「はい、というわけでマナクリスタルの特性はここに書いてあるようなものがあります。みなさん分かりましたか?」
「「はーい」」
「はい、それでは小テストをやっていただきます。これを後ろの人に渡していってくださいね〜」
「ええ──、聞いてないよー」
「言ってないですからね」
ブーブーと文句の声が上がる。
入学してはや三ヶ月、魔導クラスでは授業が進んでいた。毎日教室に来て、イカロフ先生の話を聞いて教科書の中身を頭に詰め込んでいく。
今日も小テストをやらされていた。
「えーと……魔導の発動条件は……次は祈祷の発動条件……」
「メイヤーさん、テスト中は喋らないように」
「ご、ごめんなさい……」
「うぐぐぐ……」
僕は正直、書いてあることがちんぷんかんぷんだった。なんかこう、先生が話してるのは聞こえてるんだけど全然記憶に残らないっていうか……
「ふっ……」
チラッと横を見ると、エメリッヒは余裕の顔で腕を組んでふんぞり返っていた。
どうやらもう書き終えてしまったらしい。
「昨日やったばかりですからね、ちゃんと復習していれば分かるはずですよ」
──────
「ねえエメリッヒ〜勉強教えてよ〜〜」
「ええい、くっついてくるな! ちゃんと勉強しろってあれほど言っただろ! 例のマックのメモにだってそう書いてあったのに!」
「カタナってば疲れた〜って言ってすぐ寝ちゃうんだからねー」
「だって──……」
「メイヤーはちゃんと講義後に復習しているんだろ?」
「そうだよー」
なんだってこの2人は見た目とやる気が反比例しているんだ……メイヤーはおっとりマイペースなのにその日に習ったことは必ず復習していて、カタナはハキハキと講義中には発言するしメイヤーを普段から引っ張っているのに全然勉強出来ない。
「カタナはねえ……スタートだけ速いんだ、いつも」
「学校に入る前もそういう感じだったってことか?」
「うん、そうだよー」
「ふーん……」
「な、なんだよ」
エメリッヒがなんかよく分からない顔をしてジロジロと見てくる。
「カタナってアレだよな」
「アレって?」
「ポンコツ」
「はああ!? どういう意味!?」
「いや、そのまんまだけど」
なんてやつだ! 僕の事をポンコツなんて言ったぞ!
「メイヤー! なんか言ってやってよ!」
「うーん……胸に手を当ててみて?」
「いや、当てる胸が……ブグェァッ」
もはやかけるべき慈悲が消え失せたゴミの顔面に拳を叩き込む。
「ウグッ……ご、ごめんなさ……グェッ……」
「カタナー」
「メ、メイヤー……止めてくれるのか……」
「鼻が一番効くってマックが言ってたよー」
「メイヤー!? ……グアアアア!!」
「…………ふぅ、スッキリした」
「く、くそう……『騙れ、癒しの神よ。止まれ、その血の赴くままに』……はあ、痛かった」
ボッコボコだった顔面が治っていく。流石、レベル1とはいえ回復魔導を使えるだけはあるね。
「エメリッヒー、ちゃんと謝らなきゃダメだよー」
「ご、ごめん……」
「私じゃなくてカタナに、だよー?」
「は、はい……カタナごめん、つい本音が……」
「謝る気あんのかあ!」
「い、いででで! 頬を、頬をつねらないでええ!」
「エメリッヒー?」
「ヒッ……す、すいません……」
メイヤーはこちらを向いていないからどんな表情をしているか見えなかったけど、何故かエメリッヒが怯えていた。まあ、謝ったから許してあげるとしよう。
「はあ……もう良いよ」
「へへ、なんか良いな、こういうの」
「な、なんで嬉しそうにしてるの……」
何故かニヤついて変な事を言うエメリッヒに少し距離を置いてしまう。
「いやさあ、僕ってこれでも少しは良いところの出だからさ。友達ってできた事無かったじゃん?」
じゃん? って言われても……
「知らないよ……」
「あれえ!? 何回も言ったはずなんだけど……まあ良いや、ソレでさ、こういう──そう、悪ふざけみたいなのする相手がいなかったからな、楽しいんだ!」
「え、笑顔が眩しい……あんなに口悪いのに」
エメリッヒはニカッと太陽みたいな笑顔を浮かべて、本当に嬉しそうに笑った。
