そんなに都会が良いのか!?   作:goldMg

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タダより怖いモノは無い

 ヴィルム=ヘンドリオン

 ドワーフが信仰する中で最も古い宗教の信仰対象。

 光齎す解放者、ドワーフの国に伝わる救世主を指す言葉だ。

 はるか太古の昔、ドワーフ達が穴倉に籠る弱者であった頃、最愛の神を失った絶望の最中に現れたその者は、立ち所に絶望を退け、ドワーフ達に希望と陽の光を見せつけた。

 彼が好んで食していたのがパンであり、それに倣って10年ごとに小麦の収穫時期に開かれるのがヴィルム=ヘンドリオンの戴冠祭だ。

 その時期に最も強大なモンスターを倒し、人々に明日への希望とドワーフの力強さを示した者がその年のヴィルム=ヘンドリオンとして戴冠する。

 

「だというのに最近のドワーフときたら、自分の国の中に引きこもりやがって、ヴィルム=ヘンドリオンの偉大さってものを忘れていやがる」

 

 ガメルという名のドワーフはチプタのギルド酒場でぼやいていた。

 ともに竜車に乗ってきたドワーフ達とは現在別行動をしており、酒好きのガメルはまずここにきたというわけだ。

 ダラダラしていたメイヤーはそんなガメルに話しかけていた。

 

「じゃあヴィルム何とかさんはドワーフ族の英雄なんだ」

 

「ちとちげえな、ヴィルム=ヘンドリオンはドワーフじゃない。お前らと同じヒューマンだったと伝わっている」

 

「えー? 宗教の偶像なのにヒューマンで良いの?」

 

「あーあ、分かってねえなあヒューマンの嬢ちゃん」

 

 心底そう思ってそうな表情でメイヤーをバカにするガメル。

 

「……なによー」

 

 ぷくーと頬を膨らますメイヤーを宥めると穏やかな顔で説明する。

 

「救世主が同族じゃ無かったらなんだ? 迫害するのか? 救ってもらって当たり前だって踏ん反り返るのか? そんな事をしてドワーフの誇りは保たれるのか?」

 

「えーと……」

 

「当時、いかなる災厄が世界を襲ったのかは分からない。救世主がどんな顔をしていたのか、どんな性格をしていたのか、それも分からない」

 

 それはそうだよね。ドワーフさん達の伝説がどれだけ昔のことを言っているかは分からないけど、仮にそれが事実だとしてもそんな昔の事なんて正確に伝わるわけがないし。

 

「だが、俺に流れる血が記憶している」

 

「え?」

 

「彼は確かに実在したし、俺たちの世界は救われたんだ。だから、この俺の気持ちも本物なんだ」

 

「そ、そうなんですねー……」

 

 何の根拠もなしに、揺るがない尊敬と信仰を捧げているその姿に、宗教って怖いなあ、という感想を内心で抱くメイヤーに、ガメルは苦笑する。

 

「すまんな、ついヴィルム=ヘンドリオンの事になると自制が効かないんだ」

 

「い、いえ……」

 

「さて、ちょっくらギルドマスターに挨拶してくるかな」

 

「え、お父さんとお知り合いなんですか?」

 

「今代とは初めてだな。だが、人様のところに来て狩りを行う以上あいさつを行うのが筋ってもんだろう?」

 

 それにしても、と続けてメイヤーの全身をジロジロと見る。

 

「お前さん、ちんまいなあ〜」

 

「ちん……え?」

 

「いやいや、どこでもギルドマスターの子供は大体気が強くてなあ、それはそれは屈服のさせ甲斐が……あ、いやいや何でも」

 

 よくわからないことを言い始めたガメルがチラッとあらぬ方向へ視線を向けると途端に声が小さくなっていった。

 その方向にメイヤーも顔を向けるとベッキーが笑顔で手を振っていたのでメイヤーも手を振りかえす。

 

「うおっほん! ともかく、お嬢ちゃんはそのまま育つのがよろしい」

 

「ええー?」

 

「じゃ、俺は挨拶してくるから」

 

 そう言い残すとガメルはメイヤーとの会話を打ち切って受付の方に向かっていった。

 

「なんか、今年って色々な事が起こる年なのかなあ」

 

 

 ──────

 

 

 受付にたどり着いたガメルはそういうわけでベッキーに話しかける。

 

「事情は聞いとっただろう。ギルドマスターに挨拶させて貰いたい」

 

「いえ、見ていましたよ? ギルドマスターの大事な大事な一人娘を邪な目で見ているのをね」

 

