Elementary, my dear Harry. 作:Hamish
ハーヴェイ・J・スウィングラーは考えていた。
彼のスペックの良い
「楽しみね!ハーヴェイ」
いつになく声が跳ねているスウィングラー婦人にニコリと微笑むと、スウィングラーは手を差し出した。彼の手首にはパルミジャーニ・フルリエのシックな時計が納まっている。フェレットの毛で作られたファーが綺麗なジャケットを羽織った婦人の足元には、いつもの通り赤のヒールが据えられていた。
「行きましょう、ママ」
手を引いてエスコートしながら、ハーヴェイは三日前、ミネルバ・マクゴナガルという女史が訪ねてきていた時のことを思い出していた。
あの後、結局スウィングラー婦人はハーヴェイの思っていた通り、魔法というものに好意的な態度を示していた。元々シンデレラだとか白雪姫だとかに憧れる脳内お花畑の人間である。寧ろ、自分の育てるハーヴェイが魔法を扱える
エスコートの先はロールスロイスだった。庭の噴水の周りに敷かれたレンガ調の道の上に、滑らかな黒の巨体が佇んでいた。運転手が帽子をとって黙礼した後、運転席に乗り込んだ。
因みにもしハーヴェイが運転免許証を取ったら、婦人はポルシェのオープンカーを贈るつもりらしい。シルバーとレッドの車体に彼のブルネットの髪が靡くのかと考えたら、今から楽しみで仕方がない。という事で、もう既に買ってある。そして、ハーヴェイはそれにとっくに気がついていた。
恐らく自身の成人を、五台ほどの車がお出迎えするであろうことも。
ロンドンの一角、チャリング・クロス通り。疎らだが決して人通りは少なくない往来。
ミネルバ・マクゴナガル女史とその隣に落ち着きなく視線を移らせる三人の親子の前に、一台のロールスロイスが止まった。イギリスの首都ロンドンと言えど、ロールスロイスを見ることはあまりない。突然目の前に現れた高級車に四人が目を白黒させているうちに、奥の方の扉から背の高い少年が出てきた。外見で言えば二歳ほど年上だろう、と両親に挟まれて彼らを待っていた少女は考える。黒の革手袋を着けたその少年は、これまた黒のアタッシュケースを持ってこちら側に回り、恭しい態度でドアを開けた。中から出てきたのは金髪をカールさせた、丸々としたフォルムの中年女性。緑色の目は腫れぼったく、顎は三段にまで分かれて、唇と靴の鮮やかな赤が目を引く。一方
……色合いが違いすぎる。
少年とその女性に血縁関係があるのが少々疑わしく、三人の善良な親子は目を丸くした。
まあ、事実、無い。
「Good morning、ミネルバ・マクゴナガル女史。お待たせしましたか?」
「いえ、九時きっかりです。おはようございます、ミスター・スウィングラー。スウィングラー婦人」
「ご機嫌よう」
スウィングラー婦人は人好きのする笑みを浮かべ、ミネルバ、そしてその隣の親子に挨拶をした。少女の両親は少しぎこちなく挨拶を返す。この目の前のスウィングラー婦人が、とんでもない資産家だということに気が付いたからだろう。なんなら母親の方は、スウィングラー婦人をテレビで見たことがある気がしていた。確か王室関係のニュースだったように思う。どうか思い違いであってくれ、と願いながら、彼女は強引に笑みを作った。
「それでは参りましょう。あの店です」
ミネルバが眉を吊り上げながら言った。自立したコンパスのようにどこもかしこも真っ直ぐな彼女はスタスタと歩いていく。引き連れられる五人は慌てるように彼女の後を追った。
「私、ハーマイオニー・グレンジャー」
スウィングラー婦人の手を取って歩いていたハーヴェイの隣に、少女―――ハーマイオニー・グレンジャーが駆け寄ってきた。
