活動のためには食事が不可欠だ。それは6級冒険者のフィール……じゃなくてマリーも、5級冒険者になった俺も変わらないし、レイナがどれだけ悲しもうが変わらない。人は腹が減るんだ。俺が冒険に行く時は、討伐したモンスターを食べることが多い。もちろんただの獣も食べるけど、倒したモンスターの血肉を取り込む事でより肉体が強化されていくと聞いたから積極的に食べるようにしている。
周囲を流れていく景色から、やはりモンスターがいない事を確認する。川に向かう途中で食べられそうなのがいればソイツを狩って戻ろうと思っていたわけだが、中々思い通りにはいかないらしい。
「レアメト王国……」
ここは一体なんなんだ。
冒険者のいない国──たとえば、冒険者では無くて国の兵士がモンスター討伐を行なっている、とかだろうか? だが、レイナの反応的に空間ポケットという初歩中の初歩の技術を知らないようだった。そんなことがあるのか?
いや、違うな。あるか無いかの仮定じゃなくて、空間ポケットを知らない理由を考える必要があるはずだ。
……めちゃめちゃ遠い国で、技術体系が違うとかしか思いつかねえな。
でも、そしたらモンスターとどうやって戦うんだ? そもそも、グンナール達は練度の割に装備が貧弱だった。鎧の形は綺麗に作ってあるのに素材はただの鉄に見えたな。国力が低いのか、それとも出現するモンスターが基本的に弱いから対応出来なかった、とか。
だが、それにしても武器も変哲の無いモノでしか無かった。墓を作るときに確認したが、モンスター由来の素材が使われているようには見えなかった。
ここは全てが違いすぎる。俺の常識が通用しないのは明らかだった。いっそのこと、今でもまだあの野営地で俺は寝ていて、夢でも見ているというオチならば良いのに。
「──と、川だな」
水の流れる音が聞こえる方──まあ直進しているだけだが──にそのまま進むとレイナが言っていた通り、川がそこにあった。透明な水の中に川魚の群れが泳いでいるのが見える。
村からそこまで離れているというわけでも無いし、一旦水浴びでもするとしよう。昨日も一応空間ポケットに溜めてある水を浴びはしたが、それでもかなり汚れてはいるからな。
飛び込んで適当に身体を擦って汚れを落とす。ついでに服の汚れた箇所も洗う。
しばらく泳いでサッパリしたところで、一つのことを思い出す。
「鎧とかどうすっかなあ……」
ファルメンレオとの戦闘に、俺の防具は耐えきれなかった。あの激しい雷撃は胸当てを焦がし、籠手を燃やし、それでも機能し続けたが、最後の一撃で全て灰になった。あと長剣は溶けたし弓は爆砕した。次にアイツとの戦いになったら絶対に勝てない。
次なる戦いに備えて、質の高い武器や防具が不可欠だ。とは言ってもこの国の鍛冶屋がそんな技術を持っているか、正直怪しい。
頼りになるのは俺とマリーの短剣3本だけだ。
何で短剣しか残ってねえんだよ……
「アイツのマナクリスタルに賭けるしかないか……」
どうにかして武器だけでも作らないとならない。
そもそもマナクリスタルがどこ行ったか、最後の瞬間を見てないから知らないんだよな。とはいえマナクリスタルを探すのは後でもいい、まずは一時的にでもレイナの心の整理をつかせるべきだな。
川に来たそもそもの目的である食料確保のために、魚を手掴みで獲る。
「コレは……」
見てみると、アドラントの川に良く見られるサッパという種類の魚にとても似ていた。…………同じような場所にいる魚なんてどれも似たようなもんか。
獲った魚をポイポイと空間ポケットに投げ入れていく。
とりあえず昼飯の分ぐらいまでの量は獲ったので終了し、身体の水を飛ばして服を着る。
濡れた服を着るのは不快感があるが、走っているうちに乾くだろ。
村に戻りながら空を見上げると、やはり異常だった。まだ登っている最中の太陽が雲じゃ無い何かに3割ぐらい覆い隠されている。
勿論ここは俺の知っている場所じゃ無いから、そういう現象が起きる場所だという可能性もある。だが、見たことのない事が目の前で起きると、自分を構成する常識にヒビが入るような感覚に陥る。俺という人間の過去が軽く否定されているような気分とでも言えばいいのだろうか。
それが、とても心地良い。
