「ほら! もっと急いで!」
「あ、ああ……」
アイリスに急かされてエメリッヒはその足を動かし続ける、仮に足を止めたなら致命的なコトが起きてしまうと理解して。
「間に合わなくなるわよ!」
「つっても……」
尚も言い募ろうとするエメリッヒだったが、強い口調のアイリスに二の句をためらう。
「いいから!」
アイリスもエメリッヒも息を切らしながら走り続けていた。
それも当然だ。
なぜなら──馬車の時間が迫ってきていたから
「次の便が、最後、なんだからね!?」
「いや、分かってるって……」
「分かって、ないから! 寝坊! したんでしょうが!」
「こう、なるのが、分かって、たから、最後の、便、予約したんだよ」
息も絶え絶えに言い合いながら道を突っ走る。周りの目線が少し痛いけどそれも仕方ないだろう。
角を曲がると目的のものが見えた。
「ほら、もう少し、だから!」
「いや、荷物、多い……」
突っ込むように馬車に乗り、荷物も手足も床板の上に放り出す。
「出るよ〜」
馬を操る御者がのんびりした声で出発を告げる。こんな客にも慣れ切っているのだろう。
──────
「二人は王都には何しに行くんだい?」
「僕は帰省で、彼女は……」
友達の帰省にくっついてくるのってなんて説明すればいいんだ? 少し返答にまごついていると御者は察したように頷いた。
「なるほど、彼女さんの紹介だね?」
「え〜? そう見えますぅ?」
「うん、お似合いだね」
見えるだに上機嫌になるアイリス。
「この時期に出掛けるってなると、アルバート騎士学院の学生さんかな?」
「そうですけど、やっぱ多いんですか?」
「まあ風物詩だよね」
「なるほど」
「それにしても今年は輪をかけて暑いなあ」
そう宣う御者だが、汗ひとつかいていない所を見るにこういった環境に慣れているのだろう。
それにしてもひとつ気になることがあった。
「なんでこの幌の中はこんな涼しいんだ? 僕が知ってる馬車はこんなに涼しくなかったと思うんだけど……」
「そういえばそうね、誰かさんのせいでかいた汗ももう引いたわ」
「ごめんて……」
御者は笑って答えた。
「そりゃ、氷のマナクリスタルを使ってるからだよ」
「ええ!?」
「嘘でしょ!?」
とんでもない答えが返ってきた。マナクリスタルといえば4級以上のモンスターからしか取れない超高級素材だ。
価格は末端で最低100万ゼニーからとも聞いた。
そんな素材をこんな運送業で使う人がいるなんて信じられなかった。
というか……
「それ、言っちゃって良いんですか!?」
「ちょっとー、そんな大声いきなり出さないでよー」
「いやいや……」
「僕は普段は探索者として仕事をしていてね。マナクリスタルなんて別に珍しくもないのさー」
どおりでムッキムキのバッキバキだと思った……
「聞いても良いですか?」
「んー? 内容によるかなあ」
「なんで御者なんてやってるんですか? 探索者の方が全然稼ぎありますよね?」
アイリスの質問内容は確かに僕も気になったところだ。わざわざ稼ぎの低くて、しかもこんな暑い時期に御者の仕事なんてやる意味あるのだろうか。
「うん、僕はお父さんが御者の仕事をしていてねえ。仕事の時に御者席に乗っかって別の街に連れて行ってもらったりしたんだ」
「へー」
「それが好きでねえ……偶にはこうして探索者の仕事をお休みしてお客さんを運ぶ仕事をすると、昔を思い出せて楽しいんだ」
「なんか自由ですねえ」
「あはは、そうさ、僕は世界で1番自由なんだ。稼ぎだって本来なら探索者の仕事一回で1年間暮らしていけるしね」
「すっご……」
探索者は一山当てれば一生暮らしていけるなんてよく聞くけど、目の前の男もその成功例なのだろう。
「良いなあ」
「はは、そんな簡単じゃないさ。それに騎士様がいなきゃ誰が国を守るんだい?」
アイリスの羨む声に対して、御者は穏やかに振り返って微笑んだ。
「僕らみたいな自由人ばっかだったら国は成り行かない。それに、仕事中いつも死と隣り合わせなんておかしくならない人間の方が少ないだろう?」
「まあ、堅実が1番ですよね」
僕も父上から探索者とか冒険者にだけはなるなって良く言われてたしな。
「そうそう、君はよく分かってるじゃない。ところで二人の名前はなんて言うんだい?」
「エメリッヒです」
「私はアイリスよ」
「……ん? エメリッヒ?」
「は、はい、なんですか?」
「君はエメリッヒ・ケーンかな?」
「え……」
心底驚いた。まさか僕のことを知っているなんて、どこかで会っただろうか?
