「やはり特別だな、眼を持つ者は」
「お、お前は……」
「素晴らしき世界に向けて、俺がやってきたぞ」
酒場の扉を開けて入ってきたのは、王都スチレスの探索者にして、つい一ヶ月前に稀代の大犯罪者となった『剛腕』のゴルディウスだった。
実物を見るのは初めてだが、その黄金に煌めく魂や立ち振る舞いなど全てがそう指し示していた。
理外の膂力でもってあらゆる敵を粉砕する男が何故ここにいるのか。
そう問いたいが、余りにも状況が特殊過ぎる。口を半開きにしたままの間抜けな男が1人、そこには生み出されていた。
「身構えなくても邪魔さえしなければ傷付けるつもりは無い」
「……これは、どういう事だ」
ジョッキを指差すとゴルディウスは満足気に頷く。
「俺たちは初対面だが、フフフ、これに見覚えはないか?」
無造作に空間ポケットに手を突っ込むと、夜空を宿したように蠢く模様が特徴的な、標準的な大きさの服のボタンを取り出した。
一ヶ月前の王都スチレスの強盗事件で盗み出されたワンダーレガシーがここにあった。
「…………まさか!?」
「まあ、そういうわけだ」
「だが、あり得ない! ソレは全てを静止させるはずだぞ!」
己の反応に嘆息を漏らすゴルディウスは何かを探しているように酒場内を見て回る。
「実際に起きている事を前にしてその反応は愚かと言わざるを得ないな、だが……ここも違うか」
落胆した様子を見せるゴルディウスだが、アレを使う事とここにいる事に何の関係性も感じ取れない。
「何が目的だ! 超越者!」
「人を探している」
いやにあっさりと告げられる目的。果たして信じていいものか分からないが、情報は多い方がいい。
「誰を探しているんだ」
「マック=ロノシュだ、当然知っているだろう」
やはり、そうなのか。彼こそが、始まりなのか。
想いを飲み込んで先を促す。
「……何故マックのことを探している」
ボタンをコロコロと手の中で転がし、何かに想いを馳せるように天に顔を向けるゴルディウスはまるで独り言のように呟く。
「眼を持つものよ、分かるだろう。この世界が一つの大きな湖だとしたならば、起きる出来事が水面に出来る波紋だとしたならば。お前達は小石ぐらいの影響力を持っている。その波紋は幾重にも連なり増幅し、世界を動かしていくだろう。そして、俺を含め『明け星』『紅鎧』『前進』のような超越者が起こす波紋は一つで湖全体に影響を及ぼし得る」
ゴルディウスはにわかに手を強く握りしめると、その髪のように黄金色だった魂が黒く染まっていく。
「足りんのだ」
「なんだと?」
「湖全てを吹き飛ばすような巨大な存在でなければ、俺の目的には届かないのだ」
「!?」
こちらを向いたゴルディウスの目は真っ黒に染まっていた。
「その為には、マック・ロノシュに協力してもらう必要がある。それこそが、俺が今ここにいる理由だ」
「……お前は、なんだ?」
問い掛けると先程の姿は嘘のように、ゴルディウスは元の姿に戻って踵を返す。
「もうここに用は無い。また会う事もあるだろう、それまで答えは預けておこう」
「待て!」
追いかけようと一歩踏み出した瞬間、目の前からゴルディウスは消えていた。
「あ! ガイスト先生! なんで先に帰ろうとしてるんですか!」
「今、ガイストさん一瞬で移動してませんでした?」
「ガイスト、お前さん……」
「今の、この感覚は……」
いつの間にか動き出した世界の中で、己だけが違う空間にいるようだった。全身をびっしりと覆う汗と震えが、今の短い出来事が白昼夢でない事を保証していた。
嵐のように通り過ぎていっただけの超越者は、この先に待ち受ける試練の大きを予感させ、先程の飲みの場に戻るような安直な気持ちを許してはくれなかった。
覚束ない唇を懸命に動かして、2人に言葉を投げかける。
「ロウさん、レクス、話がある」
「ふむ……どうやら、必要なようじゃな」
「俺からも話がある、ベッキー、良いか?」
かくして、ワイワイと騒いでいた5人からガイスト、ロウ、レクスの3人だけがその場を離れ、ギルドの奥にある部屋に移った。最高位の魔導による処理が施されており、密室となっている
ギルド側では追加で幹部級の構成員が招集されており、彼らが到着するまで部屋で待機する事になった
更に、正確な話し合いとする為に、酔い覚ましのピルジャ茶を3人分用意する。
ピリピリと少し痺れるような感覚が喉を通るたびに、あの出来事でも抜け切らなかった酔いの気が引いていくが、雑談の為でも口を開く気になれなかった。
沈黙の続く部屋に幹部が到着して挨拶だけは済ませるが、彼らも空気に当てられた故にか、なかなか緊急集会の場は始まらない。そんな中で口火を切ったのはレクスだった。
「まず俺から話させてもらう。先程、王都スチレスに保管されていたワンダーレガシー、時間停止ボタンが使用された事が確認された」
ザワザワと動揺が広がり、うち1人が発言を行う。
「使用したのは、時間停止ボタンを盗んだクラン、ゴルディウス=グランドレッドでしょうか」
「ソレに関してはここにいる重要参考人、アルバート騎士学院の教練長ガイスト氏に話していただく」
「アルバート騎士学院所属、ガイストです。事の顛末といたしましてはまず──―」
