Elementary, my dear Harry.   作:Hamish

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The Jute bag

 

「ハーヴェイ」

「なんだグレンジャー」

 麗らかな土曜の昼下がり、とあるホグワーツの奥深くの空き教室。

 教師にさえ存在を忘れ去られたその教室は、どうやら見たところ六十年程前から使われていないらしく、本棚に収まるハードカバーの本の表紙には埃が混じり、壁に掛けられた深紅のタペストリーは当時の鮮やかしさなど見る影もなく薄汚れていた。学生が勉学に励んでいたであろう木製のテーブルや椅子は一方の壁際に容赦なく寄せられ、教室の中心には何処から持ち込んだんだと小一時間問い詰めたくなるような豪華なカウチが鎮座している。勿論その表面には埃一つ見当たらないし、中央の床だけはつい最近、最低限とばかりに掃除された跡があった。

 お察しの通り、ハーヴェイである。

 「あなたのオトモダチ二人がとんでもない規則違反をしそうよ。今すぐ止めて頂戴」

 ぴんと仁王立ちしたハーマイオニーがハーヴェイに命令した。ヴァイオリンを軽やかに弾いていたハーヴェイは一瞬彼女を一瞥すると、また演奏に眠るように目を瞑る。

 「私に友人などいない。皆無だ。君もそう。分かったら早く私の城から出ていきたまえ」

 「あら強気なのね。でも残念ながらここは魔法省管轄の国立魔法学校で、公共の場所で、あなたは()()生徒よ。私に出て行けと命令できる立場にないわ」

 「……何故この場所が分かった」

 「図書室の入口からずっと話しかけてたわ。あなたは気が付かずに歩き続けていたけど」

 「考え事をしていたんだ」

 「随分と不注意ね」

 ハーマイオニーが嫌味ったらしくにこりと笑うと、ヴァイオリンが変な音を立てて演奏を止めた。ハーヴェイは苦々しい面持ちで彼女を睨んでいる。

 「君たちのように普段まったく使われていない脳みそを持っている訳じゃないんだ。凡人よりも数十段階上の素晴らしい思考回路が私の頭の中で絶え間なく動いている。私の脳は高性能のコンピュータ、電子機器と同レベル。そう、電子機器!電子機器はホグワーツでは使えない!クソッタレ!馬鹿げた魔法界め、私たちが築いて来た何百年もの科学の歴史を台無しにしやがって!」

 「言ってることが滅茶苦茶よ」

 「滅茶苦茶なのはこの世界だ!」

 発狂したハーヴェイはカウチのクッションを殴るように投身し、そのままハーマイオニーに背中を向けて動かなくなった。

 ため息を吐いたハーマイオニーは、ハーヴェイが侵していないカウチの端っこにちょこんと座る。ハーヴェイの方を伺うと、彼はむすりと機嫌悪そうに目を閉じていた。何だこの五歳児は。

 「ねえハーヴェイ」

 幼子を相手にするように、ハーマイオニーは優しく口を開いた。このティーンの五歳児は思い遣りだとか、気遣いという文化を知らないのだ。その事実が、プライドの高いハーマイオニーの心の間取りを6LDK程にまで広げていた。

 「あなたしかいないの。ハリーとロン、マルフォイ全員の共通の敵があなたなのよ。いつものお得意の嫌味……分析を何個か言ったら彼らだって変な気を起こさないはず」

 「随分と私の人権が軽んじられているようだな」

 「あなたには人権なんて必要ないでしょ」

 ハーヴェイは眉を顰めて身体を裏返し、微笑むハーマイオニーと向き合った。腕を伸ばして手に持っていたヴァイオリンを脇のケースに置く。

 「私にメリットが何も無いじゃないか」

 「マクゴナガル先生への罰則の課題、三回目の羊皮紙が突き返されたんでしょう?下書きぐらいなら考えてあげるわ」

 「なぜ分かる」

 「最近のマクゴナガル先生はどんどん機嫌が下降してるもの。ハリーが飛行術の授業で規則を破って先生にクィディッチに勧誘された時……先生の後ろに悪魔の矛が見えたんですって」

 「チーム入りを断ったら八つ裂きにするとでも言われたのか?」

 「似たようなことは」

 「恐ろしいな」

 「その恐ろしい状態にしたのはあなたよ」

 「間違ったことは書いてない。寧ろ至極真面目に論述した」

 「内容じゃなくて書き方に問題があるんじゃないかしら。お得意の猫被りモードは?」

 「勘弁してくれ、あんなもの使うだけで虫唾が走る。やっと苦行から解放された私の身体を労われ」

 ハーヴェイは長い脚を投げ出してクッションを抱きしめた。ハーマイオニーは無視して立ち上がり、サイドテーブルに置かれた丸まった羊皮紙を広げる。丁度きっかり三巻分、ミネルバへの提出物だ。ハーヴェイは鋭い視線のまま彼女を見つめている。羊皮紙を持つ手を下の方に移動させる度に、ハーマイオニーの眉間のシワは深くなっていった。

 

 

 「ああ…………これは……ダメね…………」

 数分後。ハーマイオニーは呆れて天を仰ぎそう呟いた。

 「なにが」

 「人の神経を逆撫でする言葉のバーゲンセールだわ。追加の罰則は課されなかった?」

 「特に何も」

 「賢明だわ」

 流石ミネルバ・マクゴナガル、ホグワーツ教員何十年の歴は伊達じゃない。ハーヴェイとお関わりあいになることは自分の寿命を三十年縮めると悟ったのだろう。ハーマイオニーは少し黙ったあと、羊皮紙をハーヴェイの胸元に押し付け、勇気を振り絞って唇を開いた。

 「私なら、マクゴナガル先生に一発オーケーを出させてみせるわ」

 「無理だろう。君は無神経で人にズバズバ物を言って嫌われるタイプだ。先生に取り入るのは上手いのかもしれないが、生憎その段階はとうに過ぎていると推察する」

 「……ハーヴェイ。私この間、自分を見つめ直してみたの。今まで私は少し……威張っていたんだと思うわ。自分の知識をひけらかして他人に配慮の欠ける発言をするのは周りの人を嫌な気持ちにさせるし、健全な友好関係を築くにあたって重大な弊害になる。だから、これからは少し自重して、思いやりを持とうと思うの」

 妙にしおらしいハーマイオニーに、ほう、とハーヴェイは目を丸くした。

 「いい心掛けだな。やっと自分が面倒くさい性格だと自覚したのか」

 「とってもいい反面教師がいたから」

 にっこりと、とてもいい笑顔で、これが言いたかったのだとばかりにハーマイオニーは微笑んだ。ハーヴェイも少しばかり固まった後、目を輝かせて、面白いものを見たというようににやりと笑った。がばりと起き上がってハーマイオニーの手から羊皮紙をふんだくる。

 「それはさぞかし優秀な教師なんだろうな。仕方ない、信用しよう」

 そのままぐしゃぐしゃと羊皮紙を丸めて、興味が失せたとばかりに教室の隅っこへ放り投げた。ハーマイオニーは立ち上がってハーヴェイに向き直る。

 「良かったわ、これ以上無駄に羊皮紙が消費されなくて。羊さんも報われないもの。さあ、そのローブを……何このボロ雑巾?」

 「この哀れな布くんにはストレス発散の餌食になってもらった」

 「あ、そう。先に歩いてくれるかしら?大広間からここまでの道が分からないの」

 「良かろう。そもそも存在が知られていない場所を選んだからな、無理もない」

 足元に落ちていたローブを足でどかすと、ハーヴェイは着ていたシャツを正し、空き教室から出て行く。あとに続いたハーマイオニーは一度振り返ると、絶対にここまでの道を覚えようと固く決意した。

 

 

 

 「やあ男子諸君、丁度良く醜い小競り合いを繰り広げていてくれて何よりだ。今日は良い天気だな」

 「あばよポッター」

 「待ちたまえ」

 マルフォイwithBが悪魔の姿を認めた途端瞬時に踵を返したのを見て、ハーヴェイは引き止めた。ハリーとロンも苦々しげな顔でハーヴェイを見ている。同寮の学友に向けていい目では無かった。ハーヴェイはスラックスに両手を入れたまま舐めきった態度で五人を眺めている。

 「そう構えるな、ヴァイオレット・グレンジャーから君たちを止めろとの依頼だ。どうやら諸君らは校則を破ろうとしているらしいな」

 「ヴァイオレット・グレンジャーなんてヤツは知らないし、例えハーマイオニー・グレンジャーからの忠告だとしても僕達は聞かないぜ」

 ロンは眉を顰めて言った。ハーヴェイが隣に立ったハーマイオニーをちらりと見る。

 「君は随分と嫌われているらしいな」

 「随分しつこく止めたから」

 「狡いぞハーヴェイ、女子にばっかり味方するなんて。そんなことしてたらいまに男子の中での君の人権は消え失せるからな」

 「……まだ私の人権は存在していたんだな」

 ボソリとハーヴェイは呟いた。別にあってもなくても良いんだが、何故そう君たちは人権に拘るんだ?と言いたげにハーヴェイは面倒くさそうな眼差しでロンを見ている。

 「ちなみに罪状はなんだグレンジャー」

 「深夜に校内を徘徊した挙句、決闘するつもりよ」

 ハーヴェイはあからさまにげんなりとした顔で五人を―――ハリーを見た

 「くだらない、もう少しエキサイティングな校則破りをするのかと思った……それなのになんだ、決闘?ガッカリだ、ガッカリだよ凡人ハリー・ポッター。かの生き残ったうんたらの君ならヴォルデモートをホグワーツの厨房に召喚したりするのかと」

 闇の帝王の名前を言ったことで固まる純血出身四人と、呆れかえるマグル生まれ二人。訳の分からない理由でがっくりと項垂れるハーヴェイに、ハーマイオニーは何度目かも分からないため息をついた。

 「闇の帝王はそう簡単にホイホイ召喚出来るものじゃないのよ」

 「分かっているが、最悪の気分だ。ただでさえ毎日が平穏で長閑で退屈で忌々しいというのに。あのハリー・ポッターが魔法界に姿を表したんだぞ?闇の陣営は何をやっているんだ腰抜け共め。そろそろ死喰い人の三人や四人や五人この学校に乗り込んで来てもいい頃だろう!たかが学校だぞ!そう思うだろうデミウス・マルフォイ!」

 「え、あ、ああ……」

 「あの組み分け帽子は私に命の危険が溢れかえったグリフィンドールを約束したはずだ。テロ行為や殺人事件の起こらないグリフィンドールなんて安っぽいポタージュより味気ない!最悪だ……」

 ロンは項垂れるハーヴェイをじとりと見つめた。

 「君さ、もうフレッドとジョージのとこ行きなよ。被検体を申し出れば命の危険なんて山ほど味わえるし、アイツらは校則破りのプロだ」

 「悪戯グッズの作成なんて謎が無いし、被検体なら馬鹿な君たちでも出来る。アドレナリンが満足に出ない。だが進言ありがとう、そのうち彼らと話してみる事にする」

 なんて迷惑な人間なのだろう。そんな目線を一身に受けながら、ハーヴェイはぶつぶつと何やら物騒な独り言を言い始めた。これは聞かない方がいいだろうなとその場に居たハリーたちは即座に耳を遠くしたし、反対にハーマイオニーは一つも聴き逃してなるものかと聴覚に全神経を集中させた。瞬時にグリフィンドールの点を百点減らしかねないのがハーヴェイ・J・スウィングラーその人である。

 「いい事を思いついた」

 指をパチンと鳴らしてハーヴェイは唐突に声を出した。勿論いい事ではないことは明白であったし、近くを通りがかったパーシー・ウィーズリーは冷や汗を垂らしながら通り過ぎて行った。

 「諸君」

 ハリー、ロン、マルフォイ、クラッブ、ゴイルを順々に見てハーヴェイは口を開いた。

 「私は忙しい故、これ以上君たちに構っている時間はない。ハーマイオニーの言うことをしっかりと守るように。でないと魔法薬学の授業前にあらゆる手段を使ってセブルス・スネイプの機嫌を最悪にしてやる。グレンジャー、君は今日明日中にマクゴナガル先生への下書きを完成させるんだ。終わったら渡しに来たまえ。これでいいだろう、喉元に突きつけるナイフの役割は果たしたからな」

 そう言ったと思うとハーヴェイは満足したように踵を返し、早足で廊下を引き返し始めた。

 「ハーヴェイ、マルフォイ達に被害がないよ!」

 ハリーがハーヴェイの背中に叫んだ。

 「じゃあ君たちがなにか考えろ!スリザリン生への恨みは君たちの方が強いはずだ!」

 ハーヴェイは手をひらひらさせながら叫んだ。周囲のスリザリン生が皆一斉に顔を真っ青にしてハリーたちの方を凝視する。ハリーとロンは思ってもみない収穫に顔を合わせた。

 かくして、傍若無人なドラゴンの手綱はハリーとロンの手の中に収まったのであった。

 

 

 

 

 いつの間にかハロウィーンの日になっていた。

 ハリーとロンはどこかの迷惑を撒き散らすスプリンクラーのお陰でスリザリン生とは非常に()()()()やっていたし、ハーマイオニーもそのスプリンクラーと外界との緩衝材として、少々ギクシャクは見られたが彼らと良くやっていた。

 「ねえハーヴェイ、もう夕食の時間よ。水死体の写真は片付けて」

 「あと少し……」

 「ハーマイオニー、いつも本当にありがとう。この学校が今日まで存続出来ているのは君のおかげだと常々痛感するよ」

 「感謝なんてしないでロン。助け合いって大事よ」

 大広間の天井には蝋燭の入ったカボチャが宙に浮きながら妖しいオレンジの光を放っている中、一部のグリフィンドール生はなるべくハーヴェイの方を見ないようにしながら食事を待っていた。

 ハリーとロンももれなくその一員である。ハーヴェイの手に持っているそれが、自身の思春期における健全な成長をもれなく阻害することを彼らは知っていた。流石にハーヴェイ2号にはなりたくないらしい。彼らはひたすら意味もない雑談を垂れ流しながら、ハーマイオニーに英雄を見るような眼差しを送っていた。両親が歯科医だからかなんだか知らないが、どうやらハーマイオニーはグロ耐性があるらしい。

 「未解決事件を纏めた資料なんてどこでくすねたんだろう」

 「スコットランドヤードに知り合いがいる」

 ハリーの疑問に答える声がする。写真を見終えたらしいハーヴェイは、事件のバインダーをパタリと閉じながら顔を上げていた。ナチュラルに泥棒呼ばわりしたことには目を瞑るらしい。テーブルに肘をつきながら、何か思案気に空中を見ている。些か絵になっているのが腹立つな、とロンは思った。

 「些か頭の足りない税金泥棒だが使える刑事だ。名前は確かジャック・スパロウ」

 「カリブの海賊が大英帝国の犬になるとは時代も変わったものだね」

 大広間に入ってくる教師たちを横目で見ながら興味無さげにロンが言った。頭がよく回るハーヴェイの脳にしては、名前を覚えるということに関して致命的な欠点があるらしい。

 「そういえばマクゴナガル先生との喧嘩はどうなったワケ?」

 「グレンジャーのおかげで一発オーケーさ。心なしか提出した時女史がホッとしているように見えた」

 「誰も君とは関わりたくないんだよ」

 「酷い言われようだ。異議を申し立てる」

 「棄却する」

 軽口を叩き合いながらハーヴェイ達が待っていると、時計の長針が12をまわった瞬間、目の前に豪勢な食事が現れた。ホグワーツの屋敷しもべ妖精たちが腕によりをかけたハロウィーン・ディナーだ。ジャックオーランタン風に切り抜かれた丸々としたカボチャの中にはパンプキン・グラタンが湯気立たせ、金色の大皿には山盛りのチキンが美しくてらてらと輝いている。

 「もしかすると入学式よりも豪華かもしれないわね」

 ハーマイオニーが天井に羽ばたく何百羽もの蝙蝠を見上げながら皮付きポテトを皿に取り分け始めた。それに倣ってハリー達も空を仰ぐ。天井には大きな黒い雲が雷を帯びて轟いており、無数のジャックオーランタンが蝋燭をふくんで空中に漂っていた。

 「そういえばもうすぐよね、寮対抗クィディッチ。晴れるといいんだけど」

 「晴れる以前にも問題はありそうなんだけどね」

 ハリーは若干顔色を悪くしながら言った。ハーヴェイとハーマイオニーはポカンとしてハリーを見つめているが、ロンは何かを察したように口を開いた。

 「ああ、フレッドとジョージにおどされたんだろ。実はクィディッチにはブラッジャーっていうボールがあって……」

 ロンが若干熱を持ちながら話を続けていた丁度その時、大広間の扉が勢いよく開いた。ホール全体に響くような音がして、大半の生徒が談笑を辞めた。紫色のターバンに神経質そうな顔……クィレルだ。

 「Interesting(興味深い)

 ハーヴェイがぼそりと言った。ホグワーツの誇る闇の魔術に対する防衛術の教授が、顔を恐怖に引き攣らせながら大広間を全速力で横断している。教員たちが据わる長テーブルの中央、ダンブルドアの前に崩れ落ちる様に立ち止まったクィレルは、恐怖に喘ぐように叫んだ。

 「トロールが……地下室に……!お伝えしなければと、思って…………」

 クィレルはその場でばったりと気を失ってしまってしまった。

 その後は阿鼻叫喚の嵐だ。ダンブルドアが魔法でなんとか生徒を落ち着け、監督生に寮への引率を一任した。

 「僕についてきて!一年生は皆固まるんだ!」

 水を得た魚のようにパーシーが動き始めた。生徒たちは食べかけの御馳走を片手に、騒めきながら立ち上がり始める。情報が錯綜としているようで、生徒たちはしきりに顔を見合わせては囁き合っていた。

 「大変なことになったぞ……トロールだって?きっと誰かが悪戯で入れたんだ。じゃなきゃ入ってこれっこない。馬鹿だもの」

 ロンが囁くように言った。ハリーもそれに神妙な顔で頷く。

 「Trick(悪戯)のつもりなら随分()()悪いけど。これってもしかしてホグワーツでは日常茶飯事だったりするのかな?」

 「そんなわけないわ。先生方の顔を見た?本当に焦ってた。きっと滅多にないこと……異例中の異例なのよ」

 「僕も兄さんたちからは今のところくだらない悪戯の話しか聞いてない。こんな感じのことがあったら嬉々として僕に話に来るから、多分本当にまずいんだと思う」

 ハリーやハーマイオニー、ロンはグリフィンドールの生徒の集団の中で、お互いに顔を伺いながら話し合っている。するとハーマイオニーが何かに気が付き、弾かれたように顔を上げて周りを見渡し始めた。

 「どうしたの、ハーマイオニー」

 「まずいわ……何で気付かなかったのかしら……“Interesting(興味深い)”なんて、絶対良くないことの前兆に決まってるじゃない……」

 ハーマイオニーが呆然としたように言った。ハリー達()()の周りを、赤と黒のローブを着た生徒たちが早足で通り過ぎていく。その時、ハリーとロンは同時に気が付いた。

 「……マーリンの髭!」

 グリフィンドールきっての問題児がいなくなっていることに。

 

 

 

 「トロールが入り込めるとすれば旧地下牢からだろうな……それかパイプか。いや、きっと旧地下牢だ。パイプだとリスクが大きすぎる。トロールと言うのはどれくらいの大きさなんだ?普通の人間の童話でよく見るのは小さいが、あの教員たちの慌てぶりからして大分図体は大きいはず……」

 独り言をぶつぶつと零しながら、ハーヴェイは大広間から少し離れた階段を小走りで下っていた。現在ハーマイオニーと愉快な保護者達がわざわざ集団から抜け出してまで彼を探し回っている最中なのだが、デリカシーと他者への思いやりの心というものを母親の胎に置いてきたハーヴェイには到底考え付いていない。

 いやしかし、何もハーヴェイだってトロールに決闘を仕掛けようとか言うくだらない理由で、わざわざあの混乱のさなかを抜け出してきたわけではない。一部から妖怪だと恐れられている彼にも一応思慮と分別と言うものは最低限備わっている。今回抜け出したのはトロールとは別の理由である。

 「もしも旧地下牢を伝ってトロールを引き連れてきたのだとしたら———」

 ハーヴェイは軽やかな身のこなしで壁に張り付くように進んでいた。

 旧地下牢は、現在ホグワーツに現存する地下牢をもっと奥深くまで遡ったところだ。現在地下室に改造されてスリザリンの談話室に改造されている地下牢は兎も角、ここ何世紀も碌に使われていないそこは、恐らくフィルチ以外は道筋なんてよく知らないんじゃないだろうかと疑問が湧き出るほど複雑な道をしている。携帯を使おうと躍起になって城中を駆け回っていたハーヴェイも道半ばまでしか行ったことが無かった。

 「もしもまだ誰にも知られていない道があるんだとしたら、誰かが塞ぐ前に是非調べておかなければ」

 もうすぐ、いけ好かないアルカイックスマイルことマクシミリアンとの二回目のコンタクトの時期だ。未だに良い方法を思いついていなかったハーヴェイは、これが絶好の機会かもしれないと考えた。今回の事件で、例えトロールの通り道の捜索が徒労に終わったとしても、フィルチの目の届かないこの混乱の中で自由に旧地下牢を見て回ることが出来るというのは絶好の機会に他ならないだ。

 

 ハロウィーンの御馳走には誰も逆らえないのか、夕食をすっぽかしたスリザリンのあまのじゃくな生徒もおらず、ハーヴェイは閑散とした回廊を歩き旧地下牢の入口に辿り着いた。じめじめとした湿気を含んだ空気が吹き抜け、彼の頬を撫でる。

 旧地下牢の入口はいつも鉄製の分厚い柵上の扉と鈍色の鎖で堅く閉じられていて、黒い湖から僅かに染み出る生ぬるい水が黒い岩壁に滴り、なんとも形容しがたい不気味な雰囲気が漂っている。トロールが壊したのか現在鎖は砕け、壁の一部に亀裂が入り、小さな破片が辺り一面に飛び散っているが。ハーヴェイは手を伸ばしながら目測で亀裂の高さを測った。

 「腕の長さが伸びない限り、トロールの身長はおよそ三.六、七メートル。出くわしたら一溜りもないな……」

 奥に続いていく壁の傷を手袋でなぞりながら、ハーヴェイは旧地下牢の奥深くに降りて行った。旧地下牢の入口から続く長い長い階段をひとしきり降りたところで、無数の牢屋に挟まれた通路が一直線に伸びていた。ハーヴェイ自身、なぜ教育機関たるホグワーツにこんな場所があるのかは分からない。中世のマグルの城の持つ特性をそのままコピーしたために作られたのか———それとも、他になにか秘密があるのか。

 旧地下牢は、まるで迷路のようにどこまでも広がっている。箱状になっている牢屋の見分けがつかない為、道に迷ったが最後何時間も彷徨いかねない。地図を作ってもこんがらがって変な方向に進み始めるのがおちだ。ハーヴェイは自前の記憶力で何とかやっているがフィルチには厳しいものがあるだろう。そもそも入口を強固な鎖で閉じていることだし、中を知り尽くす必要などないのだ。

 まるで碁盤の目のように張り巡らされた通路を、かすかに残る悪臭と地面の状態を凝視しながら辿ること数分。ハーヴェイは遂に原点———トロールが現れた場所を見つけた。

 「ここまでで痕跡は途切れてるか……犯人に繋がるものは特になし……いや、()()()()()。これは連れてきたわけじゃなさそうだな……持ち込んだ?計画的に?いったい何のために……」

 ハーヴェイは顎に手を当ててぶつぶつと呟きはじめた。

 「トロール…………この複雑な通路を、出口まで誘導した人間がいるのなら…………」

 顎に当てた人差し指を、カウントするように動かしながら目を細める。

 「思ったより事件は深刻かもしれないな」

 目の前の床に放置された、薄汚れた麻袋を見下ろしながらハーヴェイは言った。




皆さん…………覚えていますか………
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