。

 タヨリとブラックウォーグレイモンが抱えるデジタマのどちらも、新たに芽吹くはずだった生命の温もりを感じさせぬほどに冷たい。冷た過ぎた。

 

 そっとデジタマを元の場所へと戻すタヨリ。

 そこへ建物の中を調査していたウィザーモンたちが戻ってきた。

 

「うーむ。建物の中にも手掛かりになりそうなものはないな。それにエオスモンが居ないのも気になる」

「言われてみれば確かに……。大事な場所だったら何体か居ても良さそうなのにね」

「その通りだ」

 

 重要な拠点であるならば警備を配置しない方がおかしい。

 逆に居ないのであれば、この町がエオスモンにとってそこまで重要でない場所であることの証明に他ならないだろう。

 

「となれば、やはり……」

 

 残る場所は一つ。

 タヨリの目からすれば、無限に続く回廊に等しい巨大な結晶の山───そこしかなかった。方角は北。町を出れば、すぐ山へと続く道程が続いている。

 これが単なる遠足やピクニックであれば、どれほど気を楽にして登山に臨めただろうか。

 しかし、タヨリの切実な願いも虚しく、見上げた先には何体ものエオスモンが飛んでいる姿が窺えた。

 

「何時間かかるんだろう。私、山に登ったことなんてないよ……」

「あらかじめ移動の足を確保できれば良かったんだが、こんな状況ではな。時間を掛けてでも登るしか───っ!?」

 

 はじめに気づいたのはウィザーモンだった。

 続けてブラックウォーグレイモン、テイルモンと、周囲で巻き起こる異変を察知し、臨戦態勢に入る。

 

「なにっ!? 何が起こったの!?」

 

 ただならぬ雰囲気に身を強張らせるタヨリ。

 彼女の不安に揺れる瞳は、結界全体に浮かび上がる謎の文字を映し出す。

 同時にけたたましいアラートが響き渡り始めた。結界内を反響するそれは、内部に存在する者に恐怖を煽るような音色を奏でている。

 

「一時退散だ!」

 

 ウィザーモンの指示に従い、すぐさま全員で入口の穴へと戻る。

 しかし、彼らが穴へたどり着くや、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

「穴が……閉まっちゃってる!?」

 

 タヨリが開いたはずの空洞は綺麗さっぱり消えていたのである。

 

「開いて! 開いてったら! こうなったら……!」

「止せ! 触れるな!」

「え?」

 

 結界に触れようとした寸前、タヨリの細枝のような腕をブラックウォーグレイモンが掴み上げた。

 

 恐怖と焦燥で動転しかけている彼女の横では、神妙な面持ちを浮かべたウィザーモンが、持っていた杖で結界に触れてみた。

 次の瞬間、杖先からはバチン! と電光が弾け、その勢いで杖はウィザーモンの手から飛び出すように離れていった。

 

 杖先が焦げ付くほどの電流。

 もしも人間の体で触れれば───そう思った瞬間、タヨリの膝から力が抜けていく。

 

「これは……まずいな」

「な、何がまずいの……?!」

「ハメられたかもしれない」

 

 杖を拾い上げるウィザーモンの頬を冷や汗が伝う。

 この言葉を皮切りにブラックウォーグレイモンとテイルモンの表情が一段と険しくなる。が、いまいち『ハメられた』という意味を理解できていないタヨリは、目を白黒とさせるばかりであった。

 

「ハメられたって……?!」

「どうやら僕たちは結界内に閉じ込められたみたいだ」

「えぇ!? じゃあ、出られないの!?」

「今見た通り結界自体に電流が流れている。これじゃあまるで鉄条網だ」

 

 さながら犯罪者を収容する監獄のように、結界の外部と内部は分断された状況へと変わってしまった。

 

「すまない、僕のミスだ。もっと事前に下調べをしておけば避けられたかもしれないのに……っ!」

「あなたの責任じゃないわよ! あたしたち、やれるだけのことはしてきたじゃない!」

「それでもこんな事態を招いてしまっては……!」

「ウィザーモン……」

 

 肩を落とすウィザーモンに、テイルモンはそっと手を添える。

 

「……どうしよう」

 

 そんな時、不意に発せられた声に全員の視線が集まった。

 

「どうしよう……」

 

 ブラックウォーグレイモンに腕を掴まれ、辛うじて立っているタヨリは、焦点の定まらない目で地面を見つめていた。

 

「どうしよう……どうしよう……」

「タヨリ……」

「どうしよう……どうしよう……」

 

 打開策を考えようとしたところで、彼女は何の変哲もない普通の少女だ。いくら無い知恵をこねくり回したところで、窮状を覆し得る妙案など思いつくはずもない。

 

「どうしよう!? このままじゃどこにも逃げられないよ! 手掛かりも掴めてないって言うのに……!」

「───なら、進むしかないだろう」

「……え?」

 

 錯乱寸前のタヨリへ、腕を放したブラックウォーグレイモンが答えた。

 

「逃げ道がないなら前に進むだけだ。お誂え向きに、()()()調()()()()()()()は残っているだろう」

「それって……まさか!?」

 

 答えられるより前に、タヨリの視線は北に聳える山を向いた。

 

「あれ登るの!? こんな状況で!?」

「この状況だからこそだ。壊せるかも分からない結界に力を注いだところで脱出の見込みは薄い。それならいっそ、この結界を生み出しているであろう主……エオスモンの巣に乗り込めば、解除する方法が見つかる可能性が高いだろう」

「それは……!?」

 

 一理はある。

 ただし、ブラックウォーグレイモンが語るのは“可能性”の話であり、結局のところ確実性には乏しい。

 大き過ぎるリスクに対し、リターンが得られるかはほとんど博打だ。

 

 可能性の大部分としては、何も得られぬまま道半ばで死ぬ未来だろう。

 

「お前はどうする?」

「私、はっ……!」

 

 問いかけられたタヨリは、少しの間視線を下ろす。

 そして、間もなく拳を握った彼女は、今にも泣き出しそうな顔を浮かべながらブラックウォーグレイモンを睨みつけた。

 

「行く! 生きられる道がそっちにしかないんだったら、行けるところまで行ってやるもん!」

「フンッ……上等だ。随分と胆が据わってきた」

「散々焚き付けたのはそっちでしょ! 責任取ってよ!」

「責任なんてものは知らん。だが……」

 

 振り返れば、山の頂上から光を反射する影が無数に飛び立つ光景が窺えた。

 あれらすべてがエオスモン───ざっと見て100体はくだらない。

 

 それを見たブラックウォーグレイモンは、絶望するでもなく、観念するでもなく、ただただ真っすぐ前を見据えていた。

 

「───露払いなら、いくらでも請け負ってやる」

 

 百を超える軍団を前にしても、彼の佇まいが揺らぐことはない。

 

「さて……無様を晒してでも前に進む準備はいいか?」

「うん! ……できる限りだけど」

「……ふぅ、仕方ない。彼女の意志を最大限尊重すると約束した。僕たちも共に行こう!」

「当然、あたしもよ!」

 

 立ち上がる1人と3体は前を見据える。

 

───進むべき道を、受け入れるべき現実を。

 

 それを超えた先に未来があると信じ、彼らは走り出した。

 

 

 

 

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