ところで、遺跡から出土する異物は基本的に一点モノだという話を覚えているだろうか。同一の遺跡でさえ、基本的には同じものというのはほぼ出土しない。
数多の学者がその謎に挑んで、敗れ去った。それゆえ、希少価値という点において、基本的にすべての異物は未だ等価である。
値段を付けるのも希少性からではなく実用性からとなってくる。
しかしそういった異物たちの中で、希少性という観点から明らかに価値が突出しているものが存在する。ワンダーレガシーという総称で分類されるソレらは国宝と位置付けられ、王都スチレスで管理しながら研究されている。
時たま博物館に飾られて観覧数を荒稼ぎし、国の財源の一部になったりしているが、今まさに、ソレらの一つが公開されていた。
長蛇の列が博物館から街まで続く光景を見て、近くの住人は愚痴を言ったりしているが、彼らは住民の特権として先にそれを見ていたりする。
そして今回公開されているワンダーレガシーの名は"時間停止ボタン"だ。
とてもシンプルな名前をしており、その用途も容易く想像できるであろうモノだが、実際には運営はその用途を明らかにはしていない。
ただその名前から、多くの男性諸君を元気付ける異物である事は間違いなく、観覧客も男性比率高めとなっている。
「あれが時間停止ボタン……」
「ありがたやありがたや……」
「俺も使いてえなあ」
一方で、犯罪組織をはじめとして多くの良からぬ人間に狙われており、何故もっと厳重に警備しないのか・公開しないほうがいいのではないかと批判の声も多く上がっている。
というのも、時間停止ボタンは強度こそ違えどガラスのような透明な箱で覆っているだけで、特別に警備員などは配置していないのだ。
ゆえに、皆できるだけ顔を箱に近づけて見ている。
「おい、押すんじゃねえ!」
「ちょっと待てよ、まだ見れてねえよ!」
「物見るっていうレベルじゃねえぞ!」
まあそういうわけで、定期的に不逞の輩も乗り込んできたりする。
入り口が騒がしくなり、騒ぎの元には大柄な男と小柄な男がいるようだ。
「どけオラァ!」
「どけどけどっけええ!」
「キャアアアアアア!!」
「この女がどうなっても良いのか!? 早くどけ!」
波が引くように時間停止ボタンの周囲から人がいなくなり、強盗は容易くその場に辿り着く。
空間ポケットをゴソゴソとする強盗を周囲の人は固唾を飲んで見守っている。
「おい、またバカが挑むらしいぞ」
「あーあ、かわいそうに……現実を知って嘆くしかない哀れな子羊なんだなあ……」
ヒソヒソと何かを言われていることを気にもせず、空間ポケットをまさぐり続ける強盗は遂に目当てのものを見つけたらしい。
「へへへ……そいつはちゃんと縛っとけよ、邪魔だからな!」
「アニキィ! 絶対いけますよそれなら!」
アニキと呼ばれた男が空中から取り出したるはどデカいハンマー。先が尖っており、私は硬いものを砕くために存在します、とでも言いたげだ。
一方、チビもロープを取り出して女性を拘束した。油断無く周囲を監視し、いつでもできると言わんばかりに喉元にナイフを突きつけている。
しかし観衆の反応は芳しくなく、溜息をついている者までいる。
テンションが上がったアニキはそれに気付かずに勢いよくハンマーを振りかぶり、そのまま溜めを作る。
「大地に眠る我らの父よ、海に沈む我らが母よ、かの物に力と、運と、希望を与えたまえ」
チビもそれをただ見ているだけでは無い。高速でスペルを唱え、アニキに加護を付与した。
淡く輝き始めたその姿を見て誰かが叫んだ。
「止めろ!」
しかしその言葉が脳に届き、反応するよりも早くハンマーは振り下ろされた。
凡そガラスのような見た目からは想像できない音がケースから鳴る。
ハンマーの先はケースに突き刺さり、天板は大きく撓ってひびが入っていた。
「んーこれこれ、硬くて強いものをぶち壊す瞬間が一番気持ち良いんだよなー」
