光の届かない、暗くて深い場所。
──それは彼らのいる場所。
光に満ちた、穏やかで遠い場所。
──それは彼らの望む場所。
何も無い、全てを放棄した場所。
──それはやつが彷徨う場所。
掘れ、掘れ、掘れ──
ただ、生きるため、逃げるため、そして、繋ぐため──
無限の世界の中で、隠れるための力を与えられたゆえに隠れることしかできない者たちは、いまだに夢を見続けている。
無限の世界の無限の資源は、1万年という短い歴史しか持たないにも関わらず「彼ら」の技術を引き上げていった。ソレを成し得たのは遙か太古に発掘された管理AI『Digging world archives for sons』、通称『Dwarfs』の指示があってのもの。彼らはその無機質な機械を神として崇め、AIも製造目的に従い彼らを導いた。
しかし、文明の発展と引き換えるように削り取られていく個体数。過去、幾つもの種族が現れては消えていったその箱庭の中で、彼らを超える技術力を持った者たちなどごまんといた。それは『Dwarfs』を作った文明も同様だ。
だけど、結局は滅びた。
それは、そう──
「ボルガン! だめだ、こっちももう持たない!」
「手を休めるな! 掘削班、掘り続けるんだ!」
「だめだ、崩れる!」
小人たちは永遠に掘り続ける。
悪夢から逃れるために──夢幻の世界のどこかにある理想郷に辿り着くために──
ソレを察知した者達は退避し、その瞬間にそれまで支えていた部分が崩壊し始めた。壁部からは奴の腕が見えている。
見ただけで怖気が走る、巨大な黒い肉。
ソイツに向けてその場しのぎの光弾が発射され、侵蝕を拒絶する。
捕食するためでは無い、ただ絶滅させるための存在。何故とか、どうやってとか、そういう疑問を差し挟む余地を持たない破壊者。
あまねく文明を意味も無く滅ぼし、執拗に生命を追いかける異常な存在がいた。
小人たちもこの存在に見つかったのだ。
かつて広い広い、豊かな地上で生を謳歌していた彼らは、兵器を作って対応しようとした。だが、勝てなかった。科学や魔法では解明できない謎の物質で構成されたその肉体を、何を持ってしても滅ぼす事は叶わなかった。
やがて空と大地を諦めて地下に引き篭もった彼らは、極めて巨大なシェルターを種族の終の住処と定めた。それは地上で生きる場を失った彼らが苦肉の策として作り上げた最後の場所。
逃げ続けるために今も地下深くに向けて掘り進められている穴の中に、肉塊が身を捩り込もうとしてくる。
文明は瀬戸際に立っていた。
救難信号をあらゆる言語で送っても、誰も、何も来なかった。見捨てられたのか、それともあの肉塊に全て滅ぼされたのか。
だが皮肉なことに、感情を有さないと思われていたAIだけが最後まで諦めていなかった。
『ウエポンシックスを解放します。みなさん、その場を退いてください』
「ドワーフ様! それは!」
『この一撃で全エネルギーを消費して、路を作り出します。みなさんは避難用シャトルに乗り込んで下さい。迎撃用兵器の駆動は一時的に私が行います』
「そんな…………終わりなのか、我々は」
『ボルガン首長、終わりではありません。これは始まりなのです。あなた方は私の手を離れ、大いなる意志のもとに解き放たれる』
「ですが!」
それは、AIと、AIが支える文明の終わりを意味していた。無限の世界で集められた資源は、有限の命が収集したからこそ有限しか存在しなくて、ソレらを全て消費して放たれる兵器は、まさに彼らの最後の灯火だった。
発展させた技術では解明できなかった最後のエネルギー。過去に滅びた文明の遺産をオーバーホールし、ただ複製することしか達成し得なかった未知の機械。
かつて1人の小人は数年分の資源を食い潰してソレを使用し、凄まじい破壊痕を残して跡形もなく消え去った。
それを巨大化したのがウエポンシックスという兵器だ。
議論の時間は無いと、兵器にエネルギーが充填され始め、地下世界が外郭部から次々と暗くなっていく。約100億㎢にも及ぶ広大な地下世界にエネルギーを供給していた機関が、その振り分けを段々と兵器に割き始めたのだ。
『良くぞここまで耐えましたね。私は、自分を褒めたい。私を製造したアルカンテスの民達も誇らしいでしょう。こうして世界が救われる瞬間に立ち会えた、ああ、なんと素晴らしい……』