「あら、可愛い名前ね」
ハーヴェイが口を開く前に、スウィングラー婦人がそう言った。車路側を歩いていたハーヴェイは婦人を一瞥すると、左手に持っていたアタッシュケースを右手に移動させ、少しばかり微笑んで左手を差し出した。
「私の名前はハーヴェイ・スウィングラー」
「よろしく」
ハーマイオニーは差し出された手を握った。黒革で鞣された手袋の感触。どうやら手と手で握手する気は彼には無いようだった。よろしくとも言わなかった。しかしハーマイオニーは気が付くはずもなく、ペラペラとこれから赴く魔法界について一方的に語っている。後ろを歩いていた彼女の両親は、少年の左手に納まっているのがパルミジャーニ・フルリエだと見えて、いよいよ顔を青ざめさせ始めていた。
漏れ鍋は酷く寂れていた。まだ朝方だからかパブには人が少なく、店主もグラスを磨いている。ハーヴェイはあまり環境がよろしいとは言えない店内に眉を顰めた後、なるべくファーのジャケットが汚れないようにスウィングラー婦人を道の中央に寄せた。
小さな中庭に出た。ここからどう行くんです?とハーマイオニーの父親が至極真っ当なことを言う。レンガの壁に近寄ったミネルバは何も答えず、三回レンガを叩いた後、くるりと振り向いた。
「このレンガ壁の決められた三つを叩くと、ダイアゴン横丁への道が開きます」
ミネルバの背中の奥で、レンガが幾何学的な動きをしながら道を開けていく。グレンジャー親子やスウィングラー婦人は驚きの声を上げた。一方ハーヴェイは黙っている。目はじっくりと、入念な程にレンガの動きを見つめている。得体の知れないものを見るように、少しばかり不快そうに。
最初に彼らが赴いたのはグリンゴッツだった。英国魔法界最大の魔法銀行。大理石の床に、並べれた高い受付。耳と鼻がとがったゴブリンが経営している。
「お金はお持ち頂けましたか?」
「一先ず五百ポンドほど……」
「十分です」
ミネルバは手の空いていたゴブリンに近寄った。
「ホグワーツの入学者です。ハーマイオニー・グレンジャーと、ハーヴェイ・J・スウィングラー。二人の口座を作ります」
「畏まりました。保護者の方に書いて頂く書類がありますので、そちらをご記入ください」
ぺらりと紙が渡される。フロアの真ん中にあるソファに促され、彼ら保護者たちは書類に目を通し始めた。
「ねえ、貴方っていつ自分が魔法使いだと知ったの?」
端のソファに座って、ハーマイオニーがハーヴェイに喋りかけた。少し面倒くさそうに目を瞑った後、ハーヴェイは口を開く。
「一歳」
「一歳?嘘よ」
「嘘だよ」
ハーヴェイは退屈そうに間髪入れずに言った。ハーマイオニーが呆れたようにハーヴェイを見つめる。
「貴方、冗談が下手なのか、それとも嫌な人なのか、どっち?」
「どっちも」
「ママの前では随分猫被ってるのね」
「要望に応えているから」
「私の要望には全然沿わないのね」
「必要性を感じない」
一欠片も、とハーヴェイは付け足した。そしてブルネットの髪を整え直して、腕の時計をちらりと見た。明らかに失礼極まりない。ハーマイオニーは心の底から彼を殴りたくなったが、同時に少し面白がり始めていた。自分の通っている公立の小学校にいる悪ガキのように幼稚では無いし、話の通じない馬鹿な子のように頭が悪い訳でもない。私立ってこんな子ばっかりなのかしら、とハーマイオニーは思った。
疑問を訂正すると、私立にも私服でスーツを着る奴はそうそう居ない。
「お友達になったのね」
前からスウィングラー婦人が歩いてくる。にこにこと微笑んでいて、ハーヴェイもまた笑みを作った。
