デジモンアドベント   作:柴猫侍

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Ⅳ.Butter-Fly

 

 

 

「───モン……ウィザーモン」

 

 

 

 果てしない暗黒が広がる中に声が響く。

 

「ウィザーモン、聞こえる……? アタシよ、テイルモンよ……」

 

 最愛の友人の手を、他でもない致命傷を負わせたテイルモンが握る。

 彼女自身、理解していた。自分に彼の死を看取る権利がないことは。今から語る話が自分勝手な弁明であることも。

 しかし、何も知らずに死にゆくことと真実を知って逝くのとでは、心に齎される安寧は天と地ほども隔たりがある。少しでも彼の最期が穏やかであるように───その一心でテイルモンは這う這うの体でウィザーモンの下へ赴いたのだった。

 

「ごめんなさい……アタシのせいで、こんな……」

 

 涙ながらにテイルモンは何度も謝罪の言葉を口にする。

 

「アタシが気づいてさえいれば……」

 

 冷えゆく手を握るテイルモン。

 その脳裏に過る光景は、遠い過去───それこそ百年以上も前の出来事であった。世界が一体の魔獣の出現により、多くのデジモンが死に至った。

 本来、死んだデジモンはデジタマへと転生する。が、この魔獣の真に恐るべき力は、破壊したデータを二度と修復させなくするウィルスにあった。つまり、魔獣に殺されたデジモンは転生を許されず、延々とデータの粒子となって彷徨うだけの存在となる。

 

 長年連れ添ったウィザーモンも、魔獣の破壊から自身を庇う形で命を失った。

 その時、彼女は固く誓ったのだ。

 何があろうとも彼を復活させる。何十年……何百年……いや、何千年掛かろうともウィザーモンだったデータを回収してみせると。

 

 だが、サルベージしたデータの中に魔獣の残滓が混じっていると気付いた時には、すでに手遅れだった。

 聖なる力を宿すホーリーリングを身に着けているからこそ、ウィザーモンの中に混じってしまった暗黒の影に気づいてしまった。

 無知で居られればどれだけ幸せだっただろう───。

 だが、デジモンとデジタルワールドに身を尽くす彼の姿を知っているからこそ、見過ごす訳にはいかなかった。

 

 努力した。

 努力した。努力した。努力した。

 何とか彼から暗黒の種を取り除けないかと、陰で努力をし続けた。

 けれども、状況は一向に好転せず、時間を無為にするばかり。迂闊に本人に相談する訳にもいかないから、孤独の中で延々と無い知恵をこねくり回した。

 その間にもウィザーモンを狙うように何度もエオスモンの襲撃に遭った。きっと彼の中の影を察知していたからこそ、排除しに掛かっていたのだろう。

 

「でも……それでも……!」

 

 本当なら、そこでエオスモンに討たせれば済んだ話なのかもしれない。

 

「それでも! アナタと一緒にいたかったのよ……一生、一緒に……!」

 

 だが───できなかった。

 今日までずるずると引き摺ってしまった。自分の我儘で、問題を先延ばしにし続けてしまったのだ。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……!」

 

 結果、自分の無力を呪う結末を迎えてしまった。

 

 もっと力があれば、変わったかもしれない。

 もっと知識があれば、変わったかもしれない。

 

「アタシにもっと……勇気があれば……!」

 

 彼に心の内を打ち明ければ───何か変わったかもしれない。

 この救いようのない未来を、もう少しマシな方へ進められたかもしれない。

 

 だが、後悔してももう遅かった。

 現在の状況はまさに最悪。自分が下手を打ったおかげで、世界は終末を迎えようとしている。

 

「ねえ、どうすればいい? ウィザーモン……アタシ、どうすればいいかな……?」

「───……モ……」

「!? ウィ……ウィザーモン……?」

 

 ウィザーモン! と呼びかければ、冷たい手が弱弱しく握り返してきた。

 顔の方を見れば、僅かに開いた瞼の奥の瞳がこちらを覗き込んでいた。

 

「テイル……モン……」

「ウィザーモン……! ごめんなさい、ごめんなさいッ! アタシのせいで、こんな……!」

「フフッ……いいんだ、テイルモン」

「……ウィザーモン?」

「自分の中に、あんなのが潜んでいたなんて……気づかないとは、僕も、学者失格……かな」

 

 自嘲するような呟きに、テイルモンは全力でかぶりを振る。

 

「そんなことない! そんなことないわッ! 全部アタシのせい! 知ってて気づかないフリをしていた……それでアナタをこんな目に……」

「君がそうなっていたら……きっと僕も……同じことをする」

「───!」

「だから……謝らないでくれ」

 

 告げられた言葉に、テイルモンの目尻から大粒の涙が零れる。

 それからは消えゆくウィザーモンの胸に顔を埋め、『ウィザーモン……ウィザーモン……!』と嗚咽を漏らすしかできなくなっていた。

 泣きじゃくる彼女に対し、せめてもとウィザーモンは頭を撫でる。その手つきは弱弱しく、そして、優しかった。

 

 ポツンと2人、暗黒に取り残される。

 光はない。

 ましてや、救世主も居ない。

 ただただ死にゆく運命を受け入れるしかなかった彼らは、静かに終わりの時を迎えようとしていた。

 崩壊する体は煌めく粒子へと分解され、散り散りになっていく。

 まるで、闇に呑まれていくように───。

 

「……?」

 

 ふとした瞬間、テイルモンが面を上げた。

 腐りゆく肉体の痛みが突然和らいだような気がした。痛みを感じられなくなる段階まで崩壊が進んだのだろうか?

 そう思い目を落とす。が、

 

「アタシの体……()()()?」

『ワタシの力で修復を試みています』

「アナタ───エオスモン!?」

 

 突然の出現に身構えるテイルモンであるが、敵意がないと言わんばかりにエオスモンは手で制する。

 

『落ち着いてください。無理に動けば、それこそ修復が困難になります』

「一体どういうつもりなの……!? アナタにとって、アタシは敵みたいなものでしょう!」

『先刻の時点では該当していたでしょうが、今は違います』

「……なんですって……?」

『あれをご覧ください』

 

 そう言ってエオスモンはとある方向を指差した。

 テイルモンも恐る恐る振り返る───と、その瞬間。

 

「───光……?」

 

 目を奪われるような光景が。

いや、光そのものが広がっていた。

 

 暗黒に呑まれるだけだった空間を優しく照らす光は、冷え行くテイルモンの体に温もりをもたらす。それは紛れもない生の実感。

生きろと。まるで光は彼女に訴えかけているようだった。

 

「あれは、一体……?」

『あの光の名は“希望”』

「え……?」

 

 呆然とするテイルモンへ、エオスモンは微笑みを湛えながら言い放った。

 

『デジタルワールドに救いをもたらす……

 

 

───()()()()()()の、心の光です』

 

 

 そして、今。

 ()()()()()()()()()が、光の殻を破って現れたのだった。

 

 

 

 ***

 

 

 

「……馬鹿な。馬鹿な馬鹿な馬鹿な、そんな馬鹿なァァァアアアアア!!!!!」

 

 認められないとアポカリモンは喚く。

 

「何故貴様は進化できる!!? 何故だ!!? どんな手を使った!!?」

 

 歪んだ双眸が睨みつける先には、同じ金色の双眸を湛えた竜戦士が佇んでいる。

 彼は一度、成長期(アグモン)まで退化したはずだ。本来、デジモンとは長い時間を掛けて進化するものだ。成長期から成熟期へ、成熟期から完全体へ、そして完全体から究極体へ……それこそ年単位の時間を要する。

 

 それがどうだ?

 目の前に佇む竜戦士は、成熟期と完全体を飛び越え、一瞬にして究極の肉体を得るに至った。

 進化の段階を飛び越えるなど、およそ信じがたい話だ。そして、許し難い話であった。

 

「我々を嘲笑うつもりか……!!! 進化の途中で果てた我々を……!!!」

「───そいつは違う」

「違うならなんだ!!? なんなのだ!!? その姿は、いったい……!!?」

「これはオレだけの力じゃない。お前が多くの無念を集めてその姿を得たのと同じだ。オレも……タヨリが居たから、この姿を得られた!」

「なにィ……!!?」

 

 ふと視線を竜戦士の隣に佇む少女へ向けた。

 その手の中には謎のデバイスが握られており、今も尚眩くも忌々しい光を放っている。

 

 だが、何よりも忌々しきは、

 

(なんだ、その眼は……!!?)

 

 恐怖に震えている。涙に濡れている。

 だが、それでもしっかりと前に向けられる双眸は、アポカリモンを見つめて放さなかった。

 

───違う……さっきまでとは、まるで!!!

 

 少女の瞳に宿る意志に気圧された瞬間、アポカリモンはその事実に怒り震えた。

 

「その子供が元凶か……ふざけた真似を!!! ならば二度と進化できぬよう、先にそいつを消し去ってくれる!!!」

 

 アポカリモンは触手の先端をタヨリへ向ける。

 金属の花弁が花開けば、中からは機械化された海龍のようなシルエットが現れ、頭部のエネルギーを集中させ始めた。

 

「喰らえ、我々の結束の力を!!! アルティメットストリーム!!!

 

 解き放たれた一本の光条は、正確無比な狙いを以て暗黒を突き進む。

 

「離れるなよ、タヨリ!」

「うん!」

 

 すかさずブラックウォーグレイモンが身を乗り出す。

 直後、高速で突き進んでいた光条が2人へ到達した。例えクロンデジゾイド製の鎧であろうとも真面に食らえば溶融は免れない熱量であった。

 勝利を確信するアポカリモンは、花開くように飛び散るエネルギーの塵を見てほくそ笑んだ。

 

「……なにッ!!?」

 

 が、しかし。

 破壊の光条が消え去った後、暗黒の中に赤熱とした輝きが浮かび上がっていた。

 少し待てば蓄積していた熱は発散され、みるみるうちにそれは漆黒の輝きを取り戻す。次の瞬間、溶融した金属を強引に引き剥がす音と共に、二つに分かれた盾が無傷の竜戦士の背へ舞い戻る。

 

 無論、少女も健在。

 忌々しい光は未だ絶えず、暗黒を塗り替えようと輝いている。

 

「おのれェ……!!! ならば、我々の憎しみを思い知るがいい!!! ブラッディストリーム!!!

 

 直線的な攻撃では防がれる、と。

 そう考えたアポカリモンの触手からは、血のような紅い液体が噴き上がった。やがてそれらは一本の鞭を形成し、迸る電撃を伴って2人へと襲い掛かる。

 

「来たよ!」

「しっかり掴まっていろ!」

 

 タヨリが呼びかけるや、彼女を背中に乗せたブラックウォーグレイモンが前へと飛び出した。

 自分から振るわれる鞭へと向かう、半ば自殺行為だ。

 しかし、攻撃を見切っているならばその限りではない。最小限の動きで血の鞭を躱してみせたブラックウォーグレイモンは、すれ違い様のドラモンキラーで切り落とす。

 

 一撃、二撃、三撃……回数を重ねる度に、血肉を削って生み出した鞭は悉く切り落とされてしまう。

 我が身を削られるに等しい光景を目の当たりにし、アポカリモンは憤慨する。

 

「何故阻む!!? 何故抗う!!? 我々の正義を、そうまでして認めないとでも言うつもりかァ!!?」

「……お前のやろうとしていることは正義なんかじゃあないッ!」

「なにィ……!!?」

「どれだけ正義を語ろうが、どれだけ大儀を掲げようが……そんなことは無駄だ! その友情が! その愛が! その正義が! 何よりもお前を孤独に追いやってると、どうして分からない!?」

「ッ───!!! 言わせておけば……!!!」

 

 怒りに震える触手の先から、今度は重厚な機械竜が現れた。

 背中に背負った一対の巨大砲台を傾け、照準を突っ込んでくる標的に定める。アルティメットストリームを上回る光量が砲口に収束すれば、とうとうエネルギーは臨界点を迎えた。

 

(ムゲン)キャノン!!!」

 

 解放される超弩級のエネルギー波が、暗黒に一条の軌跡を生み出した。

 見ようによっては闇に閃く流星だ。だが、その実態は悪意に塗れたエネルギーである。目の前の敵を消し飛ばす為だけに唸り声を上げる光は、容赦なく2人へと牙を剥く。

 

 目も開けていられぬ破壊の光条。

 しかし、それでも。

 迫りくる暴力を目の前にしても、2人の瞳は見開かれたまま、真っすぐ前を見据えていた。

 

「ブラックウォーグレイモン!」

「正面から突破するぞ!」

「お願いね!」

「任された!」

 

 端的なやり取り───それも絶体絶命の危機に瀕している中でも、2人は笑顔を忘れていない。

 

 何故だ? 死を恐れていないのか?

