アルバート騎士学院の門前に一人の少年が立っていた。白地に金の刺繍が施されたマントを羽織るという、極めて衆目を集めやすい格好をしている。
その少年の元に、学院内から一人の少女が近付いてくる。デートか? と遠巻きに人々は思うが、少女は少年を見て顔を顰めた。
「やあ、お早い到着で」
「……何その格好、趣味悪くない? 隣歩くの嫌なんだけど」
「おや失礼」
素知らぬ顔でマントを脱いで畳むと、チプタならそこら辺にいそうな少年がその場に出来上がる。
「これで良いかな?」
「及第点ね」
「タハーッ! 手厳しい!」
ペチンと自らの額を叩いておどけた少年は次の瞬間、目を細めて恭しくお辞儀をする。
「それではエスコートさせていただきます、お嬢様」
無遠慮に、しかし繊細なものを触るように手を取り、その場から歩き出す。
「ちょ、ちょっと、恥ずかしいんだけど」
年頃と言って差し支えない年齢の少女は、同年代の少年と手を繋ぐという行為に免疫が無かった。当然の抗議を行うが少年はこれを無視。
「チプタの街並みを歩くのは久しぶりだから変わっているところも結構あるな。アイリスはチプタの事はどれくらい知っているんだい?」
「わ、私? まあ休日はたまに買い物したりするから割と知ってるけど……」
「そうなのか! ソレじゃあ色々と聞きたいな!」
アレは? コレは? と周囲の建物や雑貨を指差してアイリスの説明を聞く少年。
「えーと、これは剣を置くための台、かな……」
「ほうほう、こういう形のものもあるんだね……おっ! あそこになんか店っぽいのがあるな!」
「ちょ、ちょっと……あんま急がないでよ?」
目移りする速度がとんでもない少年だが、話を聞くのが上手いのかアイリスの喋りも滑らかなものだ。歩く速度も自然と合わせているため雰囲気の良い空間がそこにあった。
二ヶ月前に図書館で、入ってきたばかりのエメリッヒにお茶に誘われた時、アイリスはてっきり社交辞令だと思っていた。しかしエメリッヒは意外と義理堅かったのか、その後も図書館で会うたびに、お茶に行くタイミングはどうだの何が好きだのと聞いてきた。
グイグイとくる男の子に最初は辟易していたアイリスだったが、カラッとした性格のエメリッヒはどこで仕入れているのか話題に事欠かず、話していてつまらない人間ではなかった。
そのうち絆されたのか、図書館でエメリッヒが来るのを楽しみにしている自分に驚いたアイリスだったが、悪い気分では無かった。
アレよアレよという間にお茶の日にちになり、こうして慣れないおしゃれなんてしてみたのに朝のアレを見た時はちょっとがっかりもした。
だけど、こうして歩き出してみれば、中々お茶も……これお茶じゃなくね? とアイリスは途中で気づいた。
「あ、あのさ……」
「なんだい?」
「これってお茶会、なの?」
「え?」
「私が想像するお茶会って、なんかオシャレな部屋でクッキーとか用意して、みたいな感じなんだけど……」
「あ、あ〜〜!」
はいはいなるほどねえ、みたいな反応をする
「どうなの?」
「お茶かお茶じゃ無いかで言えばお茶じゃ無いよ勿論」
「やっぱり、じゃあこれなんなの?」
「そりゃデートでしょ」
あっけらかんと放たれたそのワードに思春期の心が反応した。ここまで、ただ楽しんでいただけだった行為に意味がもたらされた気がした。
流されてそのままにしてたけど、よく考えたら手を繋ぐのってめっちゃ恥ずかしくない?
