そんなに都会が良いのか!?   作:goldMg

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彼我の距離

「なあタイクン、本当にやるのか?」

 

「……ここまできてやらないってのは逆に禍根を残すだろ」

 

「はあ……男って……」

 

 マリーに呆れられたけどしょうがないだろ。

 あいつ──アキトは根っこから武人気質だ。

 

「何でもかんでも合理的に考えりゃいいってもんでもねえんだよ」

 

「いてっ、やめろよー」

 

「お馬鹿さんのオデコはデコピンするためにあるんだよ」

 

「はぁ〜?」

 

 こんにゃろ、と脇腹を小突いてくるマリーを捌きながら、火をジッと眺めるレイナの様子をチラッと伺う。

 ここまで、ずっと苦しそうな表情しかしていなかったのが嘘のように穏やかな様子だ。

 

「レイナさん、良かったな」

 

「はい、本当に」

 

 レイナは心臓の位置に両手を重ねて、心から安心したと吐露する。

 

「後は、王都に行くだけだ。それだけで君はレイモンドと再開することができる。だから、それまでの辛抱だ」

 

「──はい!」

 

 柔らかく、微笑む。

 やはり、どんな人でも笑っていた方がいい。

 暗いのは俺の性に合わねえからな。

 

「おい、無視すんなよー」

 

 マリーは放っとかれたのが気に食わなかったのか、猫みたいに引っ付いてきた。鬱陶しいので、隣に座っていたのを抱き上げて胡座の上で捕獲する。

 

「や、やめろよぉ……見られてんだろぉ……」

 

「今更何言ってんだ」

 

 ソレはそうだけど……とゴニョゴニョ言ってるが、そもそもこの体勢を最初にやったのはマリーの方だ。

 

「あの頃は愛想も悪かったしなー、いきなり膝の間に座ってきた時は俺も流石に驚いたぞ。酒場だったからな」

 

「……」

 

 顔を耳まで真っ赤にして黙り込んでしまった。

 可愛いやつめ。

 良い香りが漂ってきたので、左手でマリーを抱きしめたまま、焚き火にかけていた串刺しの魚を右手で取る。

 

「うん、美味いな。ほら、二人も食べろ」

 

「ええ、いただきます」

 

 最も穏やかな夜だった。

 ファルメンレオとの戦闘から約二週間、レイナは体調を崩していたし、マリーも時々暗い顔をすることがあった。

 正直、このまま過ごしていたらだんだんとやる気がなくなって、惰性で生きるしか無くなっていただろう。

 そこにあの3人が来たのは渡りに船だった。

 朗報に次ぐ朗報、って感じだな。

 アキトは若干錯乱してるのが気になったが、ソレを加味しても戦ってやって良い気分だ。

 

 

 

 月が天頂に届く頃、虫の音だけがあたりに聞こえる真夜中に立ち合いは行われた。

 ゴキボキと、凝り固まった関節を鳴らして身体の調子を確かめる。

 特別に場所を用意する必要も無い。アキトも俺と同じで、月明かりさえあれば周囲は良く見えているらしいからな。

 

「……悪い、俺の我儘に付き合わせて」

 

 正気を取り戻したらしいが、この期に及んでそんなことを言い出すのが面白くて、吹き出してしまった。

 

「なあに、所詮は俺も戦うしか脳が無いバカだ。こんな事で疑惑が晴れるならいくらでもやるさ」

 

 俺からの返答に驚いたように目を見開いたアキトは、次の瞬間、顔を引き締めた。

 

「武器はいらないのか?」

 

「ああ、全部ぶっ壊れたからこれでいい」

 

 拳を前に構え、アキトに正対する。

 

「──なら、全力で行かせてもらう!」

 

 腰に佩いた剣を抜き放つと、彼の最速でもってそのまま切り掛かってきた。

 距離が離れていたなら避ける選択肢もあっただろうが、声が届く程度の距離で始めたから瞬時に間合いを詰めてきた。

 そもそもこの勝負は生死をかけた戦いでは無い。逃げるよりも、真正面からやり合う事が目的だ。

 最初の一太刀は俺を袈裟に切り裂こうと迫り来る。

 それをスウェーで躱して左拳を脇腹に叩き込もうとしたが、当たる直前でアキトは後ろに飛んで避けた。

 

 静寂が辺りを包み込んだ。

 先ほどは鳴いていた虫も今は黙って見ているようだ。

 振り抜いた腕をグーパーして、感触を思い出す。

 

「殴り抜けると思ったんだけどな」

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 どうやらアキトの方は答えるほどの余裕は無いらしい。

 おそらくアレが現段階で出せる最高の速度域なようだ。それにあのすり抜けたのは、特殊な歩法みたいなもんを使ってるのか? 