ハンマーを引き抜くと、ポロポロと砕けたケースの破片が落ちる。
引き抜いた後に出来た穴にアニキは手を突っ込んで、時間停止ボタンを取り出した。
そして取り出すと同時、けたたましくけいほうおんがなりひびきはじめる。
「これが団長の言っていたワンダーレガシー、世界を拓く鍵……」
「アニキ! ずらかりますよ!」
「おう、行くぞ!」
盗んだ物を悠長に見ている時間は無いと、二人は入り口までの人混みを飛び越えた。
警備が到着した時には、強盗2人はどこかへと消え失せていた。
また同時刻、チプタで保管していたはずのワンダーレガシーも強奪され、その犯人がスチレスの冒険者クラン、"ゴルディウス=グランドレッド"の団長ゴルディウスである事が明らかにされた。
追跡は危険を伴うため、警備から騎士団に引き継がれて捜査が行われる運びとなった、か」
あの日は遺跡から帰ってきた後、すぐに家に戻って寝てしまったから何があったか詳しくは知らなかったけど、こんな事があったのか。
ワンダーレガシー、そういやチプタにも一個あるってジンさんも言っていたな
マックは事件の一週間と少し後、作成された新聞を読んでいた。一週間で王都中の重要な事件などをまとめて販売しているオートマトン社の新聞は高価ではあるが、高い評価を得ていた。
「ねえ〜、僕にも読ませてよ〜」
ピョコピョコと椅子の後ろからカタナが自分にも読ませろとマックにせがむが、いつもはカタナ達に甘いマックも新聞を読む時だけは厳しい為、読み終わるまでは大人しく待つしかない。
「時を司る異物……」
「マック、どうしたの? オデコに皺寄ってるよ?」
「ん? ああ、ごめんごめん」
顔が険しくなっていたマックはカタナに指摘されると笑顔を取り繕い、カタナを膝の上に載せる。
「じゃあ読むか」
「う、うん……やっぱりちょっと恥ずかしいな」
マックが新聞を読んでいると知ったカタナが自分も読みたいと最初にせがんだ時、難しい言葉が多くて読めなかったため、隣に並んで読んで教えていった。
しかし途中で面倒くさくなり、カタナを膝の上に載せて教える事にしたのだ。それが今まで続いているわけだが、カタナも成長するにつれて膝の上に座って読むのが恥ずかしくなってきたらしい。
「それもそうだな……ちょっと退いてくれるか?」
「あ…………」
カタナの表情には気付かずにマックは席をカタナに譲り、違う椅子を持ってくる。
「もうカタナも1人で新聞ぐらい読めるもんな」
「そ、そうだよ、学校に通い始めたら自分で読めなきゃいけないんだし……」
「そう、だな……」
「……」
2人の間に少し気まずい空気が流れる。
後一ヶ月程でカタナとメイヤーは学校に入学する。そうなったら入寮しなければならず、実家暮らしは認められていない。
当然マックがそこに着いて行くことは出来ない。これまで3人で過ごしてきた所からいきなり切り離されるメイヤーとカタナの事を考えればこの空気もやむなしと言った所だ。
カタナも気分では無くなったのか、机の上に新聞を寝かせた。
パサリという音だけが室内に広がる。
「ねえ、マック」
「ん?」
「僕たちが学校に入っちゃったら、どうするの?」
「どうって……色々やる事はあるな」
曖昧な回答だがそれを聞いて何かを確信したのか、一つ伸びをしたカタナは笑う。
「マックはさ、凄いよね」
「いきなりなんだよ」
「マックがいなかったら僕とメイヤーはきっと友達じゃなかったよ」
マックはしかめ面をして否定を告げる。
「いや、そんな事はないだろ。お前らなら必ず出会ってたよ」
反論する事はなく、カタナは続ける。
「それだけじゃ無いよ、僕達に隠れてギルドに行ってるのも知ってるんだからね」
「……」
「マックは自分でも言ってたけど、見てる場所が違うんだろね」
悲しげな表情を見て、マックの胸にチクリと痛みが走る。
「マックは色々な人と友達だけど……僕達にはマックしかいないんだ」
