内臓がひっくり返るような感覚の後、地面が足についた。
広がっているのは赤い空とどこまでも続く草原。
チラホラと他の探索者がいるのも見える。
それぞれが台車を引っ張り、何かを拾って上に載せていく。
「やっぱここの空気感は良いなあ」
いつ来ても赤い空なので、まるで故郷に帰ってきたかのような錯覚を覚える。
一番近くにいる少女に話しかける。
「取れてます?」
「ん? まあまあって感じかな」
駆け出しがまず入界を許されるのはこの遺跡なので、比較的俺に年齢が近い人も多い。
台車を覗くと、歯車やネジといった級外異物が多い。
こういったシンプルで集めるのが簡単なものは数を集めないと金にならないので台車は必須みたいなところがある。
台車を覗くという行動に不信感を覚えたのか、じっとこちらを見ている。
愛想笑いをして離れると、また地面に向き直った。
数は少ないが、台車などを持たないで、クリップボードを持って立っている人もいる。
彼らはギルドの監視員だ。
この級の探索は初心者向けではあるが、ここで集まった異物が元の世界の文明を下支えしている。
人間同士のトラブルやイレギュラーに対処するためにこうして監視員が配置されているのだ。
イレギュラーというのは──
「出たぞー!」
声がする方を向くと、一軒家ほどはありそうな影が走っていた。
「えー……フレイムファント一体、と」
そいつはでかい鼻と眼を持ち、長い鼻が最も特徴的な四足異生物だ。
こうして草原に時々出現し、鼻の先から炎を吐いて哀れな被害者を丸焦げにしたり巨体で踏み潰してミンチにしたりする。
とはいえ基本的には監視員がいるので、余程不運で無い限りそんな事はない。
「ヒャッハー!」
近くにいた監視員が真っ先に飛びかかり、シンプルな直剣で片耳を切り落とす。
痛みで吠えたフレイムファントが長い鼻を向け、炎を噴き出す。直線に飛んでくるそれをトリッキーな軌道で避けると、ズブリと胴体に剣を突き込む。
衝撃と痛みでたたらを踏むファントはしかしまだ倒れず、ギロリと監視員を睨む。
筋肉の分厚さで抜けなくなったのか、剣を手放した監視員は距離を取る。
「ノルマ! ノルマ! ノルマ!」
そのタイミングで世知辛い事を言いながら二人目が突っ込んできた。
短弓を持っている。
黄色い矢をつがえて弓を引き絞り、直剣とは逆サイドに的中させる。
ファントはモノともせず、怒りだけ募らせて突進を繰り出す。
鼻を伝って背に転がり上がり、勢いのままに空地に飛び出して次の矢を直剣に当てた瞬間、ファントはビクンと体を跳ねさせた。
そのまま脱力するが、突進の勢いのままに腰を抜かした新人の前に倒れ込んだ。
「はい私のー!」
倒した監視員が宣言すると、最初に戦った直剣の持ち主は悔しそうに認める。
彼らもギルドの運営側の人間としては新人に近く、こうして探索者達の円滑な仕事にどれだけ貢献したかなどノルマを課せられているのだ。
就職してからも自己研鑽に励まなきゃいけないなんて大変だなあ……
まあ騎士よりは余程楽な仕事だろう。
貴族様達と関わるなんてただの刑罰と変わらない。
そうして探索者や監視員がいるのを眺めながら歩き続ける。
赤い空は夕焼けのようだが、空に輝く太陽は存在しない。
なんとかの粒子? がこの空間全体を覆っていて、何かに呼応して光っているらしい。
確かに夕焼けとは色合いが少し違う気がする。
血の色が一番近いかな。
さらに歩いていくと、人の数が減っていく代わりに遠目ではあるけど異生物を目にする機会が増えた。
「君、ここから先は危ないから」
と、止めに入る監視員も増えてきた。
受付でもらった紙を見せると引き下がるので便利だ。
目指す場所はまだまだ先だ。
