カタナは縮こまっていた。
華奢な体は一層細く見え、所在なさげにあちらこちらに視線を飛ばしては片腕を掴んで不安を誤魔化していた。
「うう……」
どうしてこんな事になったんだろう。
事の始まりは原っぱで遊んだ時だった。
水路で泳いだ後だったから、疲れて寝ちゃったんだけど、その間に騎士様とマックが草で編んだ服を作ってくれたんだよね。
今でもその服は自分の部屋に飾ってある。
手から垂れ下がった剣身に曇りの無い細剣、絢爛に装飾された甲冑、バゲットの騎士様が絵本に読んだそのまんまで現れた。
少し様子がおかしかった気もするけど、多分気のせいだろう。
話をする事はできなかったけど、やっぱりカッコよかった。
それは良いんだけど、騎士様への憧れが漏れちゃったのか、思わず出た言葉をマックが聞いた次の日からなんだか変な事になってきた。
――お前騎士が良いんだろ!学校だな!――
強くは否定できずにいると、そのうちマックが村を駆けずり回って何事かをやっているらしいと噂が流れてきた。
マックが走り回るのはいつものことなので、特に気にせず遊びに誘っても全然来てくれない。
メイヤーと二人で遊んでても、やっぱりマックがいないといつもみたいな激しい遊びができないので寂しいなーなんて日々を過ごしていた。
1ヶ月ぐらい遊んでくれない日が続いた頃だった。
家の扉が勢いよく開いて
――カタナ!学校の面接受けれるってよ!――
お父さんがそんなことを叫びながら駆け込んできた。
何も身構えてなかったけど、それを聞いた瞬間にマックが笑いながら親指を立てているのが脳内で何度も駆け巡った。
やられた。
完全にあのバカにしてやられた。
お父さんが騎士になりたいのかって聞いてきたのがおかしいと思ったんだよ。
でも、そこから1週間の間、少しだけ楽しみな気持ちとなんだか地に足がついてないようなフワフワした感覚で過ごしていた。
メイヤーが毎日応援しにきてくれた事は覚えているんだけど、バカは全然来てくれない。
お父さんにマックの事を聞いても
――ん?んぅー?うん!――
みたいな感じでいきなりアホになっちゃって全然教えてくれないし。
「カタナさん?大丈夫ですか?」
「あっ、はい……」
少しマックに対しての怒りを燃え上がらせたあたりでおばさん先生に話かけられた。
今、机の向かい側には3人の先生がいる。
お髭を蓄えた校長先生
片目に傷のある教練長のガイスト先生
そして座学担当のハーピー先生
面接の前に送られてきた紙に似顔絵と名前が書いてあったから一生懸命覚えた。
大人3人にじっと見られるのはすごく居心地が悪いし緊張するけど、必要な事らしい。
「ガイスト先生、どうですかな?」
「……悪くない」
「この子があの……」
3人はコチラにはあんまり話しかけてこなくて、ひたすら話し合っている感じだった。
結局、ずっと座っているだけで面接は終わっちゃった。
「よう、カタナ」
帰り道、マックが待っていた。
色んな感情がないまぜになって、胸を殴りつける。
「悪かったって、でも良い機会だろ?」
「…………」
殴り続ける。
「ほら、家帰ろうぜ」
マックが手を握って引っ張っていくので、つられて歩き出す。
手が塞がったので、頭突きをする。
ポスッ、と反対の手で受け止められた。
「ずっと……座ってた」
「そうか」
「良く分かんなかったよ」
「ああ」
「なんで、何も言ってくれなかったんだよ」
「わりい」
「1ヶ月も……」
「おう、すまん」
「そもそもなんで僕の事をお前が勝手に決めてるんだ!」
ポツポツと話してたら怒りが湧いてきた。
「そりゃあ、あの騎士様を見てかっこいいとは言ったけどさ!言ったし思ったけどさ!……違うだろ!なりたいなんて言ってないだろ!それにお父さん達のお店を継がなきゃいけないんだし!」
「はっはっは!」
「なに笑ってんだ!」
「眼だ」
「は!?」
「お前があの人を見る眼を見てたらさ、何となくこうするべきだって思ったんだよ」
また、マックが意味の分からない事を言い出した。
たまにマックはこういう意味の分からない事を言って大きな事を仕出かす時がある。
メイヤーが遠くの街を見てみたいって言った時もそうだった。
だから、一緒にいると楽しいんだけど。
「でも……」
「……よし、わかった!」
「え?」
「やめよう!」
「え?」
「今からでも遅く無い!この話は無かったことにしよう!」
「え、え、でも……」
