「まさか本当に馬についてくるなんて……」
ウェッジは並走している二人を見て戦慄を隠せなかった。王都に向かうという方針を、失神から回復したレイナと、タイクンの仲間であるマリーにも共有したが、馬は三頭しかいないため移動手段をどうするかという話になった。そこで例の化け物ことダイクンが提案してきたのは、レイナはタイクンがおんぶして、そのタイクンとマリーは走ってついてくるというものだった。
当然、ウェッジ達は何を言っているか分からないと拒否した。人間が馬についてこられるわけがないのだから。二人を説得しようとするが、マリーも問題無いと一蹴。
埒が開かないという事で、実際に馬を走らせてタイクン達を納得させる方針に切り替える。そういうわけで、何かに怯える馬にウェッジが跨り、レイナをおぶさったタイクンと並び走り始めた。
その光景を傍から見ていたリンとアキトもまた信じられない気持ちだった。特にアキトは、自らの立ち位置の違い──つまりは実力差──というものを強く意識させられていた。
己はあんな風に動き続けることはできるか……答えは否だ。瞬間的に馬を超える速度で動くことはできるが、ああして馬と横並びで走り続けられるような異常な身体能力は有していない。
息も乱さず馬の横を走り続けているのを見るに、最高速度は己と比べ物にならないだろう。
「もう、いい……」
アキトは苦々しげな顔で走るのを制止した。出発は明日とは言え、無駄に馬のスタミナを消費させるのも得策とは言えない。今日はもう馬を休ませるのが良いだろう。
「アキトさん……」
リンも苦しい気持ちでアキトの様子を見ていた。己の強さに自信を持っていた故のアキトの余裕、慢心は完全に打ち砕かれていた。
そっと肩に手を添えるとアキトはいつもより乱暴にリンの頭を撫でた。
余計な気を使うな、ということだろうか。
「おう、どうよ!」
こちらの気も知らずにタイクンは楽しそうに笑いかけてきた。
「あいつぶっ殺したせいか前より体が軽いぜ」
「あいつってのは?」
「ファルメンレオっつうモンスターなんだが、雷の精霊の眷属でな」
「……モンスター? 精霊? なんだ、それは」
混乱するアキトとは対照的に、ウェッジはそれが件の正体不明の怪物の正体であると直感した。
「詳しく教えてくれ」
「ああ……そういやお前らはモンスターの事を知らねえんだってな」
チラッとレイナを見たダイクンはどう説明したものかと腕組みをする。
「レイナは実際に見てたから説明もまだしやすかったけどなあ、お前らはアイツの事を直に見たわけじゃないんだろ?」
「うむ」
「俺は絵心も無いしなあ」
「それでも、教えてもらえるだけのことを教えて欲しい」
「そう言われても……おいフィールシット、何やってんだお前」
ガリガリと枝で地面に何かしているマリーの正面を覗き込むと、どうやらファルメンレオを描こうとしているようだった。
「お前、絵描くの上手かったんだな」
「……ちょっとだけな」
少し照れた様子のマリーに可愛いなコイツ、なんて思いながら描き終えるのを待つ。
──────
「おおー」
ぱちぱちぱちとタイクンが拍手をする。
地面にはタイクンとファルメンレオが戦っている絵が見事に描かれていた。
「いや、まじですげえな」
「これは……これがファルメンレオなのか?」
ウェッジはファルメンレオの姿に注目していた。それは巨大な獅子にしか見えなかった。
アキトはタイクンに注目していた。炎弓に魔力を込めて魔力暴走を起こさせ、巨大な火球を発生させている一場面であった。
「確かに獅子は危険な動物だが……ただ大きいだけの獅子に精鋭が負けるなど……」
「違う違う、そいつは雷を操るんだよ」
「雷を、操る? どういう事だ?」
雷というと雲から降ってくるアレの事だろう。それを操るとはどういう意味だ? 全く理解できない。
「いや、そのまんまなんだけど……」
ウェッジとマリーの間には致命的な理解度の差が存在した。文明的な話ではない。マリーとて雷を操る原理なんてものは理解していない。
ただ、「そうである」ものとして覚えて生きてきたからそのまま伝えているだけだ。雷とは魔力によって操ることができるものであるという事を知っているかどうかは、この場において意思疎通の図りやすさを大きく左右していた。
と、その場にバチッと弾ける音が鳴り、閃光が辺りを突然照らす。
やりとりを見ていたタイクンはあるものを取り出していた。それは、ファルメンレオのマナクリスタルだった。マナクリスタルに魔力を込めた事で内包されたマナが反応し、雷がその場に発生していた。
「まあ、こういう事だ」
「なるほど……」
目にすればウェッジもどういう事かというのを理解する事ができた。タイクンは自在に雷を操っており、ファルメンレオとやらも同じようにしていたのだろう。