「この子、同年代の子にお友達がいないから心配していたの。いつも難しい本を読んでばかりで……」
「行きましょう、ママ」
被せるようにハーヴェイが立ち上がった。どうやら“ママ”には逆らえないらしい。ハーマイオニーは笑った。
「友達。いないの?」
「邪魔な友人は作らないと決めている」
ハーヴェイは冷たく言い放った。
あれから色々あった。例えば、ハーヴェイの持っていたアタッシュケースの中に大量の札束が入っていたとか―――先走ったスウィングラー婦人がハーヴェイの為に本屋のものを買い占めかけたりだとか―――その時は「興味が無い」とハーヴェイが本気で魔法を嫌悪しているような表情を作ったり―――スウィングラー婦人が女王の親戚だとバレたりだとか。ほぼほぼスウィングラーのせいである。今は丁度婦人が買い与えたアイスをハーマイオニーが食べ終わったところで、ミネルバは少し疲弊しているように見えた。
「貴方は食べないの?」
「甘いものは嫌いだ」
「嫌いなものばかりなのね」
「偶然今日もう一つ嫌いなものが新たに出来た」
ハーマイオニーは呆れてものも言えないらしく、首を振った。幾ら空気の読めない彼女でも、その嫌いなものが自分ということに気がついたらしい。ミネルバはため息を吐いた。
「皆さん、最後は杖の店です」
「オリバンダー?」
「何故それを……いえ、先程通り掛かったからですか」
「
頷いて軽く肯定しながらハーヴェイは言った。
……しかし、こんなに失礼な事を言われていても、ミネルバは不思議と怒りが湧いてこない。不思議だ。ハーヴェイが今日頭の良さを随所で見せていたからか、はたまた魔法界に対して少しばかり攻撃的だからか。“そういう人間なのだ”と受け入れさせてしまうような魅力が彼にはあった。
そして感じ取っていた。猫被っている方ではなく、こちらが素なのだろうと。そして、ホグワーツに来た暁には、猫を完全に破り捨てて、とんでもない人間になるだろうと。
誰よりも規律を重んじるミネルバは、頭が痛くなってきていた。
頼むからグリフィンドールには来ないでくれ、レイブンクローに行けと。
そう願わずには居られなかった。
オリバンダーの店内の床は木製だった。その上古かったため、ボールのような巨体のスウィングラー婦人が歩いただけで床はキイキイと悲鳴をあげ、婦人は赤面していたが、手を引いていたハーヴェイは何も気にしていないかのようにすまし顔で振舞った。
こういうところが憎めないのかもしれない、とミネルバは思った。人の感情の機微によく気が付くから、空気を読もうと思えば完璧に読める。……自分たちには読もうと思わないだけで。それが致命傷なのだが。
「おや、お二人さん。ホグワーツの新入生だね」
「ハーマイオニー・グレンジャーです」
「………………スウィングラー」
「成程」
にやりと気味の悪い笑みを浮かべて、オリバンダーは言った。先にハーマイオニーが杖を選ぶらしく、ハーヴェイは目尻を押しながら欠伸を押し殺した。遂に退屈を隠しもしなくなっているその姿に、ハーマイオニーは何か言いたげに口を開閉した。
「さて……グレンジャーさん、杖腕を出して」
「利き手の事ね、どうぞ……ハーヴェイ、貴方も少しは興味を示したらどうかしら?次は貴方よ」
「例え
店内をじっくりと見て回っていたハーヴェイが背中越しに答えた。
「まあ、折りはするが」
付け足すようにそう言い振り向いてハーマイオニーを一瞥すると、ハーヴェイは背中で手を組み直し、また店内を見る事に没頭し始めた。魔法にはあまり興味が無いと言うのに、杖職人の店には興味を示すなんて変だわ、とハーマイオニーは怪訝に見つめていた。
