「私の都合で、昨日は皆さん同士の自己紹介の時間を取れずに申し訳ありませんでした。そういうわけで、二日目ですが改めて、皆さんの自己紹介をお願いします。それでは、こちらからどうぞ」
「えっとー、シーリア・アクエリアスって言います。故郷はアケオンです。多分、水の魔導を扱うのが得意です……」
「はい、よろしくお願いします。次の方どうぞ」
「エバン・ガードナーです。出身はサバットです。よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
「私は──―」
つつがなく自己紹介は進んでいき、エメリッヒの番になった。その次はメイヤー、僕の順番だ。
「僕はエメリッヒ・ケーンです。出身は王都スチレスです。皆さんと仲良くなりたいです!」
ああ、そういえばエメリッヒは王都から来たんだっけ? なんで王都の学校に通わなかったんだろう。あとで聞いてみようかな。
と、次はメイヤーの番だね。立ち上がったメイヤーは俯いたまま中々話し始めない。
「メイヤーさん?」
「うう……」
イカロフ先生に訝しげに声を掛けられて余計にかたまっちゃってるメイヤーに声を掛ける。
「メイヤー、メイヤー……! がんばれ!」
「う、うん……! えと、私はメイヤー・アトラリオンて、いいます。チプタで生まれました…………えと、よろしくお願いします」
「はい、よろしくお願いします」
次は僕の番だ、ここが肝心だぞ! 何か言わなきゃ!
「僕はカタナ・ティリスです。僕もチプタで生まれました。──────よろしくお願いします」
何も思い付かなかった……
僕ってメイヤーのこと何にも言えないじゃん……
「──はい、というわけで一応皆さんの自己紹介は終わりましたね。ここからは改めて……私の自己紹介と参りましょうか」
確かに僕たち、イカロフ先生の事何にも知らないや……
みんなも気になっているようで静かになった。
「私の名前はイカロフ・アグレッサー。出身は王都スチレスです。アグレッサーという名前に聞き覚えのある方は?」
僕は知らないけどチラホラと手が上がっているところを見ると有名なのかもしれない。
「昔戦争してたって聞きましたー!」
「その通り! よく知ってましたね」
ぱちぱちぱちと先生から拍手が送られる。
「私の祖先はこの国と戦争を行っていました。正確には侵攻を行っていたという感じですが……つまり、あなたたちがやがて到るであろう騎士と戦っていたという事です」
物騒なことを話しているのに、先生はどこか誇らしげだった。
「さて、家系としてはそんな歴史を持っていますが、ここからは私自身に関して話しましょう。私の出身はスチレスですが、私もかつて、この学び舎で皆さんと同じように勉学に励みました」
遠い目で見ているのは、自身が学徒だった時の記憶なのか、はたまた別のものなのか。上の空のように見えるけど、浮遊する光を用いて、当時のイカロフ先生が勉強している様子を写実的に描く。光が通った軌跡が空中に浮かんで残っていた。
「卒業して、騎士になる権利を手に入れた私はしかし、6年間を経て魔導の深淵に魅入られていました」
騎士剣を捨て、どこまでも深く続く螺旋階段を降りていく様子が描かれる。
「ですが、私のような凡才では最奥に到達することは出来ませんでした。その後紆余曲折あって、ガイスト先生の紹介もあって、中途半端な知識を持った凡人がこの学院の教師に着任したわけです」
涙を流して螺旋階段を引き返し、のっぺらぼうがベンチで寝転がっていたところにガイスト先生が現れ、ニコニコ笑顔のイカロフ先生が教壇の前で生徒たちを前に講義を行なっている三連の絵が描かれた。
「まあ、そんなわけで深淵に至ることは出来なかった私ですが、簡単な質問ぐらいなら解説できるので、聞きたいことが講義外であれば気兼ねなく聞いてください」
自然体で話すその態度から溢れ出て見えるのは、圧倒的な自信だった。自らが積み重ねてきた全てを根拠に核、あるいは芯を備えた人間特有の空気をイカロフは持っていた。
「自己紹介は済みましたが、何か私に関して今の所で聞いておきたいことがある人はいますか?」
「はーい!」
「はい、エバンさん」
「僕たちって何をすれば良いんですか?」
先生はニッコリと微笑んだ。
「ソレは良い質問です」
教卓の引き出しから何かを取り出して、こちらに見せる。
「コチラ、教本になります。皆さんの部屋にも先日の夜同じものが届いたかと思います」
確かに昨日、いきなり部屋の机の上が光ったかと思うと、教科書が現れていた。手鞄の中から取り出して、机の上で広げる。
「コレを熟読すればレベル1の魔導はぜーんぶ使えるようになります」
ペラリと表紙を捲る。間に挟まっていたのか、小さな紙が一枚落ちた。
まさかと思い、その紙に書いてある事を読む。
〜コレで君も明日から魔導博士! 〜
いや魔導関係ないけど
その日の講義で習ったことは部屋に帰ったら復習をするんだ!
