レディ・ナガンのうざい先輩   作:こっこ

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レディナガンのうざい先輩

陽の光はとうに落ち、月明かりだけが僅かに差し込めるとあるビルの中。

とうに営業時間を過ぎたビルの中は当然の如く静かで、だからこそそこに響く一つの足音が不気味に感じられる。

常人ならば恐怖を感じるであろうその状況も、その足音の正体…レディナガンにとってはありふれた日常の一部だった。

特徴的なダークブルーとピンクの髪を揺らしながら、彼女はとある一室へと向けて足を運んでいる。

 

響く彼女の足音はまるで機械のように一定で、それに倣うように表情も貼り付けたような無表情だった。

 

「よぉ、仕事かナガン」

 

張り詰めたナガンとは対照的な緊張感のないだらけた男の声、それを聞いた瞬間ナガンは背筋が凍りついたような錯覚を覚えた。

それは仮にも公安所属のプロヒーローである彼女が気配すら感じ取れなかったこと、そして何よりもその声が彼女の後ろから聞こえたということが大きかった。

 

突然のことに追いつかない頭とは裏腹に、彼女の体は最適解を選ぶ。

 

すぐさま前へと飛び退きながら個性を発動し腕をライフルへと変え、そして同時に髪を毟り弾丸を作る。

時間にして1秒にすら満たないその早技は、洗練された彼女の技術をまざまざと感じさせられる。

 

声が聞こえていた所からおおよその位置を予測しながら、ライフルを男の頭に突きつける。

 

そこまでしたところで、ナガンは男の全体像を視界に捉える。

 

170そこそこの背丈でスーツを身につけた中肉中背の男、無駄にでかいサングラスとにやけた口元がやけに鼻につく。

そこまで確認出来た所でその人物が顔見知りであることに気付き、ナガンはライフルに変えていた腕を元に戻す。

 

「なんだよアンタか…」

 

ひとまず声をかけて来た人物が敵でないことの安堵と、ライフルを向けられても驚異でもないといった顔でこちらを見つめてくる男への苛つきが混じった声でそう言った。

そんな様子のナガンを見てニヤニヤとこちらを見つめる男にムカつき文句の一つでも言いたくなるが、きっとそれが目の前の男の狙いなのだと察して唇を噛み締める。

 

「驚いた。スナイパーが後ろに立たれると嫌がるっていうのは本当らしい。てっきり漫画の中の話だと思ってたわ」

 

「……それいつの時代の漫画だよ。ていうか今はおっさんの世間話に付き合ってやるほど暇じゃないんだが?」

 

「おっさんとは失礼だな。たかだかお前より一回り年上なだけだろ?社会に出たら一回りの歳の差くらい誤差だって知らないのかな〜。あ、まともに会社に勤めたこともないお嬢さんには分からないか?」

 

「……暇じゃないと言ったはずだ」

 

息を吐くように煽りを行う目の前の人物に神経が乱されるのを感じながらナガンは言葉を返す。

 

「あ〜あ、いつからそんなに嫌味な奴になっちゃったのかね。入ってきた頃はまだ可愛げがあったのによ」

 

「入った時からアンタのことは嫌いだったよ。ただ一応先輩の顔を立ててやってただけだ」

 

「今はもう立てる価値すらないってか?この仕事のあれやこれやを教えてやった偉大な先輩に言う言葉じゃないな」

 

「アンタから教わったことなんて……もういいわ、話してるだけ時間の無駄だ」

 

もう何も言うことはない。そんな態度でナガンは無理やり会話を終わらせた。

これ以上話していても気分が害されるだけだということをナガンは経験から分かっていたからだ。

 

ナガンは目の前の男を完全に視界から外し、目的の場所へと再度足を進めようとする。

 

「まぁ待てよ。何も俺だって後輩いびりしたいだけじゃねぇって、仕事だよ仕事。ビジネスの話を俺はしにきたんだ」

 

「……そうならそうと早く言えよ」

 

ナガンは男へと向き直り、睨みつける。

言外に早く内容を言えと催促するその瞳に見つめられて、男は笑みを深めた。

サングラスで目が見えなくても分かる程に軽薄なそれに、ナガンは不快感しか抱かなかった。

 

どんなに危険な任務の前でも変わらないその態度。近くのコンビニにでも行くかのような姿勢。

嫌々ながらもこの男の後輩として数年過ごしてきたナガンには見慣れたものだったが、どうにも好きにはなれなかった。

それは公安直属のヒーローとして人生を捧げたレディナガンそのものを馬鹿にしているように思えるからだ。

 

