今日も今日とて訪れる探索者・冒険者の相手をしているベッキー。
チプタ1の美人さんという声も多い彼女には声を掛けてくる男もまた多いのは当然だ。
「ベッキー、どうだ?この俺"剛腕"のゴルディウスの女になる気はないか?」
「はーい、次の方きてくださーい」
「恥ずかしがっているのか?王都でも知らぬものはいない俺の女になるのに気がひける気持ちは分かるが、気にしなくて良い」
このように王都からたまたま来た冒険者が一目惚れをする事も少なくない。
「仕事の邪魔になるのでどいてくださーい」
「ふっ……俺は若枝亭に止まっている。気が変わったら訪れると良い」
チプタでもファンが多いゴルディウスの泊まってる宿は子供達に教えてやる事にするとして、出発した三人組は大丈夫だろうか。
ジンの強さはその知れ渡る所広いし、時々連れていかれるマックも未知数ではあるがジンが信頼を置くだけの実力はあるのだろう。しかしジンは過去に色々やらかしているし、マックはそもそも子供である。メルスティラ家の依頼とは言え、何が起こるか分からない遺跡にドがつく素人を行かせたのは失敗だったかもしれない。そもそも何故彼はいつもあの遺跡に勧誘者を連れていくんだ。
もっと安全な所でも構わないだろうに、不必要に危険な目に遭わせるなんて酷い男だ。
などと、理不尽な怒りをジンに対して抱くベッキーが何気無くギルドの入り口に顔を向けたら、探索者が走り込んできた。
「ジンと言い合ってた女が一人だけで戻ってきたぞ!」
ギルド職員の間に緊張が走る。こうしてジンが自身をしつこく勧誘した者を遺跡に連れて行くのは何度かあったが、戻ってくる時はいつも一緒だった。
一体何があったというのか。万が一にも考えられないが、チプタの最強戦力がいなくなるなどという事があればすぐに対応しなければならない。
ベッキーは後輩に受付を任せて医療院に向かう。
「おい、ゲロを吐きながら銃を持って泣いている女が居たらしいぞ」
「お前は何を言っているんだ」
「めっちゃ興奮するよな!」
「だからお前は何を言っているんだ」
田舎でも無いというのに、この街の噂が広がる速度は早い。住民が、街で起こる出来事に対して敏感だからだろう。その空気感というやつが好きで私はこの街に移り住んできた。
そんなこの街を支えているのは探索者や冒険者だ。金の為、己が為に日々研鑽を積み、遺跡や東の荒野に向かう彼らだが、遺跡、戦争、モンスター、災害クラスのそれらに対抗する為には彼らの力が必要不可欠だ。特に、探索者の質はチプタ以上のところなど存在しない。
ひとえに西の門で遥か昔から起こり続けている空間異常が原因だ。長い年月をかけて少しずつ遺跡を攻略し、一つ一つの遺跡を掌握してきたからこそ今のチプタがある。
各地でも空間異常による遺跡の発見は起きているが、ここまで継続的で、数が多い所は他には存在しない。
そんなチプタの探索者のトップ、それがジンだ。
ジンがいなくなるとこの街を支えているバランスが崩れかねない。トップ探索者の齎す利益というのは街の行く末を左右しかねないのだ。
後続も優秀ではあるけど、未だそこには辿り着いていない。
到着した医療院で医師に事情を話して、道中、容態などを聞きながらマリーがいる部屋に向かうと、声が聞こえてきた。
「外傷は見つかりませんでした。やはり精神的なショックによるものでしょう。それにしてもあんな綺麗なお嬢さんを遺跡に送り込むなんてギルドは何を考えているんですか?」
「それは……待って、静かにして」
「マリー、大丈夫?」
「お嬢様……私は何の怪我もしていませんよ。これでも鍛えていますから……」
「やっぱり私が行くべきだったわ……」
「ふふ……お嬢様の演技力では無理ですよ」
「何よ、もう……」