体も温まってきたし走って向かうことにしよう。
無限に続くと思われた草原だが、海もある。
波が砂浜に打ち寄せ、鉄臭い匂いが辺りに満ちている。
人は暫く見ていない。
ここらへんは異生物が跋扈し、人の生息できない範囲だ。
近寄っては来ないので、座ってボーッと海を見る。
チプタ村では見れない光景。
波打ち際には小魚なんかもいるが、遠くの波間に巨大な影が時折見える。
足元の砂浜は総じて赤黒く、水も赤色だ。
そして、空間そのものから声が湧き出る。
『赤き遺跡、それは滅びた……』
後ろに誰かがいる感覚がある。
振り向こうとしても、微塵も体が動かせない。
『君達が辿ることは無い、憎しみの上に成り立つ』
誰かが確実に語りかけているのか。
悲しみと願いを持って、俺に向けて何かを伝えているのか。
『閉ざされたここで、君は何を思う』
そこで声は無くなる。
いつもこうだ。
振り返っても誰もいない。
しかし、確かに声はあった。
何故か、ここに来て、あの声を聞くと俺はいつも涙を流してしまう。
空を見ると青く染まっていた。
俺が泣き止むまで空は青いままだった。
砂を一掴み、眼前まで持ってくる。
小さな歯車などが一粒一粒の砂を構成していた。
何度来ても、ここはなんなのか分からない。あの亀裂も分からないし、異生物も分からない。
誰にもそれは分からない。ただ、便利だからみんな来ている。それだけだ。
いつか、この異物が全てなくなる日まで、俺たちはここを訪れるのだろう。
立ち上がり、砂を振り払う。
「おや、お前さんもここを知っていたのか」
「ロウさん」
門衛のロウ翁がそこにはいた。
「ああ……今日は聞こえないな」
「ロウさんもあの声が聞こえるんですか?」
「聞こえるとも、ワシが若い頃から聞こえとったわい」
そうなのか、ちょっとだけ特別感があったから、俺にしか聞こえないものだと思っていた。なんだか恥ずかしいな。
ロウさんも俺みたいに泣いたりするんだろうか。
「なに? あの声を聴くと泣いてしまう?」
帰る道すがら、ロウに聞いてみる。
「いーや、ワシはそんな事無いが……しかし、そうか……」
何やらジッと俺の事を見つめるロウさん。
折角なのでかっこいいポーズを決める。
「アホ、気色悪いわ」
頭を叩かれてしまった。
「そんな事より、それどうじゃ?」
チラ、と俺の腰を見る。
最近は肌身離さず持つようにしているのだ。
その為にわざわざベルトと鞘まで作った。
「良いっすね、これ! 今までと違う感覚で戦えるようになりました!」
うんうんと頷くロウ。
「ぶっちゃけ無い方が楽な時もありますけど、繊細な感覚っていうんですかね? そういうのが分かるようになってきた気がします」
「え……繊細? お前さんが?」
自分で聞いといてめっちゃ失礼な反応してくるじゃんこのジジイ……
「ワシは力だけのガキには頑丈な棒切れ渡しときゃいいと思ったんじゃが」
「いやいや、頭が悪いみたいに言わないでもらえます? これでも結構考えて動いてるんですよ」
「お前みたいなやつはたまーに現れる。賢しらに動きよるが、猿知恵よ」
カッカッカ、と意地の悪い笑い方をするので反論する。
「自分がやりたい事やる為に動き回って何が悪いんだよ……」
「お前さんの行動には相手を思いやる丁寧さが抜けておる。嬢ちゃんたちを見ればワシにはわかるぞ? お前さんにどうして欲しいと思っているかが」
「どうして欲しいんですか?」
「教えてやんない。ワシ、関係無いもん」
こいつマジ……
「それにな、そんな事は人に聞いて答えだけ知っても意味無いぞ」
「うーん……」
ポンと頭に手を置かれる。
「学べよ、若人」
とても優しい眼でこちらを見ていた。
なんだか少し気恥ずかしくなってきた。