予め決めていた通りに立ち上がり、一部始終を語る。
そして語り終えて一番、レクスがロウに意見を求めた。
「北門 門番統括 ロウ殿に意見を伺いたい」
ロウからはいつもの好々爺然とした表情と雰囲気が消え、圧力すら感じさせる気配を発生させていた。
「──話の前に一つ、侘びよう」
そう言って、あのロウが腰を曲げてギルドの構成員に頭を下げていた。
慌てて周りの者がソレをやめさせる。
幹部の中で年長の構成員がロウの謝罪に言及する。
「大師ほどのお方がされる事ですので、事情があったのは理解しています。ソレについての詫びは結構です。しかし、改めて、説明をお願いいたします」
「うむ……我らの罪、ソレは、マック・ロノシュに関する事だ」
その後に語られた事は、マックの魂が変化したのを実際に視た己の想像すらを遥かに超えている事だった。
聞いているだけで頭がおかしくなりそうな現実離れした説明に、己だけでなく幹部の何人かも自らの正気を疑ったようで、頬をつねったりしていた。
しかし仮に、ソレが本当のことなのだとしたら、マックを今すぐ保護しなければならないだろう。
当然、レクス以外のギルド側からも同様の声が上がる。
ソレに答えを返したのはレクスだった。
「マックについては、気にする必要は無い」
「何故ですか? 今の話が本当のことだとして、仮にマック・ロノシュがゴルディウス=グランドレッドに捕まった場合、どれだけの被害が出るのか見当もつかないのですぞ!?」
「マックはジンと一緒にいるからだ」
「ジン……『明け星』の、という事ですか? しかし彼は……」
「そうだ、ジンが消えたという昼間の事件のことだろう? 報告としては『明け星』のジンが消えたという事になっているが、実際はマックも一緒にこの世界から離脱している。突然すぎて緘口令を出すのが少し遅れたから、ギルドの下級構成員達でも知ってる話にはなってしまったが、兎に角、マックはジンと一緒にいる」
そうだったのか……つまり、酒場でのあの異様な雰囲気というのはジンとマックがいなくなったからだったのか。
確かに、この村からジンがいなくなったなんてバゲットに伝わったら戦争が始まりかねない要素だ。
「ガイストさん、お察しの通りだ。対外的には一般人に過ぎないマックは兎も角、ジンに関しては万が一にも情報が漏れたりしたら再びあの悪夢の再現になりかねない」
集まっているうちの数人がブルっと身震いをした。悪夢を体験して生き延びたのだろう。顔色ひとつ変えなかったのはロウのみであった。
「し、しかし、そのマック少年とジンはどこに行ったのですか? 遺跡に行ったというのは分かりましたが、どの遺跡なのですか?」
「ソレはお主らには理解できんじゃろう、例の如くな」
「そう、ですか……」
「お待ちいただきたい、理解できないというのはどういうことでしょう? 私にも分かるように話していただきたい」
己が酒場でロウに尋ねた時もそうだった。説明すらせずに突き放されては事情を少しでも知るものとして、納得し難いものがある。
「ガイスト……お主は眼を持つ者として、魂について多少は知見があるじゃろう」
「多少は、ですが。それが何の関係があるのですか?」
「ある程度まで遺跡に潜れるようになった者なら知っとることじゃが、遺跡で死線を超えた者は、魂にナニカが蓄積していく。何なのかまでは分からんがの」
そんな話、聞いたことが無かった。それに己は50年生きてきた中で様々な者達の魂を見てきたが、全く気付かなかった。実は見えていたのだろうか?
「気付かなかったじゃろう。見えていなかったように思うじゃろう。しかし、実際は遺跡に潜った者の魂は変質しているのじゃよ。質だけでは無い、量もな」
「──いや、ソレはあり得ない。私はしっかりとこの眼で魂を視ていますし、私はそんな人間をマックしか知りません」
何故ロウはこのような変な事を言うのだ。誓って、己は自らが正気を失っていないと断ずる事ができる。
発言の真意はなんだ。
「ソレこそが、お前さん達がジンとマックの行き先を理解できない事と同種の現象じゃよ」
「? ……どういう事ですか」
レクスだけはソレを理解しているようだが、ソレ以外の全員の顔には困惑しか浮かんでいなかった。
「ガイスト氏ではありませんが、私も理解できません。いつもロウ殿は「お前達には理解できない」と仰いますが、どういう事なのですか。業務上仕方ない事と流してきた事ではありますが、この際、納得できるように説明していただけると助かります」
「ふむ……」
チラ、とレクスの顔を伺うロウ。
レクスは致し方無しとばかりに頷いた。
「魂の変質をガイストが認識出来なかったのは、それがこの世界の理であり、呪いだからじゃよ」
言ってから数秒全員の反応を見た後、ロウは続けた。
「肉体はこの世界にある故、お互いの姿を認識はできるし、魂も元の形ならば視る事能うじゃろう。しかし、変質した部分に関しては、この世界とは違う場所に存在している。それは遺跡では無い、少しズレただけの所に存在するのじゃ。ズレている故、視える者は少ない。視えた者も、魂の質が低ければ視たという事実さえ忘れるじゃろう」
「……あーー、と……」
────え?