そんなに都会が良いのか!?   作:goldMg

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弱者はただ、夢を見る

「もう一度言ってくれないか、母上」

 

 常の敬語も忘れ、エメリッヒは母親に対して怒りを滲ませながら復唱を促す。

 胸中には、そんなくだらない嘘を吐く理由を教えろという思いがあった。

 自らが愛する家族の一人である従姉妹、ライザが死んだなどと──

 

「なんでそんなくだらない嘘を吐くんだ」

 

「……嘘じゃないのよ、エメリッヒ」

 

 母親が悲しそうな顔で先程の言の正しさを後押しするのを見て、頭が痛くなりフラフラと椅子に座り込む。

 

「受け止めきれ無いのも分かるわ、でも」

 

「これから、じゃないか……僕は騎士になって、姉さんも……」

 

 錬金術師の大家たるアルケイン家の長姉ライザ、長兄にして次期当主のデインの補佐になることが決まっていた筈だった。

 簡単に挿げ替えることのできない人材ゆえに、その肉体には錬金術の粋が刻まれ、容易には死ぬことができないように改造されている。

 緊急時には刻印が発動して危険を知らせるようになっているのだ。

 おそらくその刻印によって、ライザがどのようになったかが現当主の元に知らされたのだろう。

 

「誰だ……ライザ姐さんを……傷付けたのは……」

 

 エメリッヒは激しい怒りに飲まれながらも、それを尋ねずにはいられなかった。

 

「それが、分からないの……サバット市に行ったところまでは分かったのだけれど……」

 

「そんなはず無いだろうが! なら! 錬金術はなんの役に立つんだ!」

 

 厳しい修行の果てに手に入れる技術、錬金術は祈祷や魔導、異物に頼った世界の在り方を変えるの技術と言われている。既存の世界の在り方を壊す人間の力と持て囃されていた。

 しかし、自らが慕う従姉妹の有り様さえ分からないという。

 

「…………くそっ!」

 

 扉を閉めることもせず、エメリッヒは出て行った。

 後に残されたのは母親、エメリア一人だった。

 重い大役を担い終えたエメリアは溜息をつく。重く重く、彼女の気分を表しているようだった。

 彼女とて、なんの感情も抱いていないわけがなかった。昔からケーン邸を訪れて、姉さん姉さんと慕ってくれるライザを、妹のように可愛がっていた。

 そんな彼女が何処かも分からない場所で死んでいった。

 その最期を想像するだけで胸が締め付けられる。

 だが、息子の前でそんなことを言えるほどエメリアのプライドは低くなかった。

 

 

 ──────

 

 

「…………くそっ」

 

 部屋を飛び出したエメリッヒは、未だにライザの死を受け入れられていなかった。

 人の怒りは長くは続かない。最初は母の発言自体に怒りを抱いていたが、廊下を歩けば段々とソレはおさまってくる。

 すると心中にはやはり困惑が強く出てくる。

 なぜライザが死んだのか。

 

 恨みを買うような性格はしていなかったはずだ。

 ──いや、関係無い、人は何がなくとも他人に嫉妬し、邪魔をし、害する生き物だと散々学んできたじゃないか。

 だとしても、あのライザが死んだなんて、まだ僕の脳みそにその言葉が入ってくるなんてあり得なかった。

 ぐるぐると巡る思考のままに足が僕を運んだのは自室だった。

 扉を開けると、つい最近まで毎日見ていた物が視界に入ってくる。

 本当なら、「ああ、久しぶりにこの景色を見れたな」なんて郷愁の念に浸りながらアイリスと楽しく過ごすはずだった。

 何故そんな悲しいことを今教えたんだ、なんて事は思わない。仮にソレをあとで教えられたなら、僕は死にたくなっただろう。

 そんな風に、冷静な目で自分を分析している自分が嫌だった。

 感情のままに泣き叫びたかった。

 だけど、僕にも刻み込まれた精神安定の刻印がソレを許さなかった。

 脳はあくまで俯瞰しているだけで、感情に流されることが出来なかった。

 

「──エメリッヒ?」

 

「っ……ああ! アイリス、お風呂上がったんだね」

 

「う、うん……大丈夫? やっぱり疲れてるんじゃ」

 

「そう、かもね……」

 

 

 ──────

 

 

 お風呂から上がってエメリッヒの部屋に行くと、扉を開けたままエメリッヒがボーッと立っていた。

 声を掛けるとビクッと肩を震わせ、こちらを振り向いた。

 いつもの笑顔を浮かべようとしているようだったけど、どう見てもその顔は引き攣っていた。

 やっぱり馬車旅のアレが原因なのかな。

 そう思って早めに寝ようと挨拶だけして別れようとしたら、腕を掴まれる。

 

「エメリッヒ?」

 

「……ごめん、今日は一緒に寝てくれない?」

 

「……しょうがないなあ」

 

 とはいえ、旅の後ということでエメリッヒもお風呂に入る必要がある。私は一人でエメリッヒの部屋で待っていることになった。

 

「い、勢いでOKって言っちゃったけど、これってそういう事……!?」

 

 あのエメリッヒが一緒のベッドに誘ったんだから、これは期待していいって事だよね!? 口に出した事は大体やってくれてるんだし。

 私、変な匂いとかしてないよね? 

