「え? なんだって?」
「どこに行ったって?」
二人してなぜか場所の名前だけ良く聞き取れなかった。
しかしロウは質問を無視してうんうんと頷いている。
「まあ、そうじゃろうな」
「なんだなんだ、俺たちを置いてけぼりにしないでくれ」
「生き抜いてきただけの者らよ。真実にはそう簡単に辿り着けん」
そう諭すロウは二人に何も教えるつもりはないようだ。しかしガイストとしてはそんな風に貶されて、はいそうですかと引き下がるのも面白くない。
イカロフは酔っ払ってて何も感じてないようだが。
そういうわけでもう少し食い下がる。
「確かに我々は騎士上がりの教師で、探索者たちに比べたら貧弱であるのは認めますが、酒の席なんですからもう少し手心をですね……」
「なんじゃ情けないのぉ、わしの若い頃ならあんな事言われた瞬間には切りかかっとったぞ」
「ぐぎっ……」
腹立たしすぎて変な音がガイストの口から漏れる。そもそもロウみたいなのと自分のような凡人を比較しないで欲しい、とガイストは酒の少し入った頭で思う、
「さっきからなんの話してるんですかあ?」
もう完全に出来上がってしまったイカロフ。半分椅子から崩れ落ちながら微動だにせずに割り込んできた。
「除け者にしないでくださいよお」
「……願わくば、大地と海に眠る神に祝福されますように」
「なぜ、いきなり祝詞を?」
この祝詞は、複数ある祝詞の中でも最もポピュラーだ。繁栄と健康を祈るモノであり、転じて親が子供の未来を祝福する時などに使われたりする。
割と雑に使われたりすることもあるが、こんな酒の場で使うものではないはずだ。
「ジンが行ってしまったのは結局のところ、この世界も行き止まりだからじゃよ」
「……ダメだ、意味が分からない。酔ってるからか?」
さっきからロウが話してることに何の繋がりも見えてこない。ただ我々を煙に巻くために適当なことを連ねて話しているだけの可能性もあるが、どうもそんな感じではない気がする。
「今のワシの言葉を聞いて分からないなら、やはりジンに関する話は聞かせられないな」
「……そう、かもしれませんね。まあ、ただの好奇心でしかないので、うん」
やはり超越者達は良く分からない。それなりに付き合いがあるつもりだったが、知識量が違いすぎる故だろうか。
「…………」
「うおおお!? いつの間に!?」
テーブルの横に受付のベッキーが立っていた。
笑顔だが、おそらくキレている。
「まあ、そうなるわな」
ギルド内で物凄い深そうな話(もちろん己たちには理解できないが)をしていたわけだから、秩序維持の観点からすると見逃せないだろう。
「概ねの事情は理解して下さると思いますが、ね?」
「怖いのう……ワシが若い頃なんて」
「大事なのは今ですよ、ロウ大師」
「わかったわかった、ワシはなーんにも話しません……反省してまーす」
「ちっ……」
うーんこのクソジジイ、話したがりで知識があって無駄に強いとか無敵かもしれないな。
ついでベッキーはギロリとこちらを睨む。
「ガイストさんもこんな昼間からお酒なんか飲んでないで仕事してください!」
「いや、今日の仕事は終わっててだな……」
「そうですよお、今日はせっかくの入学式の日なんですからパーっと飲みまくりましょう!」
ただの酔っ払いと化したイカロフの頬が強く引っ張られて変形する。
「なんなんですか貴方達は! 私なんてずーっとお仕事してるのに!」
「いぢぢぢぢ、ちぎれるちぎれる」
どうやら、ロウの言動を止めにきたのはただのポーズで、実際は昼間から呑んでる我々に八つ当たりしにきただけらしい。
どうせならベッキーも呑んでいけばいいんだ、とイカロフが隣に引っ張り込む。
テーブルには己、イカロフ、ロウ、ベッキーというなんとも珍妙なメンバーが揃った。
「え──? そんな、昼間から呑むなんてぇダメですよねえ?」
「ほほほ、良いじゃろて、綺麗なお嬢さんと呑むのも偶には楽しいわい」
「やだもー……じゃあ、頂いちゃおっかな!」
「ダメに決まってんだろ」
「お! ギルドマスターじゃないですか! 一緒に呑みましょう!」
「あのなあ……はぁ……」
苦労人の気を色濃く纏った彼はこの探索者ギルドのギルドマスターにしてチプタの村長、レクスだ。
クセの強いメンバーしかいないギルドをまとめ上げている有能筆頭といったところか。
それを本人に言うと喜ぶどころか「クセの強いやつしか残らねえんだよ……」とボヤいて一層背負う影が濃くなるのは割と有名な話だ。
「俺の娘が入学した学校の先生がこんなところで何やってんの? マジで……いやまあ分かってたけどさ、この村ってもしかして俺以外まともなやついないのか?」
イカロフとガイストを睨みつけるレクス、片手にはジョッキを持っている。流石にバツが悪いのか、2人は縮こまってさっきまでの元気な姿を見せない。かと思いきやイカロフは壁にもたれかかって寝ているだけだった。
「オラっ! 起きろ!」
「うわぁ! 冷たい!」
魔導によって冷水をかけられたイカロフは一気に酔いも眠りも覚めて辺りを見回すと、ここがどこか思い出したようだ。