 逆にアポカリモンの方が困惑に陥った、まさにその瞬間だ。

 

 重ね合わせた掌の間から、闇を喰い尽くすかの如く光の球が生み出される。

 それは巨大化し、肥大化し、みるみるうちに目を見張るようなサイズへと変貌していく。密度も凄まじい。圧縮し切れなかったエネルギーは、紅い稲妻となって光球の周囲をのた打ち回っている。

 

「ガイア……フォース!!!」

 

 押し固めたエネルギーの塊は、迷いなく真正面のエネルギー波へ投げつけられる。

 正気の沙汰ではない、とアポカリモンは慄いた。

 押し負ければ繰り出した張本人に返ってくるどころか、傍に居る子供を巻き込むだろう。仮に拮抗したとしても、途中でエネルギーが爆散してしまえば、その余波は我が身に襲い掛かってくる。

 

 だというのに、

 

(どうしてそこまで……真っすぐ突き進んでくる!!?)

 

 戸惑いや驚きといった感情は、次第に恐怖へと塗り替えられていく。

 あれはエオスモンとも違う愚直さだ。エオスモンが機械的な単純な命令を遂行しているのに対し、あの子供とデジモンは自らの意志で危険へ飛び込んでいるのだ。

 命に価値を見出しているかもしれない機械ならまだ分かる。

 だが、彼らが───直前まで死を恐れていた生命が、その命を投げ打つかの如き特攻を仕掛ける思考に理解が及ばなかった。

 

 直後、悪意に満ち満ちたエネルギー派が光芒となって裂かれていく。

 その中央を突き進むのは真紅に染まった大地の力(ガイアフォース)。無限に尽きぬエネルギーを押しのけて進むエネルギー弾は、とうとう砲口たる機械竜諸共触手の一本を消し飛ばした。

 

「ぬぅ……!!?」

 

 爆散する触手の破片から身を守るべくマントで自身の身を覆うアポカリモンは。

 その際、マントの隙間からもこちらへ迫ってくる2人の姿が覗き見え、背筋が凍るような感覚を覚えた。

 

───未知とは、恐怖だ。

 

 アポカリモンには理解できていなかった。

 

 子供が危険を顧みずわざわざ戻ってきた理由も。

 ブラックウォーグレイモンが進化できた理由も。

 そして、一時的にでも自分を上回る力を得た理由も。

 

「何故だ……!!! 一体どこからその力が……!!?」

 

 アポカリモンは究極の存在だ。

 それこそ悠久の時を経て押し固まった負の想念は、究極体を超えたその先───超究極体と呼ばれる次元へ到達する程の力をもたらすに至った。

 最早並みの究極体では相手にもならない。それこそ初戦のブラックウォーグレイモンがいい例だ。

 

 しかし、今はどうだ?

 

 アルティメットストリームを防ぎ、ブラッディストリームを切り裂き、∞キャノンを正面から打ち負かす。これは初戦で手も足も出なかったブラックウォーグレイモンでは考えられない戦果であることに間違いはなかった。

 

───やはり、あの子供か。

 

 アポカリモンの冷徹な視線がタヨリに向けられる。

 彼女が握った聖なるデバイス───デジヴァイス。あれがあるからこそ、ブラックウォーグレイモンの信じがたいまでのパワーアップが叶っていると思考を固める。

 

「ならば、貴様らを引き裂いてやるまでよ……!!!」

 

 デスクロウ! とアポカリモンが叫ぶ。

 すると沈黙を保っていた残りの触手全てが蠢動を始める。花開いた先端から現れたものは───腕だ。

 腕、腕、腕、腕……一本の触手につき数百本はあろうかと束ねられる亡者の腕は、まるで筋繊維のように脈動を始める。

 

 これには思わずタヨリもゾッとし、息を飲む。

 何せ千はくだらないであろう腕の全てが、その爪先を自分たちの方へ向けているのだ。

 

「どうしよう、あんな数が来られたら……!」

「ああいう手合い、どうすればいいか知ってるか?」

「え?」

 

 いや……、とかぶりを振ったタヨリに、ブラックウォーグレイモンがクツクツと喉を鳴らした。

 

「こういう時は……懐に突っ込むに限る!」

「えっ……嘘ォー!?」

「ここからは止まれないぞ! しっかり目を開いていろ!」

 

 そう告げて加速の兆候を見せるパートナーに、タヨリは諦めたような笑みを浮かべる。

 振り回されるのは今更だ。仕方なく首にぶら下げていたゴーグルへ手を伸ばし、流れるように顔に装着する。

 

───これなら向かい風の中でも目を開いていられる。

 

 彼女の笑顔は、そう語っていた。

 

「準備できたよ!」

「早いな。前に比べれば上出来だ」

「私だってこっちの冒険で成長してるもん!」

「フンッ……言うようになったな」

「誰のせいだと思ってるの!?」

「さあな!」

 

 グンッ! とブラックウォーグレイモンが空気の層を一枚破る。

 急速に速度を増した2人は、四方八方より押し寄せる腕の合間を掻い潜る形での突破を試みた。

 

 だが、相手もそう甘くはない。最短距離───一直線に近づこうものなら、網を張るかの如く待ち構えている腕に捕らえられるだけだ。

 時には回避し、時には迎撃する。すれ違い様にドラモンキラーを振るい、切り落とした腕の数はとうに百を超えていた。それでも全体の一割にも満たない数であることから、敵の猛攻がどれだけ苛烈で圧倒的かは想像に難くないだろう。

 

 それは時間を経ることで如実に表れる。

 

「上からも来るよ!」

「ああ! ウォーブラスター!

 

 上を見れば押し潰すように腕の大群が殺到する光景が迫っていた。そこへ小型のエネルギー弾を叩き込み、進撃を僅かながら遅らせる。

 生まれる猶予は一瞬。その間に身を翻らせて回避し続けては来たが、先に限界が来るのは自分たちの方だろうとブラックウォーグレイモンは唸り声を上げた。

 少しずつ……少しずつではあるが、暗黒に広がる魔の手は2人の退路を断つように追い詰め始めていた。

 

「あのままじゃ……タヨリとブラックウォーグレイモンがやられちゃう! こうなったらアタシも……!」

『推奨できません。今のアナタが加勢したとしても、戦況を変え得る可能性は限りなくゼロに近いです』

「ッ!」

 

 エオスモンに制されたテイルモンは拳を握る。

 そんなこと言われなくとも分かっている、と。

 たとえ無傷だったとしても、あの次元(レベル)の戦いに割って入れば一分と持たずやられるだろう。そうなれば今度こそ無駄死にだ。むざむざ自分の命を散らすだけの馬鹿になり果てる。

 

「それでも……それでも可能性が1%でもあるのなら、アタシは行く!」

 

 テイルモンは馬鹿であることを選んだ。

 責任感や罪悪感と言った感情で動いている訳ではない。自分の命を差し出し、彼女たちの助けになれば許されるなんていう甘い考えなどもっての外だ。

 ただ助けになりたい───デジタルワールドが危機に瀕している今、命を賭して戦っている少女とそのパートナーの力になりたいと、心の底から願っている自分が居た。

 

 そんな自分の心に嘘は吐けない。

 もう二度と、心にしまったままにはしておけない。

 

 テイルモンの目は、そう叫んでいた。

 

『───了解しました』

「! じゃあ……」

『ですが、やはりアナタの直接的な干渉は認められません。これ以上の損傷は、データ修復が困難になります』

「はぁ!!? フツーそこは快く送り出すところでしょ!!」

『おおお落ち着いてくだださい、』

 

 テイルモンに肩を掴まれて揺さぶられるエオスモンは、それでも淡々と言葉を続けた。

 

『あくまでも直接的な干渉は認められないと言っただけです。何も手を貸すなとは言っていません』

「じゃあどうしろってのよ!!?」

『───ワタシが援護します。その助力を』

 

 え、と声が上がる傍ら、エオスモンの身体が光り輝き始める。

 翅であるパネルからゆっくりと、オーロラのような色彩が暗黒に敷かれていく。

 その光はデジヴァイスとは違う幻想的な煌めきだった。

 

 やがて、オーロラは一面を覆い尽くした。

 無限大の暗黒を前にしては極僅かな面積。だが、直後に始まった“異変”にテイルモンは息を飲んだ。

 

 何かが、落ちてくる。

 バーコードを髣髴とさせるオーロラから、次々に舞い落ちてくる光の粒子。よく見れば0と1のそれらはひとりで動き、淡い思い出の輪郭を浮かび上がらせていく。

 

『「()()()()()()()」───それがワタシの力です』

「意識……()()が?」

 

 テイルモンが指差す先では、目に見える()()が起こっていた。

 おぼろげだったシルエットは、時を経るにつれて鮮明な姿を取り戻していく。それは数十、数百……いや、それ以上の数へと上らんとする勢いだった。

 

 これには流石にアポカリモンも無視できず、顔を顰める。

 

「なんだ……? エオスモンめ、邪魔をするつもりか!!!」

「っ───危ない、エオスモン!」

 

 横槍を入れられてはたまらないと、アポカリモンの魔の手がエオスモンへ向かう。

 思わずタヨリが声を上げたが、とても救援に迎える状況ではない。自分たちに迫りくるデスクロウを掻い潜るだけで手一杯であった。

 本人はマザーユニットとは謳っていたが、見てくれは完全体の個体より一回りも二回りも小さい。

 

 圧倒的な数を誇る魔の手に到底対処できるない───エオスモン1人であれば。

 

『ホーリーアロー!!』

『エクスキャリバー!!』

 

 刹那。

 天より降ってきた一本の矢と聖剣が、エオスモンへ突進する魔の手の大群を切り裂いた。

 突然の出来事にアポカリモン本人だけではなく、タヨリやブラックウォーグレイモンですら、その光景に目を疑っていた。

 エオスモンの両隣には2人の天使が佇んでいた。

 一人は精悍な神官のような天使が。もう一人は清廉な女神のような天使が。

 それぞれがエオスモンとその傍のテイルモンを守るように、神聖な力を宿した武器を構えた。

 

「なんだとッ!!? 一体誰だ!!?」

『アポカリモン。アナタは一つ、思い違いをしています』

「ッ……思い違い、だとォ……!!?」

『消えていったデジモンが残すものは、何も恨みや絶望ばかりではないということです』

 

 淡々と語るエオスモンの傍に、次々とオーロラより現れ出でたシルエットが立ち並ぶ。

 

「あれは……デジモン!?」

 

 遠目からタヨリは一望する。

 どれも見たことのない、それこそ名前なんて知る由もないデジモンが続々と暗黒に降り立ってくる光景は、まさに圧巻だった。

 

 集うデジモンは小さなものから大きなものまで幅広い。

 恐竜のようなデジモンや大きな獣のようなデジモン。妖精のような可憐なデジモンも居れば、昆虫のような屈強なデジモンだって居る。

 

 多種多様な姿かたちをしたデジモンたちの姿に、タヨリは時と場も忘れて感動していた。

 どのデジモンも瞳には強い光を宿していた。目の前の暗黒を見て尚、尽きぬ闘志と勇気はギラギラと燃え盛っていた。

 

「すごい……! これが……デジモン!」

「壮観だな……」

 

 ブラックウォーグレイモンも感心する中、ただ一人認められないと頭を振る者が居た。

 アポカリモン───彼は血走った瞳で、立ち並んだデジモンたちを見渡す。

 