「あ〜なるほど、そういうことだったのかあ」
なんでこの人勝手に納得してるんだろう。アイリスと顔を見合わせる。
「あの、どこかでお会いしましたか?」
「ん? …………そうだね、昔王都のパーティーで」
「そうでしたか、覚えていなくてすみません」
「いやいや良いよ、目立たないようにしていたからね」
こんな筋肉ダルマがいたら目立つ筈だし覚えている筈なんだけど……
「そういう異物があるのさ」
僕、何も言ってないんだけど……
「まあまあ、そういうもんさ」
「へー……ところで御者さんのお名前も聞いて良いかしら?」
「うん、僕の名前はジュラ、以後お見知り置きを」
「ジュラさんはどんな魔導が使えるんですか?」
さすがいつも図書館にいるアイリス、隙あらば魔導だ。
「僕は魔導は使わないよ、祈祷を使うのさ」
「え、すごい! じゃあ貴方は神官の末裔なの!?」
神官というのは神を信仰する血族であり、かつて神がこの世界に実際に存在した時、絶大な力を誇った者達である。神官が力を行使するために用いていたのが祈祷であり、現在の魔導はそこから派生したものらしい。
源流たる祈祷を使えるのは神官の血が流れる者だけであり、知らずに使っていたのが祈祷だったりなんてこともあるようだ。
「まあ、遠からずかな」
曖昧な答えを返したジュラだけど、探索者って魔導とか使わなくてもやっていけるものなんだろうか。魔導は多少分かるけど、僕も神官の末裔じゃ無いし祈祷に関してはよく分からないな。
「アイリスは祈祷とか使えないの?」
「使えないわよ、あーあ、私も水氷招来みたいなのが使えたらよかったのになあ」
「なんだっけそれ……王都の冒険者のなんか有名なのが使ってたような……」
「アクアシスターズ知らないわけ!? なんのために王都にいたのよ!」
「いや出身地だから……」
「なんでそれで知らないのよ、何見て生きてたの!?」
「……き、貴族の女の子とか」
「は?」
殴らなくても良いのに……小粋な冗談じゃん……
「元気だねえ、見てて僕まで元気になってくるよ」
そんな年寄りじみた事を言うジュラだけど20代に見える出立ちをしている。一体何歳なのだろうか。
「おいくつなんですか?」
「んー大体1万歳ぐらいかな」
「え?」
「はっはっは、小粋なジョークさ」
「は、はあ」
この人ちょっと天然なのかもしれない……
次の瞬間、脳みそが弾けた感覚がした。
痛い
痛い
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い
頭が割れる。
比喩表現ではなくきっと僕の頭は本当に割れていたのでは無いだろうか。
何かが視界に重なる。
夕焼けの中で佇み、元は白かったであろう、真紅に染まった服を気にすることなく前を向いている男がいた。
男は僕だった。
そこは海辺で、波が揺らめくままに足元まで押し寄せてきている。
男/僕は空を向いていた。
信じられない光景が広がっている。
今、確かに自分は地面に立っているのに、空にも大地があった。
今立っている大地と空の大地の間には巨大な鳥が飛んでおり、空の大地では様々な色が弾け続けていた。
『────』
男/僕は何かを呟いた。
何を呟いたかは分からなかったけどそれは致命的な事態を引き起こした。
地面から滲み出るように赤い霧が出てきた。
それは男/僕の身体に纏わりつき、全身を覆っていく。
苦しみ・嘆き・悲しみ、それらの感情が伝わってきて堪え切れず体を折り曲げて呻きをあげる。
自身の体が大地を離れて空に向かっていく。
男/僕は顔を上げた。
『────』
涙が頬を伝っていく感触があった。
赤い霧はなおも男/僕の身体を覆い続け、男/僕は腕を空の大地に向ける。
そこから先は思い出したくも無い、悍ましい惨劇が始まった。
それは間違いなく、終わりを告げる最後の厄災の姿だった。
──────
「ッヒ……リッヒ! エメリッヒ!」
「う……」
気付いたら倒れていたようだった。
アイリスに膝枕をしてもらった状態だったけどな、何かを思う余裕も無かった。
全身が悪寒に包まれていた。
今見た光景は何なのか、意味が分からなかった。
「あなた、顔が真っ青よ? 大丈夫?」
思わずアイリスを抱き締める。
アイリスの身体伝わる温かさに少し安心する。
あの恐ろしい光景を見て、一人ではいられなかった。
とても正気ではいられなかった
「大丈夫よ、大丈夫」
暫くそうしていた後、アイリスに感謝を告げてその身体を離す。
「ねえ、本当に大丈夫?」
「……分からない、僕は頭がおかしくなったのかもしれない」
「あなた、いきなり頭を抱えて叫び始めたのよ?」
「そうだった、んだね……」
「ねえ、ジュラさん、悪いんだけど少しの間だけ馬車を停めてもらえないかしら?」
「いいよー」
「ありがとう」
そうして止まった馬車から降りて、外の空気を吸う。照りつける陽射しにはいつも辟易するけど、この時だけは現実感を感じることが出来てそれが心地よかった。
──────
気分転換に草原でイチャイチャする二人を馬車に寄りかかって眺めながらジュラは独り言を呟く。
「やはり感応は起きるか。不完全な血族の関係ではあっても影響は極大になり得るというわけだ」
先程ののんびりとした様子はどこへいったのやら、鋭い目つきで目の前の二人を睨み付ける。
「とは言えこの二人は主役にはなり得ない。あまり巻き込むのも死体を増やすだけで良いことは無い、か」
小さくも無い声量で物騒な単語をあたりに撒き散らし続けるが、それが二人の耳に届く事は無い。
「神……人……世界……理を超えてたどり着いたこの水溜まりにどのような波紋を巻き起こすのか……」