ハーマイオニーの全身の至る所に巻き尺が当てられた後、オリバンダーはハーマイオニーに杖を試し始めていた。リンゴ、樫、アカシア……違う、違う、違う……ハーマイオニーも段々焦り始めていた。もしかしたら自分は才能がないのでは無いか、と。落ち着けと安心させようとしてくるオリバンダーの声でさえもイラつきの要因になった。
違うわ、ハーマイオニー。私は才能がある魔女なの。
決して、能力が、無いわけじゃ、ない。
「二十分経った」
「分かってるわ!!!」
ハーマイオニーの持っていた杖から赤い炎が吹き出た。周りにいた全員が目を丸くする。
「……
若干引いたようにハーヴェイが呟いた。イラつきで髪の毛が猫のように逆立っているハーマイオニーの手からこれ以上惨状が繰り出されないようさっと杖を奪ったオリバンダーは、彼女の杖となったであろうそれを箱に再び収めた。
「……葡萄にドラゴンの心臓の琴線、二十七センチ。曲がりにくいが振りやすい。どうぞグレンジャーさん、君の杖だ」
オリバンダーはハーマイオニーに箱を渡した。感動のため息をつきながら、ハーマイオニーはそれを受け取る。
「相性は最高のようだな」
ハーヴェイは眉をぴくりと上げて言った。
しかし、本番はここからだった。
次の番はハーヴェイで、彼は散々大口を叩いていたにも関わらず、どの杖も合うことがないようだった。もう少しで三十分も経とうかという時。ハーマイオニーは馬鹿にしたようにハーヴェイを見つめた。
「…………なんだ」
「貴方って杖に嫌われてるのね」
「私が嫌っているんだ」
「歩み寄らないと」
「もう先輩気取りか?」
「事実そうよ」
仁王立ちする小さい少女を見つめながら、ハーヴェイは嘲るように笑った。
「第一こんな嵩張るものを振るということだけでも気に入らない」
ひゅんひゅんと杖を振り回すハーヴェイ。杖から発射された無数の光線が何処かの無機物に当たって弾けた。口元をひくりと痙攣させながらハーヴェイは額に青筋を立てる。
「ビビディバビディブーか?馬鹿にしやがって」
「化けの皮が剥がれてるわよ」
ハーヴェイとハーマイオニーは同時にスウィングラー婦人を振り返った。
果たして彼女は、オリバンダーの店のソファに座って寝ていた。ぐっすりと。ハーヴェイは勝ち誇ったように口角を上げた。
「剥がれても聞く人はいない」
「とっくにバレてると思うわ」
「彼女だけに優しくしているということが重要なんだ、お分かりかな?」
舌打ちをした後、ハーヴェイは杖を元の箱に戻した。
「ミスター、もっと短いものは?彼女のよりも短いやつ」
イラついたように机を指で叩きながらハーヴェイは言った。
「短い……短い……」
ブツブツ呟きながらオリバンダーは考える。数刻後、彼は突然思いついたようで、しかしハーヴェイを三度見したあと、妙に納得したような顔で奥の棚に入っていった。
「嫌な予感がする」
「私は貴方に会った時からしてたわ」
「嘘だろう、初対面時は私に惹かれていた筈だ」
「……なんですって?」
「
後ろからクスクスと笑い声が聞こえる。言葉を失ったハーマイオニーが振り向くと、両親がにやにやと笑っている。彼女が睨むと、慌てたように口を閉じた。因みにミネルバ・マクゴナガル女史はその間、存在を殺して壁際に佇んでいた。こんなに長くなるなら先に説明を終わらせて帰れば良かった、と後悔しながら。
「物腰柔らかで知的な年上が好みか」
「貴方って本当……嫌な人ね」
「どうも」
「褒めてないわ。それに……自分で知的とか言ってしまうのは、ただのナルシストよ」
「ナルシスト?私は賢い。この場の誰よりもね。証明しようか?凡人の君の為に」
くるりと振り返ってハーヴェイはグレンジャー夫妻を一瞥した後、ハーマイオニーに向き直った。
