サバットの市長、ワーグが自宅の扉を開けると電子音が耳に入る。
『個人認証完了、市長、おかえりなさいませ』
「グローバルマップ……まではいらないな、サテライトマップを広げてくれ」
『サテライトマップ起動、本日得た情報をプロットします』
サバットの極めて正確な地図が空中に表示され、情報を得た場所とその情報自体が地図に追加される。
「バゲットの連中め……想定よりも色々と動いているようだな」
『使節団が訪れる前と比較すると注意情報が3倍、警戒情報が2倍となっています』
仮にその情報を純粋に人間の力だけで集めようと思ったら、一体どれだけの人員が必要になることか……
『ソートは如何なさいますか?』
「ソート、確か優先順位だったな……よし、サバットから国境方面に向かった者の正体、関連する会話の内容、使用した魔法とかの情報を優先的に教えてくれ」
『…………当該情報を表示します』
地図から3人組が街道を歩いているらしき様子に切り替わり、それぞれの名前、性別、年齢、出身などあらゆる情報が丸裸にされていく。
そして同時に、関連する会話の内容が文字情報として表示される。
それらを見て情報を整理していくが、一つ不可解なことがあった。
「……マック・ロノスって誰だ」
顔写真がポツンと一個だけ表示されているが、それ以外の情報が何も無い。
「騎士隊の隊長がそのマックとやらに心を折られたということは分かった。副隊長が独自に情報を探っている事もまあ良い。直接アドラントとサバットに害を加える行動に繋がらないのならある程度は許容しよう。だが、このマックとやらは何だ? なんでこいつだけ情報が何も無いんだ? オブライエン、どういう事だ?」
『残念ながら現在この世界には存在しないため、情報を収集する手段が存在しません』
「すでに死んでいるのか? ……いや、探索者ならばあり得るのか?」
『はい、恐らく何処かの遺跡に探索をしに行っているものと思われます。一週間前に消える直前まで、一級探索者のジンという男が同行していたという事までは分かっております』
「確か、過去の記録から情報を探る事ができたはずだと記憶しているが、こいつに関する記録は無いのか?」
『情報捜査に対しての強い対抗手段を有しているのか、写真以外の情報を得ることができませんでした』
オブライエンが情報を得る事ができないだと? バゲットやサバットの情報部隊の魔法や干渉手段を全て無視してあらゆる情報を得ているオブライエンが?
そして何より──
「明け星のジンが関わっているだと……?」
一週間前、確かにチプタの一級探索者が失踪したとは聞いていたが、まさかここに繋がってくるとは。
「ゴルディウスの件ともなんらかの関わりがあるのかもしれないな……」
『その可能性は低いかと思われます。剛腕のゴルディウスが起こした強盗事件は計画性の強いものでしたが、マック・ロノスと騎士隊の遭遇は偶発的なものです』
関連性を認める事はできないか。だが、同日に2人の一級探索者が失踪した。あまつさえ1人はワンダーレガシーを強奪していなくなったなんてのは隠し通す事はできまい。
「サバットと直接の関係が無いのは良かったがな」
結局のところ、サバットの市長であるワーグにとって守るべきはサバット市民であり、それ以外の事に干渉する時間なんてものは無い。
「コーヒーでも飲むか……オブライエン、コーヒーを頼む」
『承知いたしました』
帰ってきたというのに居間で立ったままずっとオブライエンとやり取りをしていたので少し休憩が取りたくなったワーグはコーヒーをオブライエンに頼む。
IoT家電などというものはこの世界には無い、ワーグ邸を除いては。
数分待てば世界最高の飲み物がワーグの目の前に出された。オブライエンによって完璧な淹れ方で作られたコーヒーはワーグの好物の一つとなっている。
まずは香りを楽しむ。
「ふぅー落ち着くなあ」
つい最近、王室で普段飲まれているという酒を飲む機会があったが、このコーヒーと比べればただの泥水だろう。
「くくく……」
あんなものを美辞麗句並べ立て、有り難がって飲んでいた貴族どもが滑稽で笑ってしまう。
ソファに深く座り込んで、コーヒーを味わう。
「あー……堪らん」
『市長、敷地内に侵入者です』
「あ゛あ゛? どこのどいつだ?」
至高の時間を楽しんでいたのに邪魔しやがって、と怒りを燃やす。
『ゴルディウス=グランドレッド所属のエメリア・マグノリアとライザ・アルケインです』