 じっとしていられなくて立ったり座ったりを繰り返し、挙げ句の果てにはエメリッヒのベッドに飛び込んだ。

 飛び込んだということは、顔がベッドについた状態になるわけで。

 つまり、いつも嗅いでいるのと同じ匂いがしていた。

 

「す──っ……」

 

 なんだか落ち着くなあ、と匂いを嗅いでいたら疲れが溜まっていたのか、段々と意識が遠のいていった。

 

 

 ──────

 

 

 風呂から上がって部屋に戻ったらアイリスがベッドにうつ伏せで寝ていた。

 窒息したらいけないので仰向けにするとあどけない表情をしている。

 いつもはもう少し気を張った顔をしていて、「私はお姉さんです」みたいな雰囲気を出しているけど、やっぱり可愛い女の子だ。頭を撫でると少しグズるのを眺めながら、ベッドに腰掛ける。

 …………僕はどうすればいいんだろう。母上は僕に、どうして欲しいんだろう。

 左手を見る。

 刻印が刻まれた左手だ。

 ケーン家の一員である証。

 これまで、将来の事なんてなんとなく考えているだけだった。

 家を継ぐ必要なんて無い。そんなのは兄弟に任せればいいし、誰も継がなくてもアルケイン家の傍系がいなくなったところで誰も困らない。

 だから、チプタに行った。

 アルバート騎士学院を出て、騎士になれば何者かになれるんじゃないかって何の確証もない自信があった。

 結局のところそんな虚像は壊されて、現実の無慈悲さが露呈しただけだった。

 やっぱり、僕は現実感を持てなかった。

 だって……分かるだろう? 家に帰ってきたら、家族が一人死んでいたなんて。

 それも、どんな死に目だったのかさえ分からない。

 祈っても、願っても、僕は無力だった。

 

「願わくば、大地と海に眠る神に祝福されますように、か……」

 

 

 世界全土に広く伝わる神話だ。

 まだ神がいた時代、それはどこかからやってきた。

 黒く唸り、世界を滅ぼす獣。

 何かを探しにやってきた獣は、白くて清らかだった世界を一瞬で黒く塗りつぶした。

 人々は懸命に戦ったが、全く敵わなかった。

 神はそんな人々を憐れみ、英雄を見出した。

 神は英雄に力を与え、英雄は人々の戦闘に立ち、獣と戦った。

 二者の衝突はあまりに巨大で、幾つもの大陸を海に沈めた。

 終に獣は倒れ、大地の奥底に沈んでいった。

 傷付き、魂の髄まで砕き尽くした英雄を神は讃え、最後の力でもって弔った。

 そして神も大地と海に横たわり、深い眠りについた。

 

 

「もし、本当に神がいるんなら……」

 

 なんで、ライザを助けてくれなかったんだ。

 

 

 ──────

 

 

 世界のどこか、暗く、冷たい場所で何かが胎動していた。

 地を這う芋虫が近付くと一瞬で絶命した。

 そんな場所で祈りを捧げる者がいる。

 

「…………」

 

 完全な暗闇の中にあってその者は完全に安心していた。そこは己が帰るべき場所であると言っているかのようだった。

 暫くの沈黙の後、立ち上がると、胎動の元に近づく。

 空間そのものがブレているような酷く気持ちの悪いソレに、素手で触る。

 そこから何かを感じ取っているようだった。

 

「…………」

 

 ソレに背を向ける。

 

「早く鍵を揃えなければ……素晴らしき世界のために……」

 

 脚を引きずり、その者は遠ざかっていく。

 素晴らしき世界のために、と譫言のように同じ言葉を繰り返しながら。

 

『──────』

 

 胎動は何事かの意思を見せた。

 ソレは間違い無く、負の感情だった。

 常人が認識すれば瞬時に発狂するような、醜悪な感情だった。

 先程まで遠ざかる行動を見せていた者も、その場にうずくまって苦しんでいた。

 

「あ…………が…………」

 

 衝撃で呼吸が出来なくなっていた。

 濃密な死の気配はそれだけで、味方であるはずの人間から生きる自由すら奪っていた。

 手駒が減っては叶わないと胎動が感情を抑える。

 

「がっ……はぁ……はぁ……」

 

 ゆっくりと立ち上がると、再び胎動から遠ざかっていく。

 苦しみに呻くその顔の中でしかし、眼差しだけは強くあった。

 

「素晴らしき世界のために……」

 

 向こうから何かがゆっくりと歩いてきていた。

 ソレは人間だった。

 フードを深く被ったその女は、同じく苦しそうに歩いていた。

 左手が無く、痛みに呻いていた。

 

「…………」

 

 すれ違う刹那、お互いの視線が交差した。

 憎しみに囚われた人間の眼差しだった。

 会釈も挨拶もしなかった。

 だが、二人は互いが同じであることを理解した。

 

『憎しみの吹き溜まり』

 

 人はそこをこう呼んだ。

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