~妖怪の山~
(今日はどうしようかな……)
目が覚めてから早数時間、私は山の中を気ままに徘徊していた。
いつも会う妖怪達はまだ仕事があったり用事があったりと色々忙しいそうだ。
だから特に何もしていない私は暇である。
(私も何か始めた方が良いのかな……ん?)
唐突に歩いていた足を止めた。
一瞬何処からか普段嗅いだ事の無いような匂いが流れてきたのである。
(これは……人間……?)
それの流れてくる方向を確認するとそちらに足をむけた。
匂いはどちらかと言うと人間のようであるが少し違う気もする。
とにかく気になるのでそちらに向かう事にした。
(この先から……あ……)
進めていた足を止めると直ぐ側の木の裏に隠れた。
そしてゆっくりと木の影から向こうを覗きこむ。
(あそこに人が居る……)
少し開けた場所、そこにある大きめの岩の上に人影が見えた。
どうやら匂いの主はあの人であるようだ。
(見たこと無い服……それにやっぱり人間だった……)
自分よりも全然背の高い男の人を観察しながらそんな事を考えていた。
服装は自分が見たこと無い服を着ている。
髪は黒くて短く特に整えている感じでは無い。
背中には荷物とよくわからない謎の板。
片手には刀を持っている。
(でも……何で人間がこんな山の中に居るの……?)
見たこと無い服装もそうだがそこが一番の疑問であった。
人間は基本的に人間の里に住んでいると言われている。
確か里以外にも住んでいる人間は居るそうだがこんな山の中まで来ない筈である。
自分も少し前まで里の近くに居たのでそれはよく知っていた。
(このままじゃ……妖怪に食べられちゃうかもしれないよね……)
そんな事を思いながらその人の顔を見た。
何か考え事をしているのだろうか、少し上を見上げたまま動かないでいる。
(……助言してあげた方が良いかな……?)
妖怪である自分が言うのもおかしいことである。
しかし、私は人を食べたことも無いし襲ったことも無い。
そんな生活をしていたからそう思ったのだ。
(でも……ふえ?)
そんなふうに思っていると突然人間が此方に振り向いた。
そして岩を降りると此方に歩き始めたのである。
(に、逃げないと……!)
その行動に少し驚いてしまい一目散に奥に走りだしてしまった。
相手が何かしてくると決まったわけでは無い……でも私は知らない人と話すのが少し怖いのである。
そうして森の奥へ走って行くのであった……
~妖怪の山、滝~
(……ん?)
あれから少し経った山の中、枝の上で休んでいた私は周囲の違和感に目を開けた。
今いるのは妖怪の山から流れている川で何個かある滝の一つ。
その近くの木の上である。
(あれ……みんなは?)
いつもならもうここらへんに来るはずの仲間が来ていない。
「……」
木から降りると辺りを見渡しながらゆっくりと歩き出した。
周りの生物達が居ない……ただ、山の下の方から音が聞こえる。
取り敢えず川を下って行く事にした。
「……お腹すいた……」
ついついそんな事を呟いてしまった。
少し前までの生活の癖が残っているのだろうか、お味噌汁が飲みたい。
(作り方……どうやるんだろう……あ!)
歩いていると不意に流れてきたのは仲間の匂いであった。
しかし、それと共にやってきた別の匂い……それは血の匂いである。
少し足を急がせながら木々の間を縫って匂いの方角へ進むと茂みの向こうに巨大な蜘蛛……仲間の妖怪が倒れていた。
「大丈夫? ねえ……」
駆け寄ってその体を擦ってみる。
妖怪に成り立ての体は既に体温が無く、私の声にも反応してくれない。
既に息絶えていた。
(ごめんね……ゆっくり眠ってね……)
ゆっくりと頭を擦りながらそう心で呟いた。
山では良く起こる事ではあるが……仲間を失うのは少し辛い。
(でも……妖怪をこんなふうに倒す相手って……)
体をよく見るとあちらこちらに奇怪な色に光る針のようなものが刺さっていた。
それに振れてみる。
(っ!?)
触れた瞬間、パチンと言う音と共に手に衝撃が走り弾かれてしまった。
手のひらを見ると触れた部分が赤く腫れ上がっている。
(痛い……こんなのを体に受けたら……え!?)
背後に感じた気配に咄嗟に上に飛びあがった。
すぐ側の木の枝に乗り、先程自分が居た場所を見るとあの針が数本刺さっていた。
「何処……?」
神経を磨ぎ澄まして周囲を見渡す。
すると木々の向こう、川と反対の方にある別の木の上に青い服を着た人影が見えた。
「誰……!?」
「逃げんじゃねえよ、妖怪!『テンペストリッパー』!」
その人影が両手を前に突き出しながら何かを叫んでいた。
何かを放出したのだろうか? 此方から何も確認できない。
飛び上がろうとした刹那。
「っ!?」
左肩に痛みを感じたと同時に突風が吹き荒れて後方に飛ばされてしまった。
それと同時に見えたのは飛び散る鮮血、肩を確認すると深く切り裂かれている。
今のは攻撃であったようだ。
(見えない攻撃……戦うのは避けないと……っ!)
吹き飛ば飛ばされながら見えたのは横を流れる川であった。
咄嗟に体制を立て直して川に飛び込む。
「ちっ、逃げ――」
そう一瞬聞こえたが水に入ってしまった為それ以上は聞こえなかった。
急な水の流れに任せて川を下って行けば今襲ってきた相手も追って来れないだろう。
(びっくりしたけどこの程度で済んでよかった……にしても……)
先程の仲間の死体……あれは妖怪としては炎で燃やして埋めておいた方が良かったのだろうか?
自分はそうしてあげたいけれど……彼がそう望んでいたかはわからない。
(……今度また考えよう……今は傷を直さないと……)
そう考えながら水の流れに任せていくのであった……
~妖怪の山、麓付近~
(美味しい……)
串に刺さった団子を一口食べながらそんな事を心で呟いていた。
あの後私は途中で川から上がり人間の里へ向かった。
しかし初めてであった為なかなか入れずに居たのであるが今朝山で見かけた男の人に助けてもらったのである。
今握っている団子はその人がくれた物であった。
(でも本当に良かったのかな……あの人の食べ物だったのに……)
握っている団子を見た。
さっきの人から受け取った時、やっぱり悪いと思って返そうと思ったのだが。
『お腹が空いた時はお互い様だよ』とか『お金も見返りもいらないよ、好きなように食べて良いよ』と書いていたので返す機会を逃してしまったのだ。
それに人間と話すのが久しぶりすぎて緊張してしまったのもある。
(……でも美味しい、これで傷が治るのも早くなるし……)
肩の傷を見ると斬られた時より傷口も狭くなり、血も出る量が減っていた。
これでもう山の奥に戻っても問題ないであろう。
(そういえば……何であの板を使って話していたんだろう……あの人……)
最後の団子を口に含みながらふとそんなことを思い出していた。
口が塞がっているわけでも無いのに態々板を取り出してそれに文字を書いて話していたのである。
それは何故であろうか?
(それに……名前聞き忘れちゃった……また今度会いたいな……)
軽く念じて炎を生み出しその中に串を入れる。
この炎は自分の能力である、軽い炎ぐらいなら幾らでも生み出して制御できる。
こんな力を持った妖怪である私とあの人はまた話してくれるのだろうか?
少しして串は灰になって消えた。
(でも……名前聞いても返せないよね……)
そう心で呟きながら山の奥を目指して歩き始めたのであった……