「それは……違う」
その返答を、ううん、とカタナに否定され、怪訝な顔を浮かべるマック。
「お母さん達はいるよ? でも、"外"では僕はいつも迷子だったんだ」
だから、と続ける。
「あの夜の約束の続き」
カタナはマックに小指を差し出した。
「僕達が立派なきしさまになったら、今度は僕達がマックの道案内をしてあげる」
「! ──カタナ……」
「いつも、少しだけ寂しそうな顔をしてるの、やっと気付いたんだ」
僕も変わるって決めたから、少し恥ずかしそうに言うカタナにマックが突然抱き付いた。
「あわわわ…………よしよし」
いつも自分が母親からしてもらっているように頭を撫でるカタナは、気になってマックの顔を覗く。
泣き顔が見れたりしないかな、なんてちょっとした悪戯心からだったが、マックは目を閉じて眉間に皺を寄せ、何かを噛み締めるような表情を浮かべていた。
少ししてゆっくりと目を開いたマックは離れると、いつもの笑顔を浮かべた。
「カタナ、ありがとう。勇気をもらったよ」
「……ん」
「……よし! 最近あんまり遊べてなかったし、メイヤーも連れて遊びに行くか!」
湿っぽいのは性に合わんとばかりに家の外に向かおうとするが、カタナの反応は乏しい。
振り返ってカタナを見ると、つーんとしていた。
「え、なんだ?」
「励ましてあげたのは僕なんだから、何かご褒美があっても良いんじゃない?」
「……」
マックはポカンと口を開けていた。
「な、なんだよ……」
また少し恥ずかしそうにしているカタナを見てマックは思う。カタナはこんなやつだったか、と。そして気付く。メイヤー、カタナ、彼女らは確かに変わっているのだと。
髪を切ったメイヤー、自分を出すようになってきたカタナ。
彼女たちの未来を見たいと思っていた。どんな風に変わっていくのか、楽しみだと。だけどやはり、こうも人は変わっていく。気付かないほどにゆっくりとではあるけど、確かに変わっていくのだ。
「ハハハハハハハ!」
「うわっなんだよ……」
「やっぱ俺は未熟だな!」
テンションが上がったマックはカタナを撫で繰り回すと、そのまま顔を真っ赤にしたカタナを担ぎ上げてチプタ中を走り回った。
色々な店に行って、色々なものを見て、騒ぎまわった。店主や村長に追い回されたり、途中からメイヤーが合流したりとあったけど、間違い無くこれまでで一番騒がしい一日だった。
そして一ヶ月後──ー
「お母さん、行ってきます!」
「忘れ物は無いわね?」
「うん!」
今日は入学の日、学校の門前には多くの子供がいた。
メイヤーとカタナは親に別れの挨拶を済ませるとマックのところにきた。
マックは2人に手を差し出すと、固く握手をした。
「お前ら、元気でやれよ!」
「マックもね」
「ノンビリしてると追い越しちゃうからねー」
「ああ!」
握手を終えると、2人少し不安そうにしつつも子供の群れの中に混ざって学校に入っていった。
ぼーっとそれを眺めるマックの元に村長が近づいて来る。
「結局お前は学校に入らないんだな」
「やる事が色々ありますから」
「俺もこの村の長として色々知っているが……お前は何をするんだ?」
「協力には及びません」
いつもとは少し違い、言葉少なに拒否の言葉を放つマックに村長は苦笑する。
「まあ、なんかあったら言ってくれや……メイヤー達の事、ありがとうな」
「お気になさらず」
そこに土を踏み付ける音が近付いてくる。
「よう、来たぜ」
「待ってましたよ」
押しも押されもせぬナンバーワンことジンがマックを迎えに来たらしい。
当然入学するために来た子供や保護者もそれに気づいて騒ぎ出す。
「え……あれって探索者の……」
「明け星のジンじゃないか!?」
「もしかして学校の教官はあの人なのか!?」
「……これ以上五月蝿くなる前に行くか」
「ええ」
2人は残像をその場に残すとその場から消え失せ、明け星のジンが失踪した事件として国全体に広がった。