この状況では不謹慎だし、もう一方の気持ちでは落ち込んでいる部分もある。
だが、俺が「冒険」をしているということが強く意識されるのだ。
格上のモンスター、知らぬ場所、人の死、マリーとの関係、人生を開拓しているこの瞬間を、俺はきっといつになっても忘れないのだろう。引退した冒険者達が酒場でくだを巻く時の話の種、きっとそんな風に、人にはその真の価値は伝わらない。それでも命を刻みつけている感覚というのを味わうたびに、冒険者をやるという選択をして本当に良かったと思う。
良家の長男として生まれて、そのまま行けば小さい街ながらも町長として生きていく事になっただろう。だが、俺はそれを甘受できずに全てを振り切って家を飛び出したのが12の時だ。妹や弟がいたからな、可愛かったけど、アイツらがいれば家はどうにでもなるだろの精神だった。
最初は苦労した。なんせ金を全く持たずに飛び出したからな。領の中にいたら捕まっちまう! という発想のもと馬を盗んでチプタまで走ったが、金がなきゃ何もできないのなんのって。
冒険者になるんだ! っつってギルドで喚いたが孤児院にぶち込まれて、速攻で脱走した。
毎日騒いでたらロウさんが俺の後見人になってくれて、8級冒険者になる事が出来た。
『ほっほっほ、なかなか元気な小童が現れたの、お主、名は?』
『……タイクン』
『──―なるほど、そういうことか……タイクン、お主はわしが鍛えよう』
あの好々爺然とした見た目そのままの振る舞いで俺がギルドから追い出されてる場面に現れたんだよな。
それでイキっていきなり5級モンスターの依頼に行こうとしてたけど、普通に資格が無くて弾かれたのも良い思い出だ。まあ、今の俺が相手するのが適正のモンスターだというのでわかる通り、あの頃の俺なら普通に食われてたな。
色々とロウさんに教えてもらった。まずは武器の振り方どころか肉体の作り方からだったな。
『ほーれ、追いついてしまうぞー』
『くっそ……! 何であの走り方であんなはええんだ!』
初めはただただ走らされていたけど、だんだんと長く走れるようになって、武器を持たせてもらえるようになった。
『型はいらない、あれは対人の剣でしかない。お前さんが到達するのはあらゆる体勢であらゆる部位を斬り付けることのできる剣だ』
『はい!』
型なんて無くて、あらゆる角度で振れるようにひたすら筋力と柔軟性を鍛えられていた。
『腕が……重い……! 剣が、持ち上がらねえ……!』
『初動を筋肉でやろうとするな、流れの中で振り切るのだ』
『ぐああっ!』
まあ当時の俺なんて所詮人間の肉体のガキでしか無い。武器を振る速度だって遅いし、威力なんて無いも同然だ。ロウさんに何度叩きのめされたかわからない。それでも楽しかった。手にできた豆が潰れて皮が硬くなっていき、それに伴って武器を振るう精度ってのも上がっていくのが実感できた。
自分の意思で進めた事が上手くいっている感覚ってのがあった。
それで8級冒険者になって一回も依頼を受けないまま丸々2年間も鍛えられて、危うく失効するところだった。
『……あ、タイクンだ』
『あいつがギルドに来るの久しぶりじゃ無いか?』
ロウさんに鍛えられているという事で有名だったのか、2年ぶりのギルドへの顔出しの際の反応はこんなもんだった。緊張しながら扉を潜ったけど拍子抜けだったな。
そして、何故か初めてロウさんにお小遣いを貰ったし、腹も減っていたから依頼の前に飯でも食おうと席を探した。
そして4人用のテーブル席で、ちっこいのが下を向いてしょぼくれた顔でもそもそと飯を食っているのを見つけた。
口からため息が漏れた。下の弟妹を思い出してなんか放っとけなかったんだよな。
肩を掴んで、言ってやった。
『暗い顔して飯食ってると、不味くなるぜ!』
『…………』
背筋が凍ったぜ。俺はあんな虚な目をしたやつを見た事が無かったからな。
今なら分かる、あれは絶望した人間の眼だった。
そうだな……俺は、間に合ってたんだな。
『相席、失礼するぜ』
『…………』
無反応なアイツを見て、冷や汗ダラダラだった。俺も良くあそこで関わるのを諦めなかったよな。
飯を食いながらひたすら話しかけ続けて、半分心折れながら食い終えて、受付で依頼を受けようとしたら受付の姉ちゃんに言われたんだ。