「ば、馬鹿な……何故それだけのデジモンがここに……!!?」

『このデジモンたちはアナタと同じです』

「我々と……? 馬鹿も休み休み言え!!! 我々とそいつらと!!! 一体何が同じだと言うのだァ!!?」

 

 激昂するアポカリモンに、エオスモンは冷静に語る。

 

『アナタが進化の過程で消えていったデジモンの負の想念そのものであるなら、ここに居るデジモンたちはワタシの力で出力されたデジモンの()()()()()()です』

「希望……だと!!?」

『アポカリモン。アナタは欠損した肉体に固執していましたが、己の根底を成す本質を見失っていたようですね。それは───』

 

 

 心です、と。

 

 

 この場に存在する誰よりも無機質で、感情とは対極の位置に居るように見えるエオスモンが、そう告げた。

 まるで在りし日を思い出すように、胸に手を当てながら。

 その少し俯いた視線の先には一体何が映っているのか……それについて語らぬまま、エオスモンは面を上げた。

 

『ワレワレの目にそれは視えません。ワレワレの手にそれは触れられません。ですがワタシたちの中に……0と1の羅列でしかないデータのどこかに、それはしかと宿る。そして肉体が消えても尚、今日まで存在し続けた……それだけのことなんですよ』

「───ふ、ざけるなァ!!! 」

 

 ドゥン……ッ!!! と鈍い音共に、暗黒を暴風が吹き抜ける。

 

「そんなものはまやかしだ!!! そんなものは残ってはならない!!! 消えて尚、希望を残すなど……ならば、我々の存在とはなんなのだ!!? この胸が張り裂けるような悲しみは、この身が砕けるような苦しみは、この心を暗く染め上げる絶望は一体なんなのだァァァアアアアア!!?」

 

 最早、それは爆発であった。

 アポカリモンの積年の怨念が、彼の感情の発露と共に暴力を伴って撒き散らされる。それはやがてこの暗黒空間のみならず、デジタルワールド全土を。そして、いずれは現実世界をも侵食することになるだろう。

 

───そうなる前に止めなくては。

 

「……アナタの思い通りにはさせない」

「ムゥ……!!?」

「アナタの絶望を! 思い通りになんかさせない!」

 

 決意の強さに呼応し、デジヴァイスの光が輝きを増す。

 

「どんな苦しいや辛いことだって、誰かと一緒なら乗り越えられるって……そう教えてもらったんだ! このデジタルワールドで!」

 

 光はますます膨れ上がる。

 結集したデジモンの勇気が、友情が、愛情が、知識が、誠実が、純真が、希望が、そして光が───すべてがタヨリの下に集まっていく。

 一つ一つは小さな力だ。放っておけば闇に呑まれてしまいくらいに儚く弱い。

 

 しかし、ここには一つ拠り所があった。

 

 小さな勇気を、

 小さな友情を、

 小さな愛情を、

 小さな知識を、

 小さな誠実を、

 小さな純真を、

 小さな希望を、

 そして、頼りなくとも……小さな光を胸に宿した少女だ。

 

「デジタルワールドは消させない……この世界は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「無知な子供が知ったような口をッ!!!」

「そうだよ、何にも知らないよ! 知らなきゃいけないことはたくさんある! でも、ダメな自分を認めなきゃ前に進めないってことは───もう教えてもらった!」

 

 1人では大した力を持たぬ心の叫び。

 そこへデジタルワールドの()はこぞって集結する。

 

「アナタは自分を醜いって言ってたけど……そんなことない! 私も逃げたり諦めたりする自分をが嫌で、ずっと目を逸らしてた! だけど、そんな自分でも変われるんだって気づいたから……アナタの心だって変われる! 変われるんだよ!」

「なにッ……!!?」

「でも、それは独りっきりじゃできない……自分の良いところを教えてもらうのも、挫けそうな時に支えてもらうのも、ひとりぼっちじゃできないんだよ!」

 

 だから、とタヨリの光は一際輝いた。

 

「アナタの心の闇をちょっとでも晴らしてみせる! 何もない……やるせない世の中になんて、絶対にさせないんだ!」

「……よく言った、タヨリ」

 

 思いの丈を口にした少女に、見守っていたブラックウォーグレイモンが語り掛ける。

 

「それでこそ……オレのパートナーだ!」

 

 その目は優しく笑っていた。

 パートナーの成長を、心から祝福していたのだった。

 

 そして、2人は前へと進み始めた。

 

「ッ───世迷言を垂れ流しおって!!! ならば、その妄言諸共すべて消し去ってくれる!!!」

「そうはさせない! ブラックウォーグレイモン!」

「ああ! このままあいつの所に突っ込むぞ!」

 

 敵意を迸らせるアポカリモンへ、2人は一直線に突き進んでいく。

 当然、デスクロウの大群は健在したままだ。馬鹿正直に直進していったところで、応戦するアポカリモンにどこかで食い止められるのは目に見えている。

 

 だがしかし、今は違う。

 

『フラウカノン!!』

『ハンマースパーク!!』

 

 タヨリとブラックウォーグレイモンへ魔の手が迫ろうとた、まさにその瞬間だった。

 上から降ってくる光弾と稲妻が、2人へ襲い掛かる攻撃を迎撃してみせたのだ。

 

「ありがとう、皆!」

 

 援護してくれた妖精と海獣へ手を触れば、屈託のない笑顔が返ってくる。

 そうだ、ここには2人だけではない。デジタルワールド中から集まってきた希望が形を成し、彼女たちに力を貸そうとしている。

 小さなデジモンも大きなデジモンも関係ない。

 1人1人が自分にできることに精一杯力を注ぎ、この暗黒を打ち払わんと戦っていた。

 

「ぐぅ……おのれェ!!! 鬱陶しい!!!」

 

『ホーンバスター!!』

『シャドーウィング!!』

 

「おおぉ!!?」

 

 邪魔を一瞬せんと奮い立い上がるアポカリモンだが、そこへ雷撃と真空刃が降り注ぐ。

 颯爽と現れた昆虫と鳥人は、まるでタヨリたちを守護する騎士のように、伸びてくる魔の手を次々に打ち払っていく。

 

『安心して、私たちが貴方を守ってみせるわ!!』

『そういう訳ですわ。余所は気にせんと、アンタ方は向こうに集中しなはれ』

 

「うん、ありがとう! ほら、ブラックウォーグレイモンもお礼!」

「フンッ、礼なら後でいくらでも言ってやる」

 

 自分たちが未来に生きていると、そう信じて疑わない口振りでブラックウォーグレイモンは約束を交わす。

 

 それを果たす為には、当然目の前の敵を倒さねばならない。

 相手は強大だ。これだけの力を結集しても尚、勝てる見込みは半々……いや、それ以下かもしれない。

 けれど、その金色の双眸に絶望の色は窺えない。

 彼にも当然、恐れや諦めといった感情はある。怒りもすれば悲しみもする。心の中に潜む暗い感情を数えればキリがない。

 

 それはけして消し去ることはできない。

 彼は分かっている───だが。

 

「いいかタヨリ、チャンスは一度だ。この一撃に全てを込めるぞ!!」

「うん!! 私とブラックウォーグレイモンと……皆の力を!!」

 

 両手の掌を重ねるブラックウォーグレイモン。

 そこへ、タヨリも手を翳した。

 

 最初は小さな、そして温かな光だった。

 

 闇にぽっかりと穴を開けるように生まれた輝きは、そこへ寄り添う形でやって来た光を飲み、徐々に膨れ上がっていった。

 紅く、強く、そして明るく輝く。

 そこへ集う力はブラックウォーグレイモン1人のものではない。ましてやタヨリと合わせて2人だけでもない。

 

「お、ォオ、おぉおおぉぉおおぉお……!!?」

 

 成長していく光の球を前に、アポカリモンは慄いた。

 たった1人の人間と、たった1体のデジモン。

 彼ら2人だけでは生み出せない規模の力の胎動は、この暗黒全体に強い力の波動を広げていたのである。

 

 信じられない───否、信じがたい。

 憤怒に茹で上がりそうな頭を掻き毟りながら、アポカリモンは現状を改めて確認する。

 確かにあれは驚嘆すべき力だ。が、何も対処できないとは言っていない。今の自分は窮地に陥った弱き命が見せた馬鹿力に、ほんの少し呆気に取られただけだ。

 

 思考が冷静になる。なるが、今度は沸々と別の怒りが湧き上がる。

 

「こんなッ……こんな力の寄せ集め如きで、我々の闇を照らすことはできんぞおおお!!!」

 

 暗い感情の爆発は、暴力的な波濤となって空間を襲い掛かる。

 残る魔の手の全てをタヨリとブラックウォーグレイモンへと差し向け、集められた力諸共、消し去らんと策謀しているようだ。

 

「タヨリ!!」

「ブラックウォーグレイモン!!」

「行くよ!!」「行くぞ!!」

 

 2人は声を置き去りにし、前へと進んだ。

 直後、その光景を見たアポカリモンは瞳を見開いた。何故なら彼らは今も尚収束を続けるエネルギーを放り投げず、自身の前方に突き出したまま迫ってきたからだ。

 

「直接掛かって来るというか……みすみすやらせるとでも思ったかァ!!!」

 

 激昂したまま、アポカリモンは幾重にも網を敷く。

 触手から伸びる魔の手が網目状に広がった防御網だ。小さな蝶一匹すらも通さないというアポカリモンの執念か、網目は極めて小さく、そして頑強に組み合わさっていた。

 いかに強大なエネルギーの塊を突き出したところで、このままでは勢いを殺されてしまうだろう。

 

───刹那、1匹の機械狼が2人の前に躍り出る。

 

『コキュートスブレス!!』

「な、ァ……!!?」

『さあ、今のうちだ!!』

 

 しかし、網目状にしたのが誤りだった。

 蒼い機械狼が吐き出した絶対零度の息は、網目状の腕を一瞬で芯まで凍らせる。それが表面のネットだけならばまだしも、強力な冷気の奥へ奥へと潜り込んでいく。

 幾重にも張り巡らされたネットは一部だけではあるが、その大半を強い衝撃を加えれば容易く砕ける氷像と化す。

 

「あとはこいつを……!!」

 

 限界まで収束した光は、今にも弾けんばかりのエネルギーに満ち満ちている。

 これでもまだあの幾重もの網を破り、奥に潜んでいるアポカリモンを討つに十分とは言い難い。可能性は五分と言ったところだった。

 

(それでもオレたちしかいない以上───……ッ!!?)

 

 ドクンッ! と。

 

 限界を打ち破るように、光はさらに鼓動を強めた。

 ブラックウォーグレイモンすらも知りようのない現象だった。自分は確かに限界まで力を注いだはず。それ以上の力となると外部からの干渉しかありえない。

 

『───ブラックウォーグレイモン』

 

 ()()()()()()()()()()のは、その時だった。

 

「こ、これは……!?」

『ぼくたちの力も託すよ』

 

 真紅の光に、今度は黄金の光が混じっていく。

 負の念を一点に集めた暗黒のガイアフォースとは違う力だった。それは本来相容れない暗黒を包む───いや、抱きしめるようにして、二つの強大な力として合わさった。

 

 それを見届けて安堵したように、勇猛だった声色は優しく落ち着く。

 記憶にはない。

 なのに、どこかで聞いた気がする声だった。

 

「お前、は……」

『ここからは君たちの番だ。あのデジモンの……心の闇を晴らしてやってほしい』

「……ああ! そのつもりだ!」

『任せたぞ、ブラックウォーグレイモン!』

 

 力強い言葉を送り、違う色の()()()()()()の手は消えていく。

 影も形もなくなり崩れ去っては、もう彼の気配はなくなっていた。

 どうやらありったけの力を託し、とうとう姿を保てなくなったらしい。見える範囲のデジモンが次々にデータの粒子へ崩壊する様が散見できる。

 

 これでは振り返ったところで彼の正体は分からない。

 答えを知る機会は永遠に失われてしまった。

 

「……フッ」

 

 だというのに、笑っていた。

 晴れ晴れとした顔のブラックウォーグレイモンは、最早振り返ることはしなかった。

 

 あの声の主が誰か……結局は思い出せなかった。

 いくら記憶を探したところで、欠落した記録は取り戻せていない以上、何をしたって無駄であるはずだ。

 

 それでも───心は覚えていた。

 鮮明な記憶は必要ない。詳細な記録も必要ない。

 ただ、この心に宿った大切な感覚さえあれば。

 いや、心そのものを大切なものだと分かっているのなら、

 

「オレたちは……どこまでも進んでいける!!」

 

 そう叫ぶ竜戦士は、凍てついた暗黒のネット目掛けて振り翳す。

 彼らは今、太陽を背負っていた。デジタルワールドを覆う暗黒を晴らす、強く、明るい太陽をだ。

 

 その姿は、まさしく勇者。

 背中の盾に太陽は刻まれていない。

 だが、心に勇気を刻んでいるのなら、

 

「行くぞ、タヨリ! オレたちでデジタルワールドの暗黒を晴らすんだ!」

「うん! 皆が届けてくれた心の光を、けして絶やさせたりはしない!」

 

 

 

 

 

 その勇気こそが───明日へ進む力なのだ!

