フワフワとした足付きでカタナと一緒に校舎の中に入る。お腹の底冷えするような不安と何かが始まるという期待が、胸の内で混じり合っていた。
いつもより口数が減っているのが自分でも分かる。
周りを自分と同じぐらいの歳の子がたくさん歩いている。
チプタ村にはこんなにたくさんの子供がいたんだ、と自分がどれだけ狭い世界で生きてきたかということを思い知らされる。
「いつもはマックに連れられていたから気付かなかったけど、こんなにいっぱい僕たちぐらいの子供がいたんだね」
「カタナもそう思う?」
「うん」
「それにしてもどこに向かってあるいてるんだろうねえ」
「……メイヤーちゃんと入学式の紙読んだ?」
「えー?」
カタナはパラパラと片手に持っていた冊子を捲ると、学校の地図を指差す。
「ほら、講堂って場所だよ」
「ふーん……」
講堂への道はシンプルで、すぐにその入り口に着いた。周囲の流れに乗るように入っていくと、一面の人、人、人だ。
「わ……すご……」
カタナが少し萎縮したように呟く。
私もビックリしちゃって、言葉が出なかった。
アレが全部この学校の先輩なのかな?
私たちの席は真ん中に配置されていて、誘導の人が先に来た順にどんどんと子供達を座らせていく。
「急がないでー、早く来た順に座って行ってねー、ほら、そんなとこで立ち止まってないで歩いてー」
促されるままにカタナと隣り合った席に座る。
「凄い人だね!」
「うん、でも流石に全員がチプタの子供ってわけじゃないでしょ?」
「分かんない……僕たちって本当にいつもマックのことしか見てなかったんだね」
「私はそんなこと無いけどなあ」
「な……! ぼ、僕だって別に……」
ちょっと揶揄ったら黙り込んじゃったカタナを放っといて逆の席を見たら、ぶつぶつ言っている男の子がいた。
「こ、こんなにいっぱい人がいるなんて聞いてないよ……」
「ねえ」
「……え、僕?」
相当集中していたのか、話しかけても自分の事だと最初は分からなかったみたい。
「うん、そうだよ」
「えーと、何か用かな?」
「用は無いけど……」
あれ、用が無いと話しかけちゃいけないんだっけ……どうしよう、何を話せば良いのかな。
「?」
「えーと……えーと……」
「ちょ、君から話しかけてきたのにこんなことで泣かないでよ……まあいっか、僕の名前はエメリッヒ、君は?」
「……メイヤー」
「そっか、それでそっちの君は?」
エメリッヒは私の後ろを指差した。
「僕はカタナだよ、よろしく!」
「よろしく、僕はエメリッヒだよ。君たちは知り合いなのかな?」
「うん、幼馴染だよ」
「なるほどね、羨ましいよ。僕なんか一人でここに来たんだ」
「そうなんだ……じゃ、じゃあさ、僕たちと友達になってよ」
少し緊張した面持ちでカタナが尋ねる。
あれ……? よく考えたら、マック以外の友達って初めてなんじゃ!?
「勿論良いともさ、コレからよろしくね。まあ同じ組に入れるかは分からないけどね」
「そうだね」
「そうなの?」
「メイヤー……そんなんじゃ村長さんに怒られちゃうよ。面接を受けたでしょ、その時に才能を測っていたらしいよ。ほら、ちゃんとここに書いてある」
「ふーん……あっ、そろそろ始まるわね」
会場内に満ちていたざわつきは段々と静まっていく。
面接の時にいたおじさんが登壇した。
エメリッヒが耳打ちしてくる。
「あの人、ガイスト先生だ。面接の時にもいたな」
そうそう、その人だ。
そのガイスト先生はよく通る声でこの広い空間に声を響かせた。
「──教練担当のガイストだ。今年もこの時期が来たな」
鋭い目つきで私たちを睥睨する。それはまるで、何かを見定めているような目つきだった。
「親に金を出してもらって、楽しい未来が待っているとと思い上がっているバカの出す空気だ」
ざわざわと話す子供達の声が増えていく。
「己が死ぬかもしれないなどと思いもしない愚か者がたくさんいる」
待機している教師たちも顔を見合わせている。
予定外の言動だったのかな。
「騎士になるとはどういうことか、それをしっかりとここで学んでいってくれ」
続いて登壇したのはこれまた面接の時にいたおばさんだった。
「はい、どうもお久しぶりです。寮長のハーピーと申します。みなさん、元気そうなお顔で安心しました」
ガイスト先生とは打って変わって、見た目通りの優しい声音だ。
「寮内で何か問題が起こったら私にまず話してください。すぐに対処しますからね。さて、みなさんのご活躍をお祈りしています」
そして最後に登壇した校長先生の話は長すぎて、終わる頃にはクタクタだった。
「と、とんでもない人だったね」
エメリッヒは引き気味に感想を述べる。
「最初の方に何を言っていたか全然覚えてないや」
カタナも続いて疲れている様子を見せる。
式は終わりということで、伝えられた教室に向かっている。