例えば真面目に勉強しているものの横で馬鹿騒ぎされているような、それでいて真面目に勉強する自分よりも高い点数を常に取ってくる。そんな感じだろうか。

 

「とりあえず今日の任務の内容。これに書いてあるから現場着くまでに読んどけ。そんで読み終わったら燃やしとけ」

 

嫌な思考が巡っていたナガンへ、数枚の紙にまとめられた資料が渡される。

少し目を通しただけでも情報が詰め込まれたそれを見て、ナガンはため息をつく。

 

「こういうのはもっと早く渡せって私毎回言ってるよな?日雇いバイトじゃねぇんだから前もって準備させろ」

 

呆れたように、そしてどこかいつものことと諦めてしまっているかのようなジト目でナガンは目の前の男を見つめる。

 

「それなら俺も毎回言ってるがお前に任せるのは日雇いバイトより簡単な仕事だ。現場が見える範囲で突っ立てればいい。そんな仕事に準備が必要か?」

 

「はぁ、そんな仕事に私を使うな。……これもいつものセリフか?」

 

「そうだな、無駄口叩いてないで仕事行くぞ」

 

無駄口叩いてるのはお前だろうが。

そんなナガンのツッコミを背中に受けながら、男は歩き出していた。

ナガンに歩幅を合わせる気もない早歩きで現場に向かっていく男。そんな男に、ナガンは舌打ちをしながらついていくしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

⭐︎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

街から少し外れた山の中。そこにひっそりと建てられた廃工場。

20年ほど前まで現役で使われていたらしいその工場は、今は不法投棄されたゴミ達で溢れていた。

そんな廃工場が一望できる場所で、ナガンは貰った資料に目を通していた。

 

(廃工場で違法薬物の生産か…まぁありがちといえばありがちだな。問題はそれに現役のヒーローが関わっているってことか)

 

この廃工場の近くの街を主に活動拠点としているそのヒーローは、縄張り意識が強いことで有名だった。

ヒーロー飽和社会の現代で、食い扶持を維持するために縄張り争いが起こることは珍しくもないことだが、そのヒーローの過激さは常識の範囲を超えたものだった。

 

成果の横取りは当たり前。他のヒーローのネガティブキャンペーンも裏で行い、徹底的にヒーローを寄せ付けないようにしていた。

 

(その理由がこの工場に近づかせないためとはね…発想がいかにも小物だな)

 

大体の内容を把握したナガンは、資料に火をつける。

完全に燃え尽きたことを確認してから、すぐに視線を廃工場へと向ける。

人のいる気配が微塵もないそれだが、中には大量の薬物とそれを受け渡すためにかなりの大人数がいることが資料に書いてあった。当然ヒーローも護衛として中にいるらしい。

 

ナガンは腕をライフルへと変化させ、髪の毛を毟り弾を作る。

周りが茂みで覆われた所へ腰を下ろし、スコープから周りの様子を探る。

そうしていつでも任務を開始できる準備が出来たところで、ポケットに入れてあった携帯が鳴った。

2コールですぐに切れてしまったそれは、男からの任務開始の合図だ。

 

2人が組む時の作戦はいつも決まっている。

男が現場に突入し、ナガンは外から撃ち漏らしを撃つ。ただそれだけだ。

そんな単純な作戦だが、それが一番だということナガンは理解していた。

現に2人で組んだ時の任務達成率は100%、ターゲットのただ1人すら逃したことがないという実績は、公安委員長すら手放しで賞賛するしかないものだった。

 

しかしそれをナガンは誇る気にはなれない。

それはナガンがこの仕事に対して不信感を持っているというのもあるし、何よりも……

 

「ナガン、終わったから帰るぞ」

 

「……まだ、合図から5分かそこらしか経ってないぞ。あと無音で後ろに立つな」

 

100%。その数字が全て男の手腕によるものだと、ナガンは理解していた。

2人で仕事をすることはナガンが1人で仕事をする様になってからは数える程しかないが、それでも合計でいえば両手両足の指全て使っても収まらない程度の数はこなしている。

しかし、その全てでナガンのライフルを使う機会は訪れなかった。

 

「毎回思うが私いるか?あんただけで十分だったろ」

 

ナガンはライフルに変えた腕を元に戻し、屈んだことで膝についた汚れを払い落としながら立ち上がった。

男は何やら携帯でどこかにメールを打っている様子で、時折目だけをナガンの方へとむけていた。

 

「今回は人数も多いし、個性が把握できてないやつもいたからなぁ。保険だよ保険」

 

「私は昼間寝てるだけのアンタと違って表の仕事もしてんだ。一生使わなそうな保険で呼び出されたらたまんないね」

 

