ファルメンレオは先程の突進を再び繰り出してきた。
何度でも炎を放ってくるが良い。何度でも叩き潰してやろう。強者だからこそとれる選択肢だった。
「もう、避けられるぜ!」
突進の溜めの間にこちらも弓に魔力を込める。火矢では無い、魔力の塊である炎矢が、会の射法をとった手から生成される。その熱量は先程、長剣に魔力を込めた時よりも大きい。
再び衝撃波を纏った目の前の敵の動きを、タイクンの目は捉えていた。土壇場で成長したわけでは無い。霊薬により魂の器が一時的に拡張され、肉体の器も現在の規格を一時的に超えたのだ。
「そして、今の俺に当てられない獲物はいない!」
かくして超音速を捉えた眼差しを存分に活用し、敵がこちらに到達する前に炎矢を放つ。
「ゴアアッ!?」
横っ面に激突してきた熱の塊にベクトルを捻じ曲げられ、体制を崩して地面に巨体を突っ込んだ。すぐさま身体を変形させてコチラに正対し、またもや突進を繰り出す。
「げっ、やっぱりちゃんとした肉体はねえみたいだな」
「…………」
初めての試行に一杯一杯で動けないフィールシットが、攻撃の余波を喰らわないように突進を誘導する必要がある。
弓を細かく放って誘導し、ギリギリでの回避を演じる。
少しずつ移動させて目当ての場所までファルメンレオの位置を持っていきたいが、なかなかうまくいかねえな。
「集中し続けろよ!」
「うわっ! いきなり抱えるな!」
アレをやる為には、動けないこいつは予め場所に配置しておく必要があるな。
移動しながら一つ耳打ちし、耳打ちとは別でもう一つ頼む。
「お前の短剣、一本借りるぜ!」
「えっ、ちゃんと返せよ!?」
無理! なぜなら炎の元に焼け尽きるから!
勘違いしていたけど、あの突進は全然大技じゃねえな。二段階目の通常攻撃って感じだから、弓だけだと恐らく対処できねえ。そのうち最大攻撃が来る。ソレを凌ぐ為に近接武器が一本必要だった。
あ、もう大丈夫です。
目的の位置にポイっとフィールシットを投げ捨てる。
「もっと俺を丁重に扱え!」
「バカ! 迂闊に声を出すな!」
さっき借りたばかりの短剣に炎を付加し、魔力を込める。フィールシットを狙って突っ込んできたのを無理やり弾き逸らすことに成功した。
「良いからお前は魔力を込め続けろ! 勝機はそれだけだ!」
「で、でも、全然籠ってる感じがしないんだけど……」
「ああ!? 貸してみろ!」
ひったくって見ると、僅かだが冷気が漏れている。
「籠ってんじゃねえか! コレで良いんだよコレで! ──おらああ!」
「うわああ!」
再び突っ込んできたヤツをいなしたけど、やっぱ一撃が重いな! 立ち止まってるのは愚策だ、余波でフィールシットが吹っ飛ばされかねねえ。
「おら! 続けとけ!」
状況が厳しすぎて口調が荒っぽくなっちまうが、仕方ねえ。ひったくった短剣を突き返す。
魔力の込め方を変えて矢を同時生成し、3射同時に放つ。余さず命中した矢尻が爆発し、怯ませるが
「こいつ全然疲れねえじゃねえか!」
マジでスタミナどうなってんだこの化け物は。俺は霊薬飲んでんだぞ? 3級ヤバすぎだろ。しかも霊薬の効果だっていつまで持つか怪しい。次に冒険に来る時は常に最上級の装備でくるぞこんなん。ていうか他の冒険者どこ行ったんだよ、コレ俺の役目じゃなくね? 3級冒険者の依頼対象だろ。
あまりの理不尽さに益体もないことを考えてしまう。
「だが、やり切るぜ俺は」
気を引き締め直す。一度介入してしまった以上、最後までやり抜くしかない。それが冒険者としての、男しての俺の矜持だ。
──―1000万ゼニー───
「うおおおおおお!!!」
一瞬考えてはいけないモノが出てきたので、振り払うように雄叫びを上げる。
「お前はここで絶対に倒す!」
だが、俺が倒すにはこの弓だけだと威力が無さすぎる。本当なら全魔力を弓に注いで一発にかけたいけど、倒せるか自信が無い。だから小出しに魔力を注ぐしかねえ。俺はあくまで時間稼ぎだ……本当なら他の冒険者が通りがかってくれるのが良いんだけどな。
期待はしねえぜ。
──────
ここにきて、次なる段階を見せてくれるらしい。体の周囲に電撃の球体をいくつも浮かせ始めた。
「また、触れたらヤバそうなもんを作りやがって……」
「グォロロロロロ……」
想像通り、球体を俺に向けて飛ばしてきた。難なく避ける。今までと違うのは、避けたとしても球体は消えていくことはなく俺の周囲を飛び続けていることだ。
避ければ避けるほど周囲の球体の数は増え続け、隙を狙ってくるのを避けているだけで精一杯になってしまった。
そして、均衡が崩れる。
「ぐぁっ……!」
背面からの衝撃で体勢を崩し、電撃による痺れも合わさり、すべての球体を喰らってしまった。
「くっ……!」
動け……! 俺の脚、腕、次の攻撃を避けるんだ!