「口が悪いのはうちの家系の標準装備だから気にしないでくれるとありがたい」
「ほどほどにねー」
ガチャリと図書館の扉を開けて中に入る。
そう、エメリッヒに勉強を教えてもらうのに最適な場所として図書館を選んだ。
階段を降りて、下の広間のテーブルエリアで席を探す。
「こんなに広いのに全然テーブル空いてないねー」
みんな考えることは同じなのか、どこを見てもテーブルの上には本が積んであって、その山の下でカリカリとペンを動かしている人ばかりだった。
「おいおい……教えてくれっていうから僕の貴重な時間を割いてるのに、こりゃないでしょって」
もういつもの調子を取り戻したエメリッヒが口元を歪めながらネチネチと言い始める。
「ほら、もっと一生懸命テーブル探してくれないと僕だって教えられないぞ?」
「うるさいなあ……」
「エメリッヒも探してよー……友達でしょ?」
「ヌフフ……おや、アイリスじゃん」
エメリッヒが誰か見つけたらしい。知り合いなら一緒のテーブルに座らせてもらえないかなあ。
「……ぇ?」
エメリッヒが近付いたのは、髪ボサボサで虚ろな目をした女の子のテーブルだった。
その女の子は蚊の鳴くような、声ともつかない反応を返す。ゆっくりと顔を上げ、エメリッヒの方を向いた。丸ぶちのメガネが傾いており、疲れ切ったような印象を受ける。
「ぁ、エメリッヒ君……」
「どうしたんだよ、元気無いじゃん」
「…………」
実際元気が無いらしく、エメリッヒが肩を組んだのにも関わらず反応が乏しい。というより、なんか顔が暗いような……?
あと早く僕たちにこの人の事を紹介して欲しいんだけど。
「あの、この人は?」
「ああ、この子はアイリス。二年の魔導クラスに所属しているから会った事無いんじゃないかな? いや、浴場で会ってる可能性はあるか?」
「……」
「ほら、アイリスも挨拶してよ」
「……こんにちは」
「こ、こんにちは……カタナです」
「メイヤーです」
依然として反応が薄いアイリスに戸惑いながら挨拶を返したけど、彼女が挨拶の後に何も言わないので沈黙が場を支配してしまった。
「あっそうそう、僕たち勉強したいんだけどさ。全然テーブルが空いてなくて、ご一緒しても良い?」
「…………」
「あれっ?」
本当に仲良いのかな、この2人……やけにじっとりとした目線でエメリッヒを睨んでいるのが印象的だった。
──────
結局、アイリス先輩には断られてしまって、しばらくテーブルを探す羽目になった。
席に座ったエメリッヒが愚痴る。
「おっかしいな──、割と仲良くなれたと思ってたんだけど」
「エメリッヒは口悪いから気付かないうちになんかやったんじゃないのー?」
「おおう、君も結構言うよね……」
「だって友達いなかったんでしょ? だから経験不足でやらかしてそうじゃない?」
「ひでえ」
メイヤーの口撃にたじろぎながらも本題に入る。
そもそもの目的は、お喋りでもアイリス先輩との交流でも無く、僕のお勉強を手伝ってもらう事なんだから。
カバンから教科書を出して机の上に広げる。
「ソレでどこがわからないんだ?」
「うーん……こことここと、あとこことこことここ」
分からないところを一つ一つ指さしていく。イカロフ先生の解説はなんだか頭を通り抜けちゃうからなあ。
「ほぼ全部じゃねえか!」
「なんか聞いてても全然覚えられないんだよね……」
「ちゃんと部屋で復習しろ! ……ってのはさっき言ったか……はあ、最初から教えてくか……」
「私も手伝うよー」
その後2人の密着レッスンを受けて、頭がパンクしそうになりながらも後日、なんとか補修のテストに合格することが出来た。
「ゔぁ──……疲れたあ……」
「よくがんばりましたね、ちゃんと勉強しているようで安心しました」
「ちなみに補修のテストに落ちたらどうなるんですか?」
「…………ふふ」
背筋を震え上がらせるような笑みを浮かべたイカロフ先生から目を逸らす。
入学した年に退学するなんて想像してもいなかったけど、これからはもう少しちゃんと勉強しようかな……