 

 

 

 

 

「「ガイアフォーーースッ!!!!!」」

 

 

 

 

 

 声と共に、心も重なる。

 その瞬間、託された夢と希望の結集たる光は完成された。

 アポカリモンの全長にも匹敵する直径。そこへつぎ込まれた情報の質量、そして密度は想像を絶し、溢れ出したエネルギーはオーロラのような帯と化し、辺りを包み込んでいく。

 

 それは暗黒へ立ち向かう2人の鎧であり、盾ともなった。

 押し寄せる魔の手を払いのけ、遂に超々高密度のエネルギー弾は張り巡らされたネットへと到達する。

 

 犇めき合う腕を打ち砕き、その奥に蠢く触手すらも消し去っていく光。

 そこに衰えはなく、立ちはだかるものすべてを打ち砕いていく。

 

 そして、遂にはアポカリモンの目前まで───。

 

「よもや、ここまでの力とは……!!! だが、我が暗黒(ダークネスゾーン)の前にはすべてが無意味よ!!!」

 

 迫る光を前に、アポカリモンは重ねた掌の間に新たな暗黒を作り出す。

 超絶的な情報質量は、最早それだけで周囲を呑み込む小さなブラックホールと化していた。

 

 光すらも飲み込む深淵を開き、アポカリモンは吼える。

 

「永久の闇に沈むがいい!!! ───暗黒(ダークネスゾーン)!!!!!」

 

 引かれ合う光と闇。

 まるで導かれるように引き合った両者は、間もなく衝突を果たす。

 束の間、音が消える。そんな無音の空間も二、三度の明滅を経て、世界を揺るがす轟音により引き裂かれた。

 

「く、うぅ……!!!」

「おおおおおお!!!」

「がああああッ!!!」

 

 光と闇、両者はどちらも譲らない。

 光が闇を焼き、闇が光を呑む。

 その永遠に続くかとも錯覚する光景だが、片方、先に綻びが生まれた。

 

「───我々の、勝ちだァ!!!!!」

 

 勝ち誇った顔でアポカリモンは宣言する。

 彼の邪悪に歪んだ瞳は、徐々に暗黒(ダークネスゾーン)に削られていく光を目撃していた。世界を無に帰す力を前に、僅かな時間でも拮抗だけ大健闘だ。

 だが、勝たねばすべては水の泡。希望や心などという綺麗事も、結局は積年の恨みや憎しみには勝てなかったことになる。

 

 アポカリモンの顔は、邪悪に歪んだ。

 

「ククククハハハハ!!! どうだ!!? これが答えだ!!! デジタルワールドの……デジモンの総意だ!!! やはり世界は、滅びるべくして滅びるのだあああああッ!!!」

 

 そう絶叫するアポカリモンは天を仰ぐ。

 仰ぎ、叫び、高らかに嗤う。

 直後、一筋の涙が頬を零れ落ちた。それは狂笑の果てに流れ落ちた涙か、それとも───。

 

「……まだ、終わりじゃない」

「───なに?」

「まだ……終わらせはしない!!!」

「なッ!!?」

 

 光が。

 闇に呑まれ、削られたはずの光が。

 タヨリの言葉を皮切りに、少しずつ……本当に少しずつではあるが、眩い輝きを取り戻していく。

 

 最初に生まれたのは驚愕。

 次に困惑。

 最後には、ありとあらゆる感情が渦巻き、混沌の様相を呈していた。

 

「な……何故だ!!? あのデジモン共は消えたはず!!? それなのに何故───はっ!!?」

 

 アポカリモンが信じがたい光景に目を泳がせると、すぐにそれは見つかった。

 

「あれは……()()()()()ッ!!?」

 

 刃向かう2人の後方へ目を遣れば、彼らの攻撃で粉々に打ち砕かれたはずの自身の肉体───暗黒のデータが漂っていた。

 行く当てもなく彷徨っているように見えれば、不意に呼び寄せられるように()()()()へ吸い寄せられる光景が見えた。

 その先には光───デジモンたちの希望の光を剥がされ、剥き出しとなった真紅のエネルギー核へと集まっているではないか。

 

 最早言葉を失い、暗黒に立ち尽くす。

 するや、光の向こう側から声が聞こえていた。

 

「信じられないか? お前のデータが、オレたちに味方することが」

「どういうことだッ!!! 一体何をしたと言うのだ!!?」

「何も。だが、お前は負の想念が闇のパワーによって集まった存在。そしてオレのガイアフォースは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!」

「なっ……ま、まさかッ!!?」

「ようやく気付いたようだな」

 

 その『まさか』だ。

 本体から切り離された触手や腕は、そのデータに宿る想念諸共葬り去られる運命だった。

 しかし、その運命に抗うように。差し伸べられた手を掴むように。引き合うように、引かれ合うように……どこへともなく彷徨うはずだったデータは、そこに宿る心諸共暗黒の中心へと引き寄せられていた。これは暗黒の性質を宿したブラックウォーグレイモンのガイアフォースだから起こり得る現象であった───が、当人としては偶然の産物と評する他ない結果でしかなかった。

 デジモンの暗黒面を内包するアポカリモン。その恨みつらみに等しい肉体そのものが、よもや彼自身を止める力に加担しようとは、一体誰が想像できただろう?

 ましてや、それが彼の心の闇を晴らそうとする優しさから来る行為だとは、誰一人夢にも思っていなかったはずだ。

 

───まるで奇跡だ。

 

 と。

 誰かが呟いたその瞬間、光は極まりを見せた。

 

 奇跡の集大成が瞬き、均衡は崩れる。

 

 暗黒は膨れ上がる光を呑み切れず、とうとう深淵の端から焼かれ、何の力も持たないデータの粒子へと還っていく。

 

 

 

「そんな、馬鹿なぁぁああぁああぁあああーーーーーッッッ!!!!!」

 

 

 

 全ての暗黒(ダークネスゾーン)が消え去った時、アポカリモンの身を守るものは己の肉体しかなくなっていた。

 半狂乱になって絶叫しつつも、残った二本の腕を突き出すアポカリモン。

 直後、アポカリモンの肉体を喰らい成長を遂げた暗黒のガイアフォースは、かねてから狙いを定めていた標的へ接触を果たした。

 

 今度の拮抗は、一瞬。

 

「───ぐッ、うぉおおあぅうああぁああああああああああ!!!!?」

 

 アポカリモンは断末魔を上げる。

 目の前には光、光、光。押し広げようとした暗黒は欠片も望めず、一面の光が視界を覆い尽くしていた。

 押し返そうとする腕も、すでに半分以上が光に呑まれている。

 痛みこそ感じないが、これでは押し返すこともままならない。目の前に迫る終わりを迎え入れることしかできず、アポカリモンは悲鳴を漏らした。

 

「何故だ!!! 何故だ!!! 何故だ!!! 何故我々が負けねばならない!!? 何故我々が滅ぼされなければならない!!? 何故、()()()()がぁああぁぁあ……!!!」

 

 悲鳴はやがて、嗚咽へと移り変わる。

 

「生き残って友情を、愛を語り……この体を世界の為に役立てたかったというのに……!!! 」

「……」

「世界は……それすらも許してはくれないのか……我々は、この世界にとって必要がないと言うのか!?」

「……それは、」

「無意味だと……そう言うのかぁあぁ……ッ」

「それは───違う」

「ッ!?」

 

 光に呑まれるアポカリモンに、ブラックウォーグレイモンは優しく語り掛ける。

 

「お前の存在はけして無意味なんかじゃない」

「……哀れみなど、今更……!」

「哀れみなんかじゃない。心から言ってるんだ」

「……何故だ。どうして敵である我々をそこまで思いやることができる?」

 

 何故、と。

 純粋な疑問を投げかけられたブラックウォーグレイモンは、少しの間を置き……もったいぶったように答えた。

 

「『仲間になれる』───そんな気がしたからだ」

「仲間……だと?」

「そうだ。お前はオレだ。自分の生きている理由が分からず、闘争に明け暮れては孤独の荒野を突き進んでいく……かつてのオレだったんだ。同じ苦悩を持っている……それなら仲間になれない道理はないだろう?」

「ふざけるな、そんな傷の舐め合いで仲間などと……!」

「現にオレはタヨリと仲間に……いや、それ以上のパートナーになれたんだ!」

 

 反論しようと呑んだ息は、吐き出されぬままにアポカリモンの胸を膨らませる。

 彼らの言葉に嘘はない。

 何故ならば、現実世界(リアルワールド)電脳世界(デジタルワールド)が鏡合わせの存在であるように、人間とデジモンもまた対となる存在なのだ。ことパートナー関係を結んだ人間とデジモンの間では、それは顕著になってくる。

 

 自分の存在価値も分からず、ただただ死に向かって生きるだけの日々。

 それを他者に諭され、無様でもみっともなくとも進み続けることが大切なのだと気付き、支え合い、隣に並び立った時すでに───その心にはパートナー足り得る可能性に満ち溢れていたのだろう。

 

 最初から最高のパートナーなんてありえない。

 始めは本当に小さく芽生えていた可能性を、共に歩み、育み続けることでどんな絶望にも負けない絆へと進化させていくのだ。

 

「可能性さえあれば、自分の胸の中の小さな希望を信じ抜くことができる。だからオレはお前と仲間になる未来を信じられる……きっと、きっとそうだったんだ」

「だがっ……! だとしても、我々の生まれてきた意味は……!」

「あるとも」

 

 即座に返ってくる言葉が、暗い闇の中に響き渡る。

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「っ……そ、それだけか……?」

「ああ。たとえどんなに忌み嫌われる存在として生まれたのだとしても、それだけはちゃんと意味がある。なんてったって、オレたちは進化できるんだからな。生きながらに生まれ変われる可能性があるんだ」

「お、ぉおぉ……!」

「だから今度は……友達になろう」

 

───その為に、お前は心を持ったんだ。

 

 と。

 その瞬間、アポカリモンの体は光に溶け込んでいった。

 もうアポカリモンは抗わなかった。目の前に迫る光を受け入れ、ただただ終わりの時を迎えていた。

 しかし、その顔に実に穏やかであった。

 そして優しい笑みも浮かんでいた。

 

 それは暗黒のガイアフォースがもたらした偶然かつ副次的な作用であった。

 

 今も尚収束を続ける負の念は、莫大な情報質量により、辺りに満ち満ちる負の念を片っ端から吸収し続けている。

 それがアポカリモンの核───負の想念そのものの、“負”を吸い取っていたのであった。

 

 固い束縛は友情に。

 深い憎悪は愛情に。

 暗い正義は───今度こそ、デジタルワールドの為の正義に。

 

 アポカリモンの心の闇は晴れ、暗い感情は一片も残らずに洗い流される。

 そして全てが終わった時、アポカリモンは光の中に佇んでいた。

 そこにこの世を憎しみ、恨む姿はない。怒りも、哀しみも、憂いもない。

 

 

