プロローグ
~とある町~
(今日も終わりか……)
夏が終わり、秋が始まりを迎えた日の夕方近く、自分は暗い店の中で一人で黙々と片付けをしている。
今日のお客さんは数人程しか来ていない、いつもと言えばいつもの事であった。
(これでよし、帰るとしよう……)
荷物を纏めて裏口から外に出ると鍵を閉めて表に出た。
空はうっすらと赤く夕日に照らされている、時間は6時半頃であったか。
自分が切り盛りしているここは饅頭や和菓子を扱う喫茶店……茶屋のような所だがいつもこの時間帯には閉めていた。
(今日は帰ったら薪割りと……後は帰りに夕飯の材料と酒も買って……)
そんな事を考えながら店からも見える紅葉が掛かり始めた山に向かって歩き始めた。
自分が現在住んでいる家はその山の奥にある。
(……)
人通りも少なくなった商店街をゆっくりと歩いてゆく、昔住んでいた場所とさほど変わらない環境……都会とは違う田舎町の感覚だ。
(……やっぱり寂しいな……)
近くのスーパーに寄って夕飯の材料を買いながら心でそんなことを呟いてしまった。
昔の町なら歩いていれば知り合いや友人に会うのが日課であり、店に入れば必ず知り合いが居たが……今はもう居ない。
ここに移住してから早三年少々経つが、町にまだ馴染めてはいなかった。
そのままの足で歩いて行きながら居酒屋で一升瓶を買う。
別に飲み会をするわけじゃないが……今日はあの日である。
(早く帰って呑むか……皆と……っ!?)
そんな事を心で呟きながら歩いていると不意に視線を感じ立ち止まった。
その場で周りを見ると道の反対側、電線の下に一人の女性……いや、少女だろうか?
わからないが人が立っていた。
軽く特徴を上げると、金色ロングストレートの髪に紫色を強調した服、そして白い傘を差している。
それが確認できた所で目の前をトラックが通過する、そして次の瞬間には少女はその場からいなくなっていた。
(何だ……?この町では見たこと無い人だったが……観光客か?)
特にこの町には観光出来そうな場所は無い、いや自分が知らないだけかも知れないが自分は知らなかった。
しかし、ここまで露骨に視線を感じたのは初めてである。
(……)
少々気になったが……特に視線以外で不審な事は無かった。
消えたのもすぐ後ろにあった本屋に入ったのだろう。
(まあいいか……早く帰ろう)
そう心で呟きながら山の方へ歩いていった…………
~とある山中の自宅~
町で見知らぬ少女を見かけた後、家に戻ると早速薪割りを開始した。
この時期はまだ涼しくなり始めであるがこの山は既に夜になると一気に寒くなる。
その為、今の内に薪を貯めておいて後に使うのだ。
(これぐらいで良いか、さて……)
薪割りを終えて家に入ると夕飯の支度を開始する。
数年間一人暮らしをしながら喫茶店もやっている為必然的に料理は上手くなっていた。
特に苦労することもなく野菜を切ってゆく。
(鮭も焼くか)
野菜を切り終わると鮭の切り身を出して焼き始めた。
毎日一人だけで過ごしている空間にこんがりと鮭が焼ける音が響いている。
それでもこの後にはいつもと変わらない寂しい食卓が待っているのであろう。
(……?)
しかしそう考えていると不意に背後から人の気配を感じ取り鮭を挟む箸を止めた。
(……今日はおかしな事ばかりだな……)
十分焼けた鮭の乗ったコンロの火を止めると同時に振り向いた。
しかし、後ろには誰も居ない……見えるのは古い食器棚のみである。
(気のせい……か?)
「あら、美味しそうじゃない?私の分もお願いしようかしら?」
そう思っていると居間から見知らぬ女性の声が聞こえてきた。
箸を置き、急ぎ居間に向かう。
(誰だ……!?)
襖を開けて居間に入るとちゃぶ台の横に人影が見えた。
そしてその人影には見覚えがある。
「こんばんは」
(君は……夕方町にいた……)
そこには夕方見かけた少女が堂々とちゃぶ台前に腰掛けていた。
いや、先程の声の感じからこの場合少女というよりは女性と言った方が正しいだろう。
「町で貴方に一度見られていたのは私よ、それで貴方に話したいことがあってここに来たのだけれど……」
女性はそう言うと手に持っていた扇子をこちらに向けて怪しい笑みを浮かべている。
それと同時に来た異様な感覚……まるで威圧されているような感じであった。
こちらは咄嗟に身構える。
相手は音もなく侵入してきた相手である、油断は出来ない。
(何が目的だ……まさか政府から……)
「とりあえず……夕飯頂こうかしら?」
(……は?)