そして改めて、同じテーブルに座る人を見る。
「あれ、なんでこんなに人が……って、ギルドマスターと門番さんじゃないですか」
「ちょっと、アタシは?」
「……ん? ああ、小さくて気づきませんでした」
「は?」
いつものイカロフが戻ってきたな。自分の興味の対象以外は視界に入っていても全く気にしない。
ベッキーは大層ご立腹だ。
うーん、ここまで混沌とした空間になるとは思わなかったな。こんな事ならギルドじゃない別の酒場に行くべきだったか。
でも一番安くて種類が多いのここだしなあ……
「おい、それでなんで先生方はこんな昼間から酒飲んでんだよ」
親バカのレクスはそのやり取りを無視して質問を繰り返す。
「僕は今も仕事してるので」
「そういう問題じゃないな? 俺の大事な娘を預かってる自覚あんのか?」
「だから今もちゃんと娘さんを案内してますって」
「うるせえ! 半分の力じゃなくて全力で案内しろ!」
ああ、これはギルドマスターも酒が入り始めたか? 最初はもう少しダウナーな感じで絡んできたのに、今は声量が出ている。
「おいガイスト先生よ、アンタもだよ」
「イヤ、俺は今日の仕事は終わったから」
パチーン! と酒場に軽く弾けるような音が響く。というか己がビンタされた音だ。
衝撃で口から炒り豆が溢れちまったよ。
「なんだコイツら! なんだコイツら! 教師失格だよ!」
「アンタも村長でギルドマスターのくせに昼間から呑んでるだろうが」
「俺は良いんだよ! 俺が法だ!」
本当にそうだから困る。仮にレクスが死刑だといえば本当に死刑になる。
下手な豪族連中よりよほど力がある男なのだ。
チプタ村が王都に次ぐ広さを誇る都市であり、戦線の最前線であり、遺跡の最多保有都市であり、英雄を生み出す都市であるからだ。
つまり、レクスはこの国で最も軍事力を有しているという事になる。なんでこんな所で酒を呑んでいるのか分からないぐらい地位のある男だ。
そこで、なんとなく直感が働き、かつての記憶が思い出される。
5年前のことだ、レクスがとある少年を連れて己のところを訪れた。
雲龍の出現により雲の塊が1年間もチプタの上空に居座り、そして消えた日のことだった。
龍を恐れて、家の外に出る者は少なかった。この世の終わりだ、と流言を垂れる者がそこら中にいるだけだった。
それが唐突に消えた。誰もが神への感謝を捧げていた。
漂っていた雲が全て雨となって降り注ぐ中で、己の家の扉が叩かれた。
レクスの隣にいる、ずぶ濡れの身体を気にも留めず空を眺めている少年からは生気というものを感じられなかった。
なぜレクスが己の元にその少年を連れてきたのかは、その魂の凄まじさが物語っていた。
何よりも濃く、何よりも暗く、何よりも大きかった。光のまるで存在しない、深淵のようでしか無かった。
「なんとかならないか? 恩人なんだ」
己に出来るのは、どうする事も出来ないと告げる事だけだった。
このままいけば衰弱死するだろうな、とそんな感想を抱いたのを覚えている。
「金なら出す、コイツはいずれ必要になる存在なんだ」
己は所詮、魂を見るしか能が無い。治すのは専門外なのだ。
しかしそう告げても、家族がいるにも関わらず、当時は一探索者であったレクスは諦めなかった。
その少年のために駆けずり回っていた。
医者に見せ、魔導師に見せ、祈祷師に見せ、あらゆる術理を試したが効果は無かった。
そんな事は知ったことでは無いと、レクスは次の手を試した。王都に連れて行き、次いでは海を見せ、山を見せ、聖剣の力を試し、ワンダーレガシーの力を借りたと聞いた。
しかし意味は無かった。
そして遂に、彼は少年をとある遺跡に連れて行った。級外異物ばかり出土する、『夕焼けの平野』と呼ばれる初心者御用達の遺跡だ。念の為にと、己も遺跡の中に入る直前まで付き添った。
あの永遠の夕焼けのような遺跡の中で何があったかは知らない。ただ、そこから出てきた少年はもう白痴の置物では無かった。
「俺の名前はマック・ロノシュ、よろしくな! ……ええと、ガイストさん!」
声色明るく社交的な人間性を持ったマックはその瞬間からこの世界に現れたのだ。
暗き魂は、紅と黒の二重螺旋に置き換わっていた。
『魂の総量は変わらない』
これは世界の法則の一つだ。
ならば何故、あの少年の魂の量は倍増していたのか。もとよりあり得ぬ程に莫大で、只人の身に宿す量の限界を超えていた魂が変質したというのか。
数多の魂を見てきた故に、余りにも現実からかけ離れた現象に恐怖が先行してしまった。
己はあの時、未来に起こるナニカを予感していた。
そして酔いの急速に冷めた脳みそは、勝手に言葉を紡いでいた。
「レクス」
「あん? なんだよガイストさん」
「マックが……いや、その時が来たのか?」
「……」
「あ、いや──なんでもない」
なんの反応も無い。言葉選びを間違ったか、それとも口に出すべきでは無かったか。
己の失言に後悔の念を覚えたが、同時に違うことに気付く。
動きが、無い。
少しの振動で揺れるはずの液体が完全に固まっている。
「なん……だ……?」
ギィィと扉が開く音が大きく響いた。