「───ありがとう。選ばれし子供と、そのパートナーよ」

 

 

 ただ、無限大な夢と希望に胸を膨らませる。

 

 

「これで我々も……やっと進んでいけるよ」

 

 

 そして、彼らは旅に出た。

 あの頃の純粋な想いを、胸に抱き───。

 

 

 

 ***

 

 

 

『重ね重ねになりますが、本当にありがとうございました。これでデジタルワールド復活へ大きな一歩を踏み出すことができます』

 

 深々とエオスモンは頭を下げる。

 彼らは永遠の島(ネバーランド)───もとい、かつて『ファイル島』と呼ばれていた島のムゲンマウンテンの麓まで降りて来ていた。麓に広がる町の名は『始まりの町』。死んだデジモンが転生し、デジタマとして生まれ変わる全てのデジモンにとって始まりとなる場所だ。

 

「アポカリモンも……いつかここに生まれ変わってこられるんだよね?」

 

 死闘を終えた今、光に消えていったアポカリモンに対する怒りや恨みはない。

 彼もまた出会いに恵まれなかったデジモンの1人。辛い時に慰め、苦しい時に支えてくれるパートナーが居なかったからこそ歪んでしまった哀れな存在だ。そもそもの発生がそういったデジモンたちの負の想念である以上、生まれ持った彼の性質や考えを責める気には、今のタヨリはどうしてもなれなかった。

 

『その件についてですが、すぐに転生という訳にはいきません』

 

 思いもよらぬ言葉だった。

 えっ、と呆気に取られた声を上げるタヨリは、エオスモンへ説明を求める視線を投げかけた。

 

『アポカリモンが持つ破壊の因子……それは非常に危険かつ強大な存在です。ほんのひと欠片でも転生したデジモンに引き継がれれば、第二、第三のアポカリモンのような破壊を撒き散らす存在が誕生してしまうでしょう。事実、過去にはアポカリモンの因子を継いでしまったが為に悪質なウィルスがデジタルワールド中に蔓延し、感染したデジモンをリブートせざるを得ない状況に陥ったこともあります』

「リブートしたらどうなるの?」

『再起動……いえ、データの初期化と言った方がいいでしょう。初期化する以上、それまでデジモンが得た記憶や経験は消えてなくなります」

 

 今度は声を失った。

 アポカリモンを転生させてしまえば、最悪デジモンたちの記憶が失われる結末を辿る可能性がある。言い換えれば、他のパートナー関係を結んだ人間やデジモンから絆の軌跡を奪うに等しい。もしもブラックウォーグレイモンが自分の記憶を失ったらと思えば、タヨリは指先から冷えていくような感覚を覚えてしまった。

 ある意味、()()()()()()()存在であるアポカリモンの性質ではあるが、それではあまりにも救いがない。

 

「じゃあ、アポカリモンはこのまま生まれ変われないの?!」

『……難しいでしょう、今のままでは』

「……()()()()()()?」 

 

 どうにも意味深な言い草に反芻してみれば、エオスモンが指を一本立てた。

 その無機質な顔面には薄い笑みが浮かんでいる。どうにも得意げそうだ。

 

『そこで、「リィンカーネーション」の出番です』

「リィン……何?」

『データ浄化用のプログラムです。これを用いれば、アポカリモンの持つ危険な因子も安全なデータに浄化できます』

「それってホント!?」

『ええ。もっともアポカリモンのデータ量が凄まじいので、データの回収から浄化までそれなりの時間は掛かりますが……それさえ済めば、彼も普通のデジモンとして生まれ変わることができるでしょう』

 

 断言するエオスモン。

 その力強い言葉を受け取り、タヨリはブラックウォーグレイモンに飛び切りの笑顔を見せた。ブラックウォーグレイモンも約束をふいにすることがないと分かり、安堵したような様子を窺わせる。

 

『彼は自分の存在に価値がないかと苦悩していましたが……そのような苦悩はもとより必要ありませんでした。大切なのは何の為に生まれてきたかではありません、何の為に生きていくかなのです』

「……エオスモンってザ・機械って見た目なのに、結構人間臭いこと言うよね」

『含蓄が為せるなんとやらです』

 

 年の功ですね。

 そう言い切った蝶型ロボットに、タヨリは思わず噴き出した。

 つられてブラックウォーグレイモンもクツクツ喉を鳴らし、降りる道中で拾われたアルケニモンとマミーモンも『こんな奴だったのか』と呆れた苦笑を浮かべる。三者三様の反応ではあるが、いずれも和やかには違いなかった。

 

───ただ1人を除いては。

 

「……」

『……テイルモン。気分が落ち込んでいるところすみません』

「……いえ、気にしないで。元は言えばアタシのせい……だから、アナタが謝らないで」

 

 ウィザーモンだけが、ここには居ない。

 その最期は実に穏やかだった。残された力のすべてをタヨリたちに託し、アポカリモンが討たれた瞬間、安心するかのように眠りに就いた。

 

『しかし、そうもったいぶる必要もありませんからね。ウィザーモンでしたら、時間こそ掛かりますが修復は可能です』

「へ?」

『散らばったデータをサルベージしなければならないので、気が遠くなる作業にはなりますが……けして不可能なことではありません。アナタが強く願うのなら、きっとまたウィザーモンに会えるでしょう』

 

 淡々とした説明口調ではあったが、その口元に浮かぶ笑みは柔らかかった。

 そして、話を聞いたテイルモンはとうとう決壊してしまったのだろう。空に響き渡る大声を上げて泣き始めてしまった。

 滴る涙には万感の思いが混じっている。ウィザーモンを手にかけてしまった罪悪感や、それを避けられなかった自分への不甲斐なさ。

 だが何よりも大きいのは、また彼に会えるかもしれないという喜びに尽きた。

 

 子供のように泣き喚くテイルモンを、傍に立っていたタヨリが抱きしめる。

 

「良かったね、テイルモン……!」

「ええ……ええ……!」

「私も……ウィザーモンに会えるのが楽しみだよ……!」

 

 タヨリの目尻にも大粒の涙が浮かぶ。

 ウィザーモンに会いたいと願うのは、何もテイルモンだけではない。

 タヨリも、そして彼女のパートナーであるブラックウォーグレイモンもだ。まだきちんと感謝を伝えられていない以上、再会を願うのは当然であった。

 

「それで? これからはどうする」

 

 仕切り直すようにブラックウォーグレイモンが声を上げる。

 アポカリモンこそ倒したが、デジタルワールド結晶化はエオスモンによるものだ。今となってはデジタルワールド再生だと分かり切っている為、誰も責めはしない。

 だが、今後の動向自体は把握しておきたいといったのは全員に共通する疑問であった。

 

『アポカリモンの脅威が去った以上、今後も復興に注力していく次第です。まずはファイル島と中心に、はじまりの町や食料の生産拠点を解凍して───』

「なァ、アンタ!! 食料って、そいつは⁉」

「旨ェもん食い放題ってことだよなァ!?」

 

 突如、アルケニモンとマミーモンがエオスモンに詰め寄る。

 が、間もなくブラックウォーグレイモンに首根っこを掴まれ、ズルズルと後へ引き下がらせられた。

 

「デジタマから生まれてくるデジモンたちの分だ」

「「そ、そんなァ~」」

『まあ、生産能力が元に戻ればアナタたちの分も十分確保できますが……』

 

 ほれ見たことか! と2人の調子は元に戻った。

 

『ですが、元に戻るまでそれなりの時間が掛かりますよ?』

「「え」」

『流石にそれまでファイル島で食いつなぐのは難しいかと……』

 

 言われてみれば当たり前だ。

 辺り一面結晶の世界。とてもではないが食べられるような食物は一切存在しない。

 

「だから言ったろう。大人しく諦めろ」

「う、うぅ……アタシたちの目論見が……」

「ちやほやされる夢がァ……」

 

 さめざめと涙を流す2人に、タヨリとブラックウォーグレイモンは笑みを禁じ得なかった。今となっては彼らのやり取りも微笑ましくなってくるというものだ。

 晴れ晴れとした笑顔のまま、タヨリはエオスモンに向かい合う。

 

「でも、元通りになるんだよね?」

『はい、必ずや。誓って成し遂げましょう。それがワタシに与えられた使命なのですから』

「それってエオスモンが元居た世界でした約束?」

 

 エオスモンの顔がゆっくり上がった。

 それは問いかけられた意外な質問に、驚いたようにも見えた。

 

『……そう、ですね。ワタシは元居た世界から、このデジタルワールドを救ってほしいと……その一心で送り届けられた“希望”なのです』

「ふふっ! 向こうにはそんな凄くて優しい人が居るんだねっ!」

 

 なんだか実感が湧かないや、とタヨリはおかしそうに笑った。

 いかにデジタルワールドを冒険したと言っても、それはあくまで自分が暮らしていた世界の裏側にある場所だ。

 しかし、さらに次元や世界線を超えた先に別の地球があるなどと言われたところで、すぐに信じることはできやしない。精々FSの世界だと笑い飛ばされるだけだ。

 

 しかし、結局は実感が湧かないだけだ。

 目の前にはエオスモンが居るし、すでに常識外れの世界を目にしてきた。

 

 だからこそ、今は信じられる。

 

 どこか遠い世界に生きている優しい人やデジモンが、人知れず誰かの為に頑張っている。

 それは……とても簡単なことではないと、タヨリにも理解できた。

 

「私も、いつかお礼が言えるかな?」

『……ええ、きっと。すべてが終わった暁には、ワタシの口から伝えに行きましょう』

「うん! ありがとう!」

 

 さて、とエオスモンは一拍置く。

 

『これからデジタルワールド復興を始めますが……タヨリ』

「なに?」

『アナタには現実世界に戻っていただきます』

 

 突き付けられた言葉に、タヨリの顔からは笑顔が消える。

 

「え……な、なんで……?」

『元はと言えばワタシの都合で連れてきてしまいました。しかし、アポカリモンも居なくなった今、アナタがデジタルワールドに留まる理由はありません』

 

 その言葉は淡々とした───ともすれば、冷淡にも聞こえるものだった。

 横からはアルケニモンやマミーモンが『そんな言い方ないだろ!』と抗議する声が聞こえるが、どこか遠い世界のようにフィルター掛かって聞こえる。

 

 この時タヨリは、それも当然か、とやけに冷静な思考だった。

 エオスモンの言い分も理解できるし、最初から自分が現実世界に帰りたいと喚いていたことは、エオスモンにも知れ渡っていたことだろう。

 故に、その言い分は理解できる……理解できるが。

 

「でも……こっちに居たいって言ったら?」

『タヨリ』

「そんなずっとじゃないよ!? 私だって家に帰りたいし、向こうでやりたいこともある!! っていうか、できたし!! そろそろ家族にだって心配掛けてるだろうし、警察沙汰になってるかもしれないし……!!」

 

 けど、と涙ぐんだ瞳で訴える。

 

「もうちょっと……皆と居ちゃダメかな?」

 

 本心からの言葉だった。

 離れたくない、別れたくないと。

 押し寄せる寂しさは、堰を切ったように目元から溢れ出してくる。

 

「ちょっとだけでいいから……」

『……そうさせてあげたいのは山々ですが』

 

 苦々しい口調でエオスモンは続けた。

 

『現在、デジタルワールドの情報処理速度はとても活発です』

「情報、処理速度……?」

『当時、ワタシがこちらに赴いた際に施したプログラムによるものです。簡潔に結論を申し上げると、現実世界に比べてこちらの時間の流れが非常に速くなっています。具体的にはこちらでの1日が現実世界での1分……と言ったところでしょうか』

「いいい、1分!!? 1日過ごしても!!?」

『しかし、「それならこちらに長居してもそれほど時間は経たない」……という考えは危険です。本来、時空の流れが違う空間を行き来するのは非常に危険な行為なのです』

 

 真剣な声色は、タヨリの我儘を諫めているだけには聞こえなかった。

 