「アルケイン……ああ……ゴルディウスの所だったのか」
『捕縛致しましょうか?』
「いや、お前を出すわけにはいかないな」
向こうから情報源が寄ってきてくれたのだ、盛大に歓迎してやろう。
座ったばかりの椅子から立ち上がり、オブライエンに2人のところへの直通路を開けさせる。
突然壁が開いた2人は硬直している。
「ようこそ、我が家へ」
──────
数分後、ワーグの足元には捕縛された二名が転がされていた。
「で、何のために侵入したのかね?」
「くっそ……解け! このデブ!」
「…………ぐっ!」
赤髪のやかましい女、マグノリアは無視して金髪のアルケインの腹に蹴りを入れる。
「ライザ・アルケイン、錬金術の大家の娘がまさか昼から人の家に忍び込むコソ泥に成り下がっていたとは嘆かわしいな」
再び蹴りを入れる。
「私は無駄な時間が嫌い、というよりは余計なことに割く時間が無くてな」
「てめえ! 女に手を出すのか!」
「バカ2人のうちでも騒ぎ立てるだけのバカよりはお前の方が話が通りやすそうだと思ったんだが」
「……条件があるわ、彼女には手を出さないで」
蹴りを入れる。
「状況が分かっていないのか、時間稼ぎがしたいのか、どちらでも良いんだが早く答えた方が身のためだぞ?」
「……? …………っ!」
『魔導術式の起動を確認、妨害しました』
「真言魔導が使えるのか、優秀だな」
通常の魔導とは異なり、心で唱えることで発動させる真言魔導は敵に悟られ無いため、あらゆる面で有利を取れる。オブライエンがいなければ面倒な事になっていたかもな。
「何者なの……あなたは」
動揺を見せるアルケインに蹴りを入れる。
「深読みしていたが……考えるまでも無いじゃないか。ワンダーレガシー以外にコイツらが狙うものなど存在しない。私も耄碌したか?」
「おい、このデブ! 私達が戻らなかったら団長がやってくる! お前は終わりなんだよ!」
「っライザ!」
慌ててアルケインが制止する。
こいつバカなのか? ……バカだったなそういえば。
「なるほど、ゴルディウスまで来てくれるのか。情報提供感謝する。それにしても一週間前にアレを盗んだばかりなのに、手の早いことだ」
「ばーか! 団長に勝てる奴なんかいねえよ! ……うぐっ!」
強く蹴りを入れる。
「お前のような雑魚が頂点を語るな、見苦しい」
「……清廉潔白のワーグ市長の正体が女に暴力を加える卑劣漢だったなんてね」
蹴りを入れる。
「それにしてもさっきの真言魔導、効果は何だったのか。救難信号か、あるいは撮影術式だったのか、はたまた攻撃術式か」
『解析によれば攻撃術式:レベル3:アクイラです』
水の槍、アクイラか。
「アクイラ程度で私の守りを抜けるなどと、一線を退いて久しいからと舐められたか?」
「えっ……」
なぜバレている、と言わんばかりの表情を見せるアルケイン。
そうだろうな、術式を看破されたことなど無いだろう。何せ言葉を発さずに魔導を発動できるのだから。
「さて……」
二対の眼に怯えが浮かぶ。
まあそれも仕方あるまい、二度と仲間の元に戻ることはできないのだから。
「君達はこれから二種類の工程を受けてもらう」
人差し指を立てるとそこに視線が集中する。
「まず一つ目、オブライエンによって記憶を吸い出され、必要な情報を抜き出す。要はこんなわざわざ面と向かって話す必要は無かったわけだが、まあ、腹いせだと思ってくれ」
そして中指も立てる。
「そして二つ目、魔導の源であるマナクリスタルを抽出して燃料に変える。私の武装の一部となって団長と戦ってもらうというわけだ」
板敷の床でわざと足音を鳴らしながら2人に近付くと、身を捩って逃げようとする。
「安心して良い、痛みは無いからな──オブライエン」
オブライエンの拘束腕とインターフェイスディスプレイが展開される。
「な、何よ、コレ」
「こ、の、魔力量は……」
「私もかつては探索者として遺跡を駆け巡ったものだ。そして、とある遺跡の深部で死闘の末に見つけた」
「あああああああああああ!!」
「これこそは、異世界を滅ぼした兵器。ゴルディウスが求めるワンダーレガシー、それらに匹敵する異物だよ」
「くそおおおおおお!!」
『情報の不用意な開示は推奨しません』
「そういうなオブライエン、冥土の土産にコレぐらいは教えてやっても良いだろう」
サバットの昼下がり、街の喧騒の中に誰かの叫び声が紛れて消えていった。