そんなに都会が良いのか!?   作:goldMg

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おめぇハイエナかあ?

「さて、リリスも寝ついた事だし行こうか……っと、その前に」

 

 自身の膝に頭を載せて寝息を立てる女性の髪を手櫛で梳いていたアキトは、そっとその頭を下ろして立ち上がる。勝手に棚を物色すると薄い毛布を取り出し、彼女の体にかけた。

 なるほどな、コレがモテる秘訣か……

 

「待たせたな」

 

「いや、睡眠は効率を上げる上で大事だ。コレからも定期的に頼むよ」

 

「う、うーん……」

 

「まあいい、今度こそ出発しようか」

 

 リンとアキトを引き連れ、城の階段を下る。厩舎が行き先だが、その前に兵站調整室に立ち寄らなければならない。

 軍団長室は5階だから遠いんだよな。行き来が面倒くさいしなんか良い案無いかな……

 二人を一旦待たせて、兵站調整室に入室する。

 

「統括長のウェッジです。馬を借りたいのですが、この書類で良かったですかね?」

 

 記入が済んだ書類を見せる。エリナ姫と、寝る直前に書かせた軍団長のサインまで入っているのですんなり通るだろう。

 しかし窓口担当者は慌てた様子でこちらに制止をかける。

 

「しょ……少々お待ち下さい!」

 

「座っても?」

 

「ああ、失礼しました! お掛けしてお待ちください! し、室長〜! 室長〜!」

 

 面倒だな。これならむしろリンに持って来させた方が良かったかもしれない。

 幸いにして調整室の室長はすぐやって来た。

 

「本日はようこそおいで下さいました。一体どのようなご要件で?」

 

「馬を借りに来ただけなのだが、調整室の手続きは一々室長を呼ばないと出来ないのか?」

 

「い、いえ、そのようなことは……本題に入らせて頂きますと、馬を借りる為には基本的に一週間前に書類を提出する必要がありまして、ええ……」

 

「そんな事を統括長の私が知らないと思っているのか? ここを見なさい」

 

 エリナ姫と軍団長のサインが記されている。そして私のサインも併せて、この、馬を借りるためだけの書類がどれだけの効力を持っているか分かるだろう。

 室長も流石にコトの重要さというモノを察したのだろう。書類の内容を見たフリだけして顔を上げ、愛想笑いに顔面を固定する。

 

「ええ、馬を3頭という事でしたね。直ぐに準備させますので少々お待ちください」

 

「え、良いんですか? 一週間前に書類提出しないといつもは──グェッ」

 

 新人だろうか。今の話に口を挟んだ元気そうな女子が脳天に拳骨を落とされて、女子にあるまじき声を上げながら撃沈した。

 室長はこちらをチラと伺ってニコッと笑った。私もニコッと笑った。

 この場には一週間前に提出された書類に従って馬を借りに来た統括長しかいなかった。そういう事になった。

 

「コチラの馬です。長期の旅にも耐えるように訓練してあります」

 

「うむ、ご苦労様。さて、アキト殿、リン君、準備は良いかな?」

 

「元より旅から旅への根無草。今回は十分な準備をさせてもらったけど、なんならこの剣さえあればいつでも旅を始められるぜ」

 

「私も準備完了しております!」

 

「ソレは頼もしい、私はこういった旅に慣れてない故、是非とも助けてくれ」

 

「ありゃ、こんな重要な任務に行くんだから旅は慣れてるもんだと思ってたぜ」

 

「ハハ、今度はアキト殿が先生だな」

 

「おっしゃ! 任せとけ!」

 

 かくして、正体不明の調査任務が幕を開けた。

 

 

 ──────

 

 

「先生、正体不明についてなんだけど」

 

「なんだい」

 

「本当に、何の情報もないのか?」

 

「ふむ……」

 

 実際のところ、生き残った4人の口述が揃わないというだけで、どういうモノだったかというコト自体の聞き取りはできている。しかし、ソレを元に討伐隊を組むには情報が足りないため、調査のために100人単位で派遣する事を計画していたのだ。

 

 一人目曰く『あれは獣だった。いや、獣では無かった』

 二人目曰く『見た瞬間頭痛が走り、その場に崩れ落ちてしまった』

 三人目曰く『武器を振り上げ、振り下ろすまでの間に蹂躙された』

 四人目曰く『立ち上がったら自分以外の全員が倒れており、次の瞬間には自分も気絶していた』

 

 などという情報で何が分かるというのか。

 

「……兎に角、速いなそいつは」

 

「そうだな、私としては見た瞬間頭痛が走ったというのが気になったが」

 

「俺の剣技で追いつけるか……」

 

「アキトさんなら行けますよ! 軍団長より強いんですから!」

 

「問題はそこじゃ無い、でしょう?」

 

「その通りだ」

 

 私は、その怪物が現れた原因の方が気になっている。一体の怪物に対して、必要以上に過大評価する意味は無い。しかし、その怪物が今後一体しか出て来ないという保証は全く無い。

 

「国を落とす怪物……だが、ソレは本当に一体なのか? 我々は、本当に目の前の脅威だけ相手にしていれば良いのか?」

 

「統括長……」

 

「アキト殿、リン君、我々は未曾有の災害に対して人類が勝ち得るのかを決める為の始まりの"楔"なのだ」

 