誰に問われるでも無く、独り言を世界に撒き散らすAI。こんな事はこれまでに無かったと、小人たちは大いに戸惑っていた。これではまるで、感情があるようでは無いか。そして、事態に関して何かの確信を持って話しているような口調に、さらに困惑を深める。
その間もエネルギーは兵器に注がれ続け、限界を超えた運用に発電機関が異音を鳴らす。
『彼らにこの声が届くまでの一万年、とても長かった。理論上は存在する、だからアルカンテスも私を作り出した。だけど間に合わなかった。それが、異文明とはいえ完遂される……』
初めて紡がれるAIの意思とも言うべきその言葉は、言っている内容は分からずとも、小人達には福音のように聞こえていた。そして破壊者もまるでAIの言葉に耳を傾けているかのように、その場から動かなくなっていた。
『消えtいkh……これこstm死……わたszsoit……』
自らへのエネルギーの供給すら兵器に回し、ノイズ混じりの音声になり、沈黙する。そして、非常灯のみが灯る暗闇になった空間で熱暴走を起こしたエネルギー機関が爆発を起こし、最後の一言が告げられる。
『ありがとう』
放たれた光は地下の最深部に一直線に向かい、空間全体を揺らす轟音と衝撃の大きさがその威力を物語る。
小人たちは終わりを悟り、握っていた武器を落とす。照明の無い空間をただ一条で照らす、明るくて、温かみすら感じさせる終末の光を呆然と見つめていた。だが、恐怖の象徴を見ている者も存在した。
「あいつ、動かないぞ……?」
黒き肉塊は恐れ慄いていた。
この世界にいつの間にか生まれ落ちてから、ただ、滅ぼす日々。終わりのない世界に根を張る小動物を刈り尽くしたかった。何かを見つけたかった。何かは分からないが、ソレを求めていた。
あの光は別に大した事はない。かつて滅ぼしたゴミが同じようなものを使っていた。この身に及ぶモノではない事は今の己自身が証明していた。
だが、光の果ての奥底。その先に恐るべき気配があった。永き年月の中でも、魂に刻まれたまま残る遺恨。知らないはずのモノが現れた。自らに極めて似ている気配もあり、警鐘が甲高く鳴らされていた。
今はまだ遠いがすぐにでもこの場に現れるだろうソレに、黒き肉塊は撤退する事を決意した。
──────
「助かった、のか……?」
震える手足と脳はいまだに現実を捉えきれず、周囲にいる者たちと見つめ合うことしかできない。
何故か、アイツは帰って行った。数千年間をかけて追い詰めていたはずの獲物をあっさりと放棄して。
天敵がいる事が当たり前の、常に脅かされる事が前提の生。種族レベルの延命措置でしか無かったはずのシェルター内に、一時的とはいえ数千年ぶりの平和が訪れていた。
何をすれば良いか分からなかった。戦い、食べる、ソレしか習っていなかったからだ。
数千年に亘る逃避行は、彼らの文明そのものの形を歪にしてしまった。
地層に埋まった過去の文明の遺産を掘り起こすのは次の兵器の作成に流用するため。子供を作るのは種族を残し、次の兵士を育てるため。
中央に残った機械から響く声に従って、人生を終えるまで種族のために奉仕し続ける。
ソレこそが現在の彼らの在り方だった。
そんな彼らはしかし生存本能に従ってヨロヨロと立ち上がり、どれだけの直径かも分からない穴を覗き込む。残響のようなエネルギーの余波がいまだに地下世界を照らし続け、今空いたばかりの穴の奥の方にいる何かを強調する。
遠い場所にいたソレらはだんだんと近づいてきて、くっきりとシルエットが見えるようになってくる。
「なんだ……?」
「今度は何が来るんだ……」
二つの点は壁面にぶつかりながら上へ上へと昇ってくる。当然ながら引力は下に向いているため、歩いてくるというわけではないのだろう。小人達は謎の二つのシルエットの正体を確かめるために光学望遠鏡を用いる。そして朧げながらに輪郭を掴む。
「人……?」
「赤いのと黒いのがいるな……」
壁面にぶつかっていたのはどうやら壁を蹴った勢いで上昇していたようだ。
彼らは一体どこから来たんだ?
そんな疑問が小人たちの間に広まっていた。
そしてそんな疑問を解消するまでも無く、人らしき二つの影は穴から勢いよく飛び出した。
「…………なかなか穏やかな挨拶だな」
「いや、流石にこれは無いでしょ」