と、そこで唐突に喧しい乱入者が現れた。
「おーい、マック、随分長いこと潜ってたな……ロウ師!?」
どうやら用事を終わらせたのか、ジンが遺跡の中に入っていた。
しかし隣にいるロウを見た瞬間、土下座一歩手前ぐらいの姿勢になってしまった。
とんでもない敬意を感じる……敬意力53万はあるな。
「そんな畏まらんでもいい」
「いえ、とんでもございません!」
なんだこれ……
「ジンさんのお師匠様だったんですか?」
「いや……何もしとらん……こわい……」
じゃあ本当に何なんだこれ……
まあ、何かはやってるんだろうな。
「なんかワシ、ちょっと用事がある気がしてきたから行くね……」
「お忙しいところお引き止めしてしまい申し訳ありません」
「まあ、頑張れよ」
肩に手を置いて激励して去っていくロウ。
たったそれだけで感無量といった具合な顔をしているジン。
置いてきぼりな空間になってしまった。
なんかさっきの俺とロウさんのやり取りの焼き増しみたいだな。
そんな益体もない事を考えていると、ロウが完全にいなくなったようで、ジンはこちらに話しかけてくる。
「よお」
「っす……」
なんかあんなのを見せられたあとだとちょっと距離感出来るわ……
「お前もロウ師と知り合いだったんだな」
「偶々会っただけなんですけどね、というかジンさんが知り合いなことに驚きですよ」
ジンは遠い目をして過去を振り返りはじめる。
「忘れもしない、16の時だ。当時、俺は駆け出しの探索者として順調な日々を過ごしていた。同時期のやつらの中じゃあ一番稼いでいたから、調子に乗ったりもしてたな」
なんか話長くなりそうだな……
「門衛としてダラダラと過ごしてるロウ師達を見て馬鹿にしたりもしてた。今の俺があの時の俺を見たらブン殴ってるけどな。そんで、8から6へランクを上げた俺は、探索者の義務として、バゲットとの前線に駆り出された」
チプタ村においてランク6以上の探索者は戦時に駆り出される。なりたてが8な事を考えると早すぎるんじゃないかとも思うが、これは国の最前線である場所のギルドなどだとままあるらしい。
バゲットとアドラントは長年戦っていながら貿易などは開いているという右手で握手して左手で殴り合うような間柄なのだ。
「前線では俺の学んできたことなんて何一つ役に立たなかった。まず、人と戦う経験なんて遺跡だとそうそう無いからな。そして調教されたモンスター、あいつらも厄介だ。自分の身体の一部のようにモンスターを操るテイマーは戦術兵器としてバゲットで重宝されている。普段とは勝手が違う戦場で俺は右往左往するしか出来なかったよ」
「ふーん」
「殊更にチプタはあらゆる要素における要だからな。バゲットも最高戦力を揃えてきやがる。まじで人が砂埃みてえに飛んでくんだよ」
「ほーん」
「真面目に聞けよ。そんで、いつのまにか前線のマジでど真ん中に辿り着いちまった俺は、騎士様と相対することになったわけだ。赤い騎士だ、聞いたことあるだろ」
「灼熱都市とかいう遺跡で鍛え続けてるんでしたっけ」
「あぁ、マジでやばかった。あの時の俺は見られただけで漏らしたからな。で、そこでロウ師だ」
そこでロウさんの名前が出てくるということは、あの人も戦場に出るんだな。
「一応軍事的な話だから普段は表に出てこない話だが、ギルドや門衛なんかは戦時は一部を除いて全員前線行きだ。そして赤い騎士とロウ師の戦いなんだが、何も見えなかった」
「ええ?」
「あそこだけマジで時間の流れが違ったな。今でも思い出しただけで身震いするぜ。あれ以来、俺はロウ師に追い付けるように頑張ってるってわけよ」
「ふーん……」
「ロウ師の話はまだまだある。これは聞いた話なんだが──」
家に帰るまでマジでずっと話してやがった!