「大丈夫!ぜんぶおれがやった事だからな!今日はとりあえず帰ろうぜ!」
突然にそう言うとまた手を繋ぎ直して、家まで送ってもらった。
「じゃあな!悪かったな!」
そう言うと、あっという間に帰っていった。
「カタナ?どうしたんだ?マックとなんかあったのか?」
お父さんが尋ねてきたけど、無視して部屋に入り、布団に潜り込む。
――どうしたんだ、カタナは――
――あの子も多感な時期なのよ――
なんて、お母さんたちが話しているのが聞こえた。
こっちの気なんて知らないくせに、そう思いながら悶々としているといつの間にか眠ってしまっていた。
――……ナ、…タナ――
ポッポロ鳥が鳴いている深夜、目が覚めた。
「カタナ、カタナ、起きてよカタナ」
何故かメイヤーが窓からこっちを見ていた。
「メイヤー?!なんでここに……」
「シッ……静かにして」
手招きをされるままに窓から出る。
「なんでこんな夜中に……」
「いいから、こっち来て」
そう言って連れて行かれたのは、村のあちこちに置かれている長椅子だ。
丸太を半分にしただけだが、意外とみんな使っている。
そこに座らされた。
「どうだったの?」
「……学校?」
「うん。今日が面接の日って聞いてたから、気になってたんだー」
「それは……」
「マックとなにかあったの?」
「え、なんでそれを?」
「だって、ここ最近のカタナはずっと上の空だったよ」
そう言われてみればそうだったかもしれない。
空を見上げると星が輝いていた。
「何があったの?」
促されるままに、ポツポツと話し出す。
「うん、うん……」
それをずっと、メイヤーは聞いてくれていた。
「それで……あ……」
いつのまにか、メイヤーは寝てしまっていた。
空も白み始めている。
思っていたことをぜんぶ話したからだろうか、とてもさっぱりとした気持ちになっていた。
肩にもたれ掛かっているメイヤーの頭を撫でる。
「ありがとう、メイヤー」
「んう……」
話し始める前とおなじように空を見上げると、未だに星が光り輝いていた。
何か、楽しい事が始まるような予感がした。
「決めた」
こうやって落ち着いて、その覚悟を口に出す。
「僕は騎士になるんだ」
――そして、いつかマックと肩を並べて――
「そうか!」
「うわあああああああ!」
「……なんなのお?」
いきなり、肩に手を載せられた。
長椅子から跳ねるように離れて、その拍子にメイヤーの頭が肩から落ちてしまった。
心臓が早鐘を打っている。
肩に手を載せた犯人を見ると
「マママママック!?」
「マックだあー」
「よっす」
呑気に長椅子に座ると、メイヤーに膝枕をしていた。
メイヤーはまた眠りに落ちた。
「なんでマックがここに……」
「眼だ」
また眼だ。
「カタナは家ではいつもお利口さんだって聞いたからな。あんまし言ってる事は信じてなかったんだ」
「なんだよそれ……」
「1ヶ月、ごめんな」
「……」
「やっぱさ、やりたい事はやんなきゃダメなんだよ」
「……ずるいよ」
マックはいつもこうだ。
先に謝られたら、何も言えなくなっちゃうじゃないか。
歩いて近づき、マックの隣に座る。
「いつか」
「?」
「カタナが立派なきしさまになったら、その姿を見たい」
マックはさっきの僕みたいに星空を見ていた。
そして白みかけている空で今も一番輝いている星を指差して言う。
「あの星に約束だ」
その笑顔はとても印象的だった。
だから、頷く。
「お前は素直だな〜、おれとは大違いだ」
「それってどういう……わ……」
変な事を言うので尋ねると、肩に腕を回されて、強引にマックの胸元に寄せられる。
「さーて、お前らはずっと話通しだったからな。帰るか!」
ほら、とマックが背中を向けるのでおぶさると、メイヤーはお姫様抱っこされていた。
しばらく歩いていると、マックは一人で語り出した、
「いずれ、お前はきしさまになる」
マックは歩きながら話し続ける。。
「たぶん、それはそうだ」
ぼーっと僕はそれを聞いていた。
「でも、その途中には色々な道がある」
「……」
「俺は、お前たちが進んでいく道が見たいんだ」
よく、わからない。
「一つだけの道しか見えない俺と違って、とても……」
マックは小さく何かを言う。
「願わくば、大地と海に眠る神に祝福されますように」
「祝福されますように……」
お祝い事の時に言ったりすることばをマックが言ったので続けるが、眠くて最後しか言えなかった。