「父親はマックス・グレンジャー、母親はアメリア・グレンジャー。二人とも歯科医、家族経営。中流階級でロンドンの南西部在住。お父上は庭いじりと車の修理が好き、君が生まれた時にタバコをやめた、お母上の趣味は料理、家の隣に住む意地悪なおばあさんが嫌い、最近洗濯機の調子が悪く家電量販店に行くつもり……まだ言った方が?」
「………………結構よ」
唖然とした顔でハーマイオニーが断った。
「いや、最後まで言わせてもらう」
しかし止まらないのがハーヴェイである。
「ハーマイオニー・グレンジャー。趣味は勉強、特技は勉強。一人っ子で従兄弟も特になし、ミントの歯磨き粉が好き、学校では馬鹿な人間しかいないと自意識過剰に他人を見下し、自分はもっと出来るはずだと家でも自習。初恋の人は小さい頃近所に住んでいた……」
「結構!!!」
ハーマイオニーはすんでのところでハーヴェイを止めた。
「もう結構よ。言わなかったかしら?」
「聞くつもりはなかった」
「なら訊くのが間違いね」
膨れたハーマイオニーにハーヴェイが嫌味に首を傾けるのと同時に、奥からオリバンダーがやってきた。手には杖の箱を一つ、握っている。
「お邪魔しましたかな?」
「いえ、どうでも良い事だったので。試しましょう、日が暮れる前に」
ハーヴェイは杖腕を出した。
箱から取り出されたのは酷く短い杖だった。三十センチやそこらという普通の杖とは違い、万年筆ほどの長さ。表面は骨のように白く、持ち手が浮き出ているのではなく、逆に凹んでいる、変な杖。
「イチイに不死鳥の羽、十五センチ。酷く固く、振りにくい」
ハーヴェイはその杖を取った。何も変化がない。火花も、何かを浮かせることもなかった。オリバンダーが申し訳なさそうな顔をする。
「やはりその杖では……」
「いえ、これにします」
ハーヴェイは自信ありげに言った。即答だ。にやりとニヒルに笑う彼は、今日一番ご機嫌に見える。
「手に持って分かった。これは私の杖だ。よく手に馴染む……ああ、この杖は私が凡人では無いことを分かっているんだろう……反応が無ければ自分の杖だとは分からない人間と違ってね」
「あら、芯が死んでるだけかもよ?」
「死んでてもペン回しには使えるだろうよ」
ハーヴェイはその杖を指先でくるくると器用に回している。一転上機嫌になったハーヴェイを面白くなさそうに見つめるハーマイオニーは、オリバンダーに詰め寄った。
「でも、何か欠陥があるんでしょう?さっき様子が変だったわ」
「ああ、いや……まあ、その杖自体の欠陥と言うより……」
「なんだ、この杖に何か?持ち主として私には知る権利がある」
ハーヴェイも詰め寄った。眉を下げて、オリバンダーは答える。
「……極端に短い杖を持つ者は、人格になんらかの欠陥がある人間だとよく言われていてね」
ハーヴェイは目を開いてハーマイオニーを見た。
ハーマイオニーは今日一番の笑顔で応える。
「人格に欠陥ね。納得だわ」
「ミスター、葡萄の杖の持ち主には何か欠陥が?それともこの目の前の人間が特殊なだけ?」
「……何も言わんよ」
オリバンダーはそそくさと奥に引っ込んで行った。
「ハーマイオニーちゃん、とってもいい子だったわ。頭も良いし、ハーヴェイもお話していて楽しかったでしょう?貴方とまともに話が出来る子供は少ないもの」
「……私がお話をするなら、貴女のように教養がある人間が良いです」
「ふふ、おだてないで。照れちゃうわ」
