30人はその村を見て絶句していた。人の営みが行われているはずの村にはその活気は存在しない。倒壊した建物の下で今にも命を散らしそうな者、上半身を潰されて一瞬で絶命した者、切り裂かれて散らばった者。
そして村の中心にある集会所の屋根上に鎮座する、雷撃を全身から迸らせる光の化身。
その口には今まさに光の鞭に囚われた犠牲者が運ばれようとしていた。
そして兵士の一人、レイモンドはこの村の出身だった。各地の村が壊滅しているという報せを聞いて常に心配していたのだ。そして何も無いだろうとは思いつつも、故郷の村の調査隊が組まれるということで参加を希望した。
彼の目の前で今まさに食べられようとしているのは、彼の姉だった。
「きゃああああああ!!」
「やめろおおお!!」
レイモンドは目の前の惨劇を防ぐために矢を放った。しかし怪物の体に届く前に、奔り出た稲妻によって矢は消し炭となる。
怪物は、全身と思しき部分をムクリと起き上がらせる。周りに集まる塵芥を認識したのか、顔をコチラに向けてニヤリと嗜虐的な笑みを浮かべ、獲物を再び口の中に入れていく。
「やめろ……やめてくれ……」
レイモンドの懇願は聞き入れられた。口に運んでいた姉は恐怖に歪んだ顔をそのままに、口の外に放り出される。
「きゃああ!」
助かったとは言え、屋根上の高さから放り投げられたのだ。またも悲鳴をあげたまま腕から地面に突っ込み、骨折したのだろうか、蹲って動けなくなってしまった。
ほっ、と安堵の息を吐くレイモンドだが周囲29名はすでに臨戦体勢に入り、レイモンドに対しても檄を飛ばす。
「安堵している場合じゃ無い! 武器を構えろ!」
「おう!」
巨体を誇り、知性を感じられる怪物に対して展開するのは、各個撃破の糸口を与えるだけと固まったまま各々の武器を構える。
しかし、一人がいきなり呻き出す。
「あがっ! 頭が…………痛い!」
怪物が反応して光の鞭を一閃させた。
「ぐああああああ!」
ただそれだけで10人が吹き飛ばされる。幸い、重症にはならなかったが、体の自由が効かないようだ。
「くそ! 援護しようにも人数が足りん! 近付いて攻撃を当てるしか無い!」
「待て! レイモンドの矢がどうなったかを見ただろう! 恐らく近接しての攻撃も同様の結果に終わるはずだ!」
「ならどうする! 弱点を探すしか無いぞ! ソレには、攻撃するしかねえだろ!」
一人が吶喊して自らを鼓舞し、突っ込んでいく。振るわれた光の鞭を見極めて次々と避ける。
「援護しろ! 今度は火矢を放て!」
すぐさま9人が鏃に布を巻きつけて腰の油壺に突っ込む。火を付けると矢を番え、怪物に向けて次々と放つ。
幾つかは稲妻に迎撃されるが、バスバスと怪物の身体に当たると、稲妻にかき消された時とは違い、僅かに表面らしきモノが見えるように焦げる。怪物は不快そうに身動ぎすると、援護射撃している者達を睨み付け、光の鞭をそちらに向けて振るう。
「盾を前面に構えろ!」
直ぐ様に小盾を構え、鞭に対して身体が出る面積が最小限になるように体勢を整える。
先程とは違い、しっかりと踏ん張った状態で鞭を受けた故、吹き飛ばされはしなかったが地面を数m押し流されるほどの威力だった。
「ぐおおお!!」
「重過ぎる! 次は避けるぞ! 援護射撃を続けろ!!」
「無理だ! 鞭が止まらねえとどうにもならねえ!」
怪物による鞭の攻撃は一回振るわれて終わりでは無い。次々と繰り出される鞭を何とか避けているが、死の舞踊をしているだけに過ぎない。
一歩間違えれば死という状況で、全員の神経が研ぎ澄まされる。そして、9名以外も遊んでいたわけでは無い。
「ガルァッ!?」
別方向から火矢が打ち出され、怪物の頭部をモロに捉える。
最初に吹き飛ばされた10名を離脱させた残りの10名が先ほどの光景を見て火矢を打ち出したのだ。
「今だ! 矢を番えろ!」
「グルァァアアア!!」
2方向から浴びせられる火矢に、溜まったモノでは無いと咆哮して、鎮座していた集会所の上から飛び降りる。
駆け回り、狙いが定まらないようにしながら鞭による攻撃を仕掛けて来た。
「弓は諦めろ! 盾で防ぐんだ!」
「俺もいるぜ!」
そこに来たのは、先程一人突貫を行った兵士だ。レイモンドの姉を安全地帯に避難させる隙を窺っていたのだ。そして避難が完了し、この場に舞い戻った。
「俺ならあの鞭を避けられる! 俺が囮になるから隙を探すんだ!」
「任せた!」
鞭の攻撃を避け続ける。しかし、囮になると言っても怪物の本体自体が俊敏に駆け回っているため、彼もなかなか怪物の懐に潜り込む事ができない。
「くそ! どうすれば!」
そこで彼の目に遠くに留めてある馬車が目に入る。彼は思い出す。馬車の中には替えの油壺が何個もあったはずだ。
「皆! 馬車から油を取ってくる! それまで耐えていてくれ!」