「男と女が2人きりで街を歩く、この行為がデート以外であるはずがない……っだあ!」
泰然とした表情でそんな事を解説するエメリッヒの脛を蹴ってやったけど、呻いているのにこいつ全然手を離さないな……
「レ、レディ……もう少しお淑やかに……」
「レディレディってそもそもなんで私の名前呼ばないの? 失礼じゃない?」
「ならアイリス、街中でいきなり人の脛は蹴らないでほしいな!」
痛がっていたのはどこへ行ったのか、すぐさま切り替えて楽しそうに笑う。口調もいつもみたいな感じになった。次はどこへ行こう、そんな事を考えているのがよく分かる表情だった。
「……そういえば、デートって……そもそも私達つ、つ、付き合ってないじゃない」
「?」
「なによ」
「いや、付き合うのとデートが結び付かなくて」
「はあ!?」
「お、あそこは本屋か! 図書館に無いような本があるに違いない! 行こう、アイリス!」
「え、え……」
あまりにも切り替えが早すぎる。このエメリッヒという男に情緒は存在しないのだろうか。ソレにしては楽しそうだけども、本屋の中を物色する顔を見ながら思う。
「まあいっか」
「何か言ったかい?」
「何でもないわよ、その本は見た事無いわね」
「そうかい! じゃあこれを買おう!」
エメリッヒはアイリスの意見を聞いて、何も考えずに本を手に取っていた。表紙だけ興味深そうに見ると店主のところに持って行こうとする。その奇行をアイリスは慌てて止めた。
「中を見てから決めなさいよ……」
「そうなのかい? 頼んだ!」
「押し付けないであんたが読みなさいよ」
「女子の好みはよくわからないからね」
「……なんの話よ」
「メイヤー達にお土産として買って行こうと思ってね」
「は?」
こいつ今なんて言った? これまでの人生の中で自分でも聞いたことのないくらい低い声が出たのを感じた。
デートの最中に他の女の話を出すのがダメなんて、デートに行った経験なんて無かった自分でも分かるくらいのことだ。
楽しそうな顔で片手に本を、片手に自分の手を握っている少年の顔を睨む。
「ちょっと」
「ん?」
「メイヤーって、友達って言ってた女の子の事よね」
「そうだが?」
「デートの最中にそんな話する? 普通」
別にこいつの事を好きってわけではないけど、なんかイライラする。多分どんな女の子でもこんな仕打ちを受ければ同じ気持ちになるはず。
「どういう事だ……?」
本気でわかっていない様子のエメリッヒを見て、何となく理解する。こいつは恐らく、男女のそういう機微が全く存在しないのだ。だから、自分はこんなに恥ずかしい気持ちなのに、何の感慨もなく人の手を握れるのだ。
「あんた、私のことどう思ってるの?」
「もちろん友達だよ!」
心底嬉しそうな顔でそう告げるエメリッヒを見て、やはりと思う。
お腹の中が冷たくなったような気がした。別にそういう気があったわけじゃ無いけど、舞い上がっていたのかもしれない。
「あとアレだ! このままいけば付き合うのかな? って思ってる!これから次第だけどね」
「そ、そう……そっか」
情緒も何も無いのに、単純な自分が嫌になってしまう。
「あのさあ……」
そこに低い声が乱入してくる。それは店の奥でコチラを見ていた店主だった。頭をかきながら本を指差す。
「買うなら早くしてくんない?」
「じゃあお願いします」
エメリッヒは本を差し出して会計を済ませる。袋を右肩にかけると店から出て、次の場所に向かうらしい。
「僕は一つだけ知ってるんだけどね、この先に綺麗な川があるらしいんだ」
「そうなんだ」
「昼飯を食べるのにちょうど良いらしいからね、そこに向かおうか」
「わかった」
他愛無い話をしながら視界に入った空を改めて見上げると、随分と美しいことに気が付いた。
「空、綺麗ね」
「そうかな? ……そうかもしれない、でも君の方が綺麗だよ。とても似合っている」
「あ、ありがとう……」
青くて、白いふわふわとした雲が流れていて、太陽が照らしている。当たり前の風景だけど、こんなに綺麗だったなんて気付かなかった。
「色付く世界……」
「なに?」
「良いや、何も」
「変なの」
川辺に来ると、一つのテーブルがあった。席は二つ、なんでこんな場所にあるのか不思議だったけどエメリッヒは迷いなくそこに近付く。
トイレに行く時以外ず──っと握っていた手を離して、ゆっくりとコチラを振り返り、ニコリと微笑む。
「ココが、お茶会の場所さ」
そう言われて辺りを見回すと、いつのまにか囲いが作られており、衆目の届かない環境になっていた。
「え? え?」
「いやいや、友人にサプライズをしたいという夢が叶ってよかったよ」
テーブルの上にはクッキーと、サンドイッチと、色々な食べ物と、お茶が用意されていた。何故か優雅な音楽が流れ始め、誘導されるままに椅子に座る。
「何この音楽……」
「細かい事はいいじゃん。さあ、席に着いて」
席に着くと、川を横目にまたエメリッヒが話し出す。
「いやー子供の頃は友達がいなくてね、友達が出来たら色々な事をしたかったんだ」
「そ、そう……」
確かに彼は図書館でそんな事を言っていたような気もするけど、色々の範疇が広すぎやしないだろうか。友達ってこんな事しなくない?
「ほら、お腹も空いただろうし食べて」
「…………あら、美味しい」
「だろう? 良かった、君の好きなものを聞いておいて」
……いちいち女心を弄ばないでもらいたいわね。
「メイヤーさん達にもこんな事をするの?」
「ええ? いや、なんか彼女達は違うというか……ああ、そういうことか」
「なによ」
「ん──なんというか、彼女達にはすでに相手がいるというか」
「じゃあ、フリーの相手だったら誰でも良かったって事?」
面倒臭い質問なのは分かっていたけど聞かずにはいられなかった。だけど、彼は違うよと手を振って笑ってくれた。
「ほら、アレだよ。運命? そういうのを感じたんだ」
「──いちいちキザったらしいわね」
「おいおい、そんな顔を赤くしないでくれよ。僕まで恥ずかしくなってくるじゃん」
どの口がそんな事を言うのか、それともこれまでは本当に他意のない発言だったとでも言うのだろうか。
しかしエメリッヒは真面目な顔をした。
「本当に感じたんだ、運命の神の導きをね。別にそういう家系じゃ無いんだけどさ」
クッキーを齧りながら川面を眺める横顔はふざけているようには見えなくて、本当なのかもしれないと思わされた。