午後九時近く、スウィングラー邸に帰ってきた二人。あの後グレンジャー親子が気に入ったスウィングラー婦人がディナーに誘い、遅くまで話し込んでしまった。ハーヴェイもハーマイオニーも笑顔が凍っていたが、誰も文句を言わなかった。親たちが目をきらきらさせながら話していたら子供は口を挟みづらい。二人とも今までロクに友達を作ってこなかったばかりか、家で学校の話を少しもしなかったので、親心的には寂しいものがあったんだろう。少しそれを引け目に感じていたハーヴェイとハーマイオニーは、閉口してレストランまでついて行った。子供同士の会話は、弾んでいると言うよりぶつけ合っているようだったが。
二人が庭を歩いていると、メアリーが近付いてきた。
「奥様、お坊ちゃま、失礼致します……お坊ちゃまにお客様が」
「またノーアポイントメントか……最近は無礼な輩が多いですね」
「それが……マクシミリアン様です」
「あら」
スウィングラー婦人は口元に手を当てて驚いた。
「ハーヴェイは携帯電話を持っているでしょう?わざわざ訪ねなければならない用事でもあったのかしら……」
「マクシミリアンは何処に?」
「お坊ちゃまの自室に」
「……夜も遅いのに」
ハーヴェイは項垂れるようにため息を吐いた。
「マクシミリアンと話した後私はそのまま寝ます。おやすみなさい、ママ」
「おやすみなさいハーヴェイ。貴方に良い夢が訪れます様に」
ハーヴェイは婦人の手にそっとキスすると、自室へと早足で向かう。道中黒の革手袋で唇を拭った。
「……ルネサンスの巨匠だ。いつ見ても素晴らしい」
月明かりに照らされて尚、薄暗いハーヴェイの自室。入口に寄りかかるハーヴェイに、絵画を見つめたままの男―――マクシミリアンはそう言った。まさかずっとこの暗い中で絵画を見つめていたとでも?今日何回吐いたかも分からないため息を押し殺して、ハーヴェイは横の壁に付けられた電気のスイッチをパチリと上げた。
「何故電気も付けずに?」
「影が深みを作り出す作品もある」
「否定はしない」
事実ハーヴェイもこの絵画を寝る前の暗い中で見るのが好きだ。ハーヴェイは広い自室を横切って、マクシミリアンの隣に立った。そのまま彼に倣うように絵画を見つめる。マクシミリアンは依然としてハーヴェイを見なかった。灰色のスリーピースのスーツ、左手の人差し指に嵌った大きい金色の指輪。彼はハーヴェイの知人だった。いや、知人と言うより、
「遅かったな。婦人のご機嫌取りにディナーか?」
「少し買い出しに。遅かったと言うならその胸ポケットに入れられた四角い箱を使ってみたらどうです?携帯電話って言うんですよ、それ」
「知らない訳が無いだろう、お前に携帯を買い与えたのは私だ」
「で、なんの用」
「ホグワーツ魔法魔術学校から入学許可証が届いたそうだな」
「三日前にね。いつ頃手紙が来るとか一報ぐらい入れても良かったのでは?ヴァルトロミアへの入学がキャンセルされたんだが」
「魔法だからと嫌ってお前が詳しく聞かなかったのが悪い」
「お陰様でしりびくぐらい長ったらしいローブを着る羽目に」
「笑えるな」
「届いたら切り刻んでやりたい」
制服の形がスーツに似てたからヴァルトロミアへの進学を決めたハーヴェイが。とんだ笑いものだとハーヴェイは自嘲した。
「それぐらいの無駄話なら電話で済むはずだ。本当に何の用だ?私は早く寝たい」
「お前はつくづく大人への敬意というものが足りない」
「示すべき人間には示している」
「
呆れたようにマクシミリアンは言った。
「お前に頼み事があるんだ」
「MI6のマクシミリアン・B・ハミルトン様が私に?」
「茶化すなジェームズ」
「その名で呼ぶな」
ドン、とハーヴェイがベッドの脚を蹴った。
「物に当たるな」
「頼み事とはなんだ?内容によって貸しの量を決める」
「お前は私に三百五十六の借りがあったはずだぞ」