彼はそう言うと、その場から離脱しようとする。しかし、怪物はその隙を見逃さなかった。一瞬で彼の背後に回ると、腕らしき部分を叩きつける。
呆気なく、それだけで彼は地面のシミとなった。
辺りがシン、と静かになる。
しかし隊長は腹に力を込めて叫ぶ。彼がやろうとしていた事を察したのだ。
「腑抜けるな! 俺たちは避けながら油を撒く! 10人は5人5人に分かれて盾と弓役で俺たちを援護しろ!」
直ぐ様陣形を組み替え、油を撒き始める。怪物も何かをやろうとしている事を察したのか、油を撒いている9人を重点的に狙う。
「撒き終わったら、同じように分かれろ!」
9人を狙っている間に5人からの火矢を受け、煩わしそうにするが、構わずに攻撃し続け、遂に一人に追いついた。
「グルァッ!」
「あがっ……」
その口が彼を噛み砕き、その場には焼け焦げた断面を持つ手足の先のみが残された。
「うぎっ……」
「ぎゃああああ!!」
直接攻撃に切り替えた怪物から逃れ切ることができずに次々と犠牲者が増え、9人のうち5人が食い千切られた。
「くそッ! 早く、撒き終われ、早く! ……あっ」
「逃げろおおおお!!」
焦って周りが見えなくなった少年は、自らに掛かる影に気付いた。周りの叫び声を聞きつつも自らの運命を悟り、目を閉じる。
しかし、いつまで待っても終わりはやってこない。
恐る恐ると顔を挙げると、不定形だった怪物は獅子のような出立ちになっていた。
無風の中でもうねり立つ雷の毛並みが逆立ち、ある方向を睨んでいた。
「ガルルル…………」
「あ……あ……」
間抜けな顔を晒して声を漏らす少年は獅子と目が合い、横向きの衝撃を受けて吹き飛ぶ。
邪魔だ、と言わんばかりの一撃だった。
少年の鎧はひしゃげ、近くの兵士が様子を確認するが、気絶しているだけのようだ。どこかに注意を向けている怪物がまたコチラを見る前に避難させようとすると、空気が変わった。
「ゴガアアアアアアア!!!!!」
「うぐぅっ! な、なんて声量だ……」
先程まではお遊びだったと言わんばかりに全身から無数の光鞭を走らせ、溢れる稲妻は先ほどよりも太く、触れた地面を焦げさせる。
そして、怪物が向いていた方向から、砂煙が近づいてきた。兵士達も皆気を取られて隙だらけにも関わらず、怪物は攻撃してこなかった。
「な、なんだ……?」
「もしかして救援か?」
「いや、狼煙すら上げられていないのに来るわけがない」
しかし、やがてその姿が顕になる。
ドドドドと凄まじい速度で近付いて来たのは
「誰だ?」
「人間、だよな?」
長剣と弓を背負った青年と、短剣を2本構えた少女だった。
見たことの無い鎧を身に付け、胸元にある勲章らしきモノも王国のソレとは違った。
「大丈夫か! 助けに来たぞ!」
「……君達は、何者だ? ……いや、そんなことは今はどうでもいい! 助力に感謝する!」
「…………間に合わなかったようだな、済まない」
青年は村の惨状やシミとなった兵士の残骸を確認し、謝罪を行う。
「……! アイツ、3級の! タイクン、やれるのか!?」
「ファルメンレオか……倒したことも実物を見た事もねえが、やり方は知っている」
青年が背負った長剣と弓を片手ずつに持つと、不思議なことに弓は全体に火がついて、燃え続けているようだった。
その火を青年はなぜか長剣に移し、弓の方はまた背に戻した。長剣は布など燃える素材がついているようには見えないが、燃え盛っていた。
「タイクン! 俺はエンチャントが出来ねえ! どうすればいい!」
「……小せえが、この短剣は氷の精霊の心臓から造られたものだ。これがあれば多少は対抗できるはずだ。念の為に渡しておくからあいつらの離脱を手伝ってやってくれ。俺は時間を稼ぐ」
「わ、分かった」
「ゴルルルル…………」
青年は小振りの短刀を取り出すと、少女に手渡した。
怪物は彼らから目を離す事なく、先ほどの状態のまま唸り声を上げている。
「クソ、魔導が使えねえ……どうなってやがる」
「タイクン、気を付けろよ!」
「ああ! 分かってる!」
少女がこちらに近付いてくる。
その間に青年は剣を構えてあの怪物と相対していた。一人でやるつもりか?
「待て! アイツは恐らく雷のようなモノを使ってくるぞ! ソレに尋常じゃなく俊敏だ! 一人でやるのは無茶だ!」
「オッサン、タイクンなら大丈夫だ。アイツはバカだけど、戦闘に関しては才能の塊だからな。ソレよりもオッサン達は逃げた方がいい。その見た目的に冒険者ってわけでは無いんだろ?」
「冒険者? なんだそれは」
「……あー、まあいいや、取り敢えず離脱してくれた方が俺たちもやりやすいって事だ」
よく分からない事を言う少女をよそに、戦闘が開始された。
「ゴアアアアアア!!」
「おおおおお!!!」