 はあ、とため息を吐いたガメルは小さく続けた。

 

「……お前さん、耳年増じゃな?」

 

「は? 全然違いますけど? むしろいつも言い寄られて困ってるぐらいですけど?」

 

「なるほどなあ……」

 

 ピキピキィ( ^ω^ #)

 と青筋を立てているのが丸わかりなベッキーでは話が通じないと判断したのか、ガメルはもう一人いた男性の受付に話しかける。

 

「まあ、そういうわけで頼めんか?」

 

「ええ、ようこそおいでくださいました。10年ぶりでございますね、ガメル様」

 

「ん? お主……おお! 確かチャックだったか、大きくなったな!」

 

 ガシッと握手をした二人は昔の事を思い出した。

 

「覚えていてくださるとは……! その節は大変お世話になりました! 今でもあの時のことは忘れておりません」

 

「ガハハ! なあに、10年前はヴィルム=ヘンドリオンの王冠は逃したが、その偉大さを示す事ができたなら俺にとっても最大の僥倖よ!」

 

「ええ、ええ」

 

 前回のヴィルム=ヘンドリオンの戴冠祭、つまり10年前にガメルがチプタ村を訪れた際、まだ10歳前後だったチャックの両親が山で行方不明になった。

 強大なモンスターを狙って山に来ていたガメルは襲われていた二人を保護し、チプタ村まで安全に連れ戻したのだ。

 そのせいでガメルはモンスターを狩る事ができず、王冠を戴くことはできなかった。

 だがガメルはそれで良いと明朗に笑い、受け入れた。

 チャックはその姿を見て、自分もモンスターを倒して人を助ける冒険者になる夢を抱いたが、残念な事に戦闘の才能が無かった。

 そこで、裏方として一助になればと思いこうしてギルドに就職したというわけだった。

 そんなチャックの目は少し潤んでいた。

 メイヤーと話している時どころか、このギルドに足を踏み入れた瞬間から彼があの時のドワーフであることに気付いていたのだ。

 

「本当はもっと色々話したい事があります」

 

「おう」

 

「でも、まずはギルドマスターを呼んできますね」

 

 チャックは裏にまわり、ギルド長室に向かった。

 

 

 ──────

 

 

 レクスがいつも通り書類や報告を捌いていると、扉がコンコンとノックされた。

 

「どうぞ……」

 

「失礼します」

 

 威厳も何もあったものでは無い死にそうな声で返事をすると、扉はぬるりと開き、チャックが中に入ってきた。

 

「ここに来るなんて珍しいな、なんかあったか?」

 

「はい、ヴィルム=ヘンドリオンの戴冠祭という事でドワーフの皆様が到着されたようです」

 

「…………その手があったかあ!!」

 

 ジンは手を執務机に叩きつけた。

 ビクッとするチャックを無視してジンは思考する。

 

 ドワーフ達は強大なモンスターを狩りたい、俺は狩って欲しい、相互の要望が絶妙にマッチしているぞ。つまり、異常発生しているモンスター共の討伐を押し付ければ今直面している問題のうちのいくつかは一気に片付くって事だ! 

 笹食ってる場合じゃねえ! 

 

「今すぐに会う! どこにいる!」

 

「──あ、はい! 受付にいらっしゃいます!」

 

 ギルド長室から受付までの道中、廊下を足早に進む。

 

「窓口まで来てる奴の名前は聞いてるか?」

 

「はい、ガメル様です」

 

「……ガメル? どっかで聞いたような」

 

「…………」

 

「なんでニヤニヤしてんの?」

 

「いえ」

 

 何だこいつ……と思いつつも受付に到着する。

 

「おっ、今はあんたがギルドマスターやってんのか。確か前は探索者やってたよな」

 

「ええ、よくご存知で」

 

「ガハハ! ドワーフの売りは頭の良さだからな!」

 

 お前らの売りは筋肉だろ……と思いながらもレクスは目の前のドワーフの記憶力の高さに舌を巻いた。

 

「さて、10年ぶりのヴィルム=ヘンドリオンの戴冠祭という事で挨拶に参ったわけだが……」

 

「ええ、良くぞおいで下さいました」

 

 わけだが、何だろうか。

 

「血が騒ぐ」

 

「え?」

 

 何だこいつ、今ここでおっ始める気か? やるならやるぞ? お? 