「先月裁判の偽装証言で百二十六返したはずだ」
「じゃあこれはお前の働きによって変動させよう。下は六十上は決めないでどうだ」
「破格だな」
乗った、とハーヴェイは言った。マクシミリアンから携帯電話が渡される。
「予備だ、私の連絡先だけ入れてある」
「そこまで重要なのか?」
「勿論、英国を左右しかねないからな。魔法使い共だけに任せてはおけんよ」
「私も一応その一人なのだが」
「お前は嫌っているだろう。あの種の……人間を」
「そうだな」
ハーヴェイはさらりと肯定した。
「お前への頼み事は単純なものだ。この前と比べればな。『生き残った男の子』……ハリー・ポッターを見張れ。随時経過を報告しろ」
「生き残った……なんだって?」
「お前まさかそれすらも覚えてないのか?」
「必要の無い記憶は消去してる」
「闇の帝王……ヴォルデモートを消した赤子だよ。お前と同い年だ」
「で?その英雄を介護しろと?何故?」
「どうも魔法界に潜入させている者たちによると、ヴォルデモートはまだ生きているらしい」
「はあ?死んだんじゃないのか」
「そこはよく分からないが、魔法だ、なんでもありなんだろう」
「
ハーヴェイは忌々しげに舌打ちした。
「ダンブルドア派の人間がパブで話していたそうだから間違いない。しかも件のハリー・ポッターに対してね」
「……まさか、尾けたのか?」
「いや。元々パブに潜入させていた構成員が盗み聞いた」
「本当に恐ろしいよ。陰謀論を唱えている頭のおかしい者たちに拍手を送りたいぐらいだ」
ハーヴェイは呆れたようにそう言った。
「……十一年前に起きた悲劇を、また繰り返すわけにはいかない。闇のナンタラのお陰で私たちは随分と被害を蒙った……あの惨劇を二度と繰り返すわけにはいかない。あの時の激務は二度と思い出したくもない」
「私怨が入ってないか?」
「気の所為だ」
二十代前半、ボロ雑巾のように扱き使われていた時期を思い出して、マクシミリアンは目を細めた。その瞳の奥に確かな炎を感じ取って、ハーヴェイは引いたように頬を引き攣らせた。恐らく彼を酷い目に遭わせた上司は何処かに飛ばされているのだろう。運が良ければ。
「ともかく」
マクシミリアンはハーヴェイに向き直った。
「何も無ければそれでいい。お前は都合良くハリー・ポッターと同年代になってくれた。片手間に監視してくれるだけでいい。出来ることなら世界を救え」
マクシミリアンは手を差し出した。
「世界を救った場合貸しを六百ほどくれ」
「良いだろう」
交渉成立だ、とハーヴェイは手を取った。マクシミリアンはにっこりと笑う。暇では無いはずだ、なのにここまで来たということは相当懸念していたことなのだろう。
「因みに、そこの梟はなんだ?」
ハーヴェイの目が死んだ。部屋の隅に置かれていた鳥籠の中身についてだろう。
「……メンフクロウだ」
「知っている。フクロウ目メンフクロウ科メンフクロウ属だろう。学名はTyto alba」
「人間ウィキペディアを見せびらかさなくてよろしい。………………手紙を運ぶそうだ」
マクシミリアンはOh、と目を丸くした。
「手紙」
「何も言うな」
「名前は決めたのか?」
「マクシミリアンとつけてやろうか?」
「可愛がってやれよ」
ハーヴェイのワックスで綺麗に整えられた髪をぐしゃぐしゃと掻き回して、マクシミリアンは部屋から出て行く。廊下の方からGood night!と言い捨てた声が聞こえた。
「…………マクシミリアン」
髪を整えながらハーヴェイがぽつりと言うと、部屋のそのミルクティー色のメンフクロウが、ホーと鳴いた。
「
ハーヴェイは心底嫌そうな顔で、自身のベッドに倒れ込んだ。