「タイクン!」
「ち、かよるな……」
痺れのせいでマトモな返事も返せない。
「違う! やべえのが来るぞ!」
辛うじて目をヤツの方に向ける。上空に巨大な雷球が作られており、何かしなければと思うが、痺れがなかなか治らない。
「引くぞ!」
動かない俺の身体をズルズルと引っ張るフィールシットだが、アレから逃げることはできまい。
「くそ……どうしようもねえ……やっぱ無理だったんだ」
俺を引き摺る手は恐怖で震えており、その様子を見て身体に力が戻る。
フィールシットに告げる。
「本当はもっと溜めて欲しかったが……あの一撃を俺は今から"無視"する。お前は死ぬ気で残りの魔力を注ぎ込め」
「え……」
「俺はコイツに全力で魔力を注ぎ込んで魔力暴走を起こさせる。後の手筈は元の通りだ。俺が死んだらソレはくれてやる」
構えて、弓に魔力を込めながらヤツに近付く。いつもと違うのは矢を形成する気が無いって事だ。そういう武器じゃねえから、そこまで溜める機能は無いかも知れねえが、一度きりの爆弾としてなら使えるだろ。
しかしその思いは、いきなり飛んできた火矢にかき消された。
「放てえええええ!!!」
「我らは誇り高き王国の兵士! 逃げる事は決して無い!」
「あいつら避難したんじゃなかったのかよ……だが、頼もしいぜ」
どうやら、体勢を整えて戻ってきたらしい。
先ほど見た人数と比べると少し足りないが、十分な戦力だ。
「火を付けろ!」
隊長らしき兵士の指示で、地面に予め油が撒かれていたのか、ファルメンレオの周囲が炎上する。
「グギャアア!!」
「効いているぞ! 畳み掛けるんだ!」
「我々が攻撃を引きつける。あいつをなんとしても倒してくれ!」
何度も浴びせてきた攻撃は確かにヤツに対してダメージとして蓄積されていたらしい。
怯んだと同時に、上空の雷球は霧散した。
──────
怪物は困惑していた。
いつものように、コレまでのように殺して、餌として食べようとしていただけなのに、上手くいかない。初めからおかしかった。いっぱいそこにいた餌達は少し熱くて痛い何かをぶつけてきてマトモに食べられなかったし、次に現れた厄介なヤツのうち一匹は恐怖の匂いしかしないがもう一匹はアイツらよりもっと痛いし熱い。
腹が減って仕方が無かった。今も邪魔されて、仕留めきれなかった。
もう、我慢ができなかった。
母に禁止されていたが、もう、そんなの関係無かった。
──────
「──来るか!」
『オオオオオオオオオオ!!!!』
魔力の籠った咆哮が放たれた。知識としてしか知らないが、俺がさっき勘違いした最大攻撃。間違いなく、ソレが来る。
「やる事は変わらねえ!!」
炎弓に魔力を注ぎ直す。
「掛かれえええ!!」
兵士達が剣に布を巻きつけ、炎を纏わせた状態で斬りかかる。案の定、地面に叩きつけられて絶命した。
「顔面だ! 目を狙え!」
「複数で纏めていけ!!」
次々と向かっていき、命を散らしていく。
指示を出していた隊長だけが近寄ってきた。
「悪い、今、手が離せねえんだ」
「ああ、分かっている。自己紹介だけしておこうと思ってな。私はレアメト王国の兵士、グンナールだ。冒険者よ、名を聞かせてくれ」
「俺はアドラント王国、チプタ村の5級冒険者、タイクンだ」
「そうか……アドラント王国というのは聞いた事がないが、タイクン、覚えたぞその名前」
「グンナール、俺も覚えたぜ」
「頼みがある。あちらで、まだ4人が気絶している。馬の綱を3回引けば勝手に王都まで向かってくれるはずだ。あいつらを家に返してやってくれ」
「分かった、俺が生きてたらやっとくぜ」
「追加で押し付けて悪いが、コレを受け取ってくれ」