 ……詳しくねえからなんでも良いか。

 

「ふっ……!」

 

 深呼吸をすると再び一息に間合いを詰めてきた。

 今度も先ほどと同じ軌跡で剣を振るう。ただ、少しだけ速度は遅いようだ。

 

「流石にそれは……」

 

 今度は避ける必要すら無い。右腕に魔力を纏わり付かせ、剣に拳を叩きつける。

 強烈な金属音と火花が撒き散らされる。

 刃と魔力が拮抗し、鍔迫り合いの形となった。このまま力で押し切ればそのままアキトの頬を殴り抜いて決着だろう。そもそも、鍛えた一般人と冒険者では肉体の強度が違うのだ。

 だけど、この状況をアキトがどう切り抜けるのか気になった。

 

「さあ、どうする! アキト!」

 

「ぐぅぅぅ……!」

 

 呻き声の後、俺の右手にかかっていた重量が抜けて上体が泳ぐ。アキトが力を抜いたために拮抗が一気に崩れたのだ。

 全力では無いとはいえ、俺の膂力は体重から比較すると圧倒的に大きい。ソレゆえ、抜けた右手と泳いだ上体に引き摺られるように、軸足である左足を残して右脚も後ろに振り上げられる。

 

「ぜぁあ!!」

 

 そして三度目の袈裟斬り。

 俺にこれを避ける術は…………『ある』

 

 振り上げられた右脚を、膂力によって慣性を無視して無理やり振り戻し、地面に突き刺す。そして更に力を加えて地面ごと前に振り抜く。

 土を顔面に飛ばして目潰しも兼ねながら、宙返りで今度は俺が距離を取る。

 

「……くそっ!」

 

「なるほどな……モンスターと戦ってきた俺たちとは違う、人間との戦闘において高い効果を発揮する技術か」

 

「ああ、対人戦闘のプロ……のつもりだったんだけどな」

 

「いやいや、十分だろ」

 

 実際アレは膂力に物を言わせて無理やり覆しただけで、技量で言えば俺の負けみたいなものだろう。

 まだまだやる気は失われていないようで、振り抜いた剣を引き戻して構え、鷹のような目つきで俺を睨みつけてくる。

 

「次は俺から行くぜ! ……?」

 

 先ほどのアキトを見習い、地面を吹き飛ばして最初から全速力で接近する。アキトと違うのは、地面に荒々しい跡が付く事と最高速度だろう。その際、微妙に違和感を感じたが気にせず突っ込む。

 

「……っ!!」

 

 目では辛うじて捉えているようだが、構えた剣を微動だにする事すら出来ずにいるアキトの腹に、魔力を纏わない拳をぶち当てる。

 硬い感触を捉えた。

 

「かはっ……!」

 

「アキトさん!」

 

 拳を振り抜いたのに合わせてアキトの身体は吹き飛び、ソレを見たリンが心配そうに声を掛ける。

 地面にしっかりと着地したアキトはしかし、膝を付いた。

 息が詰まっているのだろう、喘鳴が盛んに聞こえる。

 

「防具、そして衝撃を逃したか……」

 

 纏っていた防具を砕く瞬間までは反応出来ていなかったようだが、腹に拳が触れた瞬間に後ろに飛んで衝撃を逃していた。

 それでも完全に威力を消す事は出来ていなかったらしいな。

 それにしてもさっきの感覚……少し気になるな。

 

「休んでる暇はねえぜ!」

 

「ぐっ……!」

 

 即座に立ち上がったその意地に敬意を表してやる。

 

「俺も少し試したい事ができた! せいぜい生き残れよ!」

 

「こいっ……!」

 