「僕とメイヤーはどっちも魔導クラスだったね、エメリッヒは?」
「僕も魔導だよ。良かった、友達になったのが無駄にならなくて」
「無駄って……」
「ああごめん、なんでもない。とりあえず教室に行こうか」
教室に向かうと、席はすでに半分ぐらい埋まっていた。
3人で近くの席に固まって座る。
「ねえねえカタナ、みんなノート出してるし私たちも出したほうがいいのかな?」
「うん、そうしようか」
持ってきた手提げ袋からノートとペンを出して机の上に置く。
「別に出さなくてもいいと思うんだけど……ってそれは!?」
エメリッヒが突然大声を出した。
周囲の視線が集まり、また息を呑む声がする。
視線の先にはカタナの机があった。
「シェ、シェープシフトの紋章ぅ!? な、なんでこんなものを!?」
「あ……そういえばあんまり見せびらかしちゃダメって言われてたっけ……」
カタナは呑気にそんな事を言っているけど、周囲の視線は釘付けだ。
「これは……触らないから見せてもらってもいいかな?」
「う、うん」
勢いに押されてカタナが頷くと、エメリッヒは限界まで顔を近付けて観察し始めた。
「外皮はイェロサラマンダーの棘皮を削った粉末を真珠薬に練り混ぜて固めてあるな。経年劣化しないようにするためか、うーん……そして真皮部分はフロストドラゴンの心臓の血管を燻した後に黄金蝶の体液をかけて硬質化してある……間違いない、これはシェープシフトのペンだ」
何か凄い勢いで呟いたかと思うと頷いてカタナに向き直った。
そのまま少し強張った顔で妙な事を言う。
「これまでの非礼をお詫びいたします。まさか高貴な出のお方だったとは……」
「え? え? 何?」
「ああ、いえ、そうか、お忍びで……ならば……いや、なんでもないよ。君は『平民の出』のカタナだね」
「そうだけど……どういうこと? メイヤー、分かる?」
「うーん、まあ高いからね……」
「やっぱ凄いんだね、このペン。マックに買ってもらってよかった」
「……カタナって結構図太いよね」
「ええ!?」
なんでショックを受けたような顔をしているのか、そのペンの値段とか色々知っている身としては言いたいことがあるけど。カタナに察しろと言っても無茶だろうなあ……
エメリッヒに耳打ちする。
「あのね、カタナは本当に普通の家の子だから。あれは友達に買ってもらったの」
「ンヒィ! いきなり耳元で囁かないでくれよ! ……え、どんな友達だよそれ」
エメリッヒは顔を真っ赤にしたかと思うと、引いたような顔になった。コロコロと表情が変わるなあ。
「シェープシフト製のペンをプレゼントする友達……意味が分からないんだけど、どういうこと?」
「うーん……分かんない」
マックについて説明しようとしたけど、思い出したら無茶苦茶すぎてうまく説明できる自信が無くなっちゃった。
「クソ、なんでそんな面白そうな奴がこのクラスにいないんだ……! まさか剣術クラスにいるのか!?」
「ううん、この学校には入ってないよ」
「どういう……いや、それだけ金を持ってればわざわざ学校に来る必要も無いか」
「うん、私たちが立派な騎士様になったら会う約束なんだ」
「私たち、ってことは君もなのかい?」
「うん……約束したんだ。だから、今日がその第一歩なんだ」
「あっ、ふーん……なんかそいつのことが殴りたくなってきたな」
微笑んだカタナを見てエメリッヒがいきなり物騒な事を言い始めた。
「顔も名前も知らないけど僕には分かるよ。そいつは良い奴なんだろうけど、間違いなく将来君たちを泣かせるね」
「うーん……そうかも」
擁護したかったけど、なんとなく想像できてしまったので同意するしかなかった。
そこにいきなり異音が響く。
それは物を振り回すような音に近かった。
出所を見ると教壇の奥側の空間のようだった。
段々と教壇の後ろの空間が捻じ曲がっていくと、中から男の人が現れた。
「はいどうも、私がこのクラスを担当させていただくイカロフです」
少し前髪が後退している男性はそう告げると、引っさげた鞄を開けて紙を取り出して教卓に置いた。
『響け、空の神よ。回れ、箱の中を』
何かよく分からないことを呟いたと思ったら紙は一人でに動き出して、教室内の生徒たちに行き渡った。
「はい、それが明日のスケジュールです。本日は初めての日ということでね、えー、ゆっくりしてください、はい。まずは寮に向かって荷物を置いてきてください。その後で学校を見て回ると良いでしょう。友達と一緒に回るもよし、とりあえず二刻程経ったらこの教室に集まってくだされば私が案内します。ということで、かいさーん」
イカロフ? 先生はさっさと説明すると再び空間の捩れの中に消えていってしまった。
カタナと顔を見合わせる。
「とりあえず、寮にいこっか……」
「うん……」