 

「違う違う、そう逸るな」

 

「ではどういった?」

 

「……単刀直入に言おう。かつて無いほど強烈に、モンスター共が活発化しているな?」

 

「──それは」

 

 ここは北の国との要衝、このドワーフはまだアドラント王国内の情報をそこまで掴んでいないはずだ。ドワーフ独自の情報網から手に入れたのか、それとも道中、バゲット国でも同じような事が起こっていたのか。

 

「魂に依らない肉体によって戦っている俺らドワーフと、拡張された魂からのフィードバックで戦っているお前らヒューマンでは感覚が違うんだろうな」

 

 こいつ、そこまで知っているのか!? 

 こんな受付で話すようなことじゃねえぞ! 

 

「ガメル様、奥へ」

 

「おう、悪いな」

 

「チャック、お茶を用意してくれ」

 

「はい」

 

 今の会話に全くついていけていなかったチャックは外させる。

 ガメルとはあとでゆっくり話してくれ。

 

「あなた方の知識がまさかそこまで及んでいたとは存じませんでした」

 

「俺たちはこの世界の法則には縛られねえ、どれだけ呪いが濃くなろうとも全く関係なく動く事ができるぜ」

 

「……なるほど、それは……とても素晴らしい」

 

「だろ?」

 

 味方であるならばこれほど頼もしい人材もいないだろう。

 本当に味方ならばの話だが。

 まあ向こうも王冠を狙って来ているわけだしモンスターを狩るという事に対して否やは無いだろう。

 

 

 ──────

 

 

「わざわざギルド長室までお招きいただいて悪いが、とりあえずはただ挨拶に来ただけだぞ」

 

「まあまあそう言わずに」

 

 レクスは自分でも似合わないと自覚している愛想笑いを浮かべる。目の下に浮かんだ濃い隈のせいでどんな表情も死相に見える事だろう。

 

「俺たちはギルドには属してねえから報酬は貰えねえ。だからこそ、勝手に探し出して誇りと盟約に基づいてモンスター共をぶっ殺すだけだ」

 

「ええ、それはもちろん承知の上です。そこでひとつ提案なのですが……」

 

「報酬をやるから指定のモンスターを狩ってくれってんだろ? そんなのお断りだぜ」

 

「そこを何とかなりませんか?」

 

「情に訴えても無駄だぜ? 10年前あの夫婦を助けたのは、目の前で苦しんでるヤツを放っておくのが教義に反するからだ」

 

「…………」

 

「いいか? この国の問題は、この国で解決しろ。俺たちは世界の味方だが、いつでもヒューマンの味方ってわけじゃない」

 

「ええ、それは理解しております」

 

 過去、ヒューマンとドワーフとの間で戦争が起こった事だってある、結局ヒューマンはボロ負けしたらしいが。

 

「お前らが遺跡と呼ぶ異界から資源を持って来て活用するのは勝手だがな。アレが何なのか本当に分かっているのか?」

 

「本当は、何なのか……」

 

「知らんならそれでも良いがな。あんなもんに頼って、自分たちで文明を進めることすら出来ないなら早々お前ら滅ぶぜ?」

 

 もう3000年これでやって来てるはずなんだが。

 

「まあ、忠告しても無駄なのは分かってる。お前らにもヴィルム=ヘンドリオンが現れるのを期待するんだな」

 

 何が救世主だ。

 俺がどんだけ頑張ってると思ってやがる。

 誰とも知れんポッと出に救われる程度の危機なら俺が救ってやるわ。

 

「そうそう、その目だ」

 

「え?」

 

「俺たちドワーフとお前らヒューマン、いつの時代も諦めぬものがいる。最期までその眼を保ち続けろよ?」

 

「はあ……」

 

 何でこいつ一々ポエミーなの? 

 

「さて、モンスターの件だがお前らの指示は受けん、報酬もいらん。だが、リストアップはしておけ。その中から好きに選ばせてもらう」

 

「……おお! それはとてもありがたいです!」

 

 何だよ、結局やってくれんじゃねえか。変な小芝居しやがって。

 

「ガハハハ! 報酬貰ってやるようなことじゃねえ! ヴィルム=ヘンドリオンの王冠を求めるならばな! ────言ってたことは全部本当だぜ?」

 

 背筋が寒くなるような眼差しを向けられる。

 

「この小康状態を崩すのが何なのか俺には分からんが、仮初の平穏が崩れた時、世界がどんな姿になるのやら」

 

 それじゃ、と今までの重たい会話は何だったのか、軽い挨拶だけしてガメルはギルド長室から出て行った。

 ドッと疲れが押し寄せてソファに座り込む。

 

「ふぅ……そっか……やっぱもっとヤバくなるのかぁ……」

 

 本当、イヤになるぜ。

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