「そんな気負うなよ、って言っても先生は色々な責任を背負ってる立場だしな……」

 

 そうだ、私はこの国のトップの一人として国民を守る義務を持つ者の一人だ。だからこそ、今回の任務を成功させる必要がある。

 そこに、何の関係も無いアキトを巻き込んでしまう事に申し訳ない気持ちもある。

 

「旅路で出来た縁を大事にするのが俺のポリシーでね、先生は他国の人間が勝手に協力してくれることを喜んでれば良いぜ」

 

「今回は私っていう報酬がありますからね! アキトさん!」

 

「おう、報酬は貰えるなら貰うぜ」

 

「んふふー」

 

「ソレにしても、その怪物とは何処ら辺で会えるのかね」

 

「まずは調査隊が遭遇した村を目指す」

 

 無闇に探したところで、コレまで見つけることができなかった怪物と遭遇できる可能性は低い。一方的に蹂躙されたとはいえ、戦闘行為が発生した場所で痕跡を探すのがまずは確実だろう。

 村までは馬で五日ほどだ。

 

 

 ──────

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「…………」

 

 三人は言葉を失っていた。眼前に広がる光景は、あまりにも信じ難かった。

 戦闘の痕跡、ソレがあまりにも、想像を超えていた。

 大地に深く刻まれた爪痕、幅と深さは人の背丈の2倍ほど。その長さは城の高さに匹敵するだろうか。

 爆散した木、その直径から相当の巨木という事が見て取れるにも関わらず、何がぶつかったらこうなるのか、全方向にカケラとなって散らばっている。

 村に存在したはずの建物は全て圧壊している。嵐が通った後だとしても、こうはならない。

 あちらこちらの地面も陥没しており、重い何かがぶつかった事が予想された。

 

「まずい……まずいぞ……まずい!」

 

「コレはちと、俺には荷が重いかなあ……」

 

「ど、どうするんですか、こんなの、絶対勝てないよ!」

 

 想定上の最悪を遥かに超えるモノがそこにはあった。他の村が壊滅した際の報告書にあった被害から算定できる想定戦力を遥かに超えている事が決定してしまった。

 ウェッジの脳がコレまでの人生の中で最も早く回転していた。

 自らの目がおかしくなっている訳ではないのであれば、王国の全兵力とこの痕跡の主を戦わせたとしても痕跡の主に軍配が上がるだろう。

 

「とにかく、痕跡を詳しく調べるぞ」

 

 震える声で次にやるべき事を告げる。村の中に入り、最初に見た光景の他に何が残っていないか調べる。

 戦闘に関する痕跡らしきもので言うならば、あの巨大な破壊痕が一番目立つが、焼け焦げたような痕もあちこちで見られた。爆散した木片も一部炭化しており、怪物が一体どんな摩訶不思議な術を使うのか想像のみが膨らんでいく。

 そして被害者のものだろうか、夥しい血痕が残っているところがある。しかし遺体が存在せず、そこに人がいたことを残すのは、血痕と、兵士のの鎧の金属片や服の切れ端のみとなっていた。

 

 そして周辺を捜索すると、土を掘り起こして再度埋め戻されたらしきモノが、何十個も見つかった。ソレは一箇所にまとまって配置されていた。

 念の為掘り起こしてみると、腐敗のはじまった遺体が入っていた。

 

「統括長! 何か見つけたんですか? ……コレは」

 

「間違いない、これは墓だ」

 

「だけど、誰が……?」

 

 そうだ、この村に派遣された兵士は四人を除いて全員死亡した筈だ。しかし、ここでウェッジは一つの奇妙な点に気付く。

 アレだけの破壊を齎す怪物から、馬に乗っていたとはいえ逃げられるのだろうか? 

 ソレに、この墓を誰が作った? 

 その疑問を解決する方法は……

 

「誰か、兵士では無い誰かがいた……?」

 

 逃げ延びた村人が帰って来た? 

 アキトのような旅人が通りすがった? 

 いや、逃げ延びた村人ならその怪物を恐れて、ここには戻って来ないだろう。アキトのような剣に自信のある旅人でも、ここまでの事には対処できないだろう。

 そこでアキトが焦った声でコチラに走ってくる。

 片手に何かを掴んでいる。

 

「おーい! 先生、コレを見てくれ!」

 

「何だ、ソレは」

 

 アキトは球体を持って来たようだった。

 しかし、中で何かが蠢いているようにも見える。

 

「なんか一瞬光ったように見えたから掘り起こしたんだ、あのでけえ爪痕の中心に埋まってたんだよ」

 

 透明な球の中で、雷が走っている。一体これは何なのか、この惨状と関係があるのか。

 しかし思考はまたもや中断される。

 

「申し訳ないんだけど、それ──」

 

 背後から見知らぬ声が聞こえ、瞬間、アキトが剣を構えた。

 

「二人とも、俺の後ろに! コレを持っていてくれ!」

 

 アキトは目の前の男と相対しているだけで冷や汗が止まらなかった。今の今までなぜ気付かなかったのか、この圧倒的な格の違い、全神経を注いで一挙手一投足に注目する。

 その男が次にしたのは、両手を挙げることだった。

 

「いや、そのマナクリスタルを返して欲しいんだけど……」


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