一瞬呆気にとられて口が開いてしまった。
この女性は怪しい笑みを浮かべながら夕飯を要求してきたのである。
しかも勝手に侵入した上でだ。
「驚くのはわかるけれど私も夕飯まだなのよ、話は夕飯の後にしてあげるわ」
そう行って扇子を開いて口元を隠す動作をしていた。
一瞬感じた異様な威圧感も消え、こちらも自然に身構えるのをやめている。
(はあ~……一体何なんだ……?)
渋々台所に戻る事にした。
敵意は無いように見える、ならば問題を起こさぬよう穏便に帰ってもらおう。
とりあえず鮭をもう一枚焼き始めながら今の女性の事を考えることにする。
(音もなく侵入して夕飯を要求とは……新手の泥棒なのか?)
先ほど一瞬だけ窓と玄関を確認したが特に鍵は壊された形跡は無かった。
つまり玄関と窓は侵入には使われていない。
(となると別の入口は……無いか、まさか居ない間に鍵を治せるわけもないし……)
色々考えながら作業をしていると鮭がこんがりといい匂いがしてきていた。
その鮭と先ほどの鮭を野菜と一緒にそれぞれ皿に盛り付けていく。
(そもそも侵入した理由はそれだけであろうか?それにさっき何か話すとか言ってたな……)
箸や先に温めていた味噌汁と鮭の皿を居間のちゃぶ台に次々と運んでゆく。
最後にご飯の入ったお釜も持ってきた。
「ご苦労様ね」
(……どうも……)
軽く会釈しながらお茶碗にご飯を盛って女性と自分の前に置いた。
そしてそのまま座り、手を合わせてから自分は食べ始める。
「では、いただきます」
女性も手を合わせてそう言うと夕食に手をつけはじめた。
(何というか……不思議な女性だな)
鮭をつまみながらさり気なく女性の姿に違和感を覚えた。
金のロングヘアに何故か畳の上にそのまま置かれた白い傘、そして露骨な紫色のフリルの入ったドレスに長めの白い手袋。
彼女の趣味……では無いだろう。
(現代の女性が普通に着る服ではない……よな?)
一瞬最近流行りのコスプレイヤーではないかっと思ってみたが、そんな人が音もなく侵入する意味は無いだろうとすぐ打ち消した。
では彼女は一体何者であろうか?
「……」
(……)
互いに無言で黙々と時間が過ぎていく。
そして此方が既に食べ終わり、女性も食べ終わった所で女性が箸を置いた。
「御馳走様でした。料理が得意だなんて思わなかったわ」
(お粗末さまでした。まあ喫茶店やってるからそれはなあ、さて……)
取り敢えず食器類の片付けは後にするとして本題に移らせてもらうことにした。
横に置いてあったバッグからホワイトボードとマーカーを取り出し、言いたい事を書き始める。
「あら?あなた本当に話せないみたいね」
(……それがわかると言うことは下調べはしてきてるってことか……)
そんな事を考えながらも取り敢えずは自己紹介をする、相手は初めて会う人であるから丁寧にだ。
『ええ、そうですよ。自分は橘 恭と言います、あなたは?』
「私の名は八雲 ゆかりよ、あなたに用があって来たわ」
(八雲 ゆかり……やはり知らない人だな……)
自分の記憶の中にはその名の人はいない、いや、忘れているだけかもしれないが……
「それでその用は、唐突かもしれないけど……貴方を私達の住む場所、幻想郷に招待しにきたわ」
(幻想郷?)
聞いたことは無い地名である。
それに私達と言うのは一体どのような意味であろうか?
「幻想郷……それは貴方の今いる現実と境界を隔てた先に存在する幻想の世界よ」
(境界?幻想の世界?)
何を言っているのかこちらは全く理解できないままゆかりは話を続ける。
「端的に言えば幽霊や妖怪、神と言った現実に否定された存在が住む楽園よ、もちろん普通の人間も住んでるわ」
(……)
また自分は唖然としてしまった。
神や妖怪が住む楽園?
一体何の事を言っているのだろうか。
こちらもボードで対応する。
『つまり……その幻想郷と呼ばれる非現実的な場所に自分を招待する……っということですか?』
「ええ、そうよ……納得しないと言った感じね、恭」
(それはそうだ。納得しろと言う方がおかしいだろう……)
ゆかりが言っている事は殆ど信じられなかった。
しかしもし夕方瞬時に姿が消えたのも、気づかない内に家の中にゆかりがいたのも、全てその幻想郷という存在があるのであるなら説明が出来てしまう。
それらはぱっと見では非現実的であるからである。
「いいわ、一つだけ見せてあげる、私の能力をね」
そう言うとゆかりは横に置いてあった傘に手を掛けた。
(一体……何をする気だ?)