『加えて、今のデジタルワールドは不安定……知っての通り、ほとんどのプログラムが機能不全の状態です。これらを修復する為には管理システムを復旧しなくてはならないのですが、その際、バグを排除するプログラムが優先的に起動されるでしょう。そうなった場合、真っ先にバグと見なされるのは……タヨリ、現実世界からやって来たアナタなのです』

「……そんな」

『それに今のアナタは意識だけがデータ化している状態です。万が一にも、今のアナタに不具合が生じれば……』

「生じれば……どうなるの?」

『最悪、現実世界のアナタは植物状態になるでしょう』

 

 恐ろしい事実に呼吸が死ぬ。

 エオスモンがここまで強く滞在を拒む理由は、彼女の気持ちを推し量っても余りある危険があるからこそだ。

 

「そう……なん、だ……」

『脅しているようですみません。ですが、万が一にもアナタに危険を及ぼさない為だということをご理解ください』

「……うん」

『ですが、そう悲観することはありません』

 

 気落ちするところへ告げられた言葉に、タヨリの頭に疑問符が浮かぶ。

 見上げた先では───エオスモンが微笑んでいた。目の前の少女を慮るような優しい笑顔だ。

 ここから突き放す言葉など出てくるはずもない。そう期待したタヨリに応えるように、エオスモンはやや明るい声色で続けた。

 

『時間の流れを早くしているのも、元をただせば一刻も早くデジタルワールドを元通りにする為。こちらで1000年経ったところで、現実世界では1年にも満たない期間です。確かに復興にはとても長い時間が掛かります……しかし、それを乗り越えてこそデジモンは胸を張ってアナタたちに会いに行けるというものでしょう』

「それって……」

『出会いもあれば別れもあります。ですが、それはけして永遠の別れではないということです』

 

 明日はある。

 そして、出会いは未来に待っている。

 

 そう告げたエオスモンに、タヨリは涙を拭って空を仰ぐ。

 澄み渡る青天井はどこまでも広がっている。

 どこまでも広がっているからこそ、いつかどこかで交じり合うことはできる。全部が繋がっている青空が、そう教えてくれたような気がした。

 

───だから、今は。

 

「……うん、わかった」

『ありがとうございます、タヨリ』

「エオスモンも頑張ってね。応援してるよ!」

 

 涙を拭うタヨリは、エオスモンと固い握手を交わす。

 次に向かった先はテイルモンだ。

 

「テイルモンもまたね」

「ええ。寂しくなるけれど……今度会う時はウィザーモンと2人で迎えてるわ」

「うん、絶対だよ!」

 

 小さな体を覆うように抱き締め合う。

 互いの温もりを忘れないようにと、強く、強く……。

 短くも長い時間を経て、2人はようやく離れ、満面の笑みを相手に見せつけた。

 

 次は、

 

「アルケニモン……マミーモン……」

「お、おぅ」

「おれたちにも礼か? 別に……」

「……結界閉じた件、疑ってごめんね」

「そっちかい!!」

「今更気にしてねぇよっ! ってか、思い出させるな!」

 

 特に激昂した少女の形相は夢に出てきそうになる。

 しかし、たちまち2人の顔にも笑顔が浮かぶ。大変な目にこそ遭ったが、案外少女たちと過ごした時間は悪くなかったと。そう言わんばかりのぎこちない笑みは、神妙な面持ちで謝ったタヨリを破顔させるには十分だった。

 

 そして、最後は……。

 

「ブラックウォーグレイモン……」

「……」

「えっと……」

 

 短くも長い冒険を共にし、遂にはパートナーにもなったデジモンだ。

 しかし、いざ別れの言葉を告げるとなると上手い言葉が見つからない。伝えたいことは山ほどあるが、ありすぎて逆にまとまらないのだ。

 もじもじと思案すること数秒。それまで優しい眼差しを湛えて待ってくれていたブラックウォーグレイモンも、呆れたようにため息を吐く。

 

「言いたいことがあるならハッキリ言え。無いなら無いでいいがな」

「な、無いなんてことはない……けど……」

「……まとまらないなら次の機会でいい。その時までに考えておけばいいさ」

「え? あのっ、一緒に……って……」

「オレはここに残る」

 

 期待を裏切る言葉に、少女は愕然とした。

 

「残るって……今の話聞いてた!? 私の世界じゃ1年でも、そっちの世界じゃ1000年も経っちゃうんでしょ!?」

「そうだ」

「そうだ、じゃないよ! なんで残るの!? 一緒に行こうよ! デジモンの寿命がどのくらい長いか知らないけど、そんなに長い時間わざわざ離れ離れになる必要なんて……!」

「……」

 

 タヨリは不安から声を大にして訴える。

 人間の一生に等しい時間を掛けても、デジタルワールド復興が成し遂げられる確証はない。

 普通の人ですら、10年も経てば昔会った人間の顔は曖昧になってくる。それが100年、1000年ともなれば、どれだけ思い入れの強い相手だったとしても忘れてしまうかもしれない。

 

「折角パートナーになれたのにどうして!?」

「勘違いするな」

「え……?」

「別に理由もなくこっちに残る訳じゃない」

 

 腕を組んだブラックウォーグレイモンは、俯いたまま言葉を続ける。

 

「エオスモンがお前を連れてきた時、デジタルゲートを開いたろう? これからそいつを利用して、現実世界で悪事を働こうとする輩が出てこないとも限らない。手の空いている奴が門衛をした方がいい」

「でも……そ、そうだ! エオスモンに解凍する前の状態に戻してもらってさ……!」

「だが、絶対に開けられないという確証もない」

 

 語気を強めるブラックウォーグレイモンに、タヨリが先に言葉に詰まった。

 物事に絶対はない。これから気の遠くなるような時間の間、デジタルワールドを復興していく中で、多くのデジモンたちが生まれ、進化を遂げていくことだろう。

 その中で邪な考えを持ったデジモンが、現実世界への侵略をやらないという保証はない。現にアポカリモンが未遂に終わったばかりだ。

 ならば、少しでも不安の種を除くべく門番は居るべきだというのが、ブラックウォーグレイモンの論調であった。

 

『……素直じゃありませんね』

「……なんのことだ」

『いえ。ワタシとしてはアナタが一緒に現実世界へ行き、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……』

「何が言いたいか知らんが、考えを変えるつもりはない」

 

 さっさとタヨリを帰らせろ、とブラックウォーグレイモンはそれから一言も発さなくなってしまった。じっと地面を見つめたまま頑として顔を上げない。

 これ以上取り合うつもりはない───そう言わんばかりの不動の姿勢だ。

 

 思わずタヨリはうじうじとしていた自分を呪った。

 この冒険の間、少しばかりは成長したかと思えばどうやら違っていたようだ。あれはあくまで一時の勢いで、いざ落ち着いてみれば普段と変わらないらしい。

 

 そんな自分を憎らしく思うタヨリではあったが、ブラックウォーグレイモンから放たれる威圧感に気圧され、まったく言葉が出てこなくなっていた。

 

「わ、わかったよぉ……」

「さあ、行け。どうせお前にとっては短い別れなんだ。これ以上ウダウダしてる時間の方がもったいない」

「うぅ……そんなカラッとしてなくてもいいじゃあん……」

 

 後ろ髪引かれまくりのタヨリだが、仕方なく帰還の準備をしてくれるエオスモンの方を向いた。

 

 

 

「タヨリ」

 

 

 

 不意に吹いた風が、言葉を運ぶ。

 

 

 

「オレは……お前がパートナーであること。心から誇りに思う」

 

 

 

 その風は、どこまでも一途にタヨリの方を向いていた。

 前に進んでいた足は、咄嗟に後ろへ回れ右をする。

 そして気づけば全力で駆けだし、途中、堪らず地面を蹴っていた。

 

 目の前に佇むパートナーの下へ───タヨリは迷わず飛び込んだ。

 

「ブラックウォーグレイモン……ブラックウォーグレイモぉン……っ!!」

「……まったく」

「ありがとう……ありがとう……!! いっぱい守ってくれて……たくさん教えてくれて……本当にありがとう……本当にッ……!!」

 

 途切れ途切れながら、嗚咽を漏らすタヨリは必死に言葉を紡ぐ。

 

「私ね、あっちの世界に戻ったらやりたいことがあるんだ……!! まずはね、謝れなかった友達に謝ってね……仲直りしたいな゛って……っ!!」

「……ああ」

 

「それから、学校にも゛行くよっ……!! いつまでも家に引きこもってないで、また、友達を作るんだ……!!」

「ああ……」

 

「それに……今度いじめを見かけたら、ちゃんと『ダメだよ』って言うんだ……!! ダメなことはダメだって……!! 自分の思ったことは隠さないようにするよ……!!」

「ああ、ああ……」

 

「それから、それから……!!」

「ああ───できるさ、全部」

 

 全幅の信頼を置くような言葉と共に、ブラックウォーグレイモンは優しくタヨリの頭を撫でた。

 

「ブラック……ウォーグレイモン……ッ!!」

「お前ならできる。なんたって、オレのパートナーなんだからな」

「ブラッ、ク……ウ、ぅあ、ああぁああぁぁ!! うあああああああぁん!!」

 

 少女の涙は、雨のようにポツポツと零れ落ちていく。

 止まらない。

 いつまで経っても止まらない。

 どれだけ頭を撫でても、どれだけ背中を擦っても。

 少女の溢れる想いは、いつまでも止まりはしなかった。

 

「まったく……パートナーがこうも泣き虫だと、な、」

 

 呆れ声を零すブラックウォーグレイモンだが、それ以上の言葉は紡げない。

 

 

 

 代わりに、零れる涙がすべてを物語っていた。

 

 

 

───降りしきる涙は、長らく冷え切った世界を温かく濡らしていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

『───あらかじめ説明しますが、こちらの世界での出来事を向こうの世界に帰っても覚えているとは限りません』

『こちらでの出来事は、あくまで意識の中だけ……言わば、夢の内容のようなものなのです』

『鮮明に思い出せる時もあれば、起きた途端に思い出せない時もある。それに近いものですね』

『すみません、はじめに説明しておくべきでした……ですが、何も心配することはありません』

『人もデジモンも……大切な記憶は、けして消えるものではありません。ただ、思い出せなくなるだけです』

『それでもちゃんと───心は、大切なことを覚えていますから』

 

 

 

───刹那、目の前が白く光った。

 

 

 

「う、うぅん……?」

 

 目が覚めて、まず感じたのは暑さ。

 

「ここ……電話ボックス?」

 

 何故こんな場所に? と、電話ボックスに体育座りで居たタヨリは起き上がった。

 汗でへばりつくシャツに不快感を覚えつつ、のそのそと外へと歩き出す。相も変わらずうだるような暑さだ。これでは木陰に居た方がまだマシである。

 

「……何してたんだっけ?」

 

 朦朧とする意識の中、必死に記憶を辿る。

 

「家出て……図書館行って……でもクラスの子が居て……」

 

 仕方なく逃げ帰ってきた先が公園(ここ)

 だが、いくら考えても電話ボックスの中に居た理由は思い出せなかった。電話ならポーチにスマホが入っている。わざわざ小銭を使ってまで電話を掛ける用事などなかったはずだ。

 可能性あるとすれば、それこそスマホを失くしたか───。

 

「あれ?」

 

 不安になってポーチを漁れば、見慣れぬ機械が中身に紛れていた。

 見たこともないクリアブルーの機械。何世代か昔に流行ったゲーム機にも見えるが、これといったボタンはない。

 不思議には思いつつもスマホは無事あった。杞憂だったと思っている内に、足は自然と公園の水飲み場へ向かっていた。

 とりあえずさっぱりさせたいと蛇口を捻って出た水で顔を洗えば、幾分か頭は冴えてくる。

 

「……帰ろ」

 

 そして、外に何も用事がないと気付いて踵を返す。

 

「うん?」

 

 その瞬間、とあるものが目に入った。

 もぞもぞと公園の花壇で蠢く鮮やかな翅。黒と黄のコントラストが美しいアゲハ蝶のものだ。

 だが片翅は大きく欠けて、とても飛べるような状態ではなかった。

 

「……」

 