『ねえ、君ってロウさんのところで鍛えてた子だよね?』
『そうだけど……』
『さっきの子、フィールシットちゃんって言うんだけど、歳も近いだろうし、面倒見てあげてくれない?』
『ああ、そういう……』
まあ飯を食いながら散々っぱら話しかけてたのを見てたんだろう。正直、面倒だとは思ってなかったので快諾した。表現として正しいかはわからんが、あそこで関係が終わりってなると、見捨てたような形になって気分悪かったしな。
『おい、俺のこと覚えてるか? タイクンだ、タイクン』
『……』
『覚えてるみたいだな、お前も8級だろ? 一緒に依頼受けようぜ!』
折を見て一緒の依頼に行ったり
『ぶぇー疲れた……お前、ちゃんと飯食ってるのか? かなーり動き悪かったぞ』
『……どうでもいい』
『おっ! 初めて反応したじゃん! 奢るから飯行こうぜ! 飯!』
依頼の後で飯行ったり
『……劇って、なに』
『あ? お前劇知らねえのか? 劇っつうのはそうだな……見せたほうが早いか! ほら、行くぞ!』
『…………うん』
知らねえっつうから劇とか遊びに行ったりしたな。
そんで、付きっきりで相手してるとアイツもだんだん明るくなってきて、もうそろそろ大丈夫かって感じになったんだが……
『タイクン、フィールシットちゃんとはどんな感じ?』
『あー……もう流石に俺いらないんじゃねえかな』
『あれ? 固定でパーティ組んでるんじゃ無かったの?』
『え? そんなつもりはないんだけど……そろそろ1人で行けるようになった方がいいだろ』
『え…………』
『お、フィールシットいたのか』
『っ…………!』
『あれ、走ってっちまった……』
『あーあ、ほら、早く追いかけなさいよ』
『ええ? なんか用事でも思い出したんじゃ──』
『依頼受けさせないわよ』
『どういうことなの……』
なんか話が拗れて──
『おーい、フィールシットー! どうしたんだよー!』
『ほっとけよ! わた……俺の事なんかもうどうでも良いんだろ!』
『何の話だ!?』
『だって、もう1人で冒険者やるんだろ!』
『いやいきなりは解散しないけどな……でももうお前も1人で大丈夫だろ?』
『大丈夫とか大丈夫じゃないとかじゃ無くて! ……俺とパーティ組むの、いやなんだろ』
『本当に何の話だ!? 俺はお前のこと割と好きだぞ!?』
『じゃあ何で1人でやりたいなんて言うんだよ!』
『──俺は冒険者だ!』
『だからなんだよ!』
『しがらみを捨てて、誰にも縛られず、知らない事を知るために冒険をする、それが冒険者だ!』
『じゃあやっぱり1人がいいんだろ!』
『……フィールシット』
妹達が泣いた時にやっていたように、ギュッと手を握って目を見たんだ。
『突然でごめんな、先に言っておけば良かった。俺が悪かったよ』
『…………』
『今のままなあなあでパーティを組んで続けても、俺たちに成長は無いと思うんだ』
『でも……』
『一旦解散だけど、なんか不安な事があったらいくらでも頼ってくれて良いし、話し相手にだってなる。だから、1人で冒険者をやっていくための練習をしよう』
『…………』
この頃になると俺はロウさんの庇護下を出て、今も出入りしている宿に泊まっていた。マリーは結構良い家に1人で住んでいて、遊びに行って飯を作ってやる事もあったな。なんでも、亡くなった母親の持ち家らしかった。
1人で寂しかったんだろうな。そんで、そんな時に少し構いすぎたのかもしれない。その時の俺はパーティ解散の段階でようやく気付いた。
ぐずるアイツを何とか説得して、1人でもやっていけるようにするのは大変だったな……
焚き火をレイナと囲んでいるマリーを見て、立派になったなと思う。元々2人目の母親に冒険の基礎は教えてもらっていたらしいけど、あの頃のアイツには生きようとする意思が足りなかった。
ソレが、同じ境遇のレイナを見て何かしてやりたいと自ら動くまでになった……
ヤバいな、泣きそうだ。
「おーい! フィールシット!」
「あ、タイクン! どれだけ取れたんだ?」
俺を迎える笑顔を見て、守らなきゃなって気持ちが湧いてくる。
この未知の大地を乗り越えて、彼女を必ずアドラントに連れて帰る。
そう、強く決意をした。