急に不安になって此方は身構えた。
ゆかりはそんなことは気にしないのかそのまま傘を宙に向ける。
すると急に横にあった一升瓶が急に視界から消えた。
(あれ?瓶が――)
と思った次の瞬間、ゆかりの傘の先に突如線のような物が空中に浮き出て来た。
そしてゆっくりと線が開かれると共に先程の一升瓶がそこから落ちてくる。
(おいおい……)
ゆかりはそれを片手で受け止めた。
目の前で起きたことが信じられずふとその開いた線の中を見ると。
(何なんだよ……あれは……)
その線の中を見た瞬間、自分は少し後悔した。
線の中は表現が難しい歪な空間、そしてその中に大量の瞳が自分を誘うかのように此方を見ていたのである。
(本当のようだな……)
「ええ、本当の事よ」
ゆかりは一升瓶を何処から出したのか知らないが栓抜きで開けていた。
それに既にコップも置かれている。
「にしても、貴方そこまで驚かないのね、さすがっと言ったところかしら?」
ゆかりは意味深な発言の後コップに自分が買ってきた日本酒を注いで此方に渡してきた。
どうやらゆかりは成人しているようである。
コップを受け取った。
「どう?信じる?」
『ここまで見せられたら信じるしかありません、自分の完敗です』
「そうでしょうね、ちなみに私は妖怪よ?」
(!?)
日本酒を吹きかけて止まった。
先程の成人と言うのは撤回である。
「名称は特に無いけれど、強いて言うなら隙間妖怪かしらね、境界を弄る事が出来るわ」
そう言うとゆかりの上に先程のような線がまた出て開いた。
すると今度は別の一升瓶が落ちてきてゆかりがそれをキャッチする。
便利そうな能力である。
(この姿で妖怪とは……)
「それでどうするのかしら?招待に応じる?」
紫はお酒を飲みながら自分に促した。
今の自分の状況から考えても特に断る理由は無い。
ゆかりもそれがわかって聞いてるのだろう。
『わかりました、行きます』
ボードにそう書いた。
こちらで過ごしても向こうで過ごしても自分に変化は無い……そんな事はわかっている。
「決まりね、じゃあ明後日の昼にまた迎えに来るわ、その時までに準備をお願いね」
そう言って立ち上がると先程よりも大きな線が出現して開いた、そしてその中に入って行く。
こちらも見送るために立ち上がろうそする。
しかしゆかりは足を止めた。
「あ、聞くの忘れてたけれど……」
ゆかりは先程の一升瓶をその場に置くと真剣な眼差しで此方を見据えてきた。
するといきなり体が悪寒が走り、立ち上がろうとした足が動かなくなる。
(な、何だ!?)
「ごめんなさいね、一応最後に貴方の覚悟を聞こうと思ってね……」
ゆかりが此方に歩み寄ってくる、その瞳は人とは思えないほどに透き通っていたがそれはこの上ない恐怖感を誘発させる。
「向こうは幻想が集まる場所……つまりそれは俗に言う悪霊や人を主食にする妖怪がいると言うこと……」
ゆかりの手が此方の顎を撫でる。
その手からは温かい人の温度ではなく冷たい人ではない何かの感覚が顔に伝わっていった。
(……此方を試しているのか……)
「その中に招待とはいっても……命は保証出来ないわよ……それでも招待を受けるかしら?」
人を動けなくした上に笑顔でこんな行動をするゆかりの質問はは拷問に近かった。
だがこの答えは既に決まっている。
『招待を断る理由はありませんよ……失うものは無いですし、自分はもうこの世には存在しない存在なのでね……』
「そう、じゃあいいわ」
ゆっくりとゆかりが離れると悪寒が消えて足が動くようになった。
開放された足は少し痺れていたが体に問題なさそうである。
「それじゃあまた明後日会いましょう、この一升瓶は貴方に上げるわ、じゃあまたね恭」
そうゆかりは言って開いた線の中に消えていき開いていた線が閉まった。
(さて、明後日の為の準備でもするかな……にしても幻想郷か……)
そこに行って何か起こるのかはわからない。
しかし今の現状を、この世界で生きる意味が殆どない自分にとっては絶好のチャンスである。
それに……自分を変えてくれる何があるかもしれない事をなんとなく期待している自分がいる。
(だから……少しだけ旅に出かけてくるよ……)
すぐ側の棚の上に立て掛けられている写真と小太刀を持ち上げてそんな事を心で呟いていた。
大切な家族と友人の姿を繋ぐ唯一の写真と自分が最後まで握りしめていた小太刀……これは忘れてはいけない。
(瑞羽……よし!んじゃ準備前に此方で最後の酒を飲んでおくとするか……)
そうして自分はコップに先程ゆかりから貰った酒を注いで楽しむのであった。
恭『それで実際は何年書いてないんだ?』
毛玉「3年ぐらいですね」
恭『つまり……三年間自分は放置されてたんだな……』
毛玉(いつか立ち絵描いてあげるから許してくれ……)