 蝶を花壇に運んだ記憶は───ある。

 このままでは行き倒れて死ぬだろうと。せめてもの良心から花壇へと運び、立ち去ろうとしていたことも。

 

「───よし!」

 

 迷いは一瞬だった。

 次の瞬間、タヨリは翅の欠けた蝶を手に抱え、駆け足で帰路についた。誤って落とさないように細心の注意は払いながら、慎重にだ。

 そのまま家に辿り着いたタヨリは、靴を揃えるのも忘れて祖母の下へ向かう。

 

「おばあちゃーん! 虫かごないー?! 昔、私が自由研究で使ったやつー!」

「あら、ただいま。虫かごかい? 確か物置に……って、あら。蝶捕まえてきたのかい?」

「うん!」

 

 はきはきとした声で受け答えすれば、保護した蝶を虫かごの中へ入れる。

 

「んーっと……」

 

 次に彼女はスマホへと向かった。

 知りたい情報を得るべくそれらしい単語を検索に掛けていると、案外早く目的のものは見つかる。まさにインターネット様様、情報に溢れかえる現代に感謝するばかりだ。

 必要な物を調べた彼女は、早速祖母に工作道具を借りた。

 だが、まだ足りないものがある。

 残りの必要なものを手に入れる為に、タヨリは大急ぎで外へと繰り出した。

 

「あっ……」

 

 そして───見つけた。

 目の前には大きな蜘蛛の巣と、そこに捕らえられた別の蝶が居る。既に体液を吸われた後なのか、蝶は死んでいた。指で触れたところでピクリとも動かない。

 

「……ごめんね、使わせてもらうよ」

 

 亡骸となった蝶に謝りながら、丁重にその身体を回収する。

 

「あとはこれを……」

 

 翅の欠けた蝶に合わせれば終了だ。

 ネットで探した記事にはそう書いてあったが、タヨリは逸る気持ちを抑える。材料を調達したところで、上手やらなければ失敗する。それどころか状況を悪化させ、最悪、蝶を死に至らせてしまうかもしれない。

 

 焦りは禁物だと自分に言い聞かせるタヨリ。

 まずは練習からだ。祖母からもらった紙を接着剤でくっつける。

 単に重ねるのではなく、重ねる部分は最小限に───それこそ薄い断面だけをくっつけるような形だ。

 

 非常に繊細な作業だ。

 だが、失敗が許されない以上、何度も練習する。

 何度も、何度も、何度も。

 それこそ日を跨ぎ、絆創膏だらけの指になってもだ。

 

 そして3日目を過ぎた。

 ようやく自信が持てるようになった頃、タヨリは神妙な面持ちで保護した蝶に向かい合う。

 

 翅の欠けた部分を切り落とし、根本の部分を調達した翅と合わせる段取りだ。

 繊細な作業が強いられる為、蝶が暴れないように上手い具合に道具で押さえつける。心の中で謝りながら、出来る限り早く済ませることを誓う。

 

「すぅーーー……ふぅーーー……」

 

 パァン! と自分の顔を叩き、気合いを入れる。

 

───チャンスは一度切り。

 

 そう自分に言い聞かせ、震える指先を落ち着かせ───いざ。

 それからどれだけの時間が経ったかは分からない。ただ無我夢中で作業を進めていたことだけは確かだ。

 

 何故ならば、目の前には───翅が治った蝶が居た。

 

 同じ種類の蝶と言えど細かい部分は違うから、模様のずれは致し方ない。

 だが術後しばらくして、拘束を解かれた蝶は翅を動かし始めた。バタバタと、飛び方を思い出すように必死に羽搏かせる。

 

「頑張れ……」

 

 拳を握るタヨリ。掌には自然と汗が滲む。

 再び蝶が空へ羽搏けるように、心の底からの声援を送る。

 

「頑張れ……!」

 

 無様でも、ぎこちなくとも。

 立ち上がろうとする蝶の姿に、タヨリは諦めるような視線は絶対に向けない。

 

「頑張れっ!」

 

 その時だ。

 

「あっ……」

 

 風が、部屋を吹き抜けた。

 頬を撫で、髪を揺らす優しい風。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ぎこちない翼で、ふらふらと。

 風に吹かれれば、どこかに連れていかれそうな頼りなさだ。

 けれども、蝶は光に向かって飛んでいく。

 高く、高く、高く。曇りない青空に向かって、懸命に羽搏く。

 

 窓から身を乗り出す、遠のいてく黒い姿を見送る。

 頼りない翼が、点に見えるまでずっと、ずっと───。

 

「……きっと、また会えるよね?」

 

 そう呼びかけた時、再び風が吹き抜けた。

 まるで蝶を追いかけるように、同じ方向だった。

 その風を肌身で感じ、タヨリは振り返った。部屋の中には投げっぱなしにされたプリントや、埃を被ったランドセルが置かれている。

 

 徐に歩き出したタヨリは、とある物を探してグシャグシャになったプリントの山を搔き分け始めた。

 すると、途端に埃が舞う。間もなく目が痛くなってくるが、ゴーグルを着けてまで構わず捜索を続けた。

 

 そうまでして探し出したのは───古い連絡網。

 

「……っ」

 

 連絡網の片隅に記された番号を見るや、心臓がキュッと締め付けられる。

 今すぐにでも目を逸らしたくなる───が、今だけは勇気を振り絞れる気がした。呼吸を整え、恐る恐る番号を入力する。

 

 コールは3回。

 まだ心の準備が整う前だった。

 

「あっ、ひゃ!? も、もしもし……あの、綾目です。へ? あ、あの……光が丘小学校の……は、はい。そうです友達の……あっ、い、今そこに居ますか!? 替わるかって……いやっ、はい、替わってもらって……はい……」

 

 バクバクと高鳴る心臓。

 体温はとうに真夏の室温を超えて熱くなっている。

 最早、この汗が暑さの所為か冷や汗かすらも分からない。

 

 だが、勇気を出す瞬間は───今だ。

 

 そして、

 

「あの……タヨリだけど……」

 

 

 

───今から会いに行っていい?

 

 

 

 少女は、再び歩み始めた。

 

 

 

 ***

 

 

 

 ある晴れた日のことだった。

 

「───ねえねえ、あなたのお名前。なあに?」

 

 静かに佇む竜戦士の下へ、1人の来客が訪れた。

 青い翅を羽搏かせた蝶のようなデジモンだった。

 

「……ブラックウォーグレイモン。お前は?」

「わたし? わたし、モルフォモン!」

「モルフォモンか……お前はどうしてここに?」

「あのね、お花の匂いがしてね! いい匂いだったからいつの間にか来ちゃってたの!」

 

 屈託のない笑顔で、モルフォモンはそう答える。

 

「……そうか」

「ねえ、ブラックウォーグレイモン。あなたはどうしてここに居るの?」

「オレか? オレは……待ってるんだ」

「待ってる? だれを?」

「オレのパートナーだ。今はずっと遠い場所に居るがな」

「ふーん……いつまで待ってるの?」

「ずっとだ」

「ずっと? ずっとってどれくらい?」

 

 首を傾げるモルフォモンに。

 訊かれた当人は顎に手を当て、数秒思案する。

 

「ずっとはずっとだ。もしかしたらオレが死んで、新しいデジモンに生まれ変わって……またその寿命が尽きて生まれ変わって……それを何回も繰り返すかもしれない」

「う、う~ん……? モルフォモン、よくわかんないや……」

「とにかくずっとだ。ずっと待っていても……会いに行くんだ」

 

 俯きながらも優しい声色で答える。

 すると、難しい顔を浮かべていたモルフォモンの顔が、パッと花咲いた。

 

「……そっか! じゃあ、モルフォモンも待つ!」

「お前も? なぜだ?」

「だって、ひとりぼっちで待つのは寂しいでしょ? でも、モルフォモンも一緒なら寂しくない! どう? 天才でしょ!」

 

 えっへん! とモルフォモンは腰に手を当て、胸を張る。

 その無邪気な姿には笑みを禁じ得なかった。

 

「……ああ、天才だな」

「でしょでしょ~⁉」

「なら、好きなだけここに居ればいい」

「やった~! じゃあ、何して待とっか?」

「そうだな。それなら……」

 

 振り返った先には───花が咲いていた。

 様々な、それこそ色とりどりの花が咲き誇る花畑は、地平線の果てまで続いているように見える。

 それほどまでに広大な花畑は、風が吹けば華やかな匂いが舞い上がり、荒んだ気持ちも癒されていく……まさに生命の息吹を全身で感じ取れる、心安らぐ居場所であった。

 

 

 

「この花畑の世話でも一緒にするか」

「うん! がんばる~!」

 

 

 

 今日もデジタルワールドには優しい風が吹いていた。

 

 

 

 ***

 

 

 

───風は、何度世界を巡っただろう?

 

 

 

 世界は今日も忙しない。

 ありとあらゆるニュースが、テレビやネットを駆け巡っては世間を賑わせている。

 

 そんな日本のとある都市。

 ここは東京・渋谷。

 待ち合わせといえばここ───忠犬像の前には、黒髪の少女が1人立っていた。歳は中学生くらいだろう。オシャレ初心者といった初々しさを隠せぬまま、視線はスマホの画面と周りの人だかりを行ったり来たりしていた。

 

 しかし、そこへ待ち人現る。

 

「───タヨリちゃ~ん!」

「あっ! こっちこっち~!」

「ごめん、待った?」

「ううん、全然! 今来たとこ」

「本当のところは?」

「にへへっ、言ってみたかっただけ! 初渋谷! 緊張して1時間早く来ちゃった……」

「1時間!? そりゃたまげたなぁ~」

「それよりほら! 色々回ろう、ねっ!?」

 

 興奮を隠せず、友人の手を取る少女。

 一緒に歩いて回りたい場所など、いくらでもある。むしろ友達とだからこそ、どこに行っても楽しめるというべきか。

 

 ともかく、弾む期待に胸を膨らませた少女は駆け出した───が。

 

「おわっぷ!?」

「なに!? 変な悲鳴あげて……」

「いや、急に蝶が目の前を横切って……」

「ああ、あれ? おぉ、アゲハ蝶……渋谷は蝶も絵になりますなぁ~!」

「なにそれ」

 

 クスクスと笑いながら、友人が指差す方に向かって飛ぶ蝶を見つめる。

 すると、その先には大型の電光ビジョンに広告が流れた。4基連動の大型ビジョンは、大迫力の音と映像によって、瞬間的な渋谷ジャックを引き起こすことで有名だ。

 広告効果は抜群。うまくいけば知名度はうなぎ上りと、何が何でも注目を集めたい企業や案件にはピッタリである。

 

 その内容とは───。

 

『株式会社ウィザードが送る新世代の育成ゲーム! 近未来に突如発生したデジタル生命体を捕獲し、戦わせ、そして絆を育め! プレイヤーとの絆が、無限大の可能性へと進化する! その名も───』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───あ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『デジタルモンスター! この夏、到来!』

 

 大型ビジョンにはモンスターが映っていた。

 今どき、探せばいくらでも似たような絵や内容のゲームはある。今、こうして既視感があるのも偶然だろう。

 

 なのに、

 

「───ちゃん?」

「……」

「タヨリちゃんったら!」

「……えっ? あ、わわわ、なに!?」

「広告ジッと見てるなんてお子様ですな~。それが許されるのは小学校低学年までだよ?」

「べ、別にそんな決まりないもんっ!」

「で、何見てたよ? ゲームの広告?」

「うん……」

「へー、意外。タヨリちゃん、ああいうゲームもやるの?」

「いや、あんまり……だけど、ちょっと気になったから……」

「ふーん……ま、タヨリちゃんがやるならあたしもやろーっと!」

 

 やる時教えてね? と明るい笑みを浮かべ、友人はスクランブル交差点の雑踏へと踏み込んでいってしまう。

 それをタヨリは急いで追う。早くしないと見失ってしまう。離れ離れになっては、折角の渋谷散策の出鼻を挫かれてしまうものだ。

 