「はぁ?俺もお前と同じ一応免許持ってるプロヒーローなんだが?俺を社会不適合者みたいの言うのはやめろ」

 

「碌にパトロールもしない万年圏外オヤジはヒーローとは言わないんだよ。せめて事務所がある街の一周でも回ってからほざきなよ」

 

ナガンの煽りに男はヒクヒクと口を引き攣らせ、こめかみに皺を作った。

そんな様子の男に、普段のお返しが出来たとばかりにナガンは笑った。

 

目の前の男自体は大嫌いだが、こうして苛ついている所を見るのがナガンは好きだった。

人を殺すことすら何でもないことかのようにこなす男が、たかだか後輩の一言に心を乱している事実がなんとも言えないツボに入っていた。

 

「はっ!俺からしたら別にしなくてもいいヒーロー活動してるお前の方がおかしいけどな。というか俺が本腰入れて活動したらすぐNo.1だから。お前くらいなら秒で抜けるから」

 

「開き直りか?エンデヴァーよりファン対応出来ないくせにNo.1なんてなれる訳ないだろ。素直に出来ませんって言いなよ」

 

「うっざ。お前は先輩にそんなふざけたこと言う時点で仕事自体出来ないわ。今からでも辞めるか?お前この仕事向いてないし」

 

ーー委員長、こいつこの仕事向いてないですよ。

 

何気ない男の一言に、過去の記憶がフラッシュバックした。

 

「……冗談でも笑えないね」

 

男の言葉にナガンは息が詰まり、そんな言葉を返すことしかできなかった。

 

「…俺がいつ冗談を言った?」

 

サングラスで見えないはずの目が、キツくこちらを睨めつけているような錯覚を覚える。

先程まで軽口を叩きナガンの一言に苛ついていた男と同じ人物とは思えない程の威圧感を感じた。

 

冗談としか思えないはずだった。

この仕事に向いていないということも、辞めるということも、ナガンの有能さと公安の闇を誰よりも男は知っているはずだと思っていたからこそ余計にだ。

しかし、ナガンはそれが冗談だと本心から思えないでいた。

 

無音の時間が続き、そんな中男が懐から取り出した煙草にライターで火をつける音だけが響く。

男はゆっくりと煙を吸い込み、勢いよく吐き出す。

 

「俺はな、今でもお前と初めて会った日に辞めさせれば良かったと思ってる。この仕事に向いてない奴は見れば一瞬で分かるからな」

 

「…私が向いてない?それが笑えない冗談だって言ってるんだよ」

 

「向いてないことすら自覚出来てないからダメなんだよ。…まぁ、とりあえず黙って最後まで聞けよ。今から先輩としてありがたい講釈をお前にしてやる」

 

そう言うと男は吸っていた煙草を投げ捨てる。

まだ火がついていたはずのそれは、何故か地面に落ちる頃には消えていた。

 

「俺が思うに、この仕事に向いてない奴は2種類いる。実力的に向いてないやつと、根本的に向いてないやつ。お前はどっちだと思う?」

 

「どっちでもねェよ」

 

「…お前は後者だよ。下手に実力はあるからめんどくせぇんだよなこれが」

 

男は困ったように頭を掻きながら、煙草をもう一本取り出す。

 

「とりあえず辞めたくなったらいつでも俺に言え、再就職先はめちゃくちゃなブラックを用意してやるから」

 

「アンタの世話になることなんか絶対ないから安心しなよ。というか無駄口叩くだけなだけなら私はもう帰るぞ」

 

そう言うとナガンは近くまで来ていた車へと足を向ける。

黒塗りの高級車といえば分かりやすいそれには関係者にしか分からない公安のマークがついていた。

先程メールで男が呼び出したであろう車に、ナガンは遠慮なく乗り込む。

 

「とりあえず私の事務所まで。後始末はアイツがするからすぐに出してくれ」

 

ナガンは後部座席に座り込み足を組むと、横目で男を見ながら指を刺す。

 

「おい、俺が呼んだ車に勝手に乗るな。というかさっき俺の世話にはならないって言ったばっかだよなぁ?5秒前の記憶もねぇのかお前は」

 

「面倒見の良い先輩を持てて私は嬉しいよ。それじゃあ後のことはよろしくな」

 

「都合の良い時だけ先輩って言うんじゃねーよ。…って本当に1人で帰る気か!?おい!エンジンかけてんじゃねぇよ!ちょっ!待てって!」

 

遠ざかる男の声を背に受けながら、レディナガンはニヤリと笑う。

 

ざまぁみろ。心の中でそう呟いた。

 

 

 

 

 

 

 




後からちょっと加筆するかもしれません
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