そう言ってグンナールは何かを俺の雑嚢の中に突っ込んだ。
「俺からも餞別だ、『早駆け』」
「おお、なんと不思議な! ははは! さらばだ、タイクン!」
剣に火をつけたグンナールは笑ってファルメンレオに向けて飛び込んでいった。話していた今の間にどうやら奴さんもかなりチャージは溜まっているようだ。絶え間の無い雷が天から降り注ぎ、雷鞭がグンナールを絡め取るように蠢き、無数の雷球が浮遊している。
「素晴らしいぞ、冒険者! 遠きところの戦士よ! なんと軽いんだ!」
グンナールはスペル『早駆け』の効果で脚力が大幅に強化され、動き回る雷鞭を擦り抜ける。
「願わくば、天と、大地と、海を司りし神々よ! 我を祝福したまえ!」
グンナールに光が差す。雲間を抜けた陽光は天の神の化身であり、彼の肉体に天の神の祝福が宿る。
炎が消え失せ、天の祝福たる光剣となって辺りを照らす。
次々と攻め寄せてくる雷球を全て切り伏せ、怪物の眼前にたどり着いた勇者は怪物の腕が振るわれる直前に剣を突き刺す。
「グギャアアアアアア!!」
「がふっ……」
右目を潰された怪物は痛みの余り呻き声を上げる。対する勇者は上半身と下半身が別たれ、既に絶命していた。
──そして
「準備、万端だぜ」
屍のみとなった場を赤々と照らす太陽は地に浮かんでいた。
とある炎のモンスターのマナクリスタルを用いて作られた炎弓、変哲のない普通の属性付加武器だ。
攻撃性能も普通の域を出ない。
だが、霊薬によって一時的に底上げされ、今も回復し続けている魔力を全て弓に注ぎ込んだ。魔力暴走を引き起こし、矢の形ではなくただの球体となった炎を放った時、この弓は自壊するだろう。
傷は負ったが未だ満身創痍とは程遠い怪物も、コイツらをここで仕留めなければやられるのは自分だと、ここに至って気付いた。
それ故、全身の魔力を口に集める。
もし、最も得意な攻撃は何かと怪物がインタビューされたらこう答えるだろう。
「ビームです」と。
次の瞬間、溜まり切った力を口から放出した。
「くたばれえええええ!!!」
タイクンも火球を解き放つ。
一直線に放たれたお互いの最大最強の攻撃は、中間で衝突する。
「んぎぎぎぎぎ!!!」
「ゴオオオオアアアアアアア!!!」
霊薬の効果で回復し続ける魔力を未だに注ぎ込み、押し続ける。ファルメンレオも、四肢を踏ん張り、光条の威力を更に増した。
ビキッ
嫌な音が響く。
タイクンの手元にあるソレから鳴った音は大きくなっていく。
「おおおおおお!!!」
そして限界を迎え、弓は砕け散った。打ち負けた火球はかき消え、光の奔流がタイクンを飲み込み、吹き飛ばした。
全身を焼き尽くされながら吹き飛んだ先で巨木にぶち当たる。粉砕したその勢いのまま飛んでいくタイクンが空に向けて呟く。
「今だ、フィールシット……」
悪寒に襲われた獅子は上空を見上げる。
そこには、相手するに値しないと見もしなかった子ウサギがいた。恐怖の匂いがしていたはずのソイツの手元に目が引き寄せられる。
動こうとするが、最大の攻撃を放った反動で自由が効かなかった。
そして、その時が来る。
『氷刃、解放ォォォォオオ!!』
獅子の母たる雷の精霊と同格の氷の精霊。その心臓、つまりマナクリスタルをふんだんに使って鍛造された短剣、銘を『雷殺し』と言った。
雷に属するモンスターに絶大なダメージを与える『雷殺し』。ソレに時間をかけて注ぎ込まれた魔力が解放され、上空に超巨大な氷の刃が形成される。
ゆっくりと自らに落下してくる死を、獅子は悔しげに睨み付けた。
「ガアアアアア!!!」
最後の咆哮を負け惜しみとして轟音と衝撃が辺りを支配し、やがて静寂が包み込んだ。