 だがしかし、途中彼女は振り返った。

 広告に出てくる数々のモンスター───その中の1体である黒い竜人のようなモンスターは、こちらを覗き込んでいるように見えた。

 今の今まで見た記憶がない。

 そう思っていた()の姿を一目見たタヨリには、満面の笑みが咲き誇った。

 

 

 

 

 

「……また会えるね!」

 

 

 

 

 

 横断歩道のメロディーに紛れる、謎の電子音があった。

 

 

 

 

 

 それは紛れもない───再会の合図だ。

 





 こんにちはこんばんは、柴猫侍です。

 『デジモンアドベント』、いかがだったでしょうか?
 デジモンも20周年を超え、まだまだ息の続いている作品ですねぇ……まあ、それはさておき本作はデジモンアドベンチャーみたいなタイトル通り、無印から02、tri、ラスエボ等、アドベンチャー関連の要素を盛りだくさんな作品に仕上げてみました。
 特にブラックウォーグレイモン……お気づきの方が居られたら嬉しいですが、彼は02に登場したダークタワーデジモン……の、データ上は同一の存在です。と言いますのも、あくまでエオスモンはアドベンチャー時空から地理データをコピーし、本作(アドベント)時空にて再構築したという設定上、厳密にはまったくの同一キャラという訳ではありません。ただ、中身に関してはまったく同じといった感じです。

 また本作の裏で色々と頑張っていたエオスモンでありますが、実は4話中で言及した『意識のデータ化』はあくまでデジモン図鑑上には記載されておらず、映画『LAST EVOLUTION 絆』のみの能力……ですので、本作に出てくるエオスモンは───といった設定があったりなかったり。

 そして、本作のボスを務めたアポカリモン。無印では最後の敵として立ちはだかり、triでも彼の転生体が大事件を起こしたりと、ラスボスの名に恥じない存在感の大きいデジモンです。
 無印では選ばれし子供たちの尽力によって打破された彼ですが、本作では最期に“和解”という形で消えていきました。それもこれもブラックウォーグレイモンの『暗黒のガイアフォース』が負の念を一点に集める性質で、負の想念の塊であるアポカリモンから悪い感情だけ抜き取れるのでは? という発想が根幹にあったり……。
 エオスモンが口にしていた『大切なのは何の為に生まれてきたかではありません、何の為に生きていくかなのです』のように、暗黒側の要因で誕生したブラックウォーグレイモンやアポカリモンも『きっと誰かの役に立つ』───それが本作のテーマの一つであります。最後らへんの場面で、死んだ蝶が翅の欠けた蝶の翅を治すのに役立つのも、そういった意味合いを含ませております。
 そして翅の治った蝶→ブラックウォーグレイモンの下を訪れたモルフォモン→渋谷で出会った蝶を経て、タヨリとデジモンが再会を果たす形で本作は幕を下ろす訳です。

 まだまだ『唯一石化していなかったデジヴァイスがアドベンチャー時空でパートナー関係が切れた際に石化したもの』だったり『ウィザーモンとテイルモンが漫画版デジモンクロスウォーズに登場する2人のイメージ』等、設定を語れば色々ありますが詳細等は下の方に書き記そうかと思います。

 ……ちなみに本作主人公・タヨリちゃんですが、苗字の『綾目』はとある植物を指す言葉です。その花言葉は……ヒントは、タヨリちゃんの名前です!
 よければ、ぜひともお考えください✉

 それでは長々と失礼しましたが、この辺りで……。
 デジモンアドベント、読んでいただき誠にありがとうございました!

*オマケ
・綾目 太依(あやめ たより)
 光が丘小学校に通う5年生。元々は友達と外で遊んだりする活発な少女であったが、優しいが故に自己主張の控えめな性格が災いし、いじめられていた親友に手を伸ばすことができなかったことを後悔している。程なくして母親も亡くし、どんどん性格は内向的に。結果、不登校となってしまう。いじめの一件で自己肯定感が低くなり、毎日を惰性で過ごすようになっていた。
 エオスモンによってデジタルワールドへ連れられて以降、度重なるトラブルに恐怖心を煽られて挫けそうになったが、ブラックウォーグレイモンの叱責に今の自分を反省し、現実世界に帰る手段を見つけようと勇気を出す。
 行動を共にする中、特にブラックウォーグレイモンに対しては信頼感を抱いており、自分だけが現実世界に帰らされそうになった際も、彼を見捨てられないと確固たる意志を見せた。結果、役目を終えて石化していたデジヴァイスを、ブラックウォーグレイモンとパートナー関係を結ぶ形で復活させた。
 無事現実世界に帰った後は、デジタルワールドでの出来事こそ記憶には残っていなかったが、一度は見捨てようとした蝶を拾い上げて翅を治そうと奮起するなど、心の成長を覗かせた。
 数年経ち、中学生になった彼女は仲直りした親友と共に渋谷へと訪れていたが、そこの大型ビジョンに映し出された広告を目撃することでパートナーのことを思い出し、再会の時が来たと心の中で喜ぶのであった。

・ブラックウォーグレイモン
 究極体であるウィルス種のデジモン。偶然襲われていたタヨリを救ったが、記憶を失っており、それを求める為にタヨリやウィザーモンたちと行動を共にする。
 不愛想だが確固たる信条はあるようであり、思い出すようにして過去を悔いて前に進めないタヨリを叱責し、彼女の奮起の一助を担った。
 立ち塞がる敵からタヨリたちを守るが、アポカリモンのデスエボリューションによってアグモン(黒)に退化してしまう。
 それでもアポカリモンに反論していた時、デジヴァイスを携えて戻ってきたタヨリによって進化の力を取り戻し、ブラックウォーグレイモンへのワープ進化を果たす。強い心の光を宿したタヨリの助力もあり、以前に増して凄まじい戦闘力を発揮する。
 最終局面においてはエオスモンたちの助力により、デジモンたちの光と暗黒の力を結集させた『ガイア・フル・フォース』でアポカリモンの『暗黒(ダークネスゾーン)』を破り、さらにはアポカリモンの心の闇から悪しき感情を吸収することで浄化して見せた。
 タヨリが現実世界に帰るとなった際は、自身と共に復活したデジタルゲートを邪な考えを持つ輩から守る番人としてデジタルワールドに残ることを表明する。別れるタヨリには彼女こそが自分のパートナーであると心の内を明かし、優しい抱擁を交わした。

 その正体はデジモンアドベンチャー02に登場するダークタワーデジモン、ブラックウォーグレイモンその人。厳密には地理情報と共にコピー&ペーストされた存在。

・ウィザーモン
 デジタルワールドを旅する学者。結晶化したデジタルワールドの謎を解明するべく、テイルモンと共に長らくの間旅をしていた。
 しかし、遥か昔にデジタルワールドで破壊の限りを尽くした魔獣型デジモンにより、一度はバラバラのデータとなり、デジタマへの転生もできなった経緯を持つ。その後、テイルモンの手によってデータをサルベージされこそしたが、その際に打ち取られた魔獣型デジモンのデータの一部が混入してしまっていた。基本的にはウィザーモンが肉体の主導権を握ってはいるが、情報樹イグドラシルを目の当たりにした際は、混入したデータの意思が表層に現れていた。
 ただし、デジタルワールドやデジモンを想う気持ちは本当であり、最期にはタヨリとブラックウォーグレイモンへ最後の力を託していった。
 そのまま再びバラバラのデータへと分解されてしまったものの、エオスモン曰くサルベージは可能と言われたテイルモンがいずれは彼をこの世に呼び戻すだろう……。

 サーバ大陸で拠点としていた屋敷は、アドベンチャーのデジタルワールドにてゲンナイ(老)が使用していたヴァンデモンの屋敷近くの湖の中にあったものである。

・テイルモン
 ウィザーモンと行動を共にする聖獣型デジモン。ウィザーモンに並々ならぬ感情を抱いているものの、その想いが裏目に出てしまい、ウィザーモンの中へ魔獣型デジモンの残滓を混入させるに至った。
 ギリギリまでどうにかできないか苦悩していたものの、イグドラシルを前にして豹変したウィザーモンの様子に手遅れだと悟って手にかけた。
 それでもアポカリモンの復活を許してしまった際は、自分の命を投げ打ってタヨリたちの援護に出ようとするがエオスモンに制止され、『ガイア・フル・フォース』の力を託すに留まる。
 アポカリモンとの戦いの後は、エオスモンによりウィザーモン復活を示唆され、彼のデータサルベージの旅に出ることを決意する。

・アルケニモン&マミーモン
 デジタルワールドの森林エリアを住処とする完全体デジモンコンビ。
 弱者を追いかけ回したりするが、俗っぽい野望を抱いたり、烈火の如く怒る人間の少女に気圧されて何も言えなくなる等、どこか憎めない性格をしている。
 マミーモンの愛車であるバギー『スフィンクス号』はムゲンマウンテンを登るに際し、ボロボロになってしまったが、時間だけは有り余っている為、コツコツ時間を掛けて直しているらしい。

・エオスモン
 タヨリをデジタルワールドへと連れてきた張本人。その正体はアポカリモンの現実世界侵攻を察知し、はるばる別時空からやって来たデジモン。
 一度はアポカリモンを倒し、デジタルワールド復興を進めてはいたものの、完全にアポカリモンのデータを浄化するより前にアポカリモンの残留思念から生まれた魔獣型デジモンに妨害され、復興を大幅に遅延させられる。
 今度こそアポカリモンを倒そうと計画を練り、エサとしてタヨリをデジタルワールドに連行し、頃合いを図って救出。結界諸共アポカリモンを消滅させようとしたが、強い心の光を発しデジヴァイスを復活させたタヨリを目の当たりにし、彼女を手助けする方向へ行動指針をシフトする。
 最終局面では『意識をデータ化する能力』を用い、あらかじめ回収していたデジモンたちのデータを実体化させ、タヨリとブラックウォーグレイモンを援護する。
 すべてが終わった後は再びデジタルワールド復興へ尽力することを約束し、タヨリを現実世界へ連れ戻した。

 デジタルワールド復興という大役を仰せつかってきたエオスモンだが、それにはエオスモンのパートナーであった天才的な頭脳を持つ女性が大きく関わっており、彼女の善意と努力により『デジタルワールドの地理データのコピー&ペースト』『アポカリモンのデータ浄化としてのリィンカーネーションプログラム』等々、様々な想いや期待を背負ってきたという経緯がある。

・アポカリモン
 メフィスモンとしてウィザーモンの中に身を潜めていたデジモン。元はとあるデジモンにより無に帰された空間に生れ落ち、何もない世界を孤独に生きていた。
 だが、不意に時空の歪みから垣間見た現実世界を目の当たりにし、孤独に生きる自分とは対照的な人間に暗い感情を募らせ、とうとう現実世界侵攻を決意。その矢先でエオスモンに妨害されはしたが、残留思念からデジタルワールド復興を妨害するなど暗躍していた。
 エオスモンの巣で情報樹イグドラシルを発見した際は、メフィスモンとして姿を現す。そのままデータを回収し、アポカリモンへと復活を遂げた。
 しかし、パートナー関係を結んだタヨリとブラックウォーグレイモン、そしてエオスモンとデジタルワールドに残っていたデジモンたちの希望の光の結集を前に敗北。慰めるように語り掛けてくるブラックウォーグレイモンに最初は恨み節を吐いていたが、暗黒のガイアフォースの性質により負の念だけを吸収され、最期には純粋な気持ちを取り戻して倒された。

 そのまま転生しては内在する破壊の因子により転生先のデジモンが破壊の化身になってしまうところを、エオスモンが用意してきたプログラムにより浄化されることになった。完全に浄化される頃には『ただのデジモン』として生まれ変わることになるはずだ。

・モルフォモン
 青い翅を持つ蝶のようなデジモン。花の匂いに誘われ、ブラックウォーグレイモンが世話をする花畑を訪れた。
 穏やかな性格で、究極体であるブラックウォーグレイモン相手にも臆することなく談笑し、大切なパートナーとの再会を待ち望む彼と共に過ごすことを決める。
 もしかしたらこのデジモンは現実世界でとある少女が助けた蝶が、電子的なデータを介することで送り届けられた一つのメッセージかもしれない……。
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