 足に纏っていた魔力を無くし、身体の中心へと溜めていくようなイメージで魔力を操作する。

 ヒューマンにマナクリスタルは存在しないため実際はそういう原理では無いのかもしれないが、イメージは大切だ。何となく出来ているような感覚があった。

 十分溜まったと感じた瞬間ソレを捨て去り、前方に一気に駆け出す。

 これはオナラなのでは? と一瞬思ったがソレは無視した。

 これまで俺が出したことのある最高速度を遥かに凌ぐ速度が生じ、アキトの横を通り抜けてしまった。

 

「うわあ!?」

 

 遅れて爆裂音が俺の耳に届き、アキトが衝撃で吹き飛んだ。

 

「ふー……やっぱりだ」

 

 肉体と魂が強化されている。

 モンスターを倒すと少しずつ強化されていくはずなのに、常のソレを凌駕しているぞ。

 ファルメンレオとの死闘がキッカケなのは明らかだけど、直接の理由が分からねえな。

 ……まあ一旦この疑問は置いておこう。

 倒れ伏したアキトに問い掛ける。

 

「まだやれるか?」

 

 アキトはうつ伏せだった体勢から仰向けに直り、そうするしかねえと言わんばかりに大笑いした。

 

「ハハハ! ……当然!」

 

 心底楽しそうだ。

 

「よいしょ、と……」

 

 その表情が物語っていた。

 まだまだ付き合ってもらうぞ、と。

 

「上等!」

 

 

 ──────

 

 

 側から見ていたウェッジは武のことなどさほど知らないが、ソレでもタイクンという青年が途轍もない戦力である事は理解した。少なくともレアメト王国の兵士にあんな動きができる者はいない。

 そして、そんなタイクンと共に旅をしているということは、この少女も彼に準ずる戦力を保有しているのだろうか。

 我が国一番の女傑といえばやはり軍団長アマリリスだが、とても目の前の超人に敵う実力では無いだろう。

 ウェッジは何度目かの決意をした。

 彼と彼女を必ず王都に連れて帰り、アキトと同じく食客として雇う必要がある。

 正体不明なまま討伐された化け物と、謎の旅人の同時出現。

 此度の騒動はこれで終わりでは無いという確信にも似た何かがあった。

 

 そしてこれは完全な私情ではあるが──彼をもっと見ていたいという欲求を持ってしまった。

 目の前でタイクンは尋常ならざる攻撃を繰り出していた。

 腕を一振りするたびにあのアキトが冷や汗を垂らしながら辛うじて捌き、瞬きする間に右から左へ、左から右へと位置を変える。

 素手で、アキトの為にわざわざ拵えられた業物と火花を散らしながら鎬を削る。

 雄叫びは空間そのものから出ているような圧力で、見ているだけの自身すら怯えが生じる。

 昼間、タイクンが自らの戦闘力について卑下していたことすら忘れて、その雄々しさにウェッジは惚れ込んでしまっていた。

 

 

 ──────

 

 

 最後の一撃は、アキトの右側頭に放たれたタイクンの回し蹴りだった。

 寸止めはしたものの魔力の奔流により全身を揺さぶられて気絶したアキトを見て、タイクンは宣言する。

 

「俺の勝ち、だな」

 

「見事だ! タイクン殿! とても見事だった!」

 

 何故かウェッジとかいうおっさんがめっちゃ喜んでいた。

 

「お、おお……ありがとう」

 

「握手をしてくれ」

 

「ん? おう」

 

 差し出したガシッと右手を掴まれた。

 

「先ほど使っていた不思議な術理は一体何なんだ!?」

 

「あー……アレはただ魔力を纏ってるだけで別に変なことは」

 

「どうやったら魔力を使えるようになるんだ!?」

 

「えーと……」

 

 めっちゃグイグイくるじゃんこのおっさん……

 

「統括長のキャラが崩れてる……」

 

「普段はあんな感じじゃ無いのか?」

 

「うん、めっちゃ出来る人、って感じなんだけど……」

 

「ストレスとか溜まってるのかもね」

 

 アキトが倒れてるのも忘れて質問攻めのウェッジにリンがキレるまで、しばらくこの状態は続いた。

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