復習ってのは、一度習ったことを自分で勉強し直すことを言うぜ!
復習はその日、次の日、次の週、次の月みたいな感じでだんだん間隔を空けてやると効率良いぞ!
親愛なるマック
「ええ……」
紙とイカロフ先生の顔を交互に見る。
まさかイカロフ先生がマックを装ってるわけじゃないよね?
だって昨日届いたんだよ?
…………深く考えるのはやめることにしよう。
「なので、皆さんがする事はひたすら教本を読んで、知識を深めて貯めて、それを実験室で練習する事です」
「はーい」
ペラペラと何ページか捲って、内容を見る。絵と解説が書いてある。
最初の方に書いてあるのはマナクリスタルやら魔導やら、基本的な知識の解説らしい。
「今日のところは講義の形式の説明みたいな感じの事をやりたいと思います。今教本を持っていない人は一旦自室に戻って持ってきてください」
僕は持っていたけど、持ってきている子は少なかったらしくてゾロゾロと教室から出ていく。
教室に残ったのは僕とメイヤーとエメリッヒ、そしてもう1人の女の子だけになった。
あの子はなんて名前だったっけな……
「カタナもちゃんと教本持ってきてたんだねー」
「うん……ねえメイヤー、あの子なんて名前だっけ……?」
「……分かんない」
「おいおいなんだ、2人してこそこそと、シーリアさんの悪口でも言ってんのか? ほら、2人が見るから居心地悪そうじゃん」
「ち、ちがうよ……」
僕たちがシーリアさん? の悪口を言っていたなんて嘘を吹聴するのはやめてほしい。
「シーリアさん! こっちおいで!」
「え……」
「ほら、いいから!」
「分かりました……」
エメリッヒはシーリアさんを躊躇なくこっちに呼んでしまった。僕とメイヤーは完全にパニックだった。
何を話せば良いか必死に考えている僕たちを無視してエメリッヒはシーリアさんと話す。
「改めて、僕はエメリッヒ・ケーン。こっちのワチャワチャしてるのはメイヤー・アトラリオンとカタナ・ティリスだ」
「わたしはシーリア・アクエリアスです……」
「シーリアさんはアケオン出身なんだっけ? あそこは飲み物の質が良いよね、水が良いのかな?」
「は、はい! アケオン山脈から来る湧水がとっても美味しいんです!」
「うんうん、インバス湖の魚も雑味が無くていくらでも食べられるよね?」
「そうなんです、よく知ってますね! もしかしてアケオンに来た事があるんですか!?」
「何度も行ったよ。アクエリアスさんは先代市長さんがお父さんなんだよね?」
「うん! こっちに一週間前に来たんだけど、知ってる人が1人もいなくて不安だったんだよー……なぜか1人部屋だから話し相手もいないし」
「いや、僕も1人だけどね」
「あはは……お揃いですね」
「参ったねこりゃ──君たちもいつまでも空気に徹するんじゃないよ、シーリアさん悪いね。純粋な子達なんですよ」
小気味良く話してるからバレてないかと思ってたけど、エメリッヒに話を振られてしまった!
さっきのメイヤーとのやりとりがダメだったらしいから謝るしかないかあ……
「あの……さっきはごめんなさい」
「いいですよ、エメリッヒ君……さん……が」
「エメリッヒでいいよ」
「じゃ、じゃあお言葉に甘えて……ンン! エメリッヒが話しかけてきてくれたから結果オーライ、です」
なんということだ。エメリッヒとシーリアさんはこの一瞬でもうそんな近い関係になってしまったのか……いや、僕たちとエメリッヒも会って一日しか経ってないな。
さすが友達を作りにきた男……
「せっかくだから、チプタ出身の2人に、この街について聞きたいです」
「チプタについて?」
「ソレは確かに僕も聞きたいな」
エメリッヒも乗り気だけど、なんか話すようなことあったっけ?
「うーん……明け星のジンがギルドに所属してる、とか?」
「そんなの知らない人いないでしょ……」
初対面のシーリアにツッコミを入れられちゃった……
「えぇー僕だってわかんないよ―……メイヤー、助けて」
「チプタの特色〜? うーん……小麦の栽培が盛んだからパンが美味しい、とか?」
「おお! そうそう、そういうのだよ!」
「えー? そうー? じゃあねえ、北門の門番やってるおじいさんがねえ、よく分かんないけど、凄い人なんだって。お父さんが言ってたよー」
その後も生徒が集まるまでメイヤーは2人に対して得意気にチプタのことを話してた。
…………