「……この球体はなんだ」
次はアキトの番だった。
地面を指差し、描かれた火球に関する解説を求める。
「これは俺の切り札というか……魔力暴走を引き起こしてるところなんだが」
「魔力暴走ってのは?」
「ああ、ぶっ壊れちまったがこの弓にもマナクリスタルが仕込まれててな。マナクリスタルに溜められる限界を込めて魔力を込めると魔法が暴発するんだがそれを魔力暴走って呼ぶんだ」
「そうか……」
「なんだよ、この時はまじで死ぬところだったんだぜ」
自分から聞いたのに反応が薄いアキトにボヤくと、フィールシットがタイクンの背中をツンツンする。
「本当に心配したんだからな? もうあんな事はやめろよ」
「分かってるよ」
リンはそれを見てほわぁと目を輝かせていた。
「お二人は付き合ってるんですか!? いや、付き合ってるんですね!?」
「ん? そうだぞ」
「ですよね! お似合いって感じですもん!」
「え、そう? ふーん……」
マリーが嬉しそうにチラチラとタイクンを見ると、ダイクンは雑にその頭を撫でた。
「ニュヒヒ……」
溶けた声を出すマリーを放っておいてタイクンはアキトを見ていた。
「何がそんなに気になるんだ?」
「ああ……俺はこの国のはるか東から来たが、魔力なんて聞いた事もない。お前より強いやつも見たことが無い」
「そうか、それで?」
「お前は……なんだ」
絞り出すように放たれた言葉は、タイクンと出会ったその瞬間からアキトが言いたくてたまらなかった言葉だった。
タイクンは概ねを悟っていた。魔力の概念が広まっていない事や冒険者が存在しない事などを鑑みるに、己のような人間はこの周辺にほぼいないだろう。おまけにモンスターも知らないときた。
どれだけ遠い場所に来たのか、ため息を吐くしかない。
「どれだけの犠牲の上にその強さを手に入れたんだ」
「ん?」
「常人がその領域に到達できるわけがない! 一体どれだけの屍を築いてきたんだ!」
「いや、落ち着けよ」
なんか思ってたのと違う言葉がきたな。
「どんな外法に手を染めたんだ、邪神への祈祷で手に入れたのか」
アキトは何故か刀を構えてこちらに向けている。
「事と次第によってはお前を今ここで討滅する」
「ちょっ、アキトさん!?」
「落ち着け、アキト! 冷静になるんだ!」
タイクンは当事者であるにもかかわらず置いてけぼりであった。
おかしいな。
説明してたはずなのに途中で錯乱しちゃったよ……しかも何故か俺が邪悪な存在だと勘違いされてるし。
魔法とか知らないとこんな反応されるのか? いやでもレイナとかウェッジはそんな感じじゃ無いんだからコイツだけちょっとおかしいんだろうな。
しゃあねえ……現実を教えてやるか。
「俺の故郷では!」
大声に反応してアキトがビクッと肩を揺らす。
「俺なんか最強でもなんでもない、一般人より少し強いだけだ。さっきから俺のことを化け物かなんかと勘違いしてるようだけどな」
「「「は?」」」
アキト、リン、ウェッジの声が重なった。
そんなにこの国、というかこの地域の人間って弱いのか?
「冒険者ってのはその実績に応じて等級で分けられてる。1から8級まであって、数字が小さいほど扱いとしては上になる」
「それで、お前は何級なんだ? 2か? 3か?」
「5だ」
「はぁ!?」
そこまで驚くことじゃないと思うんだが、アキトにとってはそうじゃないらしい。驚きすぎて刀を取り落としていた。
「お前がやたらと警戒してる俺だが、そういうわけで元いた場所じゃペーペーもいいとこだ」
「……」
「だからそんなに警戒されても困るというか……なんで2回も同じことで俺に対して突っかかってくるんだよ」
想像はつく、おそらく彼我の戦力差を測る能力が高いんだろうな。それでいて相手は正体不明の怪物を倒した新たなる未知、これまでの常識では考えられない身体能力を有し、知らない技術を用いる。
改めて考えるとヤバいな。
というか未知の存在が2種類同時に現れるとかやっぱりまずい状況なんじゃねえか?
「アキト、刀を納めるんだ。タイクン、許してほしい。彼は少し錯乱しているんだ」
「ああ、わかってるぜ」
「良かった……」
心底ホッとした様子のウェッジだが、俺も気まずいぞ……なんせ圧倒的なアドバンテージを握っているからな。
「とにかく、本当に我々は敵対する意志は無いんだ!」
「わかったわかった」
グンナール達のこともあるし、敵対されたらすげえやり辛いんだよな。だからなるべく穏便に話を済ませたい。向こうもそれは同じだろうけどアキトみたいに突っ走るバカってのはどこでもいるから、俺に実害が及ぶ前に止めてほしい。
──────
アキトの希望で模擬戦をする事になりました、あのさあ……