何を朗らかな会話をしているのかと苛立ちが湧いてくる。こんな友情ごっこを展開させるためにうちの稼ぎ頭を使い潰されたら溜まったものは無い。あのギルド長の一任で決まってしまったから今回は通さざるを得なかったが、今後は絶対にやらせない。
そう決意して中に入る。
「随分楽しそうに会話していますね」
「あ……」
「お、お嬢様、下がってください」
「まだ手が震えてるじゃない……大丈夫よ。初めまして、私はメルスティラ家のアザレア、今回は当家のお願いを聞いてくださり、ありがとうございました」
何がお願いだ、白々しい。
こんなバカどもの事はどうでもいいからさっさと本題に入ろう。
「いえいえ、国に属する者として、高貴な方のお役に立てたのならば幸いです。それで、当ギルドの者についてなのですが……」
途端に、ベッドに横たわっている女が顔を真っ赤にする。
「あの野蛮な猿の話はやめて下さい!私だから良かったものの、仮にお嬢様にあんな言葉を投げ掛けていたら死罪ですよ!」
「ちょ、ちょっと、マリー……」
「この事はご当主様を通じて厳正に抗議させてもらいますからね!貴方たちには斡旋した責任があります、命があることを感謝しなさい!」
「そうですか……ゲロまみれだったようですし、大事な事はきっと覚えていないのでしょうね、可哀想に……」
部屋を辞して、次に向かうべきはギルドだ。
後ろが何やら騒がしいが、忙しいので急いで戻ろう。
やる事が山積みなのだ。
と思ったら、医療院の前も騒がしい。
「ベッキーてめえ!何であんなゴミを俺に押し付けやがった!」
どうやら心配は杞憂だったようだ。
色々汚いし臭いけど、それはまあ良しとしよう。
「ご無事だったんですね!よかったです!」
「バカにしてんのかてめえ!」
「そんな事ないですよぉ。本心から良かったと思ってますってぇ」
「……ちっ、あの類のやつは二度と連れてかねえ」
ジンは言いたいだけ言うと肩を揺らして歩いて行った。
すると手を捏ねながらマックが近付いてくる。
「いやー、なかなかの演技でしたねえ」
「……なによ」
このガキは苦手だ。常に問題を起こすくせに、探索者としての適性が高いからギルドとして無碍にできない。しかもジンと仲が良いから、ドンドンと実績を上げている。
「彼女、なんなんでしょうねえ」
「知らないわよ」
「普通の人間は、あの行軍について来れるわけが無いんですよね。でも、鍛えているにしてはモンスターの事を知らないってのはガチっぽかった」
遺跡のことを良く知らないってのも、また本当っぽかった、とマックは述べる。
彼女の正体に勘付いているのかもしれない。
「そうなの、まあ趣味で鍛えてるんじゃない?」
「いやあ……仮にですが、彼女が鍛えているとするならそれは、人間相手、じゃないですかねえ」
「何が言いたいの?」
マックは笑顔を見せた。
それは、犬歯を剥き出しにした野生の動物が見せるそれであり、意味するところは明らかであった。
「彼にちょっかいを出さないでいただきたいんですよね」
「なんで?」
「当然、俺の目標の邪魔になるからですよ。ああいう露骨に害になる輩を近付けられると、道のりがブレてしまう可能性があるんでね」
「……何を言っているか分からないけど、彼はチプタの最高戦力の一人よ。わざと近付けるわけがないじゃない」
「そうですね。だから、ギルド長にお伝えください。ほどほどに、と」
冷水を浴びせられたような感覚が全身に走る。ブルリと身震いをして頷くとマックは満足そうに去った。
「気持ち悪い……」
人間を見て気持ち悪いと思ったのは初めてだった。
あんなやつと今まで受付で会話をしていたなんて、なんで気付かなかったんだろう。歩き去る背中を見ても気持ち悪いという感情が湧いてくる。
少し確かめたい事ができたのと、このままギルドに直接行ったらマックと鉢合わせそうで嫌なので、街へ繰り出す。後輩に仕事を押し